今日は休日を利用して、世田谷区豪徳寺にある古い洋館を訪ねてきました。
この洋館をめぐるまるで漫画のストーリーのような実話を、NHKでドキュメントとして放送したのをご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
山下和美さんとおっしゃる女性漫画家さんがご自宅の近くに建つ水色の古い洋館を「いいなぁ…」と思って日々眺めていたのですが、ある日その土地が建物ごと売却され取り壊した後に7戸の狭小住宅が建つ計画があることを知ります。
その洋館は明治時代に建てられた世田谷区で一番古い建物だと知って、何とかして解体を阻止したいと立ち上がりましたが、何しろ世田谷の一等地。買い取るのには4億円必要なことが分かりました。
でも、どうしても諦められません。
自分が住みたいからでなく、古いものを安易に取り壊してしまうことが許せなかったのです。
奔走の結果あと1億円あれば、というところまで漕ぎ着けた時、別の女性漫画家の方が「協力したい」と申し出ました。「私の夫は新田たつおです」
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「静かなるドン」(ロシアの小説ではなくマンガ)という大ヒット作で億万長者でいらっしゃるのです。
ご主人に塀越しに水色の洋館を見せました。
「どこがいいのかワシには分からん」
の後、「好きにせい」
ポンと1億円(!)を出してくれたのです。
水色の洋館は3人の漫画家さんの所有として、存続されることになりました。
ことの顛末が当事者の漫画家さんによって本になっていますが、私が何より感動したのは、新田たつおさんの「好きにせい」というセリフです。
文化を大切にするということの本質がこの言葉にあると思うのです。
「自分には理解出来ないが、それを良いと思っている人がいるなら、それは大事にする価値がある」
そういうことではないでしょうか。
6、7年前になりますが、Kiinaの公演に参加するために大阪へ行った時、たまたま夜公演だけの予定だったので、それまでの時間に国立文楽劇場で文楽を観ることにしました。
文楽の本拠地と言ってもいつでも上演しているわけではないので、なかなか観る機会がなかったのです。
文楽と言えば、某H氏が大阪府知事時代に助成金の削減を提案し、関係者からの猛反発に一度だけ観た後「2度は観ない」とおっしゃったとか。
後の大阪市長時代に2度目をご覧になったようですが、「演出が時代に合わない」と400年続いた大阪が世界に誇る伝統芸能に注文をつけられたと聞いています。
自分が理解出来ないものを認めない。自分の尺度でしかものの価値を推し量れない。
経済効率でしか判断しない。
それでは文化は守れません。
H氏に比べて、新田さんの振る舞いの何とカッコいいことか!
坂本龍一さんが亡くなられる間際まで訴えて続け、今湯川先生がそれを「遺志」と受けとめて懸命に運動されている、神宮外苑の樹木の伐採問題にも通じることだと思うのです。
一度無くしてしまったものは、二度と元には戻りません。老朽化した施設を建て替える必要性があるのは理解している。でも、100年かけて育った樹木を切らないで済む方法を考える余地があるのではないのですか?と。
それが運動の主旨だと理解しています。
山下和美さんが、新築したばかりのご自宅があるのに、どうして何億円も苦心して調達してまでも古い洋館を残したいと思ったのか。
新田たつおさんが、何がいいのか分からないが奥さんに頼まれたからと1億円を融通してくださったのか。
文化を愛するというのは、そういうことなのだと思うのです。
豪徳寺の水色の家には一度見に行ってみたいと思っていました。
そこへ坂本さんの訃報を聞き、何か通じるものを感じて、ついでに神宮外苑まで足を伸ばして来ました。
ソメイヨシノはもう終わり。並木のイチョウの葉が芽吹き始めていました。