つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

今日は解夏の日(平成18年度版)

2006-07-15 06:41:11 | 仏教・禅宗・曹洞宗
ネタがないわけではないのですが、作っていたら去年とかぶってしまったことに気付いた拙僧(なので、敢えてリンクせず。興味のある方は検索などで探してください。でも、全く同じになるとは)。。。されど、拙僧は棚経で時間がないので、許してくださいませ

とりあえず、今日は、4月15日から始まっていた夏安居の終了日、解夏であります。道元禅師は、かつて永平寺に於いて解夏に因んで以下のような上堂を行っています。

●『永平広録』巻3-248上堂

【原文】

解夏上堂。四月十五日握拳、七月十五日開拳。中間一句子、超越両頭辺。作麼生是超越両辺底一句子。眼皮綻鼻孔穿。

【訓読】

解夏の上堂。四月十五日握拳し、七月十五日開拳す。中間の一句子、両頭の辺を超越す。作麼生か是、超越両辺底の一句子。眼皮綻び鼻孔穿たり。

【訳文】

 安居が解かれる日の上堂。
 四月十五日に拳を握るように安居が始まり、七月十五日に拳を開くように安居が終わる。その中間の一句は、(始まり・終わりという)両辺を超越しているのである。そこで、どのようなものが、両辺を超越した一句であろうか。
 それは「瞼がほころび、鼻の穴が開く」ということだ。
    拙僧ヘタレ訳


【解説】

四月十五日に始まり、七月十五日に終わる安居とは、問題はその中間こそが重要なのであります。何故ならば、安居とはその中間の「九十日(九旬)」こそが、その真面目だからです。そして、安居している事実に於いて、我々は我々自身となるということも言えます。道元禅師が本上堂で述べた最後の言葉、「眼皮綻び鼻孔穿たり」ということは、まさに以下の事態を目と鼻を使って表現したことに他なりません。

まさしく仏在世の安居より、嫡嫡面授しきたれるがゆゑに、仏面祖面まのあたり正伝しきたれり。仏祖身心したしく証契しきたれり。
    『正法眼蔵』「安居」巻


曹洞宗の両大本山(永平寺總持寺)を始め、各地の専門僧堂で安居された雲水の皆さん、大変にお疲れ様でした。

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