天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

本土決戦と天皇陛下

2014-08-15 01:57:05 | 歴史


横井寛 著
「五 分間の決断」

元特攻隊員の「横井順一」は平成21年に故人となられており、

弟の寛氏がお兄様の手記を纏めた本です。

以下抜粋
ーーーーーー
8月18日正午頃、水上機が2機、突然内海湾(うちのみわん)に着水した。

呉鎮守府長官金沢中将は、陛下に拝謁仰せ付けられて、

終戦の心意を拝受し部下の将兵に伝えるべく、

呉への帰途小豆島上空で、千余名の隊員の心境を鎮めなければと、

事態を懇々と説明して出発された。

続いて第十特攻戦隊司令官大和田少将も来島され

「終戦は全く陛下の御意志より出たものであること」

「陛下が一身を投げ出 す御覚悟でいらせられること」


などを、涙ながらに諭すところがあったので隊員も次第に落ち着き、

小豆島嵐部隊は無事に解体の方向にまとまったのです。


以上資料提供者
ツイッター
「hinata資料発掘」さん
@hinatanococo



この資料について最も重要であるとされる部分は

『終戦は全く陛下のご意志より出たものであること

陛下が一身を投げ出すお覚悟』

と言われる部分でしょう。

戦後になって特攻がねじ曲げられ捏造されている。

日本軍を悪とし無駄な特攻を間際にした。

やりたくない、若者を無理やり行かせたというデマ

ここで人間魚雷回天のデマを紹介します。

・「強制的に搭乗員にさせられた」
・「ハッチは中からは開けられない」
・「戦果は皆無」

などの作戦に対する否定的な面、

または事実と異なる説が強調された。

特にハッチに関しては中から手動で開けられ、

外からは工具を使用するものの開閉は可能だった。

また、搭乗員は操縦の特異性から転用ができないため、

全てが回天戦のために選抜されて訓練を受けた優秀な若い志願兵だった。


ただし、戦時の日本において事実上、志願を拒否することは著しく困難で、

戦果に関しては49基出撃の結果に対し撃沈4隻と乏しく、

回天を輸送し発進させる潜水艦の損耗率も高かった。

伝言ゲームのように自然な感じに事実を捏造していくのです。

終戦間際の話は最も本土決戦に近づいており、証言者も少なく、

戦後の占領政策によって歴史を書き換える重要ポイントとなるのです。

それだけに、この証言の資料はGHQの検閲を逃れて、事実をそのまま書かれており

終戦直後の天皇陛下の決断と捏造される事のない当時の

終戦を知る上で最もピュアで
貴重な第一級資料ではないかと思います。

日本軍は規律正しい世界に類を見ない天皇陛下の臣民であった。

侵略や植民地支配などするはずのない世界平和の為に八紘一宇を心に戦ったのです。

冒頭の写真の潜水艦「蛟竜」は特攻兵器とされ実践では極少数が出撃しただけに終わりました。

本土決戦の為に増産されましたが魚雷を搭載し乗組員を守る造りであったのです。

つまり特攻とは心の問題であり若者を単に虫けらの様に
犬死にさせる事ではなかった

本土決戦も玉砕でなく勝つために本気で戦おうとしていたのです。

陛下が一身に背負い命に代えて国民を守る、

この大御心を国民がよく理解していたから速やかな武装解除ができたのです。

この事に大御宝である国民が出来ることは陛下をお守りする事です。

国民の代表である東條閣下の自決は正に陛下の身代わりとなり陛下を救う事となるのです。

日本軍はいい軍であった、日本はいい国であった。

太平洋戦争には敗れましたが
汚された日本軍、貶められた天皇陛下、

これを回復する戦い
大東亜戦争は依然続いているのです。

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