テケテケのキリストあれこれ

聖書のみ言葉、キリスト教のメッセージ、また旅情報などもお伝えしています(日本ホーリネス教団倉敷ホーリネスチャーチ)。

【説教】「ゴルゴダへの道」 2016/03/20 山脇正子師(現役最後の説教)

2016年03月20日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書15章16~23節
21:そこへ、アレキサンデルとルポスとの父シモンというクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、人々はイエスの十字架を無理に負わせた。

主の御名を賛美します。

 本日は正子先生による「主イエスに出会って頂いた人々」の45回目の説教です。
聖書は、棕櫚の主日の出来事。そして金曜日が受難日です。
群衆から「ホザナ、ホザナ」と迎えられ入城した主イエスでしたが、主の教えまた奇跡をおもしろくないと思う祭司、コリント人たちにより、捕らえられ裁判にかけられてしまいました。罪を犯しておられない方が人間の『ねたみ』や『嫉妬』から命を奪ってしまおうと画策し、自分の身を案じるピラトに十字架にかけよ。と扇動するのでした。
裁判にかけられているのは主イエスと、人殺しのバラバという者でした。特赦でどちらかを赦す事になり、密かにピラトはイエスを赦そうと思いましたが、主をねたむものを敵にまわしたくない思いでバラバを解き放ってしまいました。そして神のご計画のまま十字架へと向かわれる主イエスでした。この箇所から3つの視点で見てまいります。

(1)兵士たちにより嘲笑
15:16 総督ピラトは全部隊を呼び寄せ集めました。兵士らはイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠をかぶせ、「ユダヤの王、ばんざい」と嘲笑し、十字架にかけるために城内から引き出しました。

(2)十字架を負わされたクレネのシモン
15:21 十字架を自分で負う事になっていましたが、主はむち打ちにより体の肉がえぐられ取られ、到底重い荒削りの十字架を持ち運ぶ事など出来ませんでした。そこへアレキサンデルとルポスとの父シモンが通りかかり、兵は十字架を運ぶように無理矢理負わせました。パウロはローマ人への手紙6章13節で「 主にあって選ばれたルポスと、彼の母とに、よろしく。彼の母は、わたしの母でもある。」と記しています。パウロ自らの母だと。しいられた十字架は、祝福の十字架へと変えられたのです。

(3)私たちも十字架を負う者に
マルコ8:34 主イエスは「それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。」 と話されています。自分の十字架を負うとは、自分を捨てて、主について行く事です。ついて行くそれは、主の背中を見て離れず歩む事です。決して主と並ばず、決して主の前にでる事なく、主について行くのです。神のみ心を受け入れる事が大切なのです。

 山脇正子先生は本日、現役牧師として倉敷教会最後のメッセージをなされました。開拓の連続、そして茂原での30年その後の倉敷8年間、50年を越す牧会、本当にありがとうございました。最後のメッセージはまさに正子先生の生き様の言葉『生涯ブレず、主の背中を見て歩む』でした。教えられた私たち信徒一同が自分の十字架を負い続ける事ができますように。また4月から始まる山脇先生ご夫妻の東京での新たな生活が主にあった素晴らしいものとなりますよう祈ります。

今週も主により、素晴らしい日々をお過ごしください。

テケテケ
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