電波犯罪と超科学

アベノミクスで上層と下層が潤った。これから中間層だ。よって、継続!!
野合になると円高、株安でデフレ深刻、景気悪化!!

『大停滞』(タイラー・コーエン)の感想 発達心理7 社会期の終わりごろに起きること

2015-03-17 11:56:12 | 発達心理
こんにちは 晴れ
 やっと晴れた。暖かい。いい気持ち。梅でも見にゆくか。

 日本では、二流の経済学がすぐ話題になる。ピケティなどをすぐ持ち上げるようでは、日本は経済学三流国家だ。主流派が極論を的確に分析して、過剰な期待を削いでいかなくては。そういう立派なのがいないから、私ががんばる羽目になった。世界に通用する経済学者は日本にいない。

『大停滞』(タイラー・コーエン)の感想
 経済の実質成長率がゼロでも、技術革新は起きて、社会は進歩している。それでも資本主義が終わった、というのは短絡的な発想だ、と昨日説明した。さてと、今日は『大停滞』を論じる。

 『大停滞』とは、女を抱いていたい、ではなく、タイラー・コーエンがあらわした経済本。我々が簡単に利益をあげられるビジネスはなくなった、という2011年の。彼は、その本で、電化製品(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)のように容易に儲けられるものがなくなった。インターネットは無償なことが多い。収益はあっても、ソフトは複製するだけで生産できるから、大勢が儲からない。アメリカの医療は先進的だが、効果は低く、長寿になってないし、皆が健康でもない。さほど生活の質をあげてない。

 とネットにある。私は貧乏なので直接、訳本を読めないから。そう理解する。当時、話題になった頃、あまりたいした本ではないと思った、と記憶する。

 あの資本主義終焉者たちが問題にしたのはこの本で、技術革新がすぐに儲けにつながらなくなった、という面だった。家電製品で、洗濯機は労働を減らして効果が大きかった。どの家庭も大金をはたいて買った。今は、そんなに新しい技術の製品が、すべての人の必需品となり、経済規模の増加に大きく貢献するものはない。新しい技術が即、巨大な経済市場になり、GDPを押し上げるものはない、と。それでもって、経済成長はさらに鈍化してゆく、という根拠にしていた。本当だろうか?

 現在、大きな市場が見込める新規産業はあるか? 
 これがないと、GDPは大きく上がらない。新しい技術が現れて、成長産業となり、大きな市場を作る。すると、経済全体も成長する。資本主義の成長はこれにかかっている。

 PCも登場した88年から現在にいたるまで、新しい巨大な市場を開拓した。が、今は、もう飽和状態。PCゲーム市場も、任天堂などが勃興したが、ピークをすぎた。携帯電話は新しい市場で賑わっている。

 しかし、資本主義終焉者がいう。そんな生活の必需品となるような新しい道具が登場することは今後期待しにくい。それでもって、資本主義は20世紀ほどに今後、成長しない。それで、資本主義が終焉だ、という論陣を張る。

 彼ら悲観者は、新しい市場がもうない、という立場のようだ。実際はどうか? そんなに生活を向上させる未来技術や製品はないのか?

ロボットは大きい。家庭に1台の30-50万円のロボットが入る時代はまもなくくるだろう。
宇宙旅行も、大きいかもしれない。しかし、実際は海外が宇宙にかわるだけで、旅行費自体が増えない。大きな市場は生まれない。
遺伝子産業は大きいかも。しかし、医療費は高止まりで、限界近いから、さらなる市場にはならない。
自動車は台数は増えても、標準化するから、やがて下がる。
霊との交信機。このくらいはあってよいだろう。しかし、ネット電話程度の価値しかなく、既存のテレビに小さな電子部品をつけて、できるだろうから、大きな市場にはならない。
生体監視装置。これは本人の状態をすべて記録しておく装置。あらゆる思考も記録されるから、日記をつける手間もなくなる。これはせいぜい10万円。

 ロボットが大きく、その他は、PCゲーム程度の市場にしかならない。機械製品が来て、電子製品がやってくる。それが今後、さらに複雑化しても、単品としては高くて10万円くらいにしかならない。1台数百万円の車にかなわない。

