電波犯罪と超科学

アベノミクスで上層と下層が潤った。これから中間層だ。よって、継続!!
野合になると円高、株安でデフレ深刻、景気悪化!!

人権は一つの社会規範。神から与えられたものでも、絶対的なものでもない

2019-11-12 11:57:18 | 社会思想の終焉

こんにちは

 人権は一つの社会規範。神から与えられたものでも、絶対的なものでもない
 人権が、「神から与えられたもの」だの、「絶対的なもの」だの言う盲信は看過できないので、なんとかしたい。そういう神話じみた言い回しが日本やドイツなど西洋でいまだはびこるのは、人権の理論が、正しく整理されていないからだ。

 チベットとウィグルで人権を激しく弾圧する中国政府は、リベラルな世界の人々からの人権の告発がうるさくて仕方がない。人権を絶対的な正義のように掲げるリベラルを打ちのめしたい。それで、人権の価値を適正化する新しい理論を求めている。私がそれを書くとはいえ、当然、彼らのためにそれを書くわけではない。私は誤りを含んだ人権理論をより完成させたいのだ。

 人権とは何か。日本で知られた議論では、その本質に迫っていない。それで、今回、諸説を動員して、人権の誤解を解くことを試みた。

 私は経済学部出だ。法学部のように人権の講義をみっちり1年かけて受けたわけではない。だから、厳密な議論ではないだろう。しかし、理論的に十分な質はあると思う。

 人権は神から与えられた権利ではない
 神が人間に与えた権利という考えがアメリカ憲法にある。が、それは根本的に誤りだ。そもそも近代の法律が、神からくるというのが笑止だ。人権とは、国家が個人を保護する制度である。神が社会制度を作ったという考えは、制度が生じた根拠にならないからだ。人権は自然法に由来する。聖書から来ていない。もし聖書から来ていると言うなら、キリスト教は律法主義を嫌うものであるため、国法にならない。また人権の元をたどるとユダヤ教にゆきつくものではない。

 神が人類を創造したという話はある。が、科学で解明された現在では、人類誕生のほとんどは、生物の進化で説明できる。同様に、神がたとえ関与したとしても、人権の発生も、法や哲学・思想の発展でほとんど説明できる。神の関与の話なしに、人権は説明しなくてはならない。人権が神からくると言う人物は、法哲学にそういうものが混入したとはいえ、現代人にとって、そのアイデアは創造神話を信じるほど非科学的だ。これで神が付与したかどうかの議論はおしまいだ。

 人権とは
 まず権利とは何か。wikiによると「法律上は、一定の利益を主張または享受することを法により認められた地位」である。では、法とは何か。法とは「道徳と区別される社会規範の一種である。」(wikiより)

 あわせると、人権とは「人が利益を享受することを社会規範として認められた地位」である。簡単に、「人権は社会規範の一つ」である。

 人権は、17世紀の思想、トマス・ホッブズの自然権、ジョン・ロックの固有の権利が原因となる。その頃に思想として芽生え、1776年のバージニア権利章典やフランス人権宣言で成立した新しい社会規範(法)である。

 ここからいえることは、人権は、18世紀に成立した当時、新しく革命的な社会規範である。それまで国家が人権という規範をもつことはなかった。人権は、人類の先祖から続く普遍的な権利ではない。なぜなら、ギリシア時代にそんな社会規範はなかったからだ。

 社会規範とは何か?
 これは社会のルールと言い換えられる。社会のルールは、その社会がよりよく活動するために、設けられる。例えば、犯罪者を野放しにすると、盗みや殺人がたえることなく、社会が混乱する。それで、犯罪者を取り締まり、刑務所などに入れることを、人々は思いついた。それが規範である。そして、国家は犯罪者を捕まえることにした。これが刑法というルール(規範)である。

 ルールは、モーゼの十界のように、殺人や姦淫、盗みというこくごく初歩的な戒めから始まり、バビロニア法典やユダヤの戒律、ローマ法のように、多種多様になっていった。それはまずは治安を守ることが重視される。社会規範は新しいものが追加されて、体系となる。

