日本の風景 世界の風景

日本と世界各地の景観を、見直します。タイトルをクリックすると、目次(1)(2)(3)になります。

オーストリア  Republic of Austria

2007-08-11 | 世界地理
永世中立国オーストリアは徴兵制度
オーストラリアでは18歳男子が6か月間、国防と災害救助のために兵役につくように、政府から徴兵される。徴兵を拒否すると、法的に処罰されて、将来の進学・就職に悪影響がある。
もし、徴兵制に反対する反戦主義・平和主義者ならば、例外的に兵役を免除される。替わりに、12か月間(1年間)、オーストリア政府指定機関で徴兵代替奉仕活動が義務づけられる。その多くは福祉施設における介護である。


輸出主導のハイテク産業
オーストリアは高度に発達した工業国で、特にサービス産業部門の全経済に占める割合が高い。主な工業部門は、機械、鉄鋼、食品加工および嗜好品、化学そして自動車産業である。自動車産業の基幹となるのはエンジンと変速装置の生産で、製品の90%以上が輸出されている。1年間に製造される約90万台のエンジンのほとんどが、多くの有名自動車会社に供給されている。電子工学との関連では、特にチップや集積回路(エアバッグやABSブレーキシステム用のチップの開発、エアバスや高速列車の部品等)など、特殊な電子機器の製造で、国際的に高い評価を受けている。


ウィーンの公共交通機関
公共交通機関は、第1は地下鉄である。総延長距離が414kmである。第2は路面電車であり、ウィーン市内を自動車とともに走る。そして、第3はバスである。
ウェーン市民のほとんどは、地下鉄・路面電車・バスの割引共通チケット(ネットカード)を利用する。ネットカードは購入所有していることが当然であり、ただ乗りは許されない。この料金収受の良心払いシステムは1980年代にできたものである。公共交通の存続は、ウィーン市民の良心にまかせられている。
路面電車に乗務しているのは運転手だけであり、車掌はいない。停留所では降りたい乗客がドアを開けて降りるのである。ただ乗りも可能である。
地下鉄でもバスでも、乗り降りの方法は異なるが、ネットカードを所有していると、改札なしで乗り降りできる。ただ乗りも可能である。
ネットカードを忘れた者や、観光客のために、車内には1回券の自動販売機がある。つまり、全員が乗車券を所有することになっている。
路面電車のただ乗りを防ぐため、ネットカードを所有しているかどうか、月に2、3回、抜き打ちの「検札」がある。ネットカードを持ち合わせていないと、懲罰的に高額の支払いを要求される。
車掌が検札に来た時、ネットカードのない者はあわてず騒がず、今日は無料乗車日と聞いた、とか、病院に急ぐので診察券を持参した、とか、孫の誕生日だから、とか、もともと無料の乗り物と思っていた、とか、言い訳をするようだが、大半の言い訳は車掌に通用しない。





ラトビア  Republic of Latvia

2007-08-11 | 世界地理
1940~1991年には、ロシア人の過酷な支配
エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国は、スターリン(ソ連)とヒトラー(ドイツ)の密約により1940年にソ連に占領された。
第2次大戦中、ソ連はヒトラーに協力したラトビア人4万人をシベリアに送り、炭鉱開発・木材伐採などの強制労働をさせた。
第2次大戦後、スターリンの立案した集団農業に反対したラトビア人地主・知識人など5万人を、シベリアに強制連行し、石油パイプラインの建設や第2シベリア鉄道など、過酷な自然環境の厳しい仕事に従事させた。5~10年間の強制労働で半数が死亡し、残り半数がラトビアに帰ることができた。

