つらつら日暮らし

そもそも「戒名」という用語はいつから使われたのか?(11)

この不定期掲載の記事であるが、気付いたら11回目になっていた。【前回の記事】に於いては、『真宗百通切紙』(延宝9年[1681]2月成立、天和3年[1683]9月開版)の文献を見たところ、浄土宗で用いられていた「戒名」という語に対して、浄土真宗側から、「法名」という用語の差異を主張したものであった。

拙僧なりに浄土宗側の文献を調べていたところ、或る文献に行き当たったので、今日はそれを紹介しておきたい。その文献だが、『浄土無縁集』(全一冊)という。拙僧の本務地に所蔵されているのは「寛永十五戊寅暦二月十五日 平田長左衛門開板之」との刊記が確認される一冊である。寛永15年とは1638年であるから、これまで拙僧が読んできた、一連の『無縁集』系文献の中ではおそらく一番古い刊行物であると思う。実は、以前からこの文献には注目していたのだが、これほどに古い版本があるとは確認出来ていなかったので、この記事で採り上げるタイミングを計っていた。今回、職場にあったのには驚いた。いや、あれ?拙僧から頼んで買って貰ったんだったかな?それで、内容から浄土宗で用いられていた文献であったものと思われるが、何故か他宗派に関する事柄も書かれている(後述する)。

そこで、本書を見ていくと、「戒名」という用語が散見されたので、見ておきたい。

太夫には上の置字に
神子と書き戒名を入れ禅男と書き下に林位と書き、同じく女には禅女と書く也。
    『浄土無縁集』29丁表、訓読は拙僧(以下、同じ)


この一節は、「位牌」の書式のことであると思われる。「太夫」とは、能や歌舞伎、浄瑠璃等の芸を行う人達でも、特に上級であった場合を指すという。後述するが、身分の低かった場合には、少し扱いも変わっていた。それで、上記一節に「戒名」という用語が確認された。よって、先の記事よりも、約50年遡る文献に、用語としての「戒名」が確認されたことになる。しかも、浄土宗系で、という予想も証明されたこととなる。これで、この記事自体は終わっても良いのだが、少しく興味深い内容も見られたので、以下も続けて見たい。

舞々には上の置字に
阿弥と書き戒名を入れ善畜男と書き、下には道霊と書く也。同じく女には禅畜女と書く也。
    前掲同著、29丁表~裏


位階としての「善畜男・禅畜女」については、「畜」の字が入り、いわゆる畜生道を想起させるようになっていることから、明らかに「差別戒名」であった可能性を指摘しておきたい。なお、この記事はかつての差別の状況を確認するために、敢えて引用しているが、それは差別の助長を目的としたものではない。読者諸賢におかれても、ご理解をいただくとともに、上記一節の取り扱いについては細心の注意をお願いしたい。それで、「舞々」というのは、先に挙げた「太夫」と比べて身分の低い芸者であって、このような差異が出たのかもしれないが、余りといえば余りである。

法華宗には上の置字に
南無妙法蓮華経と書き戒名を入れ下には霊位と書く也。
    前掲同著、30丁表


置き字だけで7文字?これは凄い。中々見たことが無い。また、本書に収録されているということは、法華宗(日蓮宗)の門徒を供養する機会が、珍しくなかったことを意味していると思うのだが、詳細は不明である。

時宗には上の置字に
立故と書き戒名を阿弥陀仏と書き下には福位と書く也。
    前掲同著、30丁表


こちらは時宗である。同じ浄土教系ではあるが、「戒名を阿弥陀仏と書き」となっているということは、故人の名前などを分けるようにはなっていなかった、ということなのだろうか。詳細はやはり不明である。

そこで、上記内容から、「戒名」という用語が、1638年には刊行された文献に確認出来ることが分かった。本書は、主として浄土宗系に用いられた可能性が高いようなので、『真宗百通切紙』の記載に合致する。ここまで来ると、後は1500年代の文献での確認が待たれるが、それはまた今後の研究次第である。

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