佐藤匠(tek310)の贅沢音楽貧乏生活

新潟在住の合唱指揮者・佐藤匠のブログです。

レガート考~レガートに必要なこととは~

2007年02月08日 21時30分22秒 | 合唱

 

 合唱におけるレガートについて考察します。

堅い内容です(笑)。

 

 

 

 昔から、小、中、高、大学生の演奏を聴いて、

総じて不満に思っていたことがありました。

 

 

 

「何だか分からないけど、演奏が淡白」

「表現に、その瞬間だけ行う不自然さがある」

 

 

 どういうことかと言うと、

音楽が何だかあっさりして聴こえたり、

クレッシェンドやデクレッシェンドの付け方が不自然で、

その瞬間だけで音楽を処理する傾向があるなと、

上記の世代の演奏を聴くと、よく思っていました。

 

 

 で、理由の一つは、アンコンの感想で書きました。

先生に原因があるということを。

で、他にも、何故だろうという気持ちがあって、

すっきりしなかったのです。

 

 

 で、この間ここに書いたCANTUS ANIMAE(以下CA)の

1999年の第1回の演奏会を聴いた友人が、

こう言ったんです。

 

 

「この合唱団は、レガートがいいね」

 

 

 最初は、何だろうと思っていたのですが、

そのあと、録音を聴いて思ったんです。

特に、アンコールで演奏した、

その年のコンクール課題曲G1のゲレーロの名曲

「Alma redemptoris mater」(綴り自信なし)、

ちょっと現代的かという境目くらい、甘美な表現。

しかし、それが、非常に美しかったんですね。

で、何がそれを形作っているかを考えた時、

その人の言葉が思い浮かんだんです。

 

 

「レガートがいいって、これか!」

 

 

 上記のような学生や、

若い世代の団体の演奏を聴いて、

上述のように感じた物足りなさ、

それは、「レガート」だったんです。

もっと砕いて言うと、「旋律を歌うことの上手さと拙さ」です。

 

 

 和声的には美しい、

結構和音も決まっていてきれい。

だけど、なんか物足りない。

それが、上記だったんです。

日本でアカペラが広く認知されてから、

縦はいいけど、横をないがしろにする傾向が増えた、

そう思うのです。

 

  

 で、CAは、非常に旋律を歌うのが上手い。

歌を歌うことが上手いのです。

だから、縦もはまるけど、横が繋がるから、

音楽が切れないのです。

 

 

 で、CAは比較的大人の合唱団でした。

僕は、それを、熟練によるものだと思っていました。

しかし、それは、少し違うことに気が付きました。

そこには、非常に難しい問題を含んでいるのです。

レガートととは、何で形作られるか。

結論から言います。

 

 

 

 

 楽器の共鳴

 

 

 

 

です。

 

 これに気づいて、

上記の全ての謎が解けました。

 

 

 レガートというのは、

音と音をの間を切れ目なく繋ぐことですが、

もっと分かりやすく言うと、

裏拍と表拍の間を繋ぐとも言えます。

別の言い方をすれば、

書いてある音符と音符の間を繋ぐということです。

音楽は、普通に演奏すると、

自然に強拍に重きが置かれる傾向になります。

確かに、その瞬間(拍頭)というのは、

縦の和音を特にきれいに響かせるところです。

しかし、レガートがなくなると、

縦の和音ばかりが強調され、

横の繋がりがなくなります。

それを繋ぐ方法というのが、音符と音符の間にあります。

 

 

 で、それを繋ぐためには、

息の流れを意識することが大事なのですが、

さっき書いたように、もう一つ、

楽器の共鳴が必要になります。

 

 

 例えば、貴方が、自分の家の風呂で歌っているとします。

響きます。

繋ごうと意識しなくても、繋がって聴こえます。

それは、発した音が、風呂場に共鳴して響いているからです。

 

 

 ここにポイントがあります。

日本のコンクールなどで使用されるホールは、全体的に大きい。

で、以前よりは改善されていながらも、

響かないホール、少人数にとって不利なホールが存在します。

 

 

 そうした時、音と音をつなげるには、

自分の身体をしっかりと共鳴させないといけないのです。

楽器(身体)が、しっかり使えて、鳴っているか、

これが、レガートに必要なことです。

 

 

 ここまで書くとお分かりかと思いますが、

楽器が身体である声楽にとって、

楽器が成熟して鳴り出すのは、30代くらいになってからです。

小中高大学生は、楽器が成熟していないため、

共鳴が不足し、レガートが上手く聴こえないのです。

で、更に言うと、

その世代で合唱を始めた合唱初心者なども結構多くいること、

もう一つ言えば、

縦の和音を決めることが重視される一方で、

旋律を上手く歌うこと、横の動きが重要視されないこと、

これらにも理由があります。

 

 

 小中高大生の合唱で、人数が多い場合は、

数の力で、それをフォローすることが出来ます。

一人一人が鳴ってなくても、なんとかなるところはある。

それくらいの人数がいると、ホール自体も共鳴する。

しかし、いわゆるコンクールのAグループで、

音楽が物足りないと感じるのは、

恐らくレガートに原因があり、

それらを引き起こすのが、上記だということです。

 

 

 作曲家の新実徳英が結構前に、その重要性を言って

(共鳴のことではなく、歌を歌うことを重要視すべきという点ですが)、

「白いうた青いうた」シリーズが作られました。

しかし、未だもって、多くの合唱団で、それらは不十分です。

 

 

 上記の解決策としては、

旋律を歌う練習を重視することと、

楽器が自然に鳴ってくるのを待つのではなく、

身体を無理なく豊かに響かせることの出来るように

発声練習を継続すること、にあると思います。

 

 

 日本の合唱団のポリフォニーが上手くない理由は、

ここにあると僕は思っています。

縦が決まって「ハモった!」と喜ぶだけではなく、

旋律をレガートに歌う楽しさも知らないといけませんね。

 


目に見えない忙しさ

2007年02月08日 00時12分49秒 | 日記・エッセイ・コラム

 

 最近、調子はあまり良くないですが、

実は目に見えない忙しさがあります。

 

 

 去年も合唱団を動かしていて感じましたが、

目に見えない仕事って、多いですね。

最近はそれを分かっているので、

なるべく早く帰ってくるのですが、

それでも、PCの前で過ごす時間が増えます。

 

 

 今はちょっと急ぎの仕事があるので

あたふたしていますが、

今後は分担していくと思うので、

急ぎが終われば落ち着くと思います。

でも睡眠はとらないといけないので寝ます。