つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

坊主批判に覚悟はあるか?

2011-08-02 08:56:16 | 仏教・禅宗・曹洞宗
先日、或るブログを見ていたら、こんなことが書いていた。

「今どきの坊主は、檀家から高額な戒名料をふんだくって、それで高級外車を乗り回している。こんな連中に布施を出す意味は無い。オレは無宗教で行く」

だそうだ(失笑)

いや、申し訳ない。失笑を禁じ得ない。

都市部にあるような大寺院だけではなくて、津々浦々にある全国の仏教寺院を概観して考えてみよう。「高級外車」に乗れる人は、どれくらいいるのだろうか?おそらく、大多数は無理である。参考までに、拙寺も全くもって、「普通の国産車」である。いや、トヨタとかホンダとか、皆さんが普通に聞いたことがある普通の国産車だ。別に、名前を出しても恥ずかしくないから出してしまうが、プリウスとフィットである。郡部で家族が多いと、車は1台では足りない。だから2台である。とりあえずこれらは両方とも燃費が良いし、後者については、檀家さんに有力なディーラーさんがいるから、そのご縁で購入した。

或る意味、それが一番良いからである。

ちょっと前までは、拙寺の周辺も積雪量が半端無かったから、正直なところ、本格的四輪駆動車以外は手が出せなかった。つまりは、スバル以外は危険だったわけだが、最近ではそんなこともない。道路も良くなったから、全然大丈夫である。

で、この記事で話したいことは、車についてではない。それを理由に坊主批判を繰り広げようとしている、一般の民衆についてである。僧侶の基準が、外車に乗っているか否か?というのは、余りに基準として貧弱である。これは、以前、別の記事でも指摘したことだが、住職を余りに尊敬している檀家さんで、金銭に余裕がある人が、絶対に事故に遭って欲しくない、万が一遭ったとしても助かって欲しいという理由から、相当な高級外車を即金で購入し布施したことがあった。

この檀家さんは、真心からの布施をしているのであり、それに住職が乗るのは当たり前の事である。であれば、この僧侶は、「高級外車に乗っているからダメだ」といえるだろうか?むしろ、真心から帰依をして下さっている檀家さんを持つ、優れた僧侶として、早く帰依をしておくべきだろう。理由は、功徳があるからだ。

無論、批判したい人は、こんな「例外的事情」を聞きたいのではあるまい。多くの場合でそうだと思っている、自分達のイメージに合致する、つまりは、批判に値する僧侶を見出したいのであろう。しかし、その場合、拙僧などからすれば、「良い迷惑」である。何故ならば、拙僧同士は、宗派が違えばもちろん、同じ宗派でも、独立した宗教法人として運営されているから、隣の寺の住職が、どんな車に乗ろうと、知ったことではない。批判なんてもってのほかである。

良く、「仏教界として自浄作用を働かせて欲しい」とかいう人がいるけれども、申し訳ないが、例えば、世間一般にある中小企業の社長さん同士が、製品レベルだとか、会社運営などでお互い「自浄作用を働かせる」っていうことがあるのだろうか?多分、無いのではなかろうか?あるのなら、教えていただきたいし、議論したいのはそこではないから、どっちだって良いのだが、つまり、我々はインド以来の「僧伽」として存在しているのではなく、現状の法律上、本当に独立して運営されているから、自浄作用なんて働かしようがない、といいたいのだ。

実は、本気で自浄作用を働かせたいのであれば、後は、批判者の覚悟次第である。

現在、仏教批判、僧侶批判をしている人で、「信念」と「覚悟」を持ってそれを行っている人がどれくらいいるのだろうか?

正直なところ、絶対に批判可能な相手(この場合は我々日本仏教の僧侶)を見付け、批判することで、その本人の中に存在する下卑た感情を満足させているだけであろう。そして、そんな者に付き合うほど、我々は暇ではない。批判したければ、信念と覚悟を持って行え、と拙僧はいいたい。

信念と覚悟とは、先に挙げたブログ主が語るような、「無宗教」に逃げるのではなく、真っ当な僧侶を見付け出し、その者を支援することである。例えば、現状、日本の政党や政治家が気に入らないから、「無政党」で行くとしよう。しかし、これでは日本の政治は絶対に良くならない。それどころか、どうでも良いような些細なことを理由に、足引っぱりばかりを繰り返し、結果として政治は停滞し、「無政党」でいるという者本人の生活すら脅かされるであろう。

同じことは、現在の日本仏教批判にもいえる。

拙僧自身は全くそうではないが、知り合いには、未だに基本的な戒律を守って生きている僧がいる。ネット上には名前は絶対に出て来ない。しかし、その人は決して裕福でもないし、ようやく生きているような感がある。それでは、先に、「高級外車に乗っていること」を理由にして、坊主批判をした人は、この拙僧の知り合いを援助してくれるのだろうか?一生の面倒を、一生みてくれるのだろうか?或いは「高級外車」だけが問題なら、それに乗っていない拙僧のような者の支援をしてくれるのだろうか?

