テレビ会議・WEB会議について語る人

テレビ会議・WEB会議、及びそのマイクスピーカー等周辺機器についての話題や考えたことを語ります。比較サイトも運営中

続続:テレビ会議による「遠隔授業」は被災地の子どもに何をもたらすか

2018-10-20 20:08:34 | ユースケース

テレビ会議やWEB会議について比較・解説するサイトを運営しています。 

前回の記事では、『福島県内で東京電力原発事故により避難指示が出された小中学校で、生徒数や教員数現象による教育的格差を解消するために「遠隔合同授業」を実施する』という記事を紹介しました。その中で、

  1. 「遠隔授業」がなぜ難しいか

について少し掘り下げて記述しました。 

今回は、なんとかポジティブに、

「遠隔授業が成功するとしたらどのようなストーリーが考えられるか」

についてアイディアを書きたいと思います。

 

「TV会議システムの不確定性」を乗り越えるために

テレビ会議を使った遠隔授業の困難さは、前回記述した「TV会議システムの不確定性」が現在学校の授業にはミスマッチ、相性最悪という点に尽きます。

しかしそれはあくまで、求める授業の内容が現在学校で行われている範疇を超えず、その延長線上だけで考えているからです。

会社業務のICT化でも何でもそうですが、単にそれまでの業務スタイルをIT化によって効率化する、より便利にする、という姿勢では、ほぼ失敗します

むしろ、業務をICTに寄せていく、誤解を恐れず言えば「人間が機械に合わせる」といった姿勢と覚悟が不可欠なのです。

たとえば車やパソコンは、それに取って替わられた馬車やワープロの「完全上位互換」ではありません。
馬車はガソリンスタンドが無くても前に進みます。ワープロには「筆記用具の延長線上風の道具感」といった質感的な良さがあるでしょう。

しかしいまだに馬車やワープロを使う人がいるとすれば、それはいたって少数であり、趣味の範疇にしかなりません。 スマートフォンのソフトウェアキーボードがいまだに慣れず、ガラケーの物理ボタンを傾慕する人もおり、馬車やワープロよりは多いだろうもののこれも年々減少するでしょう。

人間が身につけるべきスキルということで言えば、昔の人のほうが達筆だったといえるでしょう。そろばんも今より普及していましたから、暗算が得意な人も多かったでしょう。それらは今でもあるに越したことはありませんが、机上にそろばんを置いたり筆を置いて仕事をするシーンはほぼなくなりました。

例を言い出せば枚挙にいとまがありません。物であれスキルであれ、新しくより時代によりフィットするものができれば必ず失われる何かがあり、 それを受け入れて進む道を我々は選んできたわけです。その中で、良いか悪いかは別として、その時代時代で尊重された物やスキルは失われ、より必要とされるものに適応せざるを得ません。

さて、「テレビ会議やWEB会議を使った遠隔授業」に置き換えて考える場合、それに対して我々が必要な適応とは何か、また、革新とは何か、についてきっちり考えなければいけません。

我々が現在会社で求められることは、いかに短い時間で多くの作業を終えるか、もしくは創造的アイディアを創出するか、に尽きます。

更には、ビッグデータとAIを駆使して、人間の想像の範疇を超えた発見をし、世の中に適用していくというフェーズに入ろうとしています。

そのような中で、勤勉で忠実な人材を大量生産することを目的とした教育だけで足りるはずはありません

座学スタイルの授業は極力減らす

今や多くの企業で、一人一人順番に状況を報告するような会議は時間の無駄であると気づいています。
Slackなどの同時平行コミュニケーションツールでリーダーに報告して完了、というスタイルも珍しくありません。

案件の進捗などもすべてデータ化してBIツールに入力すれば、ツールが解析・可視化して人間にボトルネックや課題を提示してくれます。そのようなプロセスにおいて人間が発声しそれを書き取りキーボードで入力するという作業は2度手間3度手間でしかないのです。

