電波犯罪と超科学

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人権は一つの社会規範。神から与えられたものでも、絶対的なものでもない

2019-11-12 11:57:18 | 社会思想の終焉

こんにちは

 人権は一つの社会規範。神から与えられたものでも、絶対的なものでもない
 人権が、「神から与えられたもの」だの、「絶対的なもの」だの言う盲信は看過できないので、なんとかしたい。そういう神話じみた言い回しが日本やドイツなど西洋でいまだはびこるのは、人権の理論が、正しく整理されていないからだ。

 チベットとウィグルで人権を激しく弾圧する中国政府は、リベラルな世界の人々からの人権の告発がうるさくて仕方がない。人権を絶対的な正義のように掲げるリベラルを打ちのめしたい。それで、人権の価値を適正化する新しい理論を求めている。私がそれを書くとはいえ、当然、彼らのためにそれを書くわけではない。私は誤りを含んだ人権理論をより完成させたいのだ。

 人権とは何か。日本で知られた議論では、その本質に迫っていない。それで、今回、諸説を動員して、人権の誤解を解くことを試みた。

 私は経済学部出だ。法学部のように人権の講義をみっちり1年かけて受けたわけではない。だから、厳密な議論ではないだろう。しかし、理論的に十分な質はあると思う。

 人権は神から与えられた権利ではない
 神が人間に与えた権利という考えがアメリカ憲法にある。が、それは根本的に誤りだ。そもそも近代の法律が、神からくるというのが笑止だ。人権とは、国家が個人を保護する制度である。神が社会制度を作ったという考えは、制度が生じた根拠にならないからだ。人権は自然法に由来する。聖書から来ていない。もし聖書から来ていると言うなら、キリスト教は律法主義を嫌うものであるため、国法にならない。また人権の元をたどるとユダヤ教にゆきつくものではない。

 神が人類を創造したという話はある。が、科学で解明された現在では、人類誕生のほとんどは、生物の進化で説明できる。同様に、神がたとえ関与したとしても、人権の発生も、法や哲学・思想の発展でほとんど説明できる。神の関与の話なしに、人権は説明しなくてはならない。人権が神からくると言う人物は、法哲学にそういうものが混入したとはいえ、現代人にとって、そのアイデアは創造神話を信じるほど非科学的だ。これで神が付与したかどうかの議論はおしまいだ。

 人権とは
 まず権利とは何か。wikiによると「法律上は、一定の利益を主張または享受することを法により認められた地位」である。では、法とは何か。法とは「道徳と区別される社会規範の一種である。」(wikiより)

 あわせると、人権とは「人が利益を享受することを社会規範として認められた地位」である。簡単に、「人権は社会規範の一つ」である。

 人権は、17世紀の思想、トマス・ホッブズの自然権、ジョン・ロックの固有の権利が原因となる。その頃に思想として芽生え、1776年のバージニア権利章典やフランス人権宣言で成立した新しい社会規範(法)である。

 ここからいえることは、人権は、18世紀に成立した当時、新しく革命的な社会規範である。それまで国家が人権という規範をもつことはなかった。人権は、人類の先祖から続く普遍的な権利ではない。なぜなら、ギリシア時代にそんな社会規範はなかったからだ。

 社会規範とは何か?
 これは社会のルールと言い換えられる。社会のルールは、その社会がよりよく活動するために、設けられる。例えば、犯罪者を野放しにすると、盗みや殺人がたえることなく、社会が混乱する。それで、犯罪者を取り締まり、刑務所などに入れることを、人々は思いついた。それが規範である。そして、国家は犯罪者を捕まえることにした。これが刑法というルール(規範)である。

 ルールは、モーゼの十界のように、殺人や姦淫、盗みというこくごく初歩的な戒めから始まり、バビロニア法典やユダヤの戒律、ローマ法のように、多種多様になっていった。それはまずは治安を守ることが重視される。社会規範は新しいものが追加されて、体系となる。

 人権は、普遍的な権利と言われるけれども、18世紀の新しいルールである。なぜ、18世紀に人権を定めなくてはいけなかったか。その契機となったのは、ルイ王朝は刑務所で残虐なことをしたからだ。足を折ったり、耳をそいだり、拷問して、刑期を終えて、娑婆に戻るとカタワ者になっていた。そういう者たちがパリなどにあふれた。あまりにも痛ましい。またそれらの世話も大変である。そこから、王に、たとえ犯罪者でも人体は大切なものだから、壊すなと要求することになったのだろう。これが人権を国家に求める始まりだろう。

 人権は普遍的な権利ではない。
 近代以前の国家には規範として十分な人権はない。原始人の社会でそんな高度なルールは守れない。古代の原始的で共産的なムラでも、当然、人権など近代人の規範をもてない。縄文時代にそんなものはない。人権を制定した18世紀のフランスやアメリカの文明水準に達していない国には、人権という規範はない。大事なのは、人権が原始的な社会でも、高度な社会でももつ普遍的な社会の規範ではないということである。18世紀の文明水準以降の社会だけがもつ規範である。

 生まれながらの権利とは?
が、18世紀以降で、人権を制定した国家においては、それはすべての国民に付与されるものとなっている。生まれながらという形容詞には、赤ん坊も保護される、という意味だ。胎児は保護されないという解釈ができる。それ以上に何か特別な思い入れをもつのは、どうかと思う。