拙僧の直感で申し訳ないが、まず、先のブログ主には、それが全く期待出来ない。或いは、高名な学者である島田裕巳氏や、上田紀行氏も同じであろう。この者達は、「自分が布施を出さない理由」が欲しいだけであって、「本物の仏教」を求めているわけではないからだ。つまりは、真実に直面することから逃げているに過ぎない。そして、多くの仏教批判者は、程度の違いがあるにせよ、同じ心根であろう。拙僧はそれがとても残念である。どいつもこいつも、全然本気じゃない。

下らないプライドと、手前の財布のみがその全てだというのだから。

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11 コメント

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安物の軽自動車に乗る坊主なら良いのか (マイコン坊主)
2011-08-02 09:51:12
そういう人は、自分の親の葬式に、安物の軽自動車に乗る坊主を頼むのか? おそらく、はために格好良い坊主を頼むんだろう。つまり、自分の見栄で坊主を計ってるわけで、坊主は単なる飾りとして使われているだけなんだ。
助化師さま (叢林@Net)
2011-08-02 18:24:45
>信念と覚悟とは、先に挙げたブログ主が語るような、「無宗教」に逃げるのではなく、真っ当な僧侶を見付け出し、その者を支援することである。

無宗教に逃げたいだけ・・・というのが本音のような気もします。よく「信仰の自由」という言葉が乱発されますが、ではその信仰とは?との問いに説得力ある回答は得られないケースが多いです。

となると、無信仰の者は尊敬されないという世界基準は説得力が増してきますね。どうせ批判するなら信仰(覚悟)を持って批判して欲しいと私も思います。
補足 (叢林@Net)
2011-08-02 18:27:38
それと、最近感じることは、「無宗教」という宗教がはびこっていることと、「無信仰」という信仰がはびこっていること。どちらも定義できないから困ります。その理由は今回の記事から散見できるような気がしました。
ああたぶん (shosen)
2011-08-02 19:34:53
その方はきっと、高級外車を乗り回したいんでしょう♪
仏法僧 (貧女)
2011-08-02 21:34:29
三宝の尊さを味わったことがないというだけではないでしょうか。
その人がそれで幸せならそれでよし、またその幸せが減じませんように。

僧侶方のブログでこの類の話題をよくみかけます。僧侶方のやや過剰な反応を不思議におもいます。
皆さんコメントありがとうございます。 (tenjin95)
2011-08-03 08:38:29
> マイコン坊主 さん

> そういう人は、自分の親の葬式に、安物の軽自動車に乗る坊主を頼むのか? おそらく、はために格好良い坊主を頼むんだろう。つまり、自分の見栄で坊主を計ってるわけで、坊主は単なる飾りとして使われているだけなんだ。

ご指摘の通りですね。みすぼらしい姿をしている僧侶には、「●●坊主」というような罵詈雑言を浴びせ、良い身なりをしていると「生臭坊主」というのです。かつて、臨済宗の一休禅師が、普段のボロボロの格好で檀家の家に供養に行ったら追い返され、その後、金ピカの御袈裟を着けていったら高僧扱いされたというので、御袈裟だけ置いて帰ってきたというのは、余りに有名な話ですね。

今の人も、これと同じです。日本人、心根は余り変わらないようです。いや、成長できないようです。

> 叢林@Net さん

> 無宗教に逃げたいだけ・・・というのが本音のような気もします。よく「信仰の自由」という言葉が乱発されますが、ではその信仰とは?との問いに説得力ある回答は得られないケースが多いです。

そうですね。ご指摘の通りです。何故なら、宗教者に対するアンチテーゼとしか自らが存在し得ないからです。そういう無宗教者は、すぐに、自分が崩れます。

> となると、無信仰の者は尊敬されないという世界基準は説得力が増してきますね。どうせ批判するなら信仰(覚悟)を持って批判して欲しいと私も思います。

批判するなら、信念を持って行って欲しいと、切に願います。

> それと、最近感じることは、「無宗教」という宗教がはびこっていることと、「無信仰」という信仰がはびこっていること。どちらも定義できないから困ります。その理由は今回の記事から散見できるような気がしました。

