青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

暮れなずむ街の昼下がり

2012年10月13日 23時00分00秒 | 東武鉄道

 

(堀切駅西口@東武スカイツリーライン 笑)


10月14日の鉄道の日を控え、横浜からはブルトレも一夜限りの復活とかイベント目白押しの週末。日々日頃から子供に対しては鉄道に対する啓蒙を継続中の所ですが、スカッと晴れた秋晴れの一日なぜかこんな場所に行ってしまいました。ホントは別の場所に行く予定だったのだが、子供が電車に乗りたがったのでしょうがない。降りてみたのは東武電車の堀切駅、金八っちゃんの舞台として有名ではありますが、電車で訪れたのは初めてだなあ。荒川と隅田川と綾瀬川に囲まれた猫の額のような狭い土地に押し込められ、時の流れの袋小路になってしまった空間にその駅はあります。よくこの西口駅舎は「都内のいい物件リスト(笑)」として紹介されてるのは知ってましたが、なるほど結構なお手前で。聞けば大正時代に河川改修でこの地に移転して来た時代から、補修をしながらそのまま使っている駅舎らしい。


西口の駅前に跨線橋がありまして、これが1番ホームと2番ホームを繋ぐ役割も果たしているのですがここに上がってみる事に。そもそもが荒川の土手に上がる道の一部でもあり、結構きつい階段である。この駅にはバリアフリーと言う概念はないらしい。まあ東武にしてみたら「これはウチの管轄外」って事なんだろうけど、こんな状態の駅を放置しておいてぬぁ~にが東武スカイツリーラインじゃ!とおかしみを込めてそう言わせていただきたいw

    


とりあえず、跨線橋から子供に気が済むまで電車を見させてみようシリーズ(毎週や)。
んー、ミヤコの西側に住んでいる者にとって、東武電車ってーのはまあ用事もないし使う事もないし、たまに中央林間の駅から電車に乗る際に南栗橋行きの東武車が止まっていると「何でお前がここにいるんだ!」と言う罵声を浴びせるくらいでホントに絡みがございませんので解説はお詳しい方に譲らせていただくとして(笑)。失礼を承知で言わせていただければ東武電車って「群馬栃木と埼玉のカッペの都内流入装置」でしかないよなとw荒川放水路の下の土手を走る営団の8000系の姿はシュールでしかない。
改めて見ると何と言うか来る電車来る電車の洗練されてないやぼったさみたいなのが味わいなんですかねえ。通勤車はガッチリした躯体に角目の大きなライトにえび茶色のライン、併結が多いせいか先頭車の幌の部分の渡り板がベロッと出てるとことか、連結器周りのゴテゴテ感とか、関東の私鉄なのにそのフォルムは関西風味。それもこれもたぶん関東では東武だけが納入を続けていた「アルミのナニワ」ことアルナ工機(現アルナ車輛)と、アルナの車輛製造部門を引き継いだ日立製作所の車輛が多いのが要因かと思われます。アルナは小林一三率いる阪急の子会社で、東武の創始者である根津嘉一郎(根津財閥)とともに山梨県出身の同郷人。かたや宝塚歌劇、かたや根津美術館と鉄道事業のみならず文化事業にも造詣の深い企業ポリシーにも似通ったところがありまして、関東では珍しいアルナの車両の納入にもそんな由来があったのかもしれませんな。

  


そして再び堀切駅西口。
世の中スマホだなんだと言われている中で、駅前に緑の電話ボックスが健在というのも「時間の止まった駅」たる所以ですかねえ。
駅前にはひなびたラーメン屋「ラーメンみゆき」が一軒、堀切駅前唯一の商業施設(笑)として荒川の土手の風にのぼりをはためかせている訳ですが、時間はお昼時で確かに腹も減った。のだが、駅前の歩道橋からどこを見渡しても「ラーメンみゆき」以外の選択肢が何もないと言うのも困りモノ。ヨメさんと二人顔を見合わせ、「ちょっと覗いてみる?」と言う事になりとりあえず暖簾の向こうから一瞥してみたのだが、その視線に気づいた店主の奥さんらしきオバちゃんが出て来て「どうぞすぐ空けますから!」と声を掛けられてしまったのでどうやら詰みのようです(笑)。

 