つまり、「考えのまとめ方や発言の仕方を学ぶ」だとか「人の意見の聞き方・捉え方を学ぶ」「討論する」といった基礎要素自身の習得を明確な目的とした授業以外は、先生→生徒の一方的な座学や、他の人の発表を黙って聞いているといったスタイルの授業は一切やめたら良いと思います

なお、黒板を写すことで頭に入るだとか、他人の発言を聞くことを強いられることで思わぬ気づきがあるといった従来のメリットも当然あるでしょう。ここで言うのは、それで失われる時間を今後必要とされるスキルを学ぶ教育に割り当てたほうがより有効なのではないかということです。

例えばそれは、以下のような力を育む教育です。

  • 多くの情報から重要なものを抽出・整理する
  • 世の中の事象を符号化する
  • それらのデータから傾向を導き出し、理屈の通った提案を数多く出す

学問では統計学、プログラミング、論理学などが該当するでしょうか。ともすれば哲学や戦術学も、より容易で現代風にできたならば、必要かもしれません。

ちなみに先に述べた「考えのまとめ方や発言の仕方を学ぶ」「人の意見の聞き方・捉え方を学ぶ」「討論する」ということは全ての基礎となり非常に大事ですが、私はこれらを中等教育で「習った」おぼえがほとんどありません。結果的に身についたということはあったかもしれませんが、もしそのような成果を目的として明確に掲げてプログラムされていたとすればとても非効率なものだったと言わざるを得ません。つまり今の日本の教育にそんなに守るべきものがあるのか疑問です。

「読み書きそろばん」を上書きする初等教育の基盤を定義しなおす

上で挙げたような分野に力点をおいて新しい教育の基盤を構築したならば、子どもたちにとってICTツールは空気のようになっているでしょう。

なにせ、統計やプログラムといった授業の中身自体が密接に関連するものはもちろんのこと、全てのコミュニケーションがICTツール経由となります。
従来のように紙に書かれた連絡帳で教師と生徒・親がやりとりするなどという全時代的な儀式もなくなり、テキストチャットやマルチメディアコミュニケーションツールを使うでしょう。行事日程などのスケジュール管理やToDoリストなどのタスク管理、目標設定とそのプロセス管理などビジネスでは当たり前にPC内でやっていることです。
アナログなスタイルの授業であっても指示や説明はデータで提供され、提出もできるだけデータになるでしょう。 

従来の「読み書きそろばん」は、歴史を紐解けば、庄屋が年貢諸役を遂行するのに必要とされたスキルだという説があります。つまり今で言えば役人が役人たるためのスキルです。
しかし、今や日本のお役所のやり方は時代遅れです。一般企業で入札参加でもしてみたことがあれば痛いほどわかります。

お役所仕事など遠に置き去りにして上場企業ではITにより仕事のスタイルがまったく変わっています。役所も中小企業も遅かれ追従するでしょう。つまり初等教育がそれに追随してこないというのはありえない話でなければいけません。

「読み書きそろばん」だけ信奉することをやめ、教育の礎を再定義すべきフェーズがやってくるはずです。 
個人的には、「読み」はずっと必要ですが「書き」「そろばん(筆算)」の時間は段階的に減らして別のことに時間を割くべきではないかと思います。 

想像する近未来のビデオコミュニケーション

この話にこれ以上深入りするとキリがないのでやめますが、そのような変化が起き教育の素地が変われば、ビデオコミュニケーションツールというのは導入する・しないというものではなく「当たり前のもの」になります。

あえて「ビデオコミュニケーションツール」と表現しましたが、ビデオ会議専用機というのが存在し続ける可能性は薄いと考えます。
確かに性能が良く使いやすいかもしれませんが、「単一機能の専用デバイス」というもの自体が淘汰されることでしょう。
電話もテキストチャットもメールもカメラもゲームも本も財布も、全部がスマートフォンに集約されたようにです。

