光と影のつづれ織り

写真で綴る雑記帳

軽井沢そして東北,アート巡り #6  酒田市立資料館

2018年06月24日 | 歴史、民俗

 本間美術館を出て、 酒田市立資料館に向かって歩き出すと、ローソク店を発見。

ローソク店てあるんですね、初めてみました。 ローソクだけでやっていけるんだ!
 
 調べると、酒田には3店のローソク店があり、元禄9年(1696)創業の老舗もありました。

ちなみに、人口1,000万の東京都では2店 !(キャンドル店は除く) 人口11万の酒田のローソク需要は凄い。

 

 


もう少し歩くと、Jazz Barが。ライブもやっているようですが、商売やっていけるのかなー・・・と余計な心配。

酒田では、音楽などでも進取的な人が多いのかな。

 

 

 酒田市立資料館に着きました。 狭いエントランスホールにも、展示品が所狭しと並べられています。

左にある柱時計は、大正時代に製作されたものですが、今でも正確な時間を刻んでいます。

中央には、酒田大火で焼け残った電柱・・・そう、この資料館に来た目的の一つは、この酒田大火

詳しく知りたいと思っていたからです。

 

 

 


すぐ横には、農作業のマネキン!  おー「はんこたんな」のキャプションもある!

 

 

 

 マネキンの顔が露出し過ぎと思い、目だけ見えるように”はんこたんな”を編集。 資料館の皆さん、お許しを。

 

 



展示フロアは2階なので階段を上り、振り返って撮ったもの。

今見てきた本間美術館や、明日行く、土門記念館のポスターがありました。

 

 

 

 

 上には、酒田の大凧。

 

 

 

 酒田市の航空写真がありました。 昔は、最上川の左岸に酒田の湊町があったらしいのですが、洪水の

影響の少ない右岸に移ったとのこと。

 

 


展示としては、縄文時代からの土器などもありましたが、湊として発達した以降に焦点を絞って紹介。

ただ、昔、出羽の国の国府が、酒田にあったことは重要なので述べておきます。(城輪柵遺跡)



千石船の模型。  船倉に米俵がびっしり、約千石(150トン)積めたので、語呂よく千石船と呼ばれたが、船形は弁才船と言うらしい。

 

 


この図をみると、最上川が山形県の大動脈であることが分かります。

品物で、入りの欄に”古手”とあるのがわかりませんでしたが、使い古した衣類のことなんですね。

 それにしても日本三大急流の一つ、最上川を遡行するのは、大変だったろう。

 

 

 

この資料館に来て、もう一つ興味が湧いたのが、戊辰戦争でした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会津藩・庄内藩が朝敵・・・・薩摩・長州からみれば、会津藩は憎い敵というのはわかりますが、庄内藩はなぜ?・・・どうやら

薩摩藩が江戸でテロ挑発を行ったとき、江戸警備にあたっていた庄内藩が幕府の命を受け、江戸薩摩藩邸襲撃の中心となったからと思われます。

 

 

 

 

 

 戊辰戦争の説明パネルを読み終わって、浮かんできたのが映画「たそがれ清兵衛」のラストシーン。

清兵衛が、庄内藩士とし新政府軍と戦って命を落とし、その後、成長した清兵衛の娘が父を回想し、「人は清兵衛を不運な男だったというけれど、

私は、そうは思わない。 私たち娘を愛し、美しい朋江(清兵衛の妻)さんに愛され、満ち足りた思いで短い人生を過ごしたに違いない。そんな

父を誇りに思う。」・・・2002年に見た映画ですが、ラストの語りの岸恵子が、ふつふつと浮かんできました。

 

 

 

 さて、酒田大火のコーナーに来ました。

昔から、大火が頻発したんですね。

 

 

 

 

 撮影した写真の部分拡大をしたので、字が不鮮明になっています。すみません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この頃には、いろは蔵も本間家が所有していたようだ。

また、山居倉庫の記事でも述べたように、山居倉庫は被害を免れた。 ※写真の黄色い文字は編集して加えたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火元となった映画館、進取的な映画館として有名だったんだ。

 



大火のとき、上映していたのが「愛のコリーダ」

 

 

 

 

 

 映画館の観客や従業員は避難して無事だったが、3日後に消防長の遺体が館内で発見された。

大火で唯一の犠牲者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出火時の風向きは、西南西で、その後、西北西に変化している。

 

 

 


 焼け跡にポツンと残る、無傷の本間家旧本邸に人々は驚いたようだ。

 

 

 

 

自衛隊の迅速な出動が、被害を軽減し、復旧を助けてくれた。

 

 

 

 大火から2年半後、復興された酒田の街。復興は早かった。   ※本間家旧本邸の書き込みは、編集作業で付け加えました。

 

 

 

 この酒田市立資料館は、その焼け跡に昭和53年(1978)開館した。  ちょうど、開館から40周年を迎えている。

少し、手狭になっているように見受けましたが、貴重な資料を末永く、公開していけるよう願ってやみません。

 

次は、すぐ近くにある旧本間家本邸に向かいます。

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軽井沢そして東北,アート巡り #5 酒田市 本間美術館

2018年06月14日 | アート 建築・庭園

酒田市の本間美術館に来ました。

昔、聞き習った”本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に”の

日本一 の大地主・本間家が作った美術館です。   本間家が酒田

あったのも初めて知りました。

三井、三菱などの財閥が、コレクションした美術品・庭園を広く公開

しているのと同じ文脈ですが、政治・文化の中心地には敢えて進出せ

ず、地方都市・酒田に根を下ろし続けた本間家の気概を感じました。

この日展示されていた企画展のフライヤーです。

 