 人権は、普遍的な権利と言われるけれども、18世紀の新しいルールである。なぜ、18世紀に人権を定めなくてはいけなかったか。その契機となったのは、ルイ王朝は刑務所で残虐なことをしたからだ。足を折ったり、耳をそいだり、拷問して、刑期を終えて、娑婆に戻るとカタワ者になっていた。そういう者たちがパリなどにあふれた。あまりにも痛ましい。またそれらの世話も大変である。そこから、王に、たとえ犯罪者でも人体は大切なものだから、壊すなと要求することになったのだろう。これが人権を国家に求める始まりだろう。

 人権は普遍的な権利ではない。
 近代以前の国家には規範として十分な人権はない。原始人の社会でそんな高度なルールは守れない。古代の原始的で共産的なムラでも、当然、人権など近代人の規範をもてない。縄文時代にそんなものはない。人権を制定した18世紀のフランスやアメリカの文明水準に達していない国には、人権という規範はない。大事なのは、人権が原始的な社会でも、高度な社会でももつ普遍的な社会の規範ではないということである。18世紀の文明水準以降の社会だけがもつ規範である。

 生まれながらの権利とは?
が、18世紀以降で、人権を制定した国家においては、それはすべての国民に付与されるものとなっている。生まれながらという形容詞には、赤ん坊も保護される、という意味だ。胎児は保護されないという解釈ができる。それ以上に何か特別な思い入れをもつのは、どうかと思う。

 人権は絶対的な権利か?
 なにかにつけて、絶対的というのは子供っぽいのだ。私の周辺では、小6にいた。面白かったのだ。「(それは)絶対やな。よーし。もし違ったら、どうする?」と最後のイントネーションを高める口調が。「人権は絶対だと言うのやな。よーし。もし違ったら、どうする?」。彼は今、何をしているのだろう。

 人権は18世紀に生じた規範なのに、何か絶対的なものであるかのように語るのも、法理解に乏しい態度である。小中高で日教組が教える日本国憲法や人権などをいつまでも真に受けるのは大人としてどうか。新しい規範よりも、古い規範のほうが原則的であり、社会の存続のために重要なため、優先される。犯罪者を取締り、治安を守ることのほうが、人権よりも大事なのだ。
 新しい規範(ルール)はより治安を安定させる、より社会を発展させる等々の理由で定められる。人権の場合は、人権を保護することで、国民全体の幸福を高める。共産国のように弾圧を繰り返し、国民の自由を奪うと、監視と恐怖がゆきわたり、国民は窒息しそうに縮こまる。社会主義にして、個人の自由な活動を禁止すると、経済も文化も停滞する。

 人権により、国民が自由に活動すると、国民は幸せになり、経済も豊かになり、文化も栄える。これが人権というルール(制度)がもたらす国家の繁栄である。人権なき国とは大きな差が生じる。国家が人権を定めるのは、これら自由主義国の素晴らしさを享受したいからでもある。
 人権は近代以後の国しかもてないことから、他にも様々な意味で、相対的な権利ともいえる。

 まとめ
人権を語る時に、神から与えられたとキリスト教徒でもないのに言うと、恥ずかしいのだ。キリスト教徒でも、神から与えられたといえば、創造神を信じているような者たちと同じである。(注 アメリカ憲法は神から与えられたと書くことで、神への忠誠心も養うという優れた効果がある。それがアメリカの正義を高貴かつ神聖なものにする。それと人権の本質とは別である。)

 さて、ここまで読んだ人は、人権をより正しく理解できたと思う。

 今回は、人権が近代に誕生した社会制度の一つであることを説明した。もう、人権は絶対的という恥ずかしいセリフは言えない。なお、ここの議論は、西洋の哲学書の易しい解説書や、ドイツ人の人権理解よりも、進んでいるので、あしからず。