Web会議についても、「Web会議」という言葉はなくなり、通信プロトコルや圧縮技術、UIなどの要素技術が継承された上で、「授業を行うためのボタンのひとつ」というニュアンスに近くなります。

テレビ会議システムを使った遠隔授業の近未来

ハードウェアが今の形の範疇を超えない形で存在する前提で、近未来を想像してみます。

教室内には既にマイクアレイ・スピーカーアレイがセル上に多数配置され、AIによる予測に応じてダイナミックに指向性を変化させます。音声も誰に向けたものかが予測・解析され事前に定位情報が重畳されます。

もちろんこれらの設定は全て自動です。
そこに以前のような「音声のストレス」はなくなっていることでしょう。

ネットワークはさらなるブロードバンド化が進み、冗長化コストも劇的に下がり、障害が起きても自動的に回復されます。

遠隔会議を使って実施される授業内容は、以前のような座学スタイルではありません。
海外の人と同時にプログラムを作り上げ共同作業するような内容かもしれませんし、 お互いの地域の特色を紹介するビデオを見せ合って感想を集約し、さらにはネット上にアップして全世界からフィードバックを得る、などという、1:NやN:Nを超えて1:∞, N:∞の世界かもしれません。

さらに、これらを指導するのは、上記のような教育を幼少より受けたデジタルネイティブたる先生方なので、何か問題があったとしても、「どうしたら良いか」を正しく判断できる論理力と経験的勘(IT的センス)が備わっています
直接設定をいじれる人もいれば、ある程度原因を見定めて必要な情報を迅速にサポートに連絡し、リモートから回復してもらいます。

さらなる未来に遠隔授業はどうなるか

人間が五感を捨てない限りは人間とのインターフェースに関するハードウェアと技術は残ります。今で言えばスピーカーとマイクになるわけです。

しかしもう少し先の未来では、聴覚刺激を脳に伝播する神経細胞に直接はたらきかける技術が生まれたのならスピーカーは要りません
同様に、発声する前段の脳の指令を符号として取り出す技術ができればマイクは要りません。それに変わる電極なりなんなりが必要なハードウェアとなり、音響工学は神経生理学に取り込まれます。

こうなってくるとそもそも「遠隔」とは何かという話にさえなりそうです。 

まとまらない話のまとめ

 さて、突拍子のない長文になりましたが、「遠隔会議を授業で使う」ためには、初等教育でITが空気のように使われるようなプログラムが組まれる必要があるということです。
教育の中身を変え、技術も進歩させ、ソフト面ハード面両面の機が熟してはじめて可能となります。
単なる物理的な距離感を解消するだけという目的で、今のやり方のまま補助ツールとして使うならば、成功させることは極めて難しいです。
 
それでも、少子化や災害による孤立化などにより相互扶助の精神で何とか使ってあげないといけない状況があるならば、役所からの補助金に頼って高コストをかけて実施するか、もしくはボランティア精神あふれる一般企業に広告宣伝費扱いで引き受けてもらうか、という選択肢くらいしか考えられません。
 
いずれにせよ未来への前段として、現行教員へのデジタル教育とIT道徳教育が急がれます。
一定のレベルをクリアできない教員は役職をつけないこと。
無限の可能性を持つ貴重な子どもたちに対し、現場の水準前提の教育しかしようとしないならば、全日本人にとって何よりの損失です。

 

 

 

 


続:テレビ会議による「遠隔授業」は被災地の子どもに何をもたらすか

2018-09-17 19:48:50 | ユースケース

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前回の記事では、福島県内で東京電力原発事故により避難指示が出された小中学校で、生徒数や教員数現象による教育的格差を解消するために「遠隔合同授業」を実施する、という記事を紹介しました。