 

展示品の撮影は禁止でしたが、下の美術館パンフレットにある庭園と

別邸《清遠閣》を撮ったので紹介します。 

 

 

 

 

 

 鶴舞園です。 程よい大きさで、いい庭園だと思いました。

 

 

庭園と清遠閣の見取り図です。(本間美術館のWebサイトより)

 

 

 

 清遠閣の1階から

 

 

 

 庭の展望が、美しい襖絵のようです。

 一階にも、陶磁器類の展示がありました。(撮影禁止) 日頃、東京国立博物館でみる陶磁器類と遜色ない、いいものが多かった。

 

 

 

階段上り口の天井や欄干彫刻に、繊細な仕事を感じます。

 

本間美術館のWebサイトを見ると、丸窓の襖?が見えるのですが、今は外しているのかな?

 

 

 

 

 二階です。木造建築の良さを感じます。

 

 

 

 二階から見る庭園。 多羅葉樹が傍に植わっています。 

 

 

 

案内してくれた係の方が、多羅葉に書いた文字を見せてくれました。

尖ったもので、この葉の裏面を傷つけると、その部分が黒くなる性質を利用したものだとか。

 

 

 

 

庭園を目一杯に収めました。 晴れていれば、鳥海山が見えるそうだ。

 

 

 

 

 二階の御座所と控えの間。 壁の色や雲のようなデザインが、とてもいい。

 

 

 

 

酒田の迎賓館として使われてきたんだ。

 

 

 

内部の造りの繊細さに唸ります。

 

 

 

 

一枚板のドア。

 

 

 

最後にもう一度庭を。

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軽井沢そして東北,アート巡り #4 酒田市 旧港、日和山公園、山王くらぶ、相馬楼

2018年06月10日 | 小旅行

山居倉庫を後にして、酒田港(旧港)に向かいます。

 

 

 

 

港橋の袂から撮影。 手前の旧港には、漁船が何隻か見えます。

 

 

 

漁船の上は漁火の集魚灯がずらり。 イカ釣り舟かな。

 

 

 

 

鯉のぼりがクレーンに。  そうか端午の節句ももうすぐだ。

 

 

 

 

酒田海鮮市場のビルに掲げてあった鳥観図。  鳥海山の溶岩や噴出物の地形がよくわかります。

後で分かったのですが、海岸線から内陸にかけて1~2kmは、砂丘とのこと。 防風林や防砂林が続いているのはそのためだ。

 

 

 

 

しばらく歩いて、日和山公園に着きました。 木製の六角灯台が桜越しに見えます。 4月18日酒田の桜は満開でした。

 

 

 

 

 公園内で、花見を楽しむ親子連れ。

 

 

 

 

芭蕉の句碑があります。

 

 

 

 

すぐ近くに、文学の散歩道の案内板があり、多くの文人が訪れていることが分かります。

 

 

 

 

 

公園の案内図は結構詳しくて、全部見たいのですが、時間がないので、千石船と展望広場に行くことにしました。

 

 

 

 

千石船の1/2スケールの模型。 意外と小さい。

 

 

 

 

最上川が文学に現れた、最初の和歌の碑。 ”もがみがわ のぼればくだる いなふねの いなにはあらず このつきばかり”

男女の恋の語らいがうたわれています。 男の求愛に対して、いやではないけど、今月だけは待って欲しい・・・ウーン。

そして最上川は、千年以上の昔から、米の舟運が盛んだったことが分かります。

 

 

 

 

展望台です。

 

 

 

六角灯台の方向。  最上川の河口に向いています。 風力発電の風車が多いですね。

 

 

 

 

説明付きのパノラマ。 晴れていれば、出羽三山も見えますね、振り向けば鳥海山も。

 

 

 

 

北西方向。 冬はこの方向からの風が厳しいようです。

 

 

 

 日和山公園を降りて、かって料亭や茶屋で賑わった通りを歩きます。

通りに、古い木造建築を見つけて撮影。 

 

名前は山王くらぶとなっていて、由緒ありそうでしたが、事前勉強してなかったのでよくわからず通り過ぎたのですが

後で観光ガイドブック”さかたさんぽ”を見るとこんな説明が。  寄ればよかったと地団駄。

 

 



もう少し進むと、石畳の道と遭遇。 道の左側奥には、神社の鳥居が見えます。日和山公園の麓にある下日枝神社で、酒田の町割りの基点になるとか。



 


右側を見るとまた木造の料亭っぽい家屋が見えます。 

 

 




手前の方の木造建築家屋がこちら、料亭「香梅咲」 道を歩いていた3人の男性はこちらに入りました。




隣が、「相馬楼」。こちらは舞娘(妓ではない)の演舞が見られるが、この日は水曜日で定休日だった。



酒田市資料館に展示していた相馬楼の説明。



こちらは、山形県酒田市観光ガイドブック”さかたさんぽ”に載っている相馬楼の舞娘さん。




こちらは、翌日、酒田駅の構内で撮ったJR東日本ノポスター。

酒田甚句をうたっているのでしょうか、甚句の歌詞に”ほんまに酒田はよい港 繁盛じゃおまへんか。”

とあります、確かに上方ことばだ。




これも後で知ったのですが、市内を巡るのに便利な無料の観光自転車があります。

酒田は気に入ったので、次に来るときは、自転車を使うことにしよう。 ちなみに、この日は約1万4千歩、歩きました。


次は本間美術館に向かいます。

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