富田朝彦元宮内庁長官のメモ(3ページ目)




     63.4.28
xPressとの会見
(1) 昨年は
(1)高松薨去間もないときで
 心も重かった
(2)メモで返答したのでごつごつ
 していたと思う
(3)4.29は吐瀉したがその前で
 やはり体調が充分でなかった
 それで長官に今年はの記者の
 印象があったのであろう
=(2)については記者も申して
おりました
(2)戦争の感想を問われ、
嫌な気持と表現したが
それは后で云いたい
そして戦后国民が努力して
平和の確立につとめてくれた
ことを云いたかった
”嫌だ”と云ったのは奥野国土庁長
の靖国発言中国への言及にひっかけて
云った積りである



解析
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Press会見 ・・・・1988年4月25日の記者会見

[1]昨年は ・・・・1987年の記者会見前後の様子

①高松薨去・・・・1987年2月高松宮(昭和天皇の弟宮)薨去のこと

③4.29に吐瀉したがその・・・
朝日新聞1987年4月30日夕刊 「天皇陛下ご異常なし」
お誕生日祝賀行事で一時気分を悪くされた天皇陛下は(後略)

=②については記者も申しておりました・・・
1988年4月29日 朝刊 「陛下、手術後初会見 お声に張り 「よく回復、だいぶ余裕も」」
(前略)陛下は、皇居・吹上御苑の林鳥亭で15分間にわたり答えられたが、昨年のようにメモを見ることもなく、よどみないお話しぶり。(後略)

[2]戦争の感想を問われ嫌な気持を表現したがそれは後で云いたい・・・
4月25日の記者会見
  何と言っても、大戦のことが、一番いやな思い出であります。(後略)

"嫌だ"と云ったのは奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである・・・
「奥野国土庁長の靖国発言」とは、1983年の奥野誠亮氏による「国家社会の代表が、代表として(靖国神社を)お参りできないようでは、将来、事があった場合どうなるのか」という発言を指すと思われる。この奥野氏、87年(竹下内閣)の国土庁長官時代には「私は侵略という言葉を使うのは、たいへん嫌いだ。あの当時、日本にはそういう意図はなかった」とも発言しており、なかなかの硬骨漢だった。従軍慰安婦問題でも「従軍慰安婦は商行為」と発言し、積極的に反対論を展開した。奥野はこの直後の5/13に辞任している。

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