店はカウンターのみ10席ほど。老夫婦2人で切り盛りする何の変哲もない街のラーメン屋。席の横にはジャンプと新聞がうず高く積まれ、冷蔵庫の上のテレビが「メレンゲの気持ち」なんぞを流す昼下がり。意外に混雑している店内に老夫婦の愛想の良い声が響く。「何の変哲もない」と言うこの雰囲気、何の変哲もないように思ってしまうのはステレオタイプないわゆるテレビの中のイメージであって、現実にはあまりこう言うラーメン屋って都内にはもうそんなにないのではなかろうか。何の考えもなしにラーメンとギョーザ、ヨメさんは塩ラーメンを注文しコップのお冷やを飲みながらボケーっと出来上がりを待つ間、ひっきりなしに行き交う東武電車の音がBGM。こういうラーメン屋で昼から漬物をつまみながら瓶ビールを美味そうに飲む地元氏を眺めていると羨ましくもあり、色んな意味で嘆息も漏れようと言うもんです(笑)。


ちょっとショウガの香りのするさっぱり風味の醤油ラーメン500円。味もとびっきり美味いかと言われたら答えに困るが、この店が出す味としては十分条件は満たしているような。変な言い方だが、ここでそんなに美味いラーメンを出されても困るし(笑)。オーソドックスだからこその飽きない味と申しましょうか、シンプルイズべストやね。このラーメンの特筆すべき調味料は、この堀切界隈の雰囲気だと思うので…あ、でも上に乗ってるチャーシューはホロホロと柔らかくてそこは美味いと思ったよ。

  


全く予定外の堀切駅訪問、そして全く予定外の食事。子供が電車を見たいと言ったから発生した予定外。そんな予定外の余韻に浸りながら跨線橋を渡って2番ホームへ。荒川の土手にへばりついた東口は、駅前広場と言うものすらない。古レールを曲げた柱のカーブがいい感じだね。鉄道の駅でホームの柱の代わりに古いレールを使うのってそう珍しい事じゃないけど、関東だと秩父鉄道の上長瀞駅とかまあ見事な古レール柱作りのホームであれはあれで感動した覚えが。


牛田の駅から続くカーブを曲がって区間準急浅草行きがホームへ滑り込んで来た。
後ろの高架の道路は堀切橋に続く道ですが、京成線が隣を通る欄干の低い堀切橋の雰囲気は好きですね。
ホームと電車の隙間に注意して乗り込めば、電車はゆっくりと堀切の駅を離れ、車窓にはスカイツリーが見える。
でも、スカイツリーには行かず、今日の本来の目的地に向かう事にしましょう。

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秋日、裏高尾にて

2012年10月08日 21時59分14秒 | 中央東線

 

(裏高尾お立ち台@高尾~相模湖間)


連休最終日、ようやっと晴れたので中央本線のはまかいじとかホリ快やまなしとか桃ずきんとか撮ってみんべ!と勇んで起きてはみたものの、そんなに子供が早く起きる訳もなく。出渋ってしまったのでそんなに遠くには行けないなあ…って事で高尾~相模湖間の通称「裏高尾」を中心にちょこちょこと回ってみました。折しも連休最終日、乾いた空気はようやっとの秋らしさ。手頃な日帰りハイクで高尾山界隈は熟年ハイカーで相当の人出でございます。小名路(西浅川)から小仏峠へ通じる江戸の時代の甲州道にも街道そぞろ歩きのハイカーがちらほら、細い道に宿場の名残を残す好ましい雰囲気の道を走れば、圏央道の八王子JCTの下から中央本線のレンガのガードを抜け、山へ向かう小道を上がった裏高尾のお立ち台。後ろに小仏峠、右に高尾山、左に八王子の城山を控え、江戸時代には小仏の関所が置かれた要害の隘路。高速道路と綾なしながら一気に山深くなる甲州への道のとば口に立って子供と構える午前11時。


まずは前菜、長野色115系。長野車115の行動半径はとっても広く、北は信越本線の柿崎から南は中央本線の立川まで顔を出すのですが、しれっと中央特快のE233と並んで高尾に止まってるのを見るとお前ちょっと出しゃばり過ぎだぞと(笑)。なんつーか、長野色ってのは姨捨だの長坂だの雄大な山並みを望む場所を走るのが似あってるのであって、こういう山深い場所を走るにはやっぱり豊田色の115のほうが似合うと思うのだがいかに。


お次はE257特急あずさ。E351がスーパーあずさ専業で充当されるのとは異なり、あずさ・かいじの両運用で大月や韮崎や山梨市などの中堅都市を細かく拾うオールラウンダー。後ろの大きな螺旋状の構造物は圏央道の八王子JCT、高尾~笹子トンネルまでの未改良が祟って平均速度が上げられないのが東線特急の泣き所ですが、中央道も土休日の夕方は小仏TNを先頭にしたクソ渋滞が毎週のように続くのでどっちもどっちと言ったところか。


