つらつら日暮らし

無住道曉『沙石集』の紹介(8e)

前回の【(8d)】に引き続いて、無住道曉の手になる『沙石集』の紹介をしていきます。

『沙石集』は全10巻ですが、今回紹介する第7巻は正直者であるとか忠孝の者というように、「義」に関するお話しであります。今回は「十一 君に忠有りて栄えたる事」を採り上げます。悪行を重ねる困った僧侶達よりも、俗人の方が素晴らしいという話でしたが、今回は主君に忠節を尽くしたところ、その報いがあったという話です。この辺は、当時の社会が徐々に中世に向かって進んでいることを如実に示す話だと言えましょう。ただ、ここで採り上げる話は、ちょっと変わっています。「くじ引き」の話なのです。

 先年の頃の話だが、何者が言い出したのか、相手をくじ引きで決めて、先方が引き出物をすれば、当座の災難を逃れることができるということを、京だろうと田舎だろうと、広くその評判を噂したため、上流社会でもこのことが行われたようである。ある公卿の屋敷で、くじ引きを行おうということになり、相手が定められたのだが、この者はこれまで主君から所領や褒美を与えられることもなく、自分の蓄えもなくて、ただ貧しい侍として宮仕えしていたのだが、主君の相手とな(って贈り物をす)ることになった。これもまた、不運の極みだと自分でも思ったが、周囲でもそのような評判となった。
 普通に商売をして生計を立てていた貧しい女性と、長年夫婦として生活してきたが、その妻に語って言うには「前世の約束で、長年お互い愛情浅からず過ごしてきたから、臨終を迎えても、遅れることも先立つこともないようにしようと思っていたのだが、思わぬことが起きたので、出家入道して、各地を修行してまわろうと思い立った。寄り添うことも今夜ばかりかと思うと、名残惜しくて、思うところも言葉にならない」と言ってさめざめと泣くものだから、妻が「何事があって、そんな想いが出てきたのです。道心(=修行したいと願う心)でも起こったのですか」と質問したが、夫は「道心ではない、お屋敷で世間で評判になっている御事をすることになって、その相手をくじ引きで選ぶのだが、多くの奉公人がいるのに、御館様の相手に選ばれてしまって、恥をかこうとしているのだ。同僚たちであれば、型通りに「まへは(註・詳細不明)」を払うことができるが、見苦しいことをしては恐れ多い。良く準備しようとしても、その力がない。ただ姿をくらまして、そのついでに道心はないが、山々に寺々に修行して、恥ずかしいことから逃れようと思っているのだ」と言った。
 妻は「そんなことであれば、何故嘆くことがありましょうか。人は結果としての人生も、幸いに思うことも、心づもり一つです。これを機会に、世を厭おうと思っても、既に御館様のお相手になりました。そこで、立派な贈り物を差し上げてから、お屋敷を辞めて出て来ればよろしいではありませんか。前世からの約束で、夫婦となって今日まで想い変わらずに過ごしてきたのです。路頭に迷うなら、一緒に路頭に迷います。この屋敷や土地も一緒に質に入れてしまって、準備してください」と言ったのだが、夫は「人生の結果が悪くて、これまで御館様から恩賞などもいただいていないから、良い思い出もなくて、ただ長年一緒に過ごしてきただけで、心苦しく気恥ずかしく思っていたのだが、今回、私のために、お前まで一緒に路頭に迷うのは残念だ」と言ったが、妻は「何故そのように思うのですか。今回を機会にして、尼法師になって、後の世の菩提のために修行しながら、善知識と思って奉ります。これほど生き甲斐のない世間なら路頭に迷ったところで、嘆くにも及びません」と言ったため妻の志は、まことに浅からず見えた。そこで「そうであれば、お前の思いに従おう」として、屋敷を売って、5~60貫ばかりを用立てて、銀の折敷に金の橘を作らせて、仰々しく紙に包むと懐に入れて、その日を迎えた。
 お屋敷に参った。
 各人それぞれにお互い、色々な引き出物をしたのだが、「どうだ、お前さんは、御館様の相手になってしまったけど、その用意はできたのかい?」と言うので、「どうして準備しないことがあろうか」と言った。そこで、みな「どれほどの準備をしてきたのだろうか」と言って、目や口で合図して、顔を横にして、面白げに思い合わせていた。
 そこで、懐から紙に包んだものを取り出して、主君の前に置いたのだが、皆は「たいしたことは無かろう」と思っていたため、既に笑っているような者もいた。そして、その前に置いたものを、引き広げてみたところ、銀の折敷に、金の橘という置物であった。想像もできないほどに素晴らしく作られていたため、これを見て、皆、目を驚かし、苦々しい表情になった。
 主君は思うところがあって「それにしても、たいした恩賞もないのに、このような思いもよらぬような贈り物を出せたのだろうか」と、屋敷内の者に尋ねたところ、「このような子細だと承っております」と、詳しく経緯を聞いた者が申し上げたので、大いに感心されたのだった。
 その後、お返しの引き出物に、紙一枚をいただいた。それには、都にほど近い場所の荘園を千石ばかり所領とすると書かれていた。結局、この者は大変に富み栄えることになり、その後はますます良くお仕えしたので、重ねて恩賞を得るまでになった。
 ありがたい果報ではないか。妻の志も誠実で素晴らしく思える。要するに、人は貧しくても、志を立てて、恥を知って忠義を尽くすべきなのだろう。
    拙僧ヘタレ訳