以上

『ポンペオ米国務長官、「中国共産党政権は中国ではない」』(大紀元)
中共政権の転覆をアメリカはとうとう呼びかけた。いつ実現するのやら。

電波犯罪

 11/12 飛蚊症が悪化した。昨日はおさまりかけたが。睡眠中に針刺し刺された疑いがある。

 『アカファイルで不倫の子が夫にバレた。夫にも外に作った子がいる。だから死ぬ必要はない。』http://blog.goo.ne.jp/tasuku44/e/55551d70f14aff5b2b47e20ed193777b

 今日の被害も過去と大差ない。頭刺されに、眼の痛み。朝から下痢。記憶低下の薬を飲まされる。

 では

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ユートピアの条件。個人の規律→社会制度→社会空間

2019-11-11 12:03:49 | 社会思想の終焉

こんにちは

ユートピアの条件。個人の規律→社会制度→社会空間

 理想社会は、どういう所か。時代ごとにみていこう。ユートピアにはどういう要素が必要かを理解できるだろう。日本人が理解している程度の知識で語る。

  まずはエデンの園。創世記に登場する。アダムとエバが住み、果物や食べ物が豊富だ。戦いがない。平和と食物が豊富な土地だ。桃源郷は、中国で豊かな田園が広がり、食い物があり、美しい女性もおり、野卑でなく、よき住家があり、過度に労働を強いられることもなく、平和な所だ。これらの特徴は衣食が揃い、平和であることだ。

  哲人政治は、プラトンが『国家』で述べた理想の統治制度。民主主義は、愚衆が賢明な統治者よりも、人気ある者を求める。哲人政治は、その問題を克服する。賢人が治めると、うまくゆく。民主主義、共和制よりも優れた統治のあり方として、理論的に導き出されている。現在は民主主義の段階で、この弊害が目につくようになると、哲人政治(選挙よりもよき人事システムが開発されて、)へと移行するだろう。

  ユートピアは、トーマス・モアが描いた理想社会。Wikiによると平和で理性的な人々がいて、町は計画的に作られ、財産は共有で、清潔。労働時間は少なく、余暇に芸術や科学を行う。町が計画的に作られ、汚く迷路のようでないこと、重労働でないこと、貧乏がないこと、科学や芸術が盛んであることが強調される。

  共産主義の理想社会は、原始共産制だ。それは労働者の天国で、働いた分の給与が受け取れる。自分の好きな仕事につける。私有物がなく、共有とされる。これは大規模に行うと最凶社会だったことは言うまでもない。

 人権をうたうフランス人思想家が描いた理想社会は、国家による人権侵害がないこと。言論、行動の自由があること。身分制度がないこと、身体の安全が保証されていること。不当な裁判にあわないことなどがある。特徴は、個人が国家により守られていること、身分制度がないことだ。

 明治維新における理想国家は、士農工商の身分制度の廃止が大きく、誰もが平等だった。天皇を掲げた神権統治というのは、当時も政治の実権は天皇になく、象徴的な意味合いでしかない。

  仏国土は、仏教徒のめざす国だ。僧侶は修行に励む。在家は自らの仕事をしつつ、信仰する。王は徳による統治をする。国王や国民が仏門であれば、理想的な国となる、という考えだ。特徴は、政治家と国民の精神(規律)が高いことだ。

  キリスト教国は、キリスト教を国教とすることで、理想的な国になる、という発想である。が、ローマでその夢はすぐに打ち砕かれた。統治にキリスト教を利用しても、外敵から侵入され、神による保護は受けられない。国民の多くがキリスト教徒であっても、犯罪が減るわけではない。国民は牧師の説教を毎日聴くが、やや賢明になったくらいだ。ローマ以後、ヨーロッパが再び、世界の中心になるには、ルネサンスまで待たなくてはいけなかった。キリスト教国になっただけでは、理想郷ではない。