 人権は絶対的な権利か?
 なにかにつけて、絶対的というのは子供っぽいのだ。私の周辺では、小6にいた。面白かったのだ。「(それは)絶対やな。よーし。もし違ったら、どうする?」と最後のイントネーションを高める口調が。「人権は絶対だと言うのやな。よーし。もし違ったら、どうする?」。彼は今、何をしているのだろう。

 人権は18世紀に生じた規範なのに、何か絶対的なものであるかのように語るのも、法理解に乏しい態度である。小中高で日教組が教える日本国憲法や人権などをいつまでも真に受けるのは大人としてどうか。新しい規範よりも、古い規範のほうが原則的であり、社会の存続のために重要なため、優先される。犯罪者を取締り、治安を守ることのほうが、人権よりも大事なのだ。
 新しい規範(ルール)はより治安を安定させる、より社会を発展させる等々の理由で定められる。人権の場合は、人権を保護することで、国民全体の幸福を高める。共産国のように弾圧を繰り返し、国民の自由を奪うと、監視と恐怖がゆきわたり、国民は窒息しそうに縮こまる。社会主義にして、個人の自由な活動を禁止すると、経済も文化も停滞する。

 人権により、国民が自由に活動すると、国民は幸せになり、経済も豊かになり、文化も栄える。これが人権というルール(制度)がもたらす国家の繁栄である。人権なき国とは大きな差が生じる。国家が人権を定めるのは、これら自由主義国の素晴らしさを享受したいからでもある。
 人権は近代以後の国しかもてないことから、他にも様々な意味で、相対的な権利ともいえる。

 まとめ
人権を語る時に、神から与えられたとキリスト教徒でもないのに言うと、恥ずかしいのだ。キリスト教徒でも、神から与えられたといえば、創造神を信じているような者たちと同じである。(注 アメリカ憲法は神から与えられたと書くことで、神への忠誠心も養うという優れた効果がある。それがアメリカの正義を高貴かつ神聖なものにする。それと人権の本質とは別である。)

 さて、ここまで読んだ人は、人権をより正しく理解できたと思う。

 今回は、人権が近代に誕生した社会制度の一つであることを説明した。もう、人権は絶対的という恥ずかしいセリフは言えない。なお、ここの議論は、西洋の哲学書の易しい解説書や、ドイツ人の人権理解よりも、進んでいるので、あしからず。

以上

『ポンペオ米国務長官、「中国共産党政権は中国ではない」』(大紀元)
中共政権の転覆をアメリカはとうとう呼びかけた。いつ実現するのやら。

電波犯罪

 11/12 飛蚊症が悪化した。昨日はおさまりかけたが。睡眠中に針刺し刺された疑いがある。

 『アカファイルで不倫の子が夫にバレた。夫にも外に作った子がいる。だから死ぬ必要はない。』http://blog.goo.ne.jp/tasuku44/e/55551d70f14aff5b2b47e20ed193777b

 今日の被害も過去と大差ない。頭刺されに、眼の痛み。朝から下痢。記憶低下の薬を飲まされる。

 では

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7 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-11-13 10:55:04
手間かけないと、当てられません。

手間をかけても当たりません。これを‘無駄’と言います。 
Unknown (Unknown)
2019-11-13 12:09:09
『いつ透視が乱れるかはわかりません』
↓↓↓
なる程!これは外れた時の言い訳用に伏線を張っている訳ですね。
大丈夫!安心してください!
あなたの地震予想を信じている者は皆無なので、言訳の必要もありません(皆んな「やっぱり外れたか」程度にしか感じない)。
Unknown (Unknown)
2019-11-13 14:16:39
映画は予言です。隠された~これは予告の自由な解釈の一つです。

こんなオカルト的な根拠で地震予知なんかしているから、「キチガイ」だの「嘘つき」だのと批判されるんだよ。
映画なんて原作者がいて、脚本家がいて、実際に映画を撮る監督がいて、全て‘人’が作っている。
どうしてそこに地震の情報が存在する?
根拠を示してください。(まぁ これまでの実績を見れば、どれだけいい加減な嘘かは一目瞭然ですが)
Unknown (Unknown)
2019-11-14 15:32:19
貧乏です  ⇒ 働け!
Unknown (Unknown)
2019-11-15 15:09:00
飲み物は麦茶もなくなりかけてきました。どうしよう。
⇒水を飲め!

日だけは的中です。また場所が違いました。
⇒このポンコツ野郎!場所が当たらなければ意味ないだろうが!日が当たったって言っても、毎日世界中のどこかで地震があると騒いでいるのだから、嫌だって‘日は当たる’だろ!
Unknown (Unknown)
2019-11-18 10:28:37
お金がないから、遠くに行けません。日曜は何をして過ごそうか。悩む。

だから働きなさい。なぜ健康なのに働きもせずに親の世話になっているのですか?
あなたのように、屁理屈と言訳と責任転嫁で生きている人が偉そうな事を言うんじゃない。
Unknown (Unknown)
2019-11-19 14:53:04
『ペルーの大地震は11/18ではありませんでした。3つめにして、大地震の日を外しました。不覚です』
↓ ↓↓
大丈夫です!!誰も信じていないし、期待していないし、あてにしていませんから(当たる訳無いので、初めから地震予想の欄は飛ばして読んでますから、ご安心を)。

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