富田メモに対する意見(岡崎、養老、桜井)

「徳川氏の発言のメモの可能性」「釈然とせぬメモ」…元駐タイ大使・岡崎久彦氏

昭和天皇のご発言メモ、私はいまだに釈然としない。何度も読み返してみたが、昭和史についての私の知識から言ってどうしても昭和天皇のお言葉と読めないのである。英国風の君臨すれども統治せず、を信条としておられた陛下が、こんなに乱暴に、A級戦犯の合祀と御親拝中止を自分の御意思で結びつけられるだろうか。

 そもそも戦争犯罪者というものについて、昭和天皇は、「占領軍にとっては犯罪者であっても、日本にとっては功労者」あるいは「朕(ちん)の忠良なる臣僚」とおっしゃったこともあり、日本の犯罪者と認めておられない。また戦後の政治家、靖国宮司について、ご自分の臣僚の悪口をこんなに露骨におっしゃるだろうか。

 具体的に論争すれば、反論はあり得よう。ただ、私の感じるのは、全体の流れに昭和天皇らしいご風格が見えないことである。この陛下のお言葉らしくないものが、どうして出てきたかの理由を考えて色々なことを想定してみた。

 富田元宮内庁長官が、当時の時流から考えて、陛下のためを思って、陛下が平和主義者、戦争反対だったことをことさらに強調しようとしたのか、あるいは警察庁の先輩でありボスである後藤田元官房長官の靖国参拝中止の政策を、背後で宮内庁からバック・アップしようとしたのか、とも思った。しかし、それはいずれも、富田氏のような忠実な官僚がすることとしては大胆に過ぎる。

 あるいは陛下のご健康の衰えのためかとも思った。しかし、当時の陛下が、健康はともかくご判断力の上で、そこまで衰えられていたという証言もないし、また、私としては到底信じられない。

 そうしているうちに妙なことに気が付いた。テレビでも新聞でも公表されているこの文書の末尾の1行である。それは、「・関連質問 関係者もおり批判となるの意」と読める。「関連質問」というのは、宮内庁内の記者会見の際、常用される言葉の由である。これを普通に読めば、「その後関連質問が出たが、その趣旨は(批判された人々の)親族なども居るので、批判がましくはないか、ということであった。」ということになる。これは明らかに富田氏の質問ではない。記者会見の後の記者からの質問である。

また、私は確認はしていないが、その前のページに「PRESS(プレス)の会見」という字があるようである。とすると、これは、陛下と富田長官の一対一のメモでなく、何らかの記者会見のメモである。関連質問の内容からすれば、オフレコの記者会見であったろうが、いずれにしても陛下ご自身の記者会見とは、到底思われない。天皇陛下にこういう関連質問がされる可能性は、富田氏からも、記者団からもあり得ない。

 そもそも、記者会見のような場所で昭和天皇がこういう発言をされる可能性は、既に述べた私の個人的感触だけでなく、少しでも昭和天皇のことを知っているすべての人が否定するところであろう。昭和天皇が富田氏に一対一でひそかに語られたということで、わずかに信憑性(既に述べたように私はそれも疑っている)が生まれるのである。

 その後、私自身が確かめたわけではなく、ひとから聞いた話であるが、陛下87歳の御誕生日前日の昭和63年4月28日に、どんな記者会見があったかといえば、昭和天皇ご自身によるものはなく、その前の4月12日に勇退された徳川侍従長が、それまで職務上、固く沈黙を守っていられたのが、元侍従長として自由な立場で記者会見を行ったことがある由である。そこには富田氏も長官として同席し、メモを取っていた、という事実があるようである。

 この徳川氏の記者会見に同席された方のメモ、少なくとも記憶があれば、この問題は解明される可能性が出てくる。ただ、もう18年前のことであり、出席者が誰も残っていないとすれば、この問題は解決されないままになってしまう可能性もある。その場合、私としてはこのメモの信憑性に疑いをもったままであろう。私の尊敬し個人的にも親しい歴史学者たちが、おおむねその信憑性を信じていると新聞が報じている中で、私だけは異端者となるがそれもやむを得ない。(一部略)
 http://www.sankei.co.jp/news/060802/morning/seiron.htm


◇養老孟司…解剖学者

▼天皇の中立性を侵した日経こそ問題

小泉首相は靖国に関して「心の問題」といいますが、その通りで、本人の問題だと思います。行きたいのであれば行けばいい。そのことでメディアに叩かれることもない。それが「信教の自由」だと思います。

首相が参拝すると様々な問題がある、といわれますが、問題が「ある」のではなくて、メディアが問題を「作って」いるんですよ。「経済に影響する」というのもメディアですが、本当に影響があるのか。

今回も、日経新聞がスクープによって新たな「問題」を作り出した。「天皇の中立性」というものを日経の記者はどう考えているのか。昭和天皇ご自身は、自らの政治的中立性を、強く守っておられたはずです。今の天皇陛下も、色々とおっしゃりたいことはあるでしょうが我慢している。「天皇の中立性」とは、天皇陛下が我慢しさえすれば守られる、というものではなく、皆がそういう意識を持つことで守られるものです。