  ここまでみて、ユートピアについていくつかの知見が得られる。

 衣食住が足りていること

 エデンの園で木の実が多いとは、食べ物が豊かにあることを意味する。桃源郷も食べものに困らない。また女性も美しいことが大切だ。また住む家が暴漢に襲われない。平和であることも重要だ。原始の社会での理想社会は、豊かな食べ物があり、安全であることが条件だった。

 個人の規律が高い社会であること

 仏国土もキリスト教の国も、徳が高い信者が多くいて、政治家は宗教の正しい指針にそって、規律ある政治をする。精神的に優れた個人がいる社会は、ユートピアだ。という考えだ。が、キリスト教国は、信徒が集まって国家をなしても、そこが理想社会にならないことを示した。仏教もほぼ同じだ。江戸時代に民は僧門の檀家になった。日本はほぼ仏国土だったが、やはり藩や当時の日本は、理想社会ではなかった。仏国土も理想社会ではない。

 なぜか、現代でも仏国土を目指すのがいる。アショカ王の国、キリスト教国で失敗したのを歴史で学ばなかったのだろうか。イスラム教国も戦いにあけくれる。平和は長く続かなかった。歴史に学ぼう。宗教国家はユートピアにならない。

 ニューエイジャーは、これからは精神の時代だ、という。現代で、共産主義者が、道徳をなくそうとした。それで、戦後教育は道徳性が意図的に削られた。それで、戦後は、人間の精神性が低下した。いじめが大人にまではびこり、電波犯罪は蔓延している。社会運動にあけくれる者たちは多い。が、彼らは人間性が悪い。特に、左翼活動家は革命のために犯罪を行い、悪辣である。それを嘆いて、これからは精神の時代という。しかし、それは違う。

  精神の時代は、とっくに終わったのだ。デカルトに始まり、カント、ヘーゲルが内的な理性を探求した。その時のテーマは、理性の獲得、自らを神の等しいくらいに賢くすることだった。内的な精神の究極をさんざん論じた。そうなろうとした人物もいるだろう。精神の探求と向上こそは、近代のテーマだ。当時のドイツやヨーロッパでは、理性を語ること、理性的な人物になることで人々は競った。それこそ、精神性が求められた時代である。そして、人々は科学的精神を獲得した。それは理性に基づき、自らを成長させるモデルだ。

 社会思想の時代に入ると、個人の内面に影響する外圧をなくそうとすることで、より自由になろうとした。社会関係を正そうとした。わかりにくい言い方だが、近代で獲得した高き理性を、社会で表現できるようにした。

 平和であること

 第二次大戦の惨禍が記憶に新しかった戦後は特に、平和が強調された。戦争には死と悲しみがあり、他国軍が町を破壊して、略奪して、家族も妻も夫、子も奪われる。これは最低の社会だ。戦争があること、侵略されること。その2つが理想でない。戦争がないだけで平和というのは、安易だ。戦わなくても、隣国の無慈悲な軍隊に制圧されたら、特に共産国の侵略では、人々は捕虜になり、収容所に入れられ、平和はなくなる。戦争がないなら、平和と言う人物は、香港の民主化運動の活動家の危機感がわからないのだ。平和を保つためには、すべての圧政を斥けなくてはいけない。

  平和のために、ヨーロッパでは難攻不落の城壁都市をユートピアに必須とする人もいる。最強の軍隊をもつことが必要だ。侵略されない、一度も弾圧や破壊が起きないことこそが平和であり、ユートピアの要件である。

  重労働でないこと

 税が重く、働いても満足に食べられない。土地がよくなく、耕しても食物が十分に収穫できない。貧しくて、働いても働いても豊かになれない。これは飢えに瀕しているということで、余裕もなく、民は苦しむ。そこはユートピアでない。共産主義では、特に強調する。江戸時代の藩でも、過労を防ぎ、民を疲弊させないことは大切なテーマだった。

 現代の社会的な貧困は共産主義では解決できない。労働者の国というのは、非労働者という身分が生じる。それは2階層の国で、特権者と虐げられる者に分かれる。また社会主義は個人の自由を取り上げ、人権(特に、自由に生産すること)を否定しないと成り立たない。収容所と独裁のソ連の繰り返しになる。

