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衣服とマクロビオティック

2006年10月31日 06時44分43秒 | マクロビオティック

マクロビオティックではあまり、語られない衣服の部分なのですが、久司道夫著「マクロビオティック健康法」では以下のように書いてあります。

マクロビオティックに従った食事をしていると、持って生まれた敏感さが回復し、

衣服、特に肌に触れる服については、不自然な化学繊維や合成繊維でつくられたものを自然に避けるようになり、

木綿や麻などの植物繊維や絹などの自然の繊維を好むようになります。

自然の素材は、皮膚呼吸による新陳代謝を円滑にし、自分のまわりある自然の電磁波エネルギーが身体中をスムースに流れるのを助けます。

さらには、衣服の汚れも少なくなり、長持ちするようになる。

 

僕もここ十年ほど、仕事で使う雨具以外は、化繊の衣類はまったく、身につけなくなりました。

下着類や靴下は絹100%(五本指の靴下は野蚕のものがおすすめです。)、

それ以外のものは、綿100%のものを身につけることが多いのですが、たまに化繊の衣類を身につけると息苦しい気がして、すぐに脱いでしまうのです。

 

山で遭難して見つかった人は天然繊維を着ていた人が多いと言う話を聞いたことがあります。

冒険家の故植村直己氏も元々天然繊維を着ていましたが、マッキンリーで亡くなった際には、スポンサーから提供されたハイテクの化学繊維を着用していたそうです。

 

農薬を使った食べ物や添加物だけでなく、化学繊維も動物の感覚を狂わせてしまう何かがあると思います。

マクロビオティックとは自然(地球、宇宙)と調和する事だと思います。

自然の摂理に逆らって生きているのは人間だけなのだから、

地球を良くするのも悪くするのも人間にかかっていると思います。

 

最近のLOHASブームで近頃のファッション業界も自然派志向の素材が多くなってきました。

オーガニックコットンを用いたり、天然染料を使った服がもっと増えてくるといいと思います。

衣というとどうしても食と切り離されたイメージが強いですが、昔の百姓は、綿を栽培して、畑仕事が無い時期に、機織をしたり、染色や養蚕をしていました。

そういった意味で、農業と衣を繋げていくきっかけ作りもいずれできるといいなと思います。

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左耳の相棒

2006年10月26日 09時26分26秒 | 自分の事

僕は生まれてまもなく左耳がほとんど聞こえなかったのですが、最近あることがきっかけで補聴器をつけてみようと思いました。

今の補聴器はデジタルが主流で、コンピューターが内蔵されて雑音などはカットされるため音質もクリアーです。

デザインもカラフルなものやもシースルーなどのものもあってつけるのが楽しくなるようなものが多くなりました。

今までの僕は人と話したいけど、話が聞きとりにくいので相手に不快な思いをさせてしまうのではないかと思い遠慮していたりしていたのだけど、そういったことも無くなりましたし、自分の趣味である音楽も今までは聞くだけのものという感覚だったのですが、自分で弾いてみたいと思い、アコースティックギターも早速購入しました。

いつか畑でも演奏したいと想いながら、毎日少しづつ練習しているところです。

両耳が聞こえるのと聞こえないのでは性格にも影響が出るものなんだなと実感しました。

補聴器との出会いにも感謝です。

 

 

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新たなスタート

2006年10月22日 08時04分55秒 | 心のつながり

blogタイトルをカエルファームからcLOVEr cafe(クローバーカフェ)という名に変えました。

四葉のクローバーとloveをひっかけています。

カエルファームをお休みしたのは久しぶりに病気が発症したからです。

精神の病気を自然療法で治す場合、精神病の症状として排毒(排出)する場合があります。

それをどう受け止めるかで治癒するかどうかが分れてきます。

自然療法(冷え取り健康法、マクロビオティックなど)で精神病(統合失調症、うつ病、躁うつ病、自律神経失調症、パニック障害など)を克服した例が少ないのは、こういったことも大きいと思います。

今回もいろいろな出会いや出来事があり、その中で大きな悟りがありました。

どうしても病気のせいにしてしまう人がいますが、僕はいつも病気から学ばせていただいています。

「病気のせいではなく、病気のおかげ」

「すべての命はつながっている」

「地球はみんなの家」

「平和とか環境問題とか結局は自分の愛するもの

つまりそれは身近な家族、恋人、友人、動物、植物を守る事」

「大事なものを守ろうとする事はきれいごとでもなんでもなく、生きとし生けるものの本能。」

「病んでるのは人間の前に社会であるということ」に心から気が付きました。

病気はその人に与えられた人生の宿題であると思うのです。

答えが解けた時にきっと大切な何かが見えてきます。

これからも僕は名も無き地球のお医者さんでありたいと思います。

 

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イベントのお知らせ(チャド祭でごはん)

2006年10月21日 07時04分43秒 | イベント

 11月5日(日)AM11:00~ 

場所 愛知県知多郡美浜町布土のchado畑にて

参加料1000円  

チャド(さいとう)連絡先080-3284-3999

百姓仲間のチャド(さいとう)が一周年でイベントをやります。

僕も先週、稲の収穫祭を終えたところです。(バタバタしてblogには告知できなかったです・・・ゴメンナサイ)

blog上だけでなく実際にあって対話する機会を増やして生きたいので、これから、こういった農と料理と食が繋がっていくイベント自分や友人たちと立ち上げていく予定です。

