かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

11月29日、近くの友人と“紅葉狩り”に出かけました。

2012-12-05 | 気ままなる日々の記録

 かつて郷土史の本を作った仲間(私は途中参加)と“紅葉狩り”に出かけました。行き先は滋賀県東近江市の「臨済宗永源寺派大本山永源寺」と岐阜県海津市南濃町の「臥龍山行基寺」です。

 

 上が永源寺の山門です。創建は康安元年(1361)近江の領主佐々木氏頼が、高僧寂室元光禅師の高徳を慕い、風光明媚なこの地に伽藍を創建し禅師を迎えたことによる。寂室元光禅師の名声は高く、当時は2千人あまりの修行僧が集い、後光厳天皇や足利義光らも深く崇信、寺領など多くを寄進したと伝えられています。戦国時代には度重なる兵火に逢い衰退の時代もありましたが、寛永8年(1631)妙心寺の別峰紹印禅師によって再興され今日に至っています。紅葉の名所。

  

 上が「臥龍山行基寺」の山門です。この寺は徳川時代美濃高須藩(松平家)の菩提寺です。美濃高須藩は尾張徳川家の連枝(れんし)で、初代藩主は尾張徳川家の第二代(家康の孫)の二男(家康の曾孫)松平義行公です。従って3万石の小藩でしたが江戸城では御三家を除けば将軍家筆頭の家門であり、尾張徳川家に後継者が絶えた時には相続人を出すべき任務を負い、武芸・学問・作法に厳しい家風を保持し続けた名門でした。事実、尾張62万石17代藩主のうち4代がこの藩出身でした。また他藩から養子に迎えられることも多く、幕末の戊辰戦争に大きく関わった尾張藩主の徳川慶勝、会津藩主の松平容保、桑名藩主の松平定敬らは、ここ高須藩松平家の三兄弟です。

  紅葉は見事でした。落ち着いた境内は観光客もまばらで、幽玄の静寂と眺望を満喫しました。

  以下フォトチャンネルに挑戦しました。 

 

「永源寺」と「行基寺」へ紅葉狩りに出かけました。

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