 現代の経済学の出番だ。格差の是正のために、低賃金をなんとかする、景気をよくするなど。 

 人権が保障されること

 国家が監獄で拷問を行い、手足を折り、カタワにする。革命前のフランスではそういう不健全な者が増え、それら欠損者を養うために社会は負担を強いられた。それが社会全体を暗くした。人体を国家がむやみに傷つけないことを国に約束させる必要があった。そこから人権がより強く訴えられることになった。人権は、国家が個人を保護することで、個人の活動を高く保ち、それによって国家全体の繁栄をもたらす、という目的のものだ。人権自体は、国家の原理の一つで17-18世紀に登場したもので、後期のものだ。もっと根本的な国家の原則はある。

 人権で大切なのは、社会的に自由であることだ。自由でないとき、国民は国家の奴隷だ。それはユートピアではない。

  賢人統治であること

 プラトンが詳しく書いたものだ。愚かな統治者が就任すると、国家は傾く。民の暮らしも悪化する。選挙で多数を獲得した者が、必ずしも賢者ではない。選挙という権力闘争で、人心を掌握することは、一定の賢明さがいる。軍事力の強さで、統治者が選ばれることよりも、選挙はより賢明な者が選ばれやすい。その点では、選挙のほうが良いだろう。が、愚衆化の問題もある。哲人統治を達成するには、よりよい人事制度が開発されなくてはならない。

  これら重労働でないこと、人権の保障、哲人制度は、社会制度上の理想だ。これはユートピアの社会制度面である。さらに、私の考えでは新たな要素がある。

 空間の快適さがあること

 これまでのユートピア論では空間に関することは『町のきれいさ』くらいしか説かれない。が、これは重要なのだ。気温が高い地球では、夏が猛暑だ。アスファルト道路の都市は、自然がない。公害を出す工場のある国の住民は、咳き込む。電線だらけの町は、ノイズで人々は苛立つ。灰色の旧共産国、共産国の町は、汚く、不潔で暗い。このように町並みや都市は見た目で活気の有無、煩雑さ、汚れなど快適か不快かは、すぐに判別できる。汚く、住心地が悪く、そこに長くいたら体調を崩すような都市はユートピアではない。これはユートピアの空間面だ。その改良は今後の課題だ。 

 病人がいないこと

 マラリアで生死の境をさまようことが、数年に一回ある。完治しない慢性の病を持つ人々が多い。難病がいまだにある。肥満の国民があふれる。ベッドで動けない老人が苦しむ病棟があちこちにある。徘徊する痴呆老人がいる。失った腕を取り戻せない。病人があふれる国は、ユートピアではない。ユートピアでは、人々は健康でなくてならない。医学が進歩しなくてはいけない。

 犯罪者がいないこと

 これは治安の問題だ。社会制度で達成されるものだ。治安が悪くては、犯罪者にいつ襲われるか怯えなくてはいけない。治安が乱れた国は平和ではない。平和とは、国内の治安も含む。犯罪をなくすには、監視を強化しなくてはならない。それが、人々の自由を奪うものでないものでなくてはならない。そして、正しく罪を判定するものでなくてはならない。テレビカメラが町にあふれることは、治安を高める上では、とてもよいことだ。さらなる、防犯システムがそこではいる。

 まとめ

 ユートピアの要件は、個人の衣食住が十分、個人の規律が高い社会、平和(他国から侵略されない軍事力をもつ)、重労働がない、人権が保障されること、自由であること、哲人統治、空間の快適さがあること、病人と犯罪者が極度に少ないないことなどだ。これらを達成しないで、ユートピアにはならない。

 信徒たちは、個人が規律さえ高ければユートピアと思わないようにしたい。それは近代思想の考えで、ユートピア住人の要件だ。19-21世紀まではユートピアの社会の制度を求めた。現在、そろそろ結論が出ようとしている。ユートピアは理想的な社会でなくてはいけない。そして、21世紀のこれからは、ユートピアの空間面を見いださなくてはならない。それらは今後、明らかになり、人々は実現してゆくだろう。