今回のチャド祭りは畑で取れたものを畑でいただくというのがコンセプトです。

当日は「空色曲玉」「アリスベジタリアン」「Pinch of salt」「石川カレー(ゾンネガルテン)」などによる出店をはじめ(まだ増える予定です)

みつろうキャンドル作り、創作かかし作り、畑でヨガ、DJライブなども予定しています。 僕も妻と行く予定です。

場所が分かりにくいのでよかったら一緒に行きましょう。

     

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パーマカルチャー(百姓の意味とは)

2006年10月08日 09時14分38秒 | 環境

パーマカルチャーという言葉を耳にしたことがありますか。

永久とか永続的という意味を持つパーマネントと、農業のアグリカルチャーをかけあわせた造語。

カルチャーには文化の意味も込められ、日本語に訳せば『永続的な農業』あるいは『永続的な文化』となります。 

このパーマカルチャーを提唱したのはオーストラリア人のビル・モリソン。1970年代前半のことです。70年代と言えば、世界中でヒッピームーブメントが起こっていた時代。

ディープなヒッピーの多くは自由を求めていたのと同時に、プリミティブなライフスタイルへの回帰もビジョンの中に持っていました。

そんなヒッピー文化に影響を受け、オーストラリアの東海岸でパーマカルチャーは生まれ、成長していったに違いありません。 日本でのパーマカルチャーの広がりは、93年にビル・モリソンが書いた『パーマカルチャー―農的暮らしの永久デザイン』が翻訳発行されたことが、大きな一歩となりました。

パーマカルチャーは生態系を基本としています。動物から植物、微生物まで、生態系のなかにはありとあらゆるものが存在している。

それ同士がお互いに、エネルギーとか物質とかでやりとりをしている。お互いがお互いのゴミにならない、ひとつのものが出すものを次に利用する。エサになったりエネルギーになったり。だから結果として、地球では人間以外の生態系にはゴミというものがないわけなんです。

そのシステムを人間の暮らしのシステムになんとか応用できないのかということが、パーマカルチャーの基本的な考えです。

パーマカルチャーを、農業の一種だと考えていらっしゃる方もいる。けれどそうじゃなくて、農業でも衣服でも建築でもなんでも、自分の周りにあるすべての要素がデザインの対象なんです。 

すべての要素の関係性やつながりを目指すのがパーマカルチャーの概念なんです。ビル・モリソンさんが言っているのは『最終的な目的は、食べられる森を作ること』。

森というのは、生態系のひとつの象徴。ありとあらゆる生命がいて、それがお互い森の中ではいい関係を保っている。

我々人間のシステムは、例えばコンビニの袋やファーストフード店の紙コップでも、使い終わった後にはゴミになってどこかへ行ってしまうわけです。ゴミが次の生活のシステムのなかで利用されるということはありません。

次の生活のなかで、僕らから出たものがちゃんと有効利用されるようなシステムにしましょう。もちろんリサイクルもしますし、極力資源を使わないようにする。生活のデザインを、地球というものの尺度で考えましょうよ、ということなんです」

 パーマカルチャーとは、食も衣も住も、自分の周りのすべての環境をリンクさせたライフスタイルをデザインすること。

50年前のおじいちゃんやおばあちゃんには、生活の知恵がありました。

それが日本のパーマカルチャーなのかもしれません。生活のための知恵、無駄にしないアイデア。我々の世代では忘れてしまったことなんだけれど、今引き継げばまだ間に合うと思うんです。 

日本には百姓という言葉があるじゃないですか。百の姓を束ねる人、つまり百の仕事を持っている人という意味があります。自分の生活の周りにあるすべてのデザインをやっていこうと思うと、すべてのことに自分の手を下さないといけないわけです。食べるものも飲むものも着るものも、家もそう。

現代の我々の生活というのは一姓になっているわけですね。農業だけとか建築だけ、衣服だけ、料理だけとか。

自分のできる姓をひとつずつ増やしていくこと。どんな小さなことでもいいと思うんですね。例えばファーストフード店にいったら、紙コップを使わなくてマグカップを使うとか。ちょっとした土地があれば、簡単に育てられる野菜を植えてみるとか。

ちょっとだけ、自分の生活を変えてみること。99も外注していたことを98に減らす。とりあえずのひとつのスタートだと思うんです。

みんなが99を98に減らすことができれば、都市全体から考えれば、ずいぶん変化があるはずです」 人口密度が342人を超える日本では、循環によってすべてをまかなう生活の実現は、非常に難しい。

日々生活していくなかで、利用されることのないゴミはどうしても排出されます。ただゴミをいかに少なくするのかを考え、身の周りの小さなことから実践していくことは難しいことではありません。 

パーマカルチャー、それはすべての共生と循環を想定した、地球にとっても私たち人間にとっても居心地のいい生活の提案に他なりません。

 

美しくて、地球や環境に良い農的暮らしをデザインしていくことが若い人が農業をやるきっかけになると思うし、農と料理と食で一つの循環だと思うのです。

農家の人と料理する人とミュージシャンやアーチストが想いを一つに出来るようなきっかけ作りをこれから仕掛けていけると良いと思うしそれが自分の役割のような気がします。

 政治や宗教ではなく芸術そのものが人々を感動させる力を持っていると思うし、こういった事と芸術(音楽、アート、文学など)が融合していく事が世の中を良くしていく事の鍵だと思います。

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