道々の枝折

好奇心の赴くままに・・、見たこと、聞いたこと、為たこと、・・そして考えたこと

古いものへの依拠本能

2017年05月17日 | 随想

前月のエントリーからもうひと月経った。気がつけば、川の堤にはツバナが靡き、坂の道端のクサイチゴは複葉の下に赤い実を覗かせている。スイカズラの花も今が盛り、微かに甘い香りが漂っている。季節は初夏に入ったようだ。

バス通りの街道を渡り、リスの姿を時々目撃することで勝手に栗鼠坂と名付けた坂道を登り切ると、住宅の建ち並ぶ平地に出る。台地の平坦部をこの辺りでは平(ひら)と呼び、町内には〇〇平という小字名が二、三ある。台地の比較的固い部分が開析を免れて平坦のまま残った地形を謂う。

100メートルほど歩いて知人宅の前に来た。この家の庭のモチノキに、昨年メジロが営巣したことを年が明けて知った。ロケーションに恵まれているとみえ、メジロの他にも野鳥がよく庭に来るらしい。もっと来るようにと、小鳥の餌台を作って届けたのが数週間前だった。材の白木が翳んで灰色になれば、小鳥も安心して寄るようになるだろう。

生き物は普通、風雨に晒されていない出来たての構造物には警戒して寄り付かない。ミツバチの巣箱など、新品で白木の巣箱には分封蜂が入居しないらしい。その為、養蜂家は材の表面を焼いて時代を出し風化を装う。
自然は、歳月を経て安定しているものに生活の場を定めるよう、直感的に見分ける本能を生き物に与えているようだ。

自然に逆らって新しいものを創り続け、好んで真新しいものに依存し利用し続けるのは、知能で生物界の頂点に立つ人類のみ。人類の不安定で不確実極まりない生態は、この古いものへの依拠本能に逆らっているからではないだろうか?

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