 今後、大きく人類の生活は向上しても、それを支える個々の製品が小さな市場をもたらすとしても、新しい大市場になるわけではない。現在は携帯の電子製品が家庭に入り込む。それが世界経済を牽引している。しかし、いかんせん市場規模が小さいのだ。これでは、先進国の経済が大きく伸びない。

 彼らが言うこと、今後、新技術・製品が大きな経済成長要因にならない、はさほど的外れでなかった。私もそう思っている。しかし、ここから出てくる結論が彼らと私は違う。

 さて、ここまでみてきて、わかっただろうか?

 人類は技術革新をたえまなく行う。生活の質はどんどんあがる。未来には、新しい技術が夢のようなことを実現してくれる。いまや人々の創造力は、20世紀初頭の何十倍も社会を豊かにする。そんなに人類は成長速度を大きくあげた。

 成長はアイデアの数にかかっている。それは特許の数で表される。特許出願数はいまや過去最大だろう。おそらく。

 しかし、経済学の手にかかると、それでも人類はゼロ成長、という。まるで狐につままれたようだ。ここまで、読んで、何がおかしいのかわかっただろう。資本主義か? それとも経済学者の見方か?

 資本主義は問題ない。自由経済によって、人々は創造しているから。それ自体に陰りはみられない。私は、貨幣を指標とする態度(経済学の分析法)が新しい現実についてこれてない、と思う。

 資本主義社会は陰りがない。が、資本主義経済になると、成長が止まる。つまり、問題は現行制度ではなく、"経済(マネー)"による価値判断にある。

 彼ら資本主義終焉論者は、セクハラが止まらないのは日本社会制度のせいだ、という。私は、セクハラ部長のせいだ、と言いたい。全体が悪弊の原因ではない。それを言うのは扇動者だ。悪の原因を特定しないと、学者とはいえない。
 

発達心理 解説8 社会思想の時代の末期に起きること

段階 期間  組織形態             流行       社会現象
↑6, 2010-30 個人制 コラボ、プロジェクト型  個人・資本家  Facebook、格差解消、個の確立
↑5, 90-2010 集団制 分社体制        グループ     地域主義 EU、経済圏
↑4, 70-90 官僚制(専門)            専門家      官僚ブーム
↑3, 50-70 分権 事業部制           自治       民族主義
↑2, 30-50 集権                  権力志向    独裁国家
↑1, 1910-30 創業期  

現在は、2015年。社会思想の時代が終わるまで約15年。いわば末期的症状が発生するころだ。どんなことが起きるだろうか?
 
 社会的な価値が低下する。
1,マネーが消えつつある。社会的な価値を最も表すのが、お金だ。需要と供給で物の値段は決まる。そのマネーが電子化して、姿を消しつつある。また社会が発展しているにもかかわらず、経済成長がマネーでみると、ゼロという。社会価値を表す指標として、役立たなくなっている。
2,共産理論の無効化。共産主義は社会思想の時代にのみ、人々を吸い寄せた。しかし、社会的な価値などいまや日々低下している。よって、そのイミテーション・バッチモンの共産理論も、魅力を失う。共産国家は今後どんどんと統制がなくなってゆき、2030年までにつぶれるだろう。
3,社会的な価値の体現者の魅力が低下する。その価値の低下に伴って、それをあらわすシンボルも威光がなくなる。金持ちは憧れではなくなりつつある。また大統領や首相は、一番立派な人物だった。が、彼らへの敬意も昨今低下中だ。

 社会制度改革に限界感
1,一度の制度改革の効用が、どんどん低下している。以前は、改革すると大きな社会変動が生じた。今は、何を変えても、小手先をいじくっているようにしかみえない。ベーシックインカムが最後の砦のようだ。
2,社会制度にとらわれない人が台頭している。これはどの国の制度でも、やつていけるようなバイリンガルの増加。どの国に住んでもかまわない、という人が増えている。国へのこだわりはしだいになくなりつつある。

