笑顔のままで

父と過ごす残りわずかな時間をここに残したくて書き綴ります。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ciao.

2009-09-12 17:14:41 | 日記



ciao.

父がまだ病床で比較的体力の有った頃から毎日
帰り際に交わしたあいさつ。

ciao・・・

そう言って笑顔で父が手を差し出した。
笑顔で私もciaoって応えてハイタッチ。

ciao.

そう言って旅立って行ったんだよね、きっと。
ずっと忘れないよ、照れ隠しのサヨナラを。


これでこのブログの幕を下ろすことといたしました。
ありがとうございました。

笑顔のままで・・・だめでした。

2009-09-09 11:46:04 | 日記



2009.9.2


夢と現の狭間で時折ハミングをする父。
何の曲かは誰も知らないけれど
大きないびきの合間に何度も何度もハミングする。

楽しい夢をみていてくれたらいい・・・

今思えば、父と過ごした最初で最後の夜。

最後まで自力でトイレに行きたがったけど、おむつで用を足してもらった。『ここで良いよ、今日だけね。今日だけね。』
という私の言葉に力なく『今日だけ?今日だけいいの?ここでいいの?』と子供の様に
尋ねた父が悲しくていとおしかった。

2009.9.4

家族みんな父の回りを取り囲んで。
ベッドサイドでそっと手を握る。
父の温もりを少しでもとどめておきたくて。

小さく息を続ける父。

少し呼吸が乱れて。


父の顔を包んだ私の掌から命が飛び立って行った。



父の前では泣くまいとこらえにこらえたけれど・・・・
ダメだった。
オヤジゴメンね、やっぱ泣いちゃった。
笑顔で送り出せなかったよ。



今はまだ胸にぽっかりと穴が開いたようです。

でも、一生懸命出来ることは手を尽くした。
その自信が私には財産となりました。


食べられなくて残っていたチョコレート
棺の中にそっと入れました。
天国で食べてくれたら良いです。



父の姿は無くなったけれどそれでも私に生きている。
私の手の形・・・私の心に。

出棺のとき
泣きじゃくる私の肩をそっと包む大きな手は息子でした。


父の命は私に受け継がれそして息子に続いて行く
改めてふとそう気付いた瞬間。



今までたくさんの励まし、ありがとうございました。
そのおかげで、泣きながら歯を食いしばりここまでやって来ることができました。



そして私を支えてくれた婿殿と息子。
たくさんたくさんありがとう。
まだまだ泣きますが(^^;)笑って見逃してやって下さい。




コメント (2)

空へ。

2009-09-04 23:29:26 | 日記


2009.9.4  AM8:39


父の命が曇天の空高く舞い上がりました。

全ての苦しみと涙を振り切って。


家族に囲まれ、幸せな最期だったと思います。


皆様には大変お世話になり
勇気と元気を頂きました。ありがとうございました。


また改めてコメントをお返ししたいと思っています。


imuimu





失敗しちゃったけど。

2009-08-31 21:33:42 | 日記



このところ父の具合が悪くなって来た気がする。

腹水がたまり動く事もままならない。
薬のせいかうわごとを言っては目を覚ます繰り返し。
とうとう夜中のトイレも行けなくなった。

母が電話で言う。『寝ぼけてるのか、T子(私の事)はどこ?ってお父さん聞いてたよ。』

車を飛ばして今すぐにでも行ってあげたいけど、止めとく。
私が壊れそうだから。
夜中に目が覚めると必ず『父さん、痛がってないかな。』そう思う。
少し忘れる時間をとらないと。

昨日、失敗しちゃった。

携帯電話のメール、間違ってゼーンブ消しちゃった(><)
元気な時の父からのメールも・・・全部。

でも、これで良かったのかもしれない。これで。


コメント (2)

雨降って地固まる。

2009-08-29 16:38:13 | 日記



数日前母と弟がけんか。そろそろ気持ちの疲れがでて来たのか。

それはすぐ病室の父に感づかれ・・・・・

今まで泣かなかった父が大粒の涙をこぼし
『頼むからみんな仲良くしてくれ・・・。』と
『本当は俺も毎晩恐くて不安でな、仕方ないんだ・・・』と。

ずっと抱え込んでいた苦しさとせつなさ
それが涙と一緒に溢れ出したんだな・・

弟と父は泣きながら話し『オヤジの息子でよかったよ。』
そう伝えられたことが嬉しかった、と弟は言う。

母は母で『子供に頼りっぱなしだった私も悪かった。』そう思ったとか。
こんな場合だもの、それは仕方ないと思っているけど
母にとってはチャージした瞬間だったかな。

母と弟が父を泣かせた事
ものすごく腹が立って許せなかった・・・父を泣かせるなんて。
バカ野郎たちだ・・・

でも、雨降って地固まる。

父が密かに抱いていた苦しい気持ちをみんな理解する事が出来
母は妻として出来るだけ父の側にいてあげようと思えたらしい。
(今までは看護ヘルパーさんの気分だったみたいです。)(汗


という事で、一度は諦めた地元市民病院緩和ケア病棟への転院
手続きをする事に決めました。

みんなが笑顔で居られるために。


コメント (3)