それを実現する困難さについては既に専門家による指摘もあるようですが、それでもなお、本気でやる価値があるのではないか、ということを述べたつもりです。

今回からは、下記の2点を掘り下げたいと思います。

  1. 「遠隔授業」がなぜ難しいか
  2. 「遠隔授業が成功するとしたらどのようなストーリーが考えられるか」

「遠隔授業」がなぜ難しいか

TV会議システムの不確定性

日本では古くから、TVとビデオデッキ(今はDVDプレイヤー)を使った授業が行われていると思います。
そこで必要なものは、TV(モニタ)とメディアプレイヤーです。

TVもメディアプレイヤーもは普通に電気屋で売っているものを使うことが多いと思います。 
それらは工業製品として完成されたものであり、値段も安いです。
それ故に替わりが利きます
もし故障してもいざとなれば隣の教室から別のものを借りてくれば良いだけかもしれません。
コンテンツとなるディスクなどのメディアも、そう簡単に読めなくなるものでもありません。 

しかしTV会議システムとなってくると話は変わります。

”故障の原因に気づく”難しさ

もし「TV会議が動作しない」という現象に遭遇した場合、考えられる原因は、TV&DVDとは違ってその数が膨大です。

電源を入れても何も映らない、というだけでも4〜5種類原因が考えられそうですが、さらにやっかいなのは「繋がらない」
自分の問題なのか、相手の問題なのか、自分ならばネットワークはどうなのか、設定はおかしくないか・・・

運良く繋がったとしても、今度は「相手の声が聞こえない、または相手にこちらの声が聞こえない」
これもまた、自分の問題なのか、相手の問題なのか、設定の問題なのか、音響機器の故障なのか、配線は正しいか・・・

これらを素早く切り分け、原因を特定し、直ちにトラブルシューティングできるなどということは、オーディオマニアやPCオタクの先生がたまたまいるなど個人のスキルに頼って解決することはあっても、組織としてのシステマチックな対策は困難といえるでしょう。

”代替”の難しさ

モニタやTV会議システム本体が故障するということは、業務用であればまずないでしょう。
しかし、故障の可能性があるのならば故障時の代替え品は持たないといけません
その値段を考えると、5万円くらいの液晶テレビとは違って、数十万円オーダーというのもおかしくありません。

また、仮に代替え品を用意したとして、その設定はどうするのでしょうか

視聴覚室のような固定された1台に対しての代替えであれば設定もあらかじめできるでしょうけど、教室Aと教室Bそれぞれに設置した会議システムの代替品を1つとした場合に、いざ代替えを使おうとしても、設定Aとなっているシステムは教室Bでは使えないのです。

また、線を2、3本繋げばOKのTV&DVDと違って、TV会議は少なくも、マイク、スピーカー、ネットワーク、映像出力といった配線の接続が必要で、マイクが多ければそれだけ増えますし、現場の先生が故障に気づいて(まずこれが難しい)冷や汗をかきながらそれを接続し直していたら、授業時間は半分終わるのではないでしょうか。

何よりつらいのが「相手がいる」こと

TV&DVDであれば、「なんだか今回は機械の調子が悪いようだから、ビデオ鑑賞は次回にしましょう」なんてことで許されるのかもしれません。

しかしながらTV会議には相手がいます。
おたがいが綿密にスケジュール調整をするわけです。
しかも「今回はごめんなさーい」で済むような気の知れた相手とあればよいのですが、今回のユースケースでは「他校の先生・生徒が相手」であるわけです。

私がもし教員であれば、絶対やりたくないと思います。

 

しかし、ここまでの話だけではあまりに救いがありません。

前回の記事で述べたような、先生方の崇高な志と気概を無駄にしたくはありません。

「遠隔授業が成功するとしたらどのようなストーリーが考えられるか」

について次回考えてみたいと思います。


テレビ会議による「遠隔授業」は被災地の子どもに何をもたらすか

2018-07-17 19:57:17 | ユースケース

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今回の話題はこの記事↓

12市町村遠隔授業/「ICT使いより良い学びを

県と復興庁は本年度、東京電力福島第1原発事故で避難指示が出された12市町村の小、中学校で、インターネットのテレビ会議システムを使い、複数の学校の子どもたちが一緒に学習できる「遠隔合同授業」を展開する 