先頭には光が回るけど、裏高尾の光線状態がイマイチだったんで巡光の撮影地を探し続けて結局梁川の手前まで来てしまった。聞けばこの土曜日には天皇皇后両陛下のお召しが走ったとかで中央東線沿線は超厳戒態勢の大フィーバーだったらしいが、その反動なのかどこも静かなもの。甲州街道の路側帯からこの周辺では珍しいすっきりしたストレートを駆ける特急あずさ@E257。単線っぽく見えますけど高尾~大月間は複線化の際の線造を別線で付け替えたものが多く、ここも上り線は山側を長いトンネルでぶっこ抜いております。本数が全然違うとはいえ今日はスーパーあずさに出会わんのう。


桂川の対岸から四方津~梁川間を走る山スカを。山間を流れる桂川が作り出した僅かな河岸段丘上の平地を甲州街道と中央東線が走り、それに沿ってウナギの寝床のように梁川の集落が続きます。梁川の駅ってのは中央本線で下って来ると新宿から最初の無人駅だったりするのだが、新宿を基本にすると大月辺りまでは十分に通勤圏内なんでそれなりに新しい住宅も目立ちますね。


子供と一緒にメシ食ったり、新しい撮影地を開拓しがてらロケハンしたりして日が傾きかけた裏高尾へ再び。ここで夕方の山スカ運用549M小淵沢行きを。車内のアコモは長野車に劣るけど、やっぱ笹子からこっちの風景には山スカが馴染みます。バックに映る八王子JCTの右側の森を中央東線は湯(い)の花トンネルで抜けてるんだけど、終戦直前にこんな悲劇的な事件があった事はあまり知られてませんね。


すっかり裏高尾のお立ち台側は陽が当たらなくなって来たんだけど、バックはまだ陽が当たってるようなこんなシチュエーションが一番撮り辛いですね。構図内で明暗の差を出さないように用心しながらタテ構図で。ホントだったら手前のススキは光に当たって輝いてるのがベストだけど、これがないと雑然とした草っぱらの斜面が目立っちゃうしねと言い訳タラタラの特急かいじ。


だんだんと秋の陽は小仏峠へ傾き、そろそろ撮るのもいっぱいかなあと思える時間。この裏高尾から北に山一つ越えた場所にある八王子市の恩方町は、童謡「夕焼け小焼け」の生まれた場所なんだそうだが、ここ裏高尾も雰囲気のある秋の夕暮れになって来た。斜光を浴びて小仏トンネルを出たE257が下って来る姿をインカーブで。線路端のススキと電柱の長い影。


秋の光に輝く道を、初老のハイカー二人連れが帰路を急ぐ姿を見ていると妙にせつなくなって、山のお寺の鐘が鳴る前に道具を仕舞って今日はこれまで。

お手々つないで皆かえろ、カラスと一緒に帰りましょ。

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衝動は突然に

2012年10月07日 23時21分10秒 | 富山地方鉄道

 

(特急うなづき号@平成18年5月)


かねてから行きたい行きたいと思ってお蔵入りになっていた懸案の富山地方鉄道行きが来月に決定。夏は行きたいと思ってたんだけど三岐に行っちゃったから、せめて雪が降る前にどうにかならんかと思っていたんだよね。決断が出来たのも、日本海側からの強烈な煽りと後押しがあったせいなので関係者各位には感謝する次第(笑)。とりあえず1泊2日の日程は確保したので、これから一ヶ月は地鉄の事に関してもう一回勉強し直さねばならんなあ。何回もやってるんで脳内ロケハンは完璧なんだけどw
写真は宇奈月温泉駅を出る特急うなづき号@旧西武5000系レッドアロー。黒部峡谷鉄道に乗って鐘釣温泉に行った時の写真なんだが、これもう6年前ですよ!その時は地鉄の事なんぞみじんも気にしなかったのに、何だかこの頃地方私鉄愛に目覚めてしまっているのでねえ。まあ地方私鉄とはいえどもレールの総延長は100kmを超えるまさしく地方私鉄の雄、鉄道線も市内線もついでにライトレールも撮って乗って楽しみたいと思います。さすが総延長100km超えだと全線フリーきっぷも2日間有効で4400円と破格だな(笑)。元が取れるのかこれ…?