快適な地球上に、理想的の個人による理想社会を作ることを目指そう。

以上

『【リセットコリア】文大統領が日本に賠償要求しないと明らかにしよう』(中央日報)
韓国は、日本に賠償させようとしたが、日本は斥けた。韓国はとうとう無法なたかりを諦める論調に。

『収容キャンプを連想 人権団体、無印良品やユニクロの「新疆綿」PRに批判』(大紀元)
 無印良品の通信販売では、かつて売られていた。このサイトに。ユニクロは否定した。

『米、中国「一帯一路」の対抗代替案を発表 日本も参加』(大紀元)
ブルー・ドット・ネットワークという。

『極左団体「アンティファ」、カナダで保守派講演会を妨害 日本でも活動』(大紀元) 
 
『「聖地中の聖地」世界遺産のチベット寺院で火災発生、当局は情報封鎖』(大紀元)
大昭寺、ジョカン寺が燃えた。

電波犯罪
11/10 一昨日の11/8は熱で寝込んだ。中毒の症状。11/9は軽い頭痛で動けた。が、頭はぼんやり。口の中がやや傷だらけで、噛むと痛む。

11/6昨日はなんとか動けましたが、背中が痛むのなんの。ひどい。今朝まで背中が痛む。首があがらないほど。何を注射されたのでしょう? ここから来たにゆくと美山台と丸山台があって、ここ一週間私を襲うのはそこか、加茂です。

 『アカファイルで不倫の子が夫にバレた。夫にも外に作った子がいる。だから死ぬ必要はない。』http://blog.goo.ne.jp/tasuku44/e/55551d70f14aff5b2b47e20ed193777b

 今日の被害も過去と大差ない。頭刺されに、眼の痛み。朝から下痢。

 では

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劣化した日本人の大問題とは

2019-11-05 11:47:49 | 社会思想の終焉

こんにちは

 

 日本の劣化を食い止める

 戦後の日本。ひどい者たちはいっぱいいた。犯罪者に、スパイ、地下活動家、共産党。彼らを取締り、治安を取り戻すことで、日本は安定して、経済発展した。彼らは、戦前からならず者で、知識人からは疎まれた。伝統や規律、道徳をわきまえないような劣化した日本人と思われていた。

 さらには60-70年代には社会を堕落させることを目指す共産主義の影響を受けた全共闘という反社会的な学生集団が現れて、日米同盟という平和と繁栄の源をぶち壊そうとした。大学の教員は、学問を学ばないで目先の流行(学生運動は流行)に走る者たちがあとをたたず、学生の質も劣ったと嘆くばかりだった。

 日本人もピンきりだ。上は賢く、下は邪である。能力は正規分布する。日本を発展よくするような高度な人材がいる一方、日本のその体制を悪化させることを企む劣悪な人間達も他方にいる。かつての日本人としての規律や能力に達しない「劣る問題児」はいつの時代にも現れる。それが「劣化した日本人」である。

 今回、下のほうの「劣化した」日本人を書き出そう。いきなり、現代のそれを書き出すと、彼らを評価しにくい。古くから日本で問題視されてきたものを明らかにしよう。それらは評価が定着しており、どのように対処したらよいかも、はっきりとみえてくるだろう。

 昭和の劣化した日本人達

 日本共産党員
 日本共産党スパイ査問事件で、宮本顕治・袴田里見らが小畑達夫に集団リンチをして殺害した。宮本は長く収監されていた。当時テロリストだった宮本顕治が、創設した政党。およそ暴力を容認する者が代表である党は、それが横行する組織体質となる。それがずっと続いて、今なお生き残っている。

