つらつら日暮らし

『六物図採摘』に見る十仏名について

この『六物図採摘』は、江戸時代初期に活動した南楚大江(1592~1671)によって提唱され、中国の元照の『仏制比丘六物図』への解説を収録した抄物とのことである。『日本大蔵経』「律部二」に収録されていて、現在では容易に見ることが出来る。

この全体が、近世初期の律学に関する見解を見ることが出来るので価値があるが、その中でも拙僧が気になったのは、「十仏名」に関する説示である。

 此十仏名の出処未だ詳しからず。或人云く、律苑清規に出づ、といへり。近代或人考て云く、蔵中弥天釈道安伝に出づ。其の図に云く、〈下掲の図参照〉
 行要鈔の唱礼の法も是の如き也。列する所の十名、仏に総別三身此土他土、僧に総別此土他土、終の一行は法宝。具には図の如し。此十仏名を唱るに、粥飯の時は和声、亡僧の時は哀声也。
    『六物図採録』巻下「鉢盂」項


また、十仏名の図については以下の通りである(『日本大蔵経』「律部二」巻・78頁下段)。



さて、上記一節について拙僧どもが参照できる文脈は幾つもある。まず、十仏名の出典がよく分からないというのはその通りである。『律苑清規(律苑事規)』は元代の成立だが、宋代の『禅苑清規』には既に確立され、栄西禅師や道元禅師の文献には出ているため、この大江という人は禅関係の文献を読まなかったのか?とも思っていたが、別の箇所では『禅苑清規』も引いていた。この辺はよく分からない。また、『釈道安伝』についてだが、これは以下の一節が該当するとされるらしい。

制する所の僧尼軌範仏法憲章、條として三例と為す。〈中略〉二に曰く、常日六時に行道、飲食唱時法。
    『高僧伝』巻5「釈道安」章


この「飲食唱時法」がどうも「十仏名」だと思われているらしい。

それから、「十仏名」の仏の部分を「総別三身此土他土」に分けるというのは、拙僧どもの「十仏名」では「阿弥陀仏」が入らないので、この辺は少し違和感が残る。また、分類図では「此土・補処」に配される弥勒尊仏ではあるが、曹洞宗では三世仏の未来仏に配されると思う。

始め法報応の三仏号を挙し、次に当来補処尊を称す。総じて十方三世諸仏を以てす。
    『洞上伽藍雑記』「十仏名」項、『曹洞宗全書』「清規」巻・864頁上段


この通りで、三世諸仏として弥勒尊仏を考えていることが分かる。

また、僧(菩薩)の部分についても、「総別此土他土」となるのだが、これは観音・勢至を阿弥陀仏の脇士とみて、「他土」だとしているのである。だが、我々の十仏名には「勢至」が出ないし、阿弥陀仏も出ないので、当然に「他土」という発想が出てこない。

ただし、末尾の「摩訶般若波羅密」の部分を「終の一行は法宝」とあるのは、それ以外説明しようが無いといえよう。

そして、最も参考になったのは、「此十仏名を唱るに、粥飯の時は和声、亡僧の時は哀声也」とあることだろう。今の曹洞宗では、何の気なしに唱えている「十仏名」ではあるが、葬儀の時に「哀声」を用いるというのは、軌範上も無いとはいえ、そこに何らかの惜別の情の表現や、場合によっては教化の意味合いを見出すことも出来る。

それを読めただけでも大きかったといえよう。なお、今回参照した『六物図採摘』だが、授戒法などについての提唱もあるので、また別の機会にも学んでみたいと思う。

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