信仰している人をあざ笑うためだけの無信仰、無宗教に過ぎないのです。そして、本当にあざ笑われているのは、その本人だと気付かないのでしょう。「無明」とは良くいったものです。

> shosen さん

> その方はきっと、高級外車を乗り回したいんでしょう♪

ご指摘の通りの可能性は高いですね。僻み、やっかみ、そんなところでしょう(笑)

> 貧女 さん

> 三宝の尊さを味わったことがないというだけではないでしょうか。

それはあるでしょうね。或いは、親が教えてこなかったのでしょう。

> その人がそれで幸せならそれでよし、またその幸せが減じませんように。

いや~、前者についてはその通りですが、後者については、むしろ減じてしまうでしょうね。謗三宝罪ってヤツですね。。。

> 僧侶方のブログでこの類の話題をよくみかけます。僧侶方のやや過剰な反応を不思議におもいます。

「過剰」というのが、よく分かりません。普通に申し上げているつもりなんですけどね。多分、批判者も、茶飲み話、酒飲み話の感覚でしょう。変わらないですよ。
ご無沙汰しています (天真)
2011-08-04 01:45:42
先日菩提寺のお施餓鬼に参列した時の事、お参りの方が「坊主●儲け・・・」っていう話をしていたのを耳にしました。お施餓鬼の志納金の規定が明記されているのですが、私が推測した限りでは、お施餓鬼単独では黒字でも、他の行事や修繕等を考慮すると所謂「儲け」にはなっていないように思います。チョット前に週間ダイヤモンドに特集が組まれていましたが、余りお金にならない話が載っていました。心無い言葉を発する人は、一側面しか見ていないように思いましたね。
コメントありがとうございます。 (tenjin95)
2011-08-04 21:21:44
> 天真 さん

> 先日菩提寺のお施餓鬼に参列した時の事、お参りの方が「坊主●儲け・・・」っていう話をしていたのを耳にしました。

言ったって誰も得をしないのに、何故このような発言をしてしまうのか?拙僧にはそれが理解できません。

> お施餓鬼の志納金の規定が明記されているのですが、私が推測した限りでは、お施餓鬼単独では黒字でも、他の行事や修繕等を考慮すると所謂「儲け」にはなっていないように思います。チョット前に週間ダイヤモンドに特集が組まれていましたが、余りお金にならない話が載っていました。心無い言葉を発する人は、一側面しか見ていないように思いましたね。

仰る通りですね。或る意味、ケチなんでしょうね。そして、明確にいえますが、ケチは悪徳です。それは仏陀の教えです。
お墓はほとんどの国で必要としている。 (信仰は国の宝)
2018-08-20 09:03:47
AERAとかいう雑誌を発行している朝日新聞社が熱心に僧侶や寺を叩いているようです。言わずと知れた慰安婦問題を引き起こし日本の利益を極度に損ない今も毀損し続けている連中です。
テレビでもこの問題をシレッと紹介しています。

ここが煽り立てて無神論者を増やしているようです。
慰安婦問題ではあんなにも起こっていた連中もあっさりこのあおりに野って寺や僧侶への叩きを激化させているようです。

墓はなくせ、両親の骨はごみに混ぜて捨てろ、海洋散骨大賛成、木の下に埋めればいいんでしょなどと言いたい放題。

左翼と在日、同和、僧侶叩きは同じそうだったのですがそれを全体に広げようとして、ネット依存ニート、貧困老女がまず引っかかってますね。どうやら相性が良かったようで。
Unknown (Unknown)
2018-08-20 09:28:27
彼らはまた日本転覆を狙っているんですよ。
大切な仏像やモラルを破壊しに中国韓国から北朝鮮からテロリストがやってくる。
彼らは日本が妬ましく憎い。大居張りで大金を巻き上げ国を傾かせるためにありとあらゆる手段を講じてくる。
その手先になっているのが日本のマスコミで朝日新聞はその筆頭。
フジテレビもそう。公明党も民主党もそう。
そして安部政権に献金しているのもその勢力。
受け取るべきではないけど、帰化人を通じて手をまわしてくるのでね。

日本人が仏教を捨てモラルを捨て欲得に走った末、反日勢力が彼らの中にくすぶっている他者への妬みを利用してスケープゴートにしているのが仏教界なのです。

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