いやはや、まるで『功名が辻』に描かれる賢妻・山内千代(NHK大河ドラマだと仲間由紀恵さんが演じる)のようなお話しでございます。

今回のエピソードに描かれている「くじ引き」なのですが、要するにお互いに贈り物をすると、災難から逃れるという評判があったようなのです。では、くじ引きして交換する相手を決めようということになったわけですが、運悪く一番お金を持ってなさそうな家臣が主君との相手になってしまったわけです。主君相手に変なモノを贈っても、後々笑いものになるだけ・・・それならいっそのこと出家して放浪の旅に出ようとか思っていたところを、妻の機転によって逃れ、そしてますます大きな富を得たというお話しでございます。

無住道曉は、おそらくここに、夫婦が前世からの因縁で強く結ばれているという素晴らしさを見ていると思われますし、また妻が申し出て、全てを捨てて事に当たろうとするその自由さ(それこそ無住さ)にも共感しているように思います。最近では、あまりこのような「前世からの因縁」なんて考える人も少ないでしょうし、厚生年金を分けられるというので、熟年離婚も増えているようですが、拙僧つらつら鑑みるに袖すり合うも多生の縁とまでいうこのご時世、ましてや結婚となれば前世からの約束があったと見て、一つ夫婦円満で晩年を過ごされるのもよろしいかと存じますが、如何でしょうか?

問題は、これが独身の拙僧から言われていることで、全く説得力がないということでしょうな。。。

【参考資料】
・筑土鈴寛校訂『沙石集(上・下)』岩波文庫、1943年第1刷、1997年第3刷
・小島孝之訳注『沙石集』新編日本古典文学全集、小学館・2001年

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コメント一覧

風月
大変面白かったです。



やはりこのような話をネタにして小説も書かれているのかも知れません。
うささじい
夫婦相和し
>人は貧しくても、志を立てて、恥を知って忠義を尽くすべきなのだろう。



前世からの因縁で夫婦になったからには、死ぬまで一心同体という心も良かったし、最後のこの言葉も良かったです。

やはり人間は心ですね。心が美しく言葉も美しく整っていれば、自然とその行動にも出るものなのでしょう。



夫婦相和し、力をあわせれば何とかなる・・・なれば良いなぁ~・・・



良いお話でした。

tenjin95
皆さんコメントありがとうございます。
> 風月 さん



お楽しみいただけましたら幸いです。

それにしても、こういったお話しは、おそらく為政者側からしても、悪い話ではないでしょうし、どうやら忠義=報恩という思想的背景に、僧侶が協力した形跡がありますね。



でも、今回の話はそれとは関係なく、いい話ではありますけれども。



> うささじい さん



夫唱婦随といわれますが、今回は婦唱夫随でありますね。



道理のかなった言葉に、男性も女性もないというべきなのでしょう。そうやって家庭が円満であり、あるいは寺族さんの意見を取り入れて寺院運営が成されていくと良いですね。
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