かの東京電力福島原発事故によって、一部地域の住民は圏外避難を余儀なくされました。

当然子供たちも多分にもれず、生徒数が大きく減少した学校は、教育スタッフの維持と授業の質の維持が困難であり、その存続さえ危ぶまれています。
何より政治参加の権利さえない子供たちが平等な教育を受けることさえ危ぶまれるのするならば、 いかに原発事故の罪が重いかを思い知らされます。

それをなんとか緩和できないかと自治体と行政により決定したのが、12市町村の小・中学校による「遠隔合同授業」です。

ではどのような仕組みを使ってどのような人材がフォローするのか、更にはそれを使って何をやって何がゴールなのかが一番大事なわけですが、記事にあるとおり、細部はこれからのようです。

記事では、生徒が少数であることによって得られるメリットも見出してそれを生かす必要もあるとの旨で締めており、「遠隔授業」には懸念点も多くむしろ否定的と取れなくもありません

私も、現段階の動きだけ見た限りではそれにまったく同意です。

しかしながら、逆の逆をさらにつけば、何とかICTに助け舟を求めたいというこの非常事態を利用し、専門家もシステムも完璧な布陣で、現場の理解も得て、絶対成功させると言う統一意志のもとに全力を尽くせば、初めてのモデルケースになりうることもできるのではないでしょうか

中途半端では失敗するので、完璧を目指すならばお金がかかります。国からの補助金や東京電力からの賠償金を狡猾に利用しないと実現が困難でしょう。何より現場の教員へのしわ寄せによる想定外の業務の発生による負担増加は計り知れないですが、復興というモチベーションは背中を押すものでしょう。

更にはシステムを提供するメーカー及びシステム屋ですが、補助金の池に巣食うやり方は今回だけは遠慮していただき、相互扶助の精神で、むしろ対外的なプロモーションだと思って、薄利でやってもらいたいものです。
人生の上で後世に誇れる仕事となると、医者などでもない限りそう多くはないはずです。

 

今回は抽象的な感想のみとなってしまいますが、では

  • 「遠隔授業」がなぜ難しいか
  • 「遠隔授業」が成功するとしたらどのようなストーリーが考えられるか

については次回に意見を述べたいと思います。


「テレビ会議」の応用利用の難しさ 〜多国語観光案内編 その2〜

2018-06-20 20:38:18 | ユースケース

 

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前回の記事では、遠隔会議システムを「観光案内」に用いるために必要な、外国語を話せるガイドを用いた人的な仕組みについて記述しました。
そのようなとてもハードルの高いサービスの存在が前提となってはじめて、”遠隔会議システムを「観光案内」に用いる” ことが成り立つと考えます。

