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怒り/映画

2016-09-22 20:18:32 | 日記
原作の大ファンで、映画は拝見したいと思っていました。

以下ネタバレ。

喪失感が心を埋め尽くす。安易に頑張れ、なんて言えない。心のある部分が、とても痛い。

途中まで原作に忠実に進んでいたので、最後までやってくれると思いきや。大事なエピローグ部分はカットされていました。優馬がお墓参りに行くシーンも、泉が警察に真実を告げるシーンも、辰哉が泉に手紙を出したシーンも。それがあったから、報われなくて救われない東京編と沖縄編の彼らのこれからを、祈ることが出来たのに。どうか、どうか。優馬が直人を失っても、前を向いて歩けるように。泉が心に消えない傷を負っても、誰かのために戦える強い人であるように。そう願うことが、許されたのに。

映画では、そう祈ることさえ、許されない。安易に応援することなんて、絶対に出来ない。悲しみが、怒りが、涙になって、叫びになって、露わになる。そこにあるのはただただ、深い虚無感。見ている私が干渉出来ない、一生交わりたくない、本物の孤独な世界。

途中までこれだけ原作に忠実に再現出来たということは、最後もやろうと思えば必ず同じラストに出来たはず。なのに、突然幕を降ろされたかのような、あの終わり方。ここで終わりなの?彼らは救われないの?見届けた私に救いはないの?そう思わせる唐突なラスト。千葉編だけは原作通りバッドエンドではないのだけれど、何故かそれさえも心から喜べないほどの喪失感が伴う。

つまり、これは、原作のあのエピローグを入れない方が良いと判断された、あえての終わり方。ならどうして、あんな終わり方にしたのだろう。

原作を読み終えた時、疑うことは信じることだという感想をまず抱いた。人が人を疑うこと、それはその人のことを信じたいからだ。信じたいけど疑うんじゃない、信じたいから疑うんだと。信じることの難しさ、尊さ。そういうことを、伝えたかったのかなと、私は思った。

けれど、映画を見終えた感想は原作のそれとは大きく異なる。映画を見終えた私が抱いた感想、それは圧倒的な絶望。成す術のない、悲しみと怒り。

私は現実を突きつけられた気がした。そして打ちのめされた。私は彼らを救うことは、永遠に出来ない。それがフィクションだからではない。それが本当に起こった時、私がその不幸に打ち勝つことは出来ないと。それは確信めいた気持ちになった。

感動ではなく、現実を突きつけた。そして観客に問いたかったのではないか。本物の怒りを目の前に、お前たちに何が出来るのか。

だからこそ、あえて、あの終わり方を選んだのではないか。

最後以外は原作通りで、キャストの方たちはイメージにぴったりでした。特に良かったのは、愛子演じる宮崎あおいさん。一人称が「愛子」のところも、「おとうちゃん」と甘える姿も、愛子そのものでした。優馬演じる妻夫木聡さん、直人演じる綾野剛さん、さすがでした。直人が亡くなっていたと分かるシーンは、そうだと分かっていても涙しました。心配だった泉演じる広瀬すずさんも、なんとも痛い気持ちが伝わってきて、迫真の演技でした。

泉が米兵に強姦されるシーン、見ているこちらの身体も引き裂かれました。決してあってはならないことです。それがあった前と後では、人生の全てが変わります。見ていられない、あの辛さだけは。泉を救うことは私には出来ない。辰哉のお父さんのように、デモをすることも出来ない。ならばせめて、私と私を取り巻く範囲内で、抵抗できない暴力が起こりませんように。それがどんなに我儘な願いだとしても。

所々の台詞も逸脱でした。特に好きだったのは、直人が優馬に言った「信じてくれてありがとう」という台詞や、直人が妹に言った「大切なものは増えていくんじゃなくて、減っていくんだ。それが優馬に会ってから分かった。」という台詞。心打たれました。
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