京都で定年後生活

2013年3月60歳で定年退職。

美術館と庭園めぐり、京都の四季の行事と花を綴ります。

チベットの仏教世界 もうひとつの大谷探検隊

2014-05-15 06:43:55 | 美術・博物館

龍谷ミュージアムで、『チベットの仏教世界 もうひとつの大谷探検隊』が開催(4/19~6/8)されていたので行ってきました。












今年は、大谷探検隊が終結してちょうど100年にあたり、この企画展の開催となったそうです。
明治から大正にかけて、チベット仏教会と西本願寺とで交換留学が行われていました。
1912年、シルクロードの調査で知られる大谷探検隊とは別に、チベット仏教の研究にチベットに赴いた二人の学僧がいます。

青木文教(滋賀県1886~1956)と多田等観(秋田県1896~1967)です。
青木文教は3年間、多田等観は10年間、チベットで修行します。





その二人がチベットから持ち帰った貴重な資料や仏教絵画、仏像などが展示されています。
ダライラマ13世から多田等観に贈られた「釈尊絵伝」(25幅)は、関西で初公開です。また、青木文教が もたらした「ラサ鳥瞰図」や、当時の現地の写真など二人のゆかりの作品資料もあります。

会場は2階と3階に展示されていますが、目玉はなんといっても25幅の「釈迦絵図」です。
きれいな色彩と丁寧なタッチで、チベット仏教の世界観が描かれています。


ブッタの生涯を綴った釈迦絵図です。











この絵には、120ものシーンが描かれています。
悪魔の誘いや自らの欲望に打ち勝ち、仏となる絵図です。


展示されているさまざまな尊像は、日本の仏像や菩薩とは大きく異なっています。
チベット仏教も日本の仏教も、ともに大乗仏教ですが、日本は中国を経てきたのに対し、チベット仏教は、直接インドの伝統を正統に継承しました。





私は展示物を見ながら、チベットの現状に思いを馳せました。

今日のチベットと国民の最大の悲劇が、1950年の中国によるチベット進攻です。
武力でチベットを制圧し、中国文化を押し付け、チベット文化を蹂躙してきたことです。
ダライラマ14世がインドに亡命したのは、1954年です。
以来、チベットの地を踏むことができずにいます。

ダライラマが存命中にチベットに帰ることができるのでしょうか。
願わずにはいられませんでした。








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