今回は、そのような人的サービスの存在に加えて、いよいよ「テレビ会議システム」として必要とされる技術要素について述べたいと思います。

  • ガイドとの接続・切断にまつわる部分
    • 遠隔地に待機している観光ガイドへの接続は、利用者側から行う
      • 当然操作が簡単であるほど良いが、 多国語対応を前提とすれば言語を選択し、ガイドの負荷軽減を考えればさらに「道案内」「買い物案内」「交通案内」など簡単な問い合わせジャンルの選択が必要。
      • 接続操作をしたときに、もし担当ガイドが他者の利用で埋まっていれば、その旨を接続希望者に表示して待ってもらう必要がある。
        • つまり、通常のテレビ会議、WEB会議システムとは根本的に異なる、「1:1接続を前提としてN人(対応ガイド候補数)の空いた人と接続できる」という仕組みが必要。
          これはACD(Automatic Call Distributor:着信呼自動分配装置)、コールキューイングといったコールセンターに特化した仕組みそのもの
          ガイド側画面にも、何人待ちという情報を出して、簡潔に切り上げることを意識させる必要もある。 
        • 電話ならばコールセンターの接続待ちほど利用者にとって無駄な時間はないが、電話と違ってビデオ会議は映像が出せる。接続待ちの場合はFAQを表示して自己解決を促す、ビデオ広告を表示する、などによって待ち時間も効果的な活用が可能
        • もし待ち時間に耐えられず利用者がそのままブースを去ってしまったら、無駄な接続が発生してしまう。電話であれば操作で切断されるがビデオ会議はそうはならない。
          ひょっとしたら待機者のカメラ映像がガイド側に表示される必要があるかもしれない。
    • 切断後は、利用者端末は自動的に初期画面(接続待機画面)に戻る必要がある。
  • 端末・ソフトウェア操作にまつわる部分
    • 利用者端末は接続開始さえすれば以後は何も触らなくても、すべて快適に利用できる必要がある
      • カメラ映像や資料表示エリアなどの表示レイアウト変更から、スピーカボリュームのアップダウンまで、ガイド側で利用者側の設定に関する全ての操作が可能である必要がある。
  • 「資料表示」にまつわる部分
    • 地図や観光案内図など、ガイドが資料を表示しながら説明することが効果的
      • 表示画像が鮮明で、表示速度が速いことが望ましい
      • 地図の上にフリーハンドでマークしたりなど、「書き込み」機能が必須
    • 説明に使った資料は利用者側でプリントアウトできる、またはスマホでダウンロードできることが望ましい

 

以上、思いつくがままに書きましたが、「映像と音声を遠隔地で共有する」というテレビ会議の要素技術にフィーチャーしたユースケースと考えがちな「遠隔観光ガイド」ですが、いかに本来の用途とはかけ離れたピンポイントなシステム要件が発生するか、ご理解いただけましたでしょうか。

一方で同時に、"資料共有"など、既存の受付システムなどでは実現し得ない、遠隔会議で培ったきめ細やかな機能をフル活用できそうなポテンシャルも感じられますし、なにせ数少ない右肩上がりの市場で自治体の予算も充てがわれそうな、魅力的な案件です。

システム要件は見えていますから、あとはいかに観光ガイド機能にフィットさせる方向で開発投資するかというメーカー決断だけです。
既にLiveOnなど一部のWEB会議製品では上記に挙げた機能が搭載されつつあります。

どの製品・サービスが抜け出すのか。TV会議メーカー、各種関係業界が一体となった大胆な行動を期待したいです。


「テレビ会議」の応用利用の難しさ 〜多国語観光案内編〜

2018-06-06 21:38:22 | ユースケース

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私の住む地域新聞に記事が載ったのですが、遠隔会議システムを「観光案内」に用いることで旺盛なインバンウンド需要に対応するとのこと。

つまりは

  1. 観光地にて旅行者が観光案内所に赴き、「ビデオコミュニケーションステーション」などと銘打たれたブースに入る
  2. 遠隔地の事務所などに待機する観光ガイドと接続する
  3. ガイドは旅行者の質問や要望に対応する

という流れになるかと思います。

しかしこれには、システムデザインと運用も含め、非常に盛りだくさんの必須要素に溢れます。

最初に結論を言えば、これはもはや汎用テレビ会議(WEB会議)の1ユースケースには収まらず、専用システムおよびバックグラウンドに綿密に用意された人的システムが存在しないと埒があかないレベルです。

まずは機能云々の前に、なぜ上記のような仕組みを作らないといけないのか、何をもって成功かを最初に正しく定義しないと、その目的に逸れてもなお妥協を許したりなどの本末転倒状態になりかねません。

