つらつら日暮らし

八月一日の説法

今日は8月1日である。ところで、今から650年以上も前の8月1日の説法が残っているので、見ていきたい。

 八月一日の上堂。
 挙す。趙州、因みに僧問う「道人、相見の時、如何」。
 州云く「呈漆器」と。
 師云く、趙州古仏、逸群の作有りと雖も、且く平展の機無し。或いは、人有って山僧に、道人、相見の時、如何と問わば、祗だ他に向かって道わん、八月の秋、何の処か熱せん。
    『永平略録』上堂語


さて、これは『永平広録』収録の上堂とほとんど同じなのだが、若干、内容が異なっている。その辺の違いは、【道元禅師の八月一日の上堂】に『永平広録』の上堂が収録されているので、そちらをご覧いただくと理解出来ると思う。

以前からこの辺は疑問に思っているけれども、道元禅師の語録として知られている『永平広録』(祖山本・卍山本)、『永平略録』の間に存在する、僅かな相違については、どうやって理解すれば良いのだろうか。現段階に於いては、余程の新出資料でも無い限り難しいとは思うのだが、ただ誓いがち誡としてしか理解出来ないというのは、何とももどかしい。

ところで、上記上堂の内容だが、簡単にいえば、修行者が相見するときとは何か?という質問に対し、趙州禅師は「漆器を呈す」と答えた。しかし、道元禅師はそれに対して、趙州古仏は修行者達を超え出る働きがあるが、平展(日常に展開する)する働きが無いとしている。また、もし、道元禅師に対して同じことを聞く者がいれば、道元禅師は「八月の秋とは、どこで熱くなることがあるだろうか」と答えた。

現代の暦では、既に9月の様相である。つまり、道元禅師は、秋の季節は、どこが暑いのか?としている。いわば、それこそが道元禅師が示す「平展の機」ということであろうか。

さて、現実の日本はどうかというと、今日はまだまだ全国的に高温である。是非、熱中症などにはご注意いただきたい。その意味では、七月一日の説法を参照した方が良いのかもしれない・・・

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