と思って色々調べたら、これ、いいじゃん
なんでこんなに微妙なエリア設定にしているかは良く分からんけど…
あ、大きなお兄さん一人でも使用可能なのは確認済みですw

コメント (2)
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横須賀ストーリー

2012年10月07日 08時35分19秒 | 京浜急行

 

(名物に○○いものなし…?@よこすか海軍カレー館)


えー、三連休ですが皆さんいかがお過ごしでしょうか。今日は横須賀に行ってカレーを食って来ましたよ。何でかってーと故あって今度っからこっちの方で働かなきゃいけなくなったもんでね。だから三連休って言っても何となくアタマから仕事の事が抜けないんだわ。いつもなら100%仕事の事忘れてるんだけど、今日は5%くらいはアタマの中に引っ掛かってたからなあ。「ヨコスカ」って固有名詞で語られる割には、意外に行った事がない人も多いと思うんですがどうでしょう。同じ港町でも「ヨコハマ」に猥雑さとアメリカと宇崎竜堂をプラスしたのが「ヨコスカ」。街にあふれるアルファベットとヤンキーの多さはやはり独特のもんがありますな。


中央の駅から繁華街の大滝町を抜け、汐入方面へドブ板通りをテクテクと歩き、元祖よこすか海軍カレー@850円ライス大盛り100円増し。帝国海軍の戦艦の中で食っていたカレーを名物に仕立てようとはさすが軍都・横須賀と言ったところですが、小麦粉でルウの土台を作る黄色っぽいカレーは独特の香辛料の風味とともにいわゆる今風のカレーとは味が全然違うんですね。カレーのご飯に塗られたチャツネとか、うーん…決して食べてマズイ訳ではないのだが、今のカレーがすっかり日本人になじむようにカスタマイズされたものだとしたら、この海軍カレーは日本にカレーが入って来た黎明期の頃の味と言うか、カレーが「海外の料理」である事を再認識する味と言うか(笑)。しかもご飯大盛りにしちゃったらルウが少なくてバランス悪くなっちゃったし。駒澤の学食の悲劇再び。

 


カレー食った後はヴェルニー公園でも散歩しながらJRの横須賀駅でも行こうかなあと思ったのだが、子供が電車を見たいと言うのでおけいきゅう。中央の駅近で車を止めると駐車料金が高いので、堀ノ内まで下ってから駅前に車を止めて乗ってみた。最近見るのもそうだが乗るのも好きになって来たからなあ…堀ノ内駅の浦賀・久里浜方は浦賀から来る上り線と久里浜へ向かう下り線がシングルスリップで平面交差する配線がちょっと地上時代の京王調布っぽくて面白いね。浦賀行きと三崎口行きが同時発車する所とか。

   


堀ノ内から3つ乗って逸見駅で下車。逸見の駅は両側をトンネルに挟まれた通過駅ですが、中線に上下の通過線がある新幹線配線(例えて言うなら小田原とか)の駅で、京急の駅撮りスポットなんですね。そもそも横須賀周辺の京急線自体が三浦丘陵の中腹をバンバントンネルでぶち抜いて走ってるんで沿線から撮れる場所なんかほとんどないんだけど、逸見駅の横浜方からは、安針塚に向かって第18・17・16・15号トンネルが一直線に見通せてちょっと面白い絵が撮れるんですわ。それにしても赤ダルマこと800系が逗子線専用機にでもなっちゃってるのか来るのは1000か銀1000ばっかりだなあ(笑)。まあ初代の1000もおっそろしくタマ数の多い車両だったんで、車両は変われど変わってないと言えるのかもしれんけど。1000系のトップナンバー1000-001快特三崎口行きが通過。

  


逸見駅の横須賀中央方は、19号トンネルからカーブして出て来る写真が撮れます。京急のトンネルって昔は番号が振られただけの味気ないもんだったんだけど、最近はトンネルの坑口に「第18号(逸見)」とか名称が振られるようになったんですね。昭和の初期に湘南電気鉄道が開通させたこのトンネル群、坑門のポータルに結構な歴史が感じられますな。現在の京急におけるハニワ顔の元祖・600系快特高砂行きが中線を通過。京急の中線通過駅って~と南太田が有名だけど、あっこより逸見はちょっとスケールが小さいのでなかなか引きの写真が撮りにくいですね。

 


横須賀は、急な坂道駆け昇ったら今も海が見える街ですが(笑)、トンネルの多い街でもあります。
国道16号(特に田浦~長浦周辺)にも意匠を凝らした明治の隧道がいっぱいあって相当興味をそそられたんだけど、普通の住宅街の路地裏にもレトロな希少物件が数多くあるとか…
これっきりじゃなく、ちょっと掘り下げて歩いてみたい街ですね。

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