つらつら日暮らし

『彼岸之弁』参究4(令和5年度・秋の彼岸会)

今日は秋の彼岸会4日目である。いわゆるお中日である。

そこで、早速ではあるが、彼岸会について検討したいと思っている。ところで、今回紹介している『彼岸之弁』という文章なのだが、いよいよ彼岸期間中に天上界で何が行われているか、理解が進んできた。今日も読み進め、中世から近世にかけての彼岸に因む世界観を学んでみたい。

 然るに炎王に二人の冥官あり。一人を龍行人と云へり。一人を夜叉神と名く。刹那の間に世界を廻り、其の所々の善悪を造る者を、一々告げしらすとあり。此の二人も十王十体も心の外になし。善性・悪性の二人より、十悪十人の目付出る也。是れを三鬼七鬼と云ふ。合して十体なり。
 扨、又、司名司録神と云有て、筆を染て善人をば金札に付け、悪人をば鉄札に付、無記性のものを非宝非博印とて、金鉄和合の帳札に付、其れを三復八校と云ふて、三度迄復し八度迄誌あわせて、此の帳札を閻魔大王に奉れば、大王より又、帝釈天に奉り、大梵天是を熟覧有て善性の金札には宝印と云ふを推て、帝釈天い(※「に」か?)あづけ忉利天の喜見城の未申に当て、三世諸仏の御宝蔵善法堂に納め、又、悪業を記したる鉄札には悪印とて悪業の印を推しそいて、炎魔大王の預にて冥府の炎王宮の内、寿教院と云に納めらると説てあり。
    『志妄想分別集』2丁裏~3丁表、カナをかなにし、漢字も現在通用のものに改めるなど見やすくしている


前回名前だけ出しておいた「炎王の冥官」と「司名司録神」についての紹介である。まず、「炎王の冥官」については、彼岸会に限らず、我々を一生涯見張る役目として考えられている。それは、刹那の間に世界を巡るとされているためで、分かりやすくいえば、我々の行為が、65分の1秒(約1刹那)ごとに、細かく善悪が記録されているということになるだろう。しかし、拙僧つらつら鑑みるに、行為というのは、或る程度の時間を経ないと判断が付かないこともたくさんあるので、刹那毎に記録しに来ても、意味が無いのではないか?等と思ってしまうが、この辺はどうなのだろうか。

それから、「司名司録神」というのは、いわゆる閻魔大王の手下のような人であって、どうも、大王はこの者達の報告に従って、最終的な行き先を決めているようである。面白いと思うのは、「三復八校」であろう。つまり、この記録する神は衆生の善悪の様子を、ただ一度きりではなくて、何度も書き直して、正確なところを報告するようである。

なお、閻魔大王は報告された内容を、帝釈天に奉り、さらに大梵天などが熟覧して、内容を確認するという。最終的に「喜見城」の「未申(南西に当たる)」にあった御堂で、確認されたことを示す「印」が押され、最終的に冥府の炎王宮に、報告が記された札が格納されていたという。

つまり、我々の善悪の行いは、このような天部の者達の確認の下で確定されるといえる。おそらくは、日本人が作った世界観であるとは思うのだが、何とも壮大なものであると思う。今日はお彼岸の御中日であり、秋分の日である。せっかくの休日、寺院に参って手を合わせておきたいものである。

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