  1. 多言語対応による多国籍の旅行者の訪問増
  2. 観光地側の人件費削減
  3. 旅行者の観光満足度向上
  4. 観光地での収入増

これらが主要な成功要素、つまり向かうべきゴールかと思います。

1の多言語対応はもはや観光地で新しいシステムを取り入れるとしたら当然対応しないといけないものです。

デービッド・アトキンソンの著書を1冊でも読んだことがある人であれば頷いてもらえると思うのですが、もはや少子高齢化で先細りしか見えない日本人だけを相手にした商売では、日本は食べていけません。
自動車の新技術開発や、電子部品の強みを保持するのに巨額な研究開発費をかけるのと同じ感覚で、多くの外国人、欧米人を相手にすることを前提に観光事業を組み立てないと二進も三進もいかない状況に「既になっている」のです。

しかし1と2の両立を考えるとどうでしょう。

言うまでもなく、マルチリンガルなどという逸材の長期雇用などは特に寂れた地方観光地などではできるわけはありません。
そのような高コストの人材をどこか事務所に待機させておいて、いつ来るぞやもわからないネイティブを待ち続けるなど無駄の極みです。

しかしそれが、複数の観光地でそのような「逸材」をシェアできるとしたらどうでしょう。

もちろん、その逸材は事前に複数の観光地について基礎知識を学ぶ必要があります。
ですがそれは、対応できる観光地の数と対応できる時間分だけその人がサラリーをもらえる仕組みがあれば良いのです。

あくまでざっくりした例えですが、観光地は1言語あたり年間100万円のコストをかける。
ともすれば閑散期を除く半年分だけで良いかもしれませんし、普段は2ヶ国語でコストを抑えて繁忙期の2ヶ月だけ8国語に対応するなどという選択肢もあるでしょう。

それを請け負ったガイド側は他の観光地と掛け持ちし、10箇所の特徴(といってもその人にとっては馴染みの人種がその観光地で何を求めるかをつかめれば良い)を勉強して覚えたのなら、悪くない収入です。

10箇所も憶えられないということであれば夏は北海道に集中、冬は沖縄に集中などと対応時期をずらせれば5箇所でも十分な件数がこなせるかもしれません。
そのあたりは四季が明確で南北に伸びた日本の特徴をうまく使えそうです。

固定的な人材の確保が難しくても、日本に来ている留学生をパートタイムで雇ってシフト制にしても良いでしょうし、言ってしまえば海外在住であってもその日本の観光地に詳しい人であれば役目を果たすことができるのです。
さらには、テレビ会議であれば、どのくらいの時間、何件の対応をしたかのカウントも用意ですし、内容を録画すればサービスの質も第三者が評価できます。アンケートだってその場ですぐ取れるでしょう。
従量制でサービスを提供することもできれば、ガイドの質を評価して言わばガイドレベルに応じたコストを払う・もらうこともできます。
それでこそテレビ会議を使う意義があると言うものです。

勝手な理想を放言しましたが、1と2の両立のためには、このような人材を雇用・育成・提供できる特殊な人材請負会社がビジネスとしてサービスを提供していないといけないのです。

人材派遣会社が独自にがんばったとしても自社のみでビジネスとして参入するのは困難。自社にシステム部門をかかえた旅行会社があったとしてもおそらく困難。ましてやシステム会社単独でなど無理。

それらが合わさって共同プロジェクトとして協業できるような枠組みと、それぞれに企業的体力がないと無理でしょう。
もしくは、そのようなガイドですらテレワークの一つとしてインターネットで世界中から雇って管理できるようなシステムを作ってしまうようなベンチャー企業でしょうか。

 

ここまで書いて、システム的な要素に言及する前に既に私の心が折れそうです。

しかしこれだけでは下地だけ塗った描きかけのキャンバス状態であり、本来描きたい内容はこれからですので、続きはまた書きたいと思います。

つまりは、それだけ難しいことではないかと述べたいわけで、「こんな使い方どう?」なんて軽々しく期待を膨らませるような1ユースケースとは次元の違う話ということです。