 戦後の混乱で、大衆を扇動、組織して、武力で日本政府をクーデターして倒そうとした勢力。時の宰相吉田茂がレッドパージで彼らの暴力革命を食い止めた。いつの時代にも、混乱期に軍事力で政権を乗っ取ろうとする輩はいる。その戦後版だ。この非民主的な者たちは、未だに危険である。革命闘争を放棄していない。

 社会党員
 私が生きた1980-90年代では、何にでも反対ばかりする政党だった。村山政権で無能という烙印をおされた。現在でも、この系譜は生き残り、民主党系の政党で、労組系の議員として、かなりの数がいる。企業内の労使間闘争以外に、取り柄がないため、国政では目立てない。

 全共闘
 学生時代の反社会性の流行。共産主義という破滅的でアングラなものを理想と信じるほど頭が悪い。日米の同盟に反対する。ソ連崩壊、中国のウィグル・チベット弾圧を目の当たりにしても、共産政権の危険性をいまだ理解しないで、それを目指す。共産シンパである。江戸時代にこの手の人が現れても、藩を潰す考えとして相手にされなかっただろう。70~85歳以上のかなりの確率でいる。

 労組や左翼の活動家
 全共闘と同じ。労働者の利権にとらわれ、国全体の発展を考えられない者たち。その多くは反社会的な共産主義革命を温厚な路線で目指す。現在、労組の組合員(正社員)を守るために、他の非正規のパートなどの待遇を悪化させる利権団体に転落。労働者の全体の利益すら守ろうとはしない。

 左派ジャーナリストや左派メディア
 共産主義を信条と輩がいる。今や論壇の主流派に相手にされないが、若干残る。ソ連が終わり、社会主義がいかに独善的で自由がなく、非人間的な管理された体制であるかは明白となった。が、未だにそういうものを志向する。現実がみえてないため、現代社会の処方箋を彼らは提案することができない。金をもつ全共闘世代の歓心を満たすことで食いつなぐ。が主流からは離れており、言論界で活躍する場はなくなりつつある。毎日新聞や朝日新聞などにそういうものを散見する。劣化メディアとする。

 令和に劣化中の人、組織

 朝日新聞
 これは戦後ずっと堕落していた。現在、政界の主流の保守。その戦後日本の経済発展を支えた自民党に反対する社会党を応援してきた。そういう無能政党を持ち上げていたのは政治音痴である。幻想平和主義、中国の人権弾圧無視を訴えてきた。彼らはインテリぶっていたみたいだが、経済政策、国防なども幼児並みだ。共産シンパが多数で、現在の自由社会を破壊しようとすることを好む。

 誤報は戦後ずっとあった。北朝鮮を地上の楽園と賛美して、在日朝鮮人を北朝鮮に送り込み、数万の彼らに地獄の苦しみを味わさせた。本多勝一の中国の宣伝を日本に紹介した。南京大虐殺が30万人という説も唱える。最近で有名なフェイクニュースは従軍慰安婦の20万人説だ。イデオロギーが絡むと 日本を悪くすることしか言えない。やっと化けの皮がはがれてきた。

 民主党系
 最低賃金が1500円と高額。労組の利益に走る。これらは韓国の文在寅の経済政策と同じく産業の後退をもたらす。反米かつ、親中・北・韓国左翼だ。政権をとった時には超円高にして、国内を空洞化して、日本の名だたるナショナルなどの電器会社を倒産間近に追い込んだ。311対応のお粗末さ、中国を激怒させた時は、中国内の日本の百貨店や工場が焼き討ちにあうまで進み、日中関係は最悪となった。国際関係も構築できない。はては、インフラの維持費をケチり、堤防やダム、道路などが劣悪になって、今はそのつけを払わされている。

 左派系論壇と作家陣
 親共産国。治安維持や経済政策がデタラメ。政争に走り、自民党の失態を誇張することが、モリカケで2年騒いだ。そのため、日本人は彼らを信用しなくなった。幻想平和の立場で、軍事力なしで平和が保てると信じる。その実は、平和を目指さなく、西側諸国で共産国の敵であるアメリカやヨーロッパ、日本の国力や防衛力を削ぐことが狙いだ。彼らは本心で平和など願っていない。

