a letter from Brecht Raum TEE-BLOG

東京演劇アンサンブルの制作者が、見る、聞く、感じたことを書いています。その他、旅公演や、東京公演情報、稽古場情報など。

TEEリレートークVol.28 『芝居小屋と共に、私の舞台人生』 真野季節

2019-04-14 11:20:45 | 劇団員リレートーク


私が入団した1976年は俳優座の三期生が創立した劇団三期会は、
東京演劇アンサンブルとして22年目で稽古場は中央線の高円寺駅のそばのビルの4階にあった。
所内発表はできるくらいの広さで、
ワンフロア全部使ってあり劇団員も100人を超えていた。

私の初舞台は77年の関町の真映スタジオ(現ブレヒトの芝居小屋)で、
劇団のレパートリーである『ガリレイの生涯』で貴婦人役(セリフは一言)、
ガリレオの付き人である。
翌年『コミューンの日々』に姫と貴婦人で出演した。
映画の撮影スタジオなので床はなく土だったと記憶している。
それから1980年に真映スタジオ(ブレヒトの芝居小屋)に拠点を移し劇団員が床をはりすべて手づくりで今の芝居小屋が誕生した。



「今日の世界は演劇によって表現できるか」
というブレヒトの問いに同じように演劇状況を憂える創立メンバーであり
演出家の広渡常敏が都心から離れた東京の練馬の席町を辺境の地ととらえこの芝居小屋に巣ごもりにして
「生命の空間」と呼び様々なイベント作品を発信していった。
私の舞台活動は1983年のブレヒトの初期の作品『都会のジャングル』の主人公の妹役からで、
女優になることを夢みて広島から上京した私にとっては、
何もかもがすばらしい時間だった。
脚本の勉強会から始まり、
読み稽古、立ち稽古、
すべてが新鮮で役に挑むことの喜びと困難さに毎回悩み、苦しみ、
半信半疑で何が良いことかもよくわからず夢中になって演じたことが今でもありありと思い出される(あまりに何もできなかった)。



そして84年に『櫻の森の満開の下』の女、
この作品はニューヨーク、ソウル、ウラン・ウデ(ブリヤートモンゴル)ロンドンと
海外公演を含め全国各地で1999年まで演じた。



あと私にとって印象深い作品、思い出深い作品は、
チェーホフの『かもめ』、

D.フリード『アルフレッドとヴィクトリア』、
岸田國士『古い玩具』、

ベケット『芝居』、
キャリル・チャーチル『沼―FEN』、

デーア・ローア『無実』、etc.…。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、
W.ギブソン『奇蹟の人』、
ジャネット・タージン『ラリー』etc.…。
ブレヒトの『ガリレイの生涯』から最終公演のチャペックの『クラカチット』まで
約40年に及ぶ芝居小屋の歩みは、私の舞台人生そのものである。

実は私は、『クラカチット』の本番3日目の朝、
心筋梗塞で倒れ舞台を降板してみんなに迷惑をかけた(皆様、ごめんなさい)
処置が早かったので一命を取り留め、
今、自宅療養中である。
新天地でまた再び舞台人生が続けられたらうれしい限りである。

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