電波犯罪と超科学

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N国党-国会議員はメディアにいくら抗議してもよい。行政官は法に基づきできるのみ。そこが違う。

2019-08-16 11:07:05 | 社会思想の終焉

こんにちは

 NHKから国民を守る党の立花先生が、マツコ氏にひどく言われてことで、東京テレビに抗議して、ビル前に駆けつけていた。

 この行動に対して、賛否両論がある。私は、国会議員が一般市民が抗議しても歯が立たないメディアに抗議するのは、理にかなったことだと考える。

 実際、加古に政治家、国会議員でもテレビ局に抗議してきた。蓮舫氏もツイッターでメディアに苦情を言った。民主党政権ではインターネットの地震予知に対して直接、官僚を通して圧力をかけた。左翼の国会議員は川崎で市民のデモをつぶすべく、カウンターデモという抗議に加わることが日常茶飯事。どこの国会議員も合法の範囲で、どんな形であろうとも、メディアに抗議してきた。トランプ大統領もメディアに『フェイクニュース』と非難している。

 テレビ局のビル前におしかけるのは、言葉でうまく切り返すようなスマートでも洗練されたものでもないが、従来のよくみられる抗議スタイルであり、いわゆる一人デモであり、なんら問題はないだろう。国会議員としての品位は、ある。

 口と金で抗議できる人もいるし、彼はその方面(一言でうまく切り返す、長文でやり返す)では天才ではないので、彼のできる才覚で精一杯やっているのだろう。

 国会議員は、市民の代弁者であり、市民の代表者としてメディアに抗議することもある。党や個人を非難されたがゆえの反論や弁明をメディアに言うこともある。

 立花氏のやり方は、労組の活動家がよく使う抗議スタイルである。ビルの本社前にゆき、責任者との面会を求めるという。ごくごくありふれたものだ。その先頭に、国会議員が立つ。珍しいことではない。だから、私には違和感はない。

 国会議員がそういう下々の政治活動スタイルを堂々とやってる。最近は、洗練された自民党の口で返すものが主流で、示威行為的なものは保守方面ではみかけなくなった。ので、彼を保守系としてみると、不可解かもしれない。が、左派系からみれば、抗議の王道なのだ。

 が、彼はこれからはいあがってゆく身である。いきなり高度な政治術を発揮しろというのは、期待しすぎだ。そういうのは、政治家の二世くらいしか期待に応えられないのではないか。

 今回、責任ある大阪出身の人物は、不当に批判された時は、かなり力を入れて、自らか、もしくは仲間の名誉などを守るために、動く、ということが明らかとなった。橋下徹氏も、不当な非難には徹底して反論していた。

 ともかく、彼はわかりやすいのだ。メディアという一般人には不可侵のような権力に一人国会議員として、立ち向かう姿は、意外と支持されるだろう。

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マツコ氏の発言について

 「気持ちわるい」というのは私がよく見る番組では、よく聞く言葉だ。人を傷つける言葉である。局の人が、言わせる言葉だ。日曜朝の番組でも、文学賞候補の男が口にしていた。口のうまさであがってきた人達が使わないことばだ。表現としてよくないので、本人の言葉ではないとわかる。

 プロデューサーと台本をあまり信用してはいけないのだろう。彼は面白いし、もっと的確に世間の思いを代弁してくれるほうだ。騙されるか、利用されたのでは?

 何かの陰謀に巻き込まれたのではないか? 私は深い闇があると思う。テレビ局の労組が出演者を政治利用するもの。または視聴率をあげたいので炎上狙い。さらには、彼が一人勝ちなので、他の芸能事務所が彼のイメージダウンをはかろうとする陰謀。出る杭は打たれるから。

 彼にとっては、台本に事故物件が混ざっていたのでは? レイワ新選組や立憲民主党、自民も同様に非難していたら、公正かつ、痛快な毒舌だった。そういう芸のスタイルなら、仕方ないとなったはずだ。が、それがなかったのが軽率だったのでは?