 これらをみて、わかること。思想、政治で劣化しているのは、左派、左翼のことだ。政策や経済をほったらかして、国民の幸福をないがしろにして、モリカケなどの政争にあけくれる。もしくはいまだに共産主義の犯罪性を隠したまま、無法な行動をするのもいる。

 左翼では劣化度は、共産主義への賛同度合いで決まる。共産主義を完全に実現しようとする濃い者たちほど危険で、反社会的で、規律がない。それの薄い者たちは社会主義を目指すが、経済オンチもひどく、彼らは民主党や労組達である。彼らの示す政策は、既存のシステムよりもひどく、彼らにとって社会の発展や国民の幸福などはどうでもよいかのようだ。彼らは、日本の悪党である。

 ここまで、左翼・左派が劣化していることを述べた。そもそも、社会主義を信仰するのは、自由主義を信じる保守や右派に劣る。よって、左派リベラルや共産党はもはや使い物にならないもの、劣化した先にある廃棄物のようにみられている。ただし、保守や自由主義でも劣化しているものはないこともない。

 まとめ
 学問が発展して、経済も好調となった。スマホも使われ、新しい技術で日々、生活は向上する。価値観も大きく変わってきた。が、そういう時代の変化についていけずに、すでに悪と決まった思想にとらわれ、妄言をまきちらす者たちは社会的に迷惑である。

 それはほとんど共産絡みである。共産国からの支援を受けてきた者たちは、その19世紀の古典的でもはや間違いと判明したものに、すがりつく。

 日本社会に、そういった暗部が点在する。日本をクリーンにきれいにするには、そういうものを丁寧に取り除かなくてはいけない。錆びて劣化したものは使えない。そのまま廃棄処分するしかない。劣化した人間はまずは、その影響力のある地位を剥奪する。そこから社会が腐るからだ。そして、更生施設に送る。教育しても直らないなら、社会の隅っこで生きてもらおう。これをしないと、日本は劣化した部分から機能麻痺が始まり、それが全体を覆うであろう。劣化した日本人を取り除こう。それが日本全体の劣化を食い止める。

 真に、活力ある者が社会の表舞台に立ち、活躍することが、日本を成長させる。劣化したものは取り替えるしかない。

以上

『「中国はウイグル族の拘束停止を」国連委が非難声明 日本など23カ国支持』(大紀元)
日本政府は世界の優先的な人権問題がわかっている。

『トランスジェンダーの自転車王者、女子種目出場禁止は「人権否定と同じ」』(AFP)
 トランスジェンダーでも、これまで男性として出場していた選手が、女性の大会に出たいという。私は彼に女性の大会に出場する資格があるとは思わない。が、大手の大会ではなく、小さな大会から女性の大会に出て、実績をつみあげてみたら? そして、再度挑めば? ブーイングの嵐にさらされる。すると、こういうのに新たな規定ができる。早く、この手の問題は、決着させたほうがよい。そのために、彼は頑張るべきだ。

電波犯罪

11/5 軽い発熱にだるさ。3時間でだいぶ回復する。軽いきんぽゔげ中毒。朝8時は猛烈にだるかったが、歩けるほどだった。飛蚊症は右目治ってない。全体的に疲労感がある。山登りのあと、足が痛むが、3日も続いた。おかしい。記憶低下が著しい。何か精神薬を飲まされている。
11/3 今朝は毒の症状で体調不良です。軽い山登りの翌日はなんともないので、騙されません。目の周辺も刺されてました。口の中は、小さな水ぶくれがたくさんです。何か液体を注入されたあとに生じる症状です。

 『アカファイルで不倫の子が夫にバレた。夫にも外に作った子がいる。だから死ぬ必要はない。』http://blog.goo.ne.jp/tasuku44/e/55551d70f14aff5b2b47e20ed193777b

 今日の被害も過去と大差ない。頭刺されに、眼の痛み。朝から下痢。

 では

 

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