1991年の独立後、ロシア人への静かなる報復
1991年のバルト3国の独立は、バルト3国在住のロシア人エリートには予想外のことであった。永遠にソ連が存続し、ソ連の枠内ではロシア人の優越的地位が保障されると信じていたからである。
ソ連離脱を宣言したバルト3国は、エストニア、ラトビア、リトアニアとしてそれぞれ独立した。各国では、ロシア人に報復が始まった。スターリン独裁下のソ連が課したような、残酷な強制労働はなされず、理性的報復であった。
ラトビアの人口230万人のうち、ラトビア人は150万人、ロシア人は80万人である。ラトビアではロシア人に対し、ラトビア語の使用を強制したり、旅券の発行を制限したりしている。

自由貿易港の指定
ソ連に属していた当時は、ラトビアは鉄道車両の生産に特化し、ソ連全体に製品を供給していた。しかし、1991年にソ連が崩壊、ラトビアが独立してからは鉄道車両の販路を失い、基幹産業が崩壊した。
ラトビアではリガ、ヴェンツピルス、リエパーヤの3港を自由貿易港に指定した。EUとCISの中継貿易による収益が期待される。3港のいずれもかつてのハンザ同盟都市である。
1991年には国連加盟、1992年にはIMF、世銀加盟、1999年にはWTO加盟、2004年にはNATOとEU加盟している。旧ソ連CIS依存の経済体質から脱出する基礎はできた。


 Ventspils


リトアニア   Republic of Lithuania

2007-08-11 | 世界地理
杉原千畝が6000人のポーランド難民を救助
1940年、ヒトラーに追われたポーランドのユダヤ人は、隣国リトアニアに逃げ、各国大使館に難民申請をした。日本領事杉原千畝は、日本の外務省の反対にもかかわらず、ポーランド難民6000人に、日本通過ビザを発給した。ユダヤ難民はシベリア鉄道でウラジオストクに行き、そこから船で敦賀へ着いた。ユダヤ人6000人の終着は敦賀ではなく、敦賀からアメリカに1000人、中国に5000人が向かった。リトアニアに残ったユダヤ人は戦中は処刑され、戦後はシベリアで強制的に働かされ、苦難の中で多くのユダヤ人が生命を失った。
杉原千畝はユダヤ人6000人を救助したが、外務省の規律に違反した行動であった。戦後、帰国した杉原千畝は、外務省をクビになった。
その後、ユダヤ人団体が杉原千畝を称賛する声が日本政府にも聞こえたはずだが、外務省は知らぬふりを通した。
杉原千畝の名誉回復ができたのは、1991年(平成3年)、鈴木宗男外務政務次官の尽力による。

ロシア依存経済からの脱却が最重要課題
1991年にソ連からバルト3国が同時に独立した。2001年にはWTO加盟、2004年にはNATOとEUに加盟した。
リトアニアでは人口343万人の90%がリトアニア語を使い、カトリックを信仰するリトアニア人である。ギリシャ正教を信仰するロシア人は8%である。
隣国はロシア植民地カリーニングラードである。リトアニア人と、カリーニングラードのロシア人には、相互の通行許可証が発行される。
リトアニアにはロシアから原油がドルジバパイプラインで送られているが、ロシアとの政治的緊張が高まるたびに、ロシア政府はドルジバパイプラインの元栓を閉めて、リトアニアへの圧力を強める。ドルジバの意味は友好、であるにもかかわらず、リトアニアをロシアに従属させる政治的パイプラインである。
ロシアへのエネルギー依存体質を改め、EUに接近するため、エストニア・ラトビア・リトアニアのバルト3国では、リトアニアに3国共同利用の大型原子力発電所建設を計画中である。

リトアニアのヤミ労働はGDPの20%
リトアニアでは土木・建設・農業・飲食業などにおいて、雇用主と労働者の了解で賃金や労働時間などの労働条件が決められる。雇用主も労働者も、税金・社会保障費用・残業への支出がないため、ヤミ労働は経営者・労働者ともに短期的には利点が多い。
労働者にとっては正規労働者よりは低賃金だが、公租公課の負担がないので、手取り給料は多い。雇用主にとっても、低賃金の労働力を確保できる利点がある。
ヤミ労働がGDPの20%以上と見られているのは、リトアニアとギリシャである。