番組の失態だと思う。

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 国会議員がメディアに苦情を言うことについて

 国会議員や市会議員は、市民の代弁者で、市民の苦情を代表して言うこともできる。個人の生活保護を、議員が相談にのって、なんか役所につないでいるのはいるな。議員は、様々な町の相談に乗る。国への請願や要望に限られない。

 左翼の議員、誰だっけは、右派の市民運動に対する左翼のカウンター妨害デモに、連日のように加わっていた。ある時は、高槻の国会議員や社民党の議員もいた。これは、民間の市民活動に対して、国会議員が抗議運動をしている。川崎における国会議員の左翼デモ参加はまさしく示威行為で、やりすぎだった。

 というわけで、国会議員が、民間の活動に対して、抗議することは、よくあることで、それは許容される。特に、それが政治的なものであれば、なおさら政治家が抗議などに関わることになる。

 国会議員は国への要望だけの代弁者ではない。民間企業に対しても、要望を伝える、抗議に加わることは、多々ある。というわけで、国会議員がテレビ局に抗議するのも否定するのはおかしい。

 国の検閲というのは、行政がやることだ。行政の役職がある国会議員が、その職権で、テレビ局に番組への訂正を働きかけることだ。それは憲法で禁止される。最高裁でも、それは決まっている。

 が、行政官でない議員が、行政の権力を使わない私人の抗議らば、可能だ。テレビ局に苦情を言うのは、国会議員も許される。それは発言の自由だ。

 メディアの独立性というが、文在寅は行政長であるのに、韓国メディアに苦情を言った。これは政府による韓国のメディアへの圧力に等しい。言論の自由を犯しかねない問題発言となっただろう。が、そういうこともある。

  国会議員は、テレビに出演して、テレビ局にいろいろ文句を言うことがある。私の悪口みたいなことを言うのはひどいじゃないか、とか。それは許されている。

  週刊朝日の記事に対して、さんざん文句を言った政治家がいるが、それもメディアへの抗議だった。蓮舫議員が「この編集のされ方は残念すぎます」とツイッターした。

  政治家は様々に、メディアに苦言を呈してきた。どうして、彼だけが否定されるのだろう。

  メディアが政治家(国会議員)の非難したり、悪口を言っても書いても、彼らから全く反論されないし、批判されないというのは、まったくメディア人達の特権意識の現れ、彼らの妄想であって、それは事実と異なる。

  抗議の仕方はいろいろある。スマートなやり方、どぶ板を地でゆくようなやり方。そこは政治家の個性が出るところだ。わかりやすさを求める国民にとっては、言論でしゃれた物言いで言いくるめるのは、庶民から遠く、高邁な議論をする遠い存在みえてしまう。ここは、泥臭くやっているほうが、若者にはわかりやすく、受けがよい。 

 それは洗練されてはいないかもしれない。正々堂々としている。簡単に言ってしまえば、今の日本人の変にかっこつけたような大人びたようなやり方は、まっすぐなものとは思えないのだ。左翼の言い分に振り回されて、逃げ腰にやっているように映る。まっすぐメディア権力の横暴に立ち向かう。そういうのも国会議員としては有りとは思う。 

 メディアの権力に対して、メディアが勝手に決めたルールで挑むのは、そもそも既存メディアに依存しなくてはならない者だ。それとは違うネットワークをもつ者は、戦い方が違うのも当たり前だろう。

 古い者たちは、新しいスタイルがでてきても、わからない。それが効果的だとわかるまでは、認められないものだ。私はしばらく、静観だ。何が生まれてくるのか。

 

電波犯罪
8/16 口の中に腫れ物が毎日ある。刺されたあとに生じる。右目の飛蚊症はまだ治らない。おかしい。運動もしてないのに。

 『アカファイルで不倫の子が夫にバレた。夫にも外に作った子がいる。だから死ぬ必要はない。』http://blog.goo.ne.jp/tasuku44/e/55551d70f14aff5b2b47e20ed193777b

 今日の被害も過去と大差ない。頭刺されに、眼の痛み。

 では

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