つらつら日暮らし

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そもそも「戒名」という用語はいつから使われたのか?(9)

2019-05-13 11:58:46 | 仏教・禅宗・曹洞宗
この不定期連載は、中世には用いられていた様子が見られない「戒名」という用語が、いつ頃から用いられ始め、一般的な名称の地位を得たのかを検討するものである。そこで、拙僧は既に、18世紀中頃という1つの結論を見てはいるのだが、今回は以前から一度見ておきたかった文献を確認しておきたいと思う。

それは、藤井正雄先生『戒名のはなし』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2006年)に於いて、「戒名」の用語の初出ではないかと推定されている『塩尻』についてである。この『塩尻』だが、江戸時代中期の尾張藩士であった天野信景(生没年は1663~1733、名の読み方は「さだかげ」とのこと)によって著された文献で、一般的には「随筆」という分類がされている。明確な藩の御用記録ではないし、内容に対しても正確さという観点で疑問が寄せられることがあるためである。

なお、この『塩尻』は全部で170巻ほどが現存しており、一般的には内閣文庫所蔵の100巻本を翻刻刊行した『随筆珍本 鹽尻(上下巻)』(帝国書院・明治40年)が古くは参照されただろうが、今では吉川弘文館『日本随筆大成』に収録され、そちらが参照される場合が多いと思う。拙僧は個人的に前者の明治期刊本を所持しているので、今回の記事はそれを用いて書いておく。

藤井先生が指摘されるように、「戒名」という用語については、本書55巻に於いて「戒名道号」という名称で立項された箇所に見ることが出来る。内容を見る前に、簡単な解題を申し上げると、この『塩尻』については、元禄年間から書き始められ、おそらくは天野の逝去する前まで書き続けられたものという評価がある。そして、今回見ていく本書55巻だが、後半はその内容から正徳甲午(4年、1714年)に記録されたものであると推定出来るが、前半は分からない。ただし、彼岸の内容なども見えるから、同年と考えても差し支えは無いと思う。

そこで、同項目の内容は以下の通りである。

○法名に戒名あり道号あり。されど、中世までは貴人といへども、只二字の法名の外、別に道号書く事なかりし。御堂関白道長公の法名を行覚と号し、多田満仲の戒名を満慶と号せし類也。其後、士家剃髪して房号法名を付事間々見ゆ。熊谷入道を法力房蓮生と称せし類也〈これ法力蓮生法師と呼ぶ〉。
    明治期版『塩尻』下巻・70頁上下段、読み易く句読点を付した


こちらが、「戒名」という用語の初出ではないか?と思われている一節である。確かに語句は出ているから、そのことに異論は出しようもない。ただし、ここで著者の天野がどういうつもりで「戒名」の用語を使っているのか?と考えると、色々とややこしくなる。まず、概念としては「法名」が大きく、その中に「戒名」や「道号」があったのかな?と思いきや、そこまで単純でもない。途中に「二字の法名」と出てくるので、これがおそらくは最も基本になるのだろうと思う。その例として理解出来るのが御堂関白と称された藤原道長(966~1028)の事例である。また、一方で法名の別の様式としての「戒名」が付けられたと指摘されていると思われるのが清和源氏の一族である多田満仲(912~997)である。なお、満仲の出家は、65歳の時に天台宗の恵心僧都源信を師として行われており、『今昔物語集』の題材になったり、当時の貴族達の日記に記録されたりした。

だが、そちらでも「戒名」ということで書かれてはいないし、そもそも出家した人なので、もしかすると出家者の名前、という意味で「戒名」と用いている可能性が出て来た。ただし、熊谷入道などは少し微妙な位置付けではあるが、この人も法然上人を師として出家し、蓮生と名乗ったことは上記一節の通りであるから、どうもこの使い分けの意味が分からない。

よって、結論としては曖昧なところが残るけれども、確かに「正徳4年」前後という時期に「戒名」呼称が存在したことが分かるものの、その意味としてはやや不分明だということであろう。なお、天野は『塩尻』第55巻に、「二字の法名」という項目を挙げて、ここでは道号や居士号(位階)の問題を指摘しているので、それはまた機会を見て検討したい。

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2 コメント

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Unknown (小父さん)
2019-05-13 14:51:30
戒名についてのとてもお詳しいご考察拝読させていただきました。

私も一応仏教徒ですが、最近では生まれて保育器の中で旅立った二人の赤子の戒名を墓の前で心に刻むくらいです。

私は、福岡で育ちましたが、小学生前後に祖母と毎日仏壇の前に座り、祖父と幼くして亡くなった祖母の娘(伯母)の戒名を声を出してとなえていたことも思い出しています。

有難うございました。
コメントありがとうございます。 (tenjin95)
2019-05-21 20:54:09
> 小父さん さん

ご指摘いただいた内容で、やはり戒名が生者と死者を繋ぐものなのだと確認出来ました。なお、ご家族の皆さまのご冥福をお祈りいたします。合掌

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