「これは特ダネなんだから、天皇の中立性なんて潰してもいい」と考えたのでしょうか。メディアは今一度自らの倫理基準を問い直すべきです。「天皇の政治的中立性なんて、ウチの会社は認めませんよ」というのなら、現在の天皇制のあり方自体を考えなくてはいけなくなる。天皇陛下のプライベートな発言を、今度は別の社が「こういうことも言っている」と使うかもしれない。そういう天皇制の根幹に関わることを、勝手に一社が、スクープのためにやらないでくれ、といいたい。

新聞は「談合を許すな」と書きますが、自分たちにも職業倫理がないなら、そういうことを書く資格はない。

私は、今回の騒動の中で本当に国益を考えて行動したのは、福田康夫さんと小泉首相だと思っています。福田さんは、日経の記事が出た翌日には不出馬を表明した。
「国論を二分することになりかねない」というのは明らかに中国を意識した発言です。富田メモで、参拝反対派に追い風が吹き、世論が安倍、福田でまっぷたつに割れる、ということを恐れたのでしょう。小泉さんが「心の問題」といって、大事(おおごと)にしないのも、極めて正しい対応だと思いますよ。

今、戦争で亡くなった方のためにお参りしようと思ったら、靖国神社以外にはありません。そして、戦犯もある意味では戦争の犠牲者です。戦争とはそういう犠牲者を生む行為だということを、あそこに参拝することで示してもいる。靖国をなくしてしまったら、日本人の記憶から戦争自体が消えちゃいますよ。

ソース:週刊文春8月3日号 24ページ


◇櫻井よしこ

▼あくまで未検証のメモ

メモが書かれた当時の陛下のご体調を調べてみますと、前年九月に開腹手術をされています。腸閉塞との診断でしたが、実際にはガンでした。そして翌年の一月に崩御されています。メモにある誕生日前の定例会見も従来の三十分から十五分に短縮されており、陛下のご体調が思わしくなかったことがわかります。こうした状況の中で陛下のお言葉を富田元宮内庁長官がメモに残していたわけです。

陛下がメモに書かれているような言い方を本当にされたのか、非常に疑問です。

日経新聞に掲載されたメモの写真を見ると、右上に「4・28 ④」とあります。ならば、①から③も合わせて読まなければ、メモの真意を掴めないでしょうし、ましてや、メモの記述が陛下の真意を反映しているかさえ不明です。陛下のご発言から富田元長官自身が幾つか重要だと考える言葉を抜き出して書いたメモですから。

富田元長官の残した日記と手帳全体を、当時の状況と照らし合わせながら、仔細に検証しなければ、メモの記述が陛下の真意を反映しているか否か、確認できません。

仮に陛下のご発言であるとしても、問題は残ります。

陛下はお好きなテレビ番組や相撲取りでさえも、発言が一人歩きすることを懸念して、明らかにされなかった。公の発言については常に慎重の上にも慎重を期していらした陛下が、仮にメモにあるようなご発言をされていたとしても、それは公にすべきものではないのです。

なぜなら陛下はご自分の発言で現実の事柄を左右してしまうことを強く戒めていらした。加えて陛下の私的発言で政治を動かすことは立憲君主制に反することだからです。

生前の富田元長官は、日記と手帳を「死んだら棺桶に入れて一緒に焼いてもらうつもり」だったとの報道もあります。にもかかわらず、メモが公表され、首相の靖国参拝への影響が取り沙汰されている事態に、最も心を痛めているのは、先帝陛下と富田元長官ではないでしょうか。

まず、メモの信頼性を検証すべきですが、前述のような理由で、メモによって政治が左右されてはなりません。

私たちは一九九二年に中国との関係ですでに一度、天皇を政治利用する過ちを犯しています。この過ちを繰り返してはならないのです。ですから小泉首相はご自分の信念で靖国神社に参拝されるべきです。

ソース:週刊文春8月3日号 25-26ページ
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天皇メモ究明を ()
2006-08-02 22:17:44
天皇メモの信憑性について、やっとメディアに取り上げられるようになりました。

http://book.shinchosha.co.jp/shukanshincho/



前提からまず検証すべきです。

社会が悪い方向に行っています。修正するようがんばってください。

 既成事実化してはいけないと切に思います。



http://www.nikkei.co.jp/honshi/kyokaisyo.html
 
 
 
なんか不思議 (ぴーちく)
2006-08-03 01:15:22
岡崎氏は昭和天皇の記者会見が4月25日に行われ、4月29日に報道されていたことをまだ知らないんですかね。メモ中の「・関連質問 関係者もおり批判となるの意」についても25日の記者会見での質問に陛下が答えた内容と同じです。これについてはすでに報道の中で確認されているはずですが。



ちなみに徳川侍従長への記者会見は4月12日に行われており、勇退されたのは12日ではなく13日ですね。



>そもそも、記者会見のような場所で昭和天皇が

>こういう発言をされる可能性は、既に述べた私

>の個人的感触だけでなく、少しでも昭和天皇の

>ことを知っているすべての人が否定するところ

>であろう。



この部分が既におかしい。記者会見での内容を記録したメモだと岡崎氏は思い込んでいるが、25日の会見について振り返ったことを、4月28日に富田長官にお話になったのがこのメモが書かれた背景。いろいろな報道からも確認できるはずなんだけど。なんでそれをすっかり無視しちゃうんだろ。
 
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