五つの心

日本の社会情勢や体の不調を中心に書いております。

国防とは何か

2018-05-04 22:22:11 | Weblog
国防に関しては、日本は情報活動を含めて在日米軍との協同の上に成り立っている。
にもかかわらず、自衛隊が存在しなければならない論拠とは何か。
日本とアメリカの国益が、常に一致するという保証はなく、
むしろその逆の方が多いという事実が最大の論拠だ。
戦後日本の軍事力、すなわち自衛隊の装備は、全て在日米軍とのリンクを前提に購入されている。
日本を反共政策の一環に組み込み、対ソ戦略の最前線に想定したアメリカの筋書きによるもので、
戦後日本は一国で完結する戦力を保持したためにはない。
つまりアメリカの意向に従わなければ、自分で自分の身を守ることもおぼつかない。

戦争を放棄すれば相手も攻めてこないなどと考えるのは、おろかな幻想にすぎない

同時に、冷戦当時の頭のまま、装備の拡充が防衛力の強化につながると短絡し、
自衛隊を国軍に押し上げようとする一部勢力の思想体系も等しく愚かであるといえる。
コンピュータ機器の発達がもたらした軍事革命(RMA),
湾岸戦争で明らかになった新しい戦争の態様は、もはや旧来の意味における戦場の形成を否定している。
これからは精密誘導兵器による拠点攻撃、少数精鋭部隊による情報収集とゲリラ活動が戦闘の中核になる。
戦争といえば、互いに大部隊を押し立てて前線を構築するやり方を想像するのは、
戦争目的が領土の拡張に限られていた時代の名残でしかない。
にもかかわらず、自衛隊は冷戦時代の装備体系をシステムとして継承している。
有事の際は海岸沿いに戦車を並べて、前線を構築するなんて演習が大真面目に行われている。
北朝鮮がテポドンを撃てば、十五分足らずで日本を直撃。
その後は国内でのテロ活動をこそ警戒すべきで、
大部隊が上陸してくるとなど考えられない時代に、だ。

前線構築を前提にしなければ、
部隊を動かすノウハウがない自衛隊のあり方はナンセンスだ。
一度システムとして確立されたものは、無条件に遵守すべし。
謹厳実直という名の思考停止が、部内に横行している証明だ。
さらに付け加えるなら、
そういったことを全く想像できない議員や官僚が、
国防政策の決定権を握っているという根本的な問題もある。

以上のような問題を踏まえた上で、
日本は平和憲法下、
一つ間違えれば隷属に陥りかねない日米同盟下において、
日本の主権と国益を維持するためには、
なにをどう変えるべきなのか。

思い込み、観念だけで現実を見失えば、
結局それは無責任だ。
現実が露呈すれば、観念しか持ち合わせない人間は、
とたんに感情だけを先走らせてしまう。この国の歴史には中庸がない。
極端から極端へ、だ。

戦争をしない国があっても、戦争がない国などない。


歴史上地上から戦争がなくなったことはない。
また、戦争がなければ人類はとっくに滅んでいるだろうという学者もいる。
戦争によって開発された科学技術は枚挙に暇がない。
兵器に限らず、通信技術、航空機、医薬品などが戦争によって格段に進歩したことは間違いない。
そして、戦争は人類全体にとってガス抜きの役割を果たしていると指摘する学者もいる。


野党に政権は任せるのは心もとない。
だから、不本意な政党に政権をまかせねばならない。
これはとても、民主主義的発想とは言えない。
本来の民主主義的発想から言えば、
国民が信頼できる政党を支持し育てていかなければならない。

このままでは、日本の政治は止まってしまう。

実際に世論調査の意味や、
コメンテイターに意見を求めつつも
自局の意見を言う個人を報道するだけだと今のテレビはなくなる。

衰退する企業の取る方向性を
第四の権力は見出さなくてはならない。
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