つらつら日暮らし

仏教、禅宗を学ぶ曹洞宗の禅僧によるつらつらなる日暮らし。時事ネタ、野球ネタもあります。

最も重要な法要とは?

2019-06-18 08:31:44 | 仏教・禅宗・曹洞宗
ちょっと面白い文脈を見出したので見ておきたい。

  示衆
 一日、貴賤雑踏して法要を聞かんことを願う。師、曲彔に拠りて声を引いて高唱に二返して曰く、「火の用心、火の用心」。
    玄楼奥龍禅師『蓮蔵海五分録』巻3、『続曹洞宗全書』「語録三」巻・361頁下段、訓読は拙僧


これは、江戸時代後期に天桂派の学匠として知られた玄楼奥龍禅師(1720~1813)の示衆である。

正直申し上げて、これがどのような場面で行われた説法かは分からないのだが、直前に「完戒上堂」が見えるので、結制中に説法する機会があって、その中で貴賤とあるから世俗の人々が来て、「法要」を質問したのだろう。「雑踏して」とあるのが良く分からないのだが、本堂に多くの人が入っていて、そこで聞かれたのだろうか。

そこで、玄楼禅師は椅子に坐りながら、声を大きくして2回「火の用心、火の用心」と述べたという。

まぁ、「火の用心」は、確かにとても大切なことだ。特に、木造建築がほぼ全てであった江戸時代後期であれば、「火の用心」は法要といっても問題は無いように思う。

それにしても、これは拙僧の勝手な解釈であるかもしれないが、「用心」とは禅の奥義でありうる。

 問う、十二時中如何が用心せん。
 師曰く、獼猴毛蟲を喫す。
    『景徳伝灯録』巻17「新羅臥龍和尚」


これは、十二時というのは今の24時間に該当するので、一日中どのように用心するべきなのか?という問いなのだが、それに対して「サルが毛に付いた虫を食べるようなもの」としている。普段から毛繕いをして、或る意味無分別にパクパクしている様子を用心だとしているのだろう。

火の用心についても、普段から不断に気を付けるべきだということでどうだろうか。それが的確に出来ると、悟りまで一直線な気もする。この辺は、持戒・禅定両方に掛かり、その上で智慧も確立されるであろう。

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