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愚行録/貫井徳郎

2016-08-28 11:05:41 | 日記
『微笑む人』に続いて2作品目の貫井徳郎さん。安定の読みやすさがありますので、相も変わらず一気読み。

以下ネタバレ。

犯人は、ああ、そうなんだ、という感じ。

残り数十ページでどうやって落とし所を持ってくるんだろうとひやひやしながら読みましたが、オチに関しては納得。しかしあっと言う衝撃はない。
一家惨殺事件の犯人、並行している物語の登場人物、後半起こった通り魔殺人、ライター、これらが不明のまま怒涛の後半戦を迎えます。が、それらが全て解明されても、さほど驚きませんでした。今までの展開を覆すような、そうだったのかと唸らせるような、そんな衝撃がなかった。

冒頭育児放棄で逮捕されたという母親の名前が"田中さん"であるから、宮村さんの話に出てきた田中さんと同一人物なんだろうなと予測がつく。読み肥えている読者なら、それが"田中さん"というありきたりな名前だからこそ、これは同一人物なんだろうと確信は強まるだろう。

しかし最後の一文、お兄ちゃんとの子どもだったというのはちょっと心臓がどきりとしました。お兄ちゃん、あんたも大概ろくでもない男だよ。妹に手出して、挙句妹に娘の世話を任せきりで死なせてしまうなんて。

オチだけに焦点を当てると大したことはない作品だと思ってしまうのですが、本作が面白いのはそこじゃない。田向友季恵を通して見せる、トリック抜きの、人間の本質、恐ろしさ。

まず、嫌味を嫌味だと自覚して人を傷付けるタイプの人がいます。それは明確な意志を持って悪口を言うのですから、ごく単純な"嫌い"という感情から発している非常に分かりやすい人種です。

次に、無神経に無自覚に人を傷付けるタイプの人がいます。これは先程とは異なり、相手のことが"嫌い"だから発しているのではありません。それが人を傷付けるなんて思いもよらず、純粋に言葉を発するのです。自覚のない悪口、しかし自覚がないので責めようがありません。仮に責めても本人には分かりようがありません。だから非常にタチが悪いのです。

最後に、"自分は無自覚に相手を傷付ているだけで相手を傷付けようなんてこれっぽっちも思っていない"と周りに思われながら、実は計算しつくして自分にあたかも非がないように悪口を言うタイプの人。これが田向友季恵さんの恐ろしさ。
そんなこと言っちゃうの?大丈夫?ああでも、お嬢様だから、天然だから、美人だから、仕方ないわよね。そんな風に。嫌味を嫌味だと捉えられないよう、それはそれは慎重に言葉を選んで、しかし確実に相手を貶める。

本作の真骨頂は、田向友季恵さんのそういうしたたかさにあると思いました。これは読んでいて実に気味が悪かったし、興味深くもあった。作者様は本当に"女性"という生き物をよく観察しているのだと思いました。

田向夫妻は確かに人に恨まれても仕方がないようなことをしてきたとは思いますが、それが殺されてよかったとまでは思えません。
同じように、田中兄弟は人を恨んでも仕方がないような生活を送ってきたとは思いますが、それが殺してよかったとまでは思えません。
それが、殺されてもよかった、もしくは、殺してもよかった、そう思える位強烈なインパクトがなかったことが残念です。

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