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道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

首脳の貌

2025年04月10日 | 随想
イデオロギーと国家の体制というものは、その国の最高権力者の容貌をも、見事なまでに象徴化してしまうものか?
米・露・中各国の首脳の顔を具に観察すると、トランプ大統領は弱肉強食丸出しの貪欲な資本家の貌、プーチン大統領は冷徹な計画社会を仕切る策謀家の貌、習総書記はコミュニズムドグマ至上の覇権追求者の貌をしている。
カリカチュア漫画家の手を経なくても、揃いも揃って御三方、見事にそれぞれ、思想と体制に琢磨された容貌を備えていると思う。

昼夜間断なく為政者の脳裡を、主義や信条そして政策が駆け巡っていれば、精神のみならず顔貌までもが変容してしまうのは避けられないだろう。
3人の面貌からは、それぞれのイデオロギーを推し進める旗頭凄みとでも云えるようなものが伝わってくる。

翻ってわが石破首相の顔、いや歴代自民党の首相の顔を想起すると、凄みを感じさせる人は殆ど記憶にない。
信条不明瞭で、米国・西欧諸国追従と国際協調一辺倒の国家運営では、政策実行者の貌に凄みなど表れるはずもない。

昔の石破氏は、特異な上目遣いが実に印象的で、ある意味凄みがあった。あのままだったなら、3首脳と対抗できたかもしれない。誰か周囲の忠告でもあったのか?今は綺麗サッパリ、首相の貌からあの険悪な目つきが消え、敬虔なクリスチャンの顔になってしまった。かつての迫力は微塵も遺っていない。

3大国の首脳たちの容貌は、いったい誰れが彫琢したかと思うほどに芸術的、寺院山門の仁王像を想わせるものがある。体制護持への執念が面貌に沸々と表れていると見てよいと思う。

人間の社会は欲望競争で成り立ち、それは、どのイデオロギーや体制であろうとも変わらない。
本気で真剣に仕事に取り組んでいれば、当事者の顔というものは、善かれ悪しかれ自ずと変わってくるものだと納得した。




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