つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は立春(平成30年度版)

2018-02-04 09:42:20 | 仏教・禅宗・曹洞宗
今日は立春である。

曹洞宗寺院では多く、この日に「立春大吉」札を山門や諸堂に貼る場合もある。また、檀信徒の方でも、希望をすればそのお札を貰えることもある。拙寺は、毎年年末に行ってしまうので、この立春には特に大きな行持はない。さておき、毎年のように今日は、立春に因んで詠まれた祖師方の偈頌を参究したいと思う。

  立春
 伽黎肩上塵埃を払う。
 三尊を敬礼して歳囘を祝う。
 吾れ亦た金剛春菩薩、
 籬梅点点として覚華開く〈理趣曼荼羅義述に云く、金剛春菩薩、能く菩提覚華を以て供養の雲海を起こす、云々〉。
    面山瑞方禅師『永福面山和尚広録』巻15、『曹洞宗全書』「語録三」573頁上下段、訓読は拙僧


意味としてはこうなるだろうか。僧伽黎衣(九条袈裟)を付けて、塵埃を払う。三尊を敬礼して、一年がめぐったことを祝う。我はわた、金剛春菩薩のように、籬の梅が点点としてさとりの華を開いているのをもって、供養しよう。

立春の三尊とは何であろうか?よく分からない・・・

それから、「金剛春菩薩」だけれども、面山禅師が指摘している通り、『般若波羅蜜多理趣経大楽不空三昧真実金剛薩埵菩薩等一十七聖大曼茶羅義述』一巻に見える名前である。なお、華で供養をし、一切の衆生にその功徳をめぐらしたため、この名前になったという。いわば、華が開くということが春に通ずるのである。

ここで、面山禅師が意識されていたのは、以下の一節だろうか。

その宗旨は、梅開に帯せられて万春はやし。万春は梅裏一両の功徳なり。
    『正法眼蔵』「梅華」巻


これは、「梅開早春」という語句についての提唱である。梅が開くことに因んで、万春が早く至ったのである。いわば、万春とは梅の華の中にあるのである。転ずれば、さとりの華の中に、春が開けているのである。いや、立せられているというべきか?ちょうど今日は立春であるから、我々も春が来ることの真実義を参究されるべきであろう。

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