 社会統合論の出現 理性期の終わりには、ヘーゲルが理性を完成させた。社会期の末期にも、あらゆる社会論を統合するような先進的な理論が現れる。

 社会思想の工業的なものが世界中に広がる
 理性期の後半には、産業革命があり、機械が日常に入り込んだ。そのように、理性の工業産品が登場した。社会思想の工業産品とは、インターネットだ。インターネットは、人々の社会関係を工学技術でよくすることに貢献した。

 社会論の数式モデルが登場する
 理性期の末期には、ヘーゲルによって、論理学が開発された。理性を、論理学であらわせるようになった。社会制度も、何か数式で表せるようになるはずだ。

 以上 社会思想末期に起きる現象を説明した。

 本日の被害
 昨日、一日中、鼻水が止まらなかった。それで、一日をだめにした。これは鼻の中に、刺激剤がたくさん入った現象。本日は、それはない。朝のシャワー中に、鼻の穴を大きく開いて、水を入れて、洗うととれた。それ以来、鼻水はあまり出てない。
 右目は、内側が大きく腫れてる。右まぶたをとってみると、明らかだ。
コメント

貨幣なしの資本主義もある 発達心理 今後の予測(段階6)

2015-03-14 11:47:25 | 発達心理
こんにちは 雨

 昨夜、ここに書いたものを手直しして、サイトにアップした。『大野思想研究所』是非どうぞ。まとめて読める。これ、時間がかかった。まだ1/3ほどしかできてないけども。

社会主義が資本主義に劣る、という話が大好評。

 資本主義の未来はばら色

 そもそも資本主義とは?
 18世紀のドイツで、民間企業を活用するのが、資本主義のはじまり、とされる。しかし今や資本主義はもっと洗練された。現在は、何が資本主義の定義か?

 資本主義の反対は社会主義だ。社会主義とは中央集権の計画主義だ。純粋な社会主義では民間企業がない。
 よって、その逆が資本主義だから、民間企業を取り入れるのが資本主義、もしくは、国家が一つの統制社会でないものが資本主義となる。
 社会主義が社会組織が一つの国、資本主義は内部に複数の社会組織をもつ国と定義できる。
 この資本主義を制度でみると、個人・グループ活動の自由がある国といえる。そのため無数の自由な活動主体がその国にはある。社会主義は、それがない国と定義できる。
 資本主義というとき、『資本』という言葉にこだわってはその本当の姿を認識できない。そこが大事である。資本ばかり論じ、その制度の本義を見落としていけない。

 経済面はどうなるか?
 資本主義だけが貨幣経済をもつ、と思われている。しかし、社会主義でも貨幣経済にできる。よって、それは資本主義特有ではない。
 
 貨幣経済がない資本主義は成り立つか?
 社会主義では貨幣なしの配給制度はあった。よって、資本主義でも原則さえ守れば、貨幣なしもありえる。資本主義は貨幣がなくても成立する。もともと民間の自由活動の制度があるのが資本主義だからだ。貨幣は、流通の手段である。貨幣制度は、古来からあり、資本主義がなくても成立してきた。
 また貨幣制度は、その名から資本主義を支える要件と思われがち。だが、資本主義とは、純粋には、組織形態をさす。個人や企業の自由活動さえ、その制度要件さえ認められたら、それはその経済がうまくいこうが、悪かろうが、資本主義である。よって、貨幣制度がないそれもありえる。
 貨幣制度が破綻するかいくら議論しても、資本主義の成否に結びつかない。それは民間の活動を停止するか、国有化すべきどうか、という話でないからだ。

 経済体制に資本主義と社会主義のほかに何があるか?
 部族社会の経済はある。マルクス主義で原始共産制と呼ばれるもので、所有がまだあいまいな状況だ。これは大きな社会では、所有を区別するから、成り立たない。この体制は、家族みたいな小さなグループで起こらないから、社会や国、人類を考える時には、必要ない。
 
 国がすべての人民の親となると、北朝鮮のように親が何もかも独占する。こういうのを先進国で行う発想は、家族主義や部族社会を国家にもちこむことで、幼稚である。

 というわけで、経済には大きく、資本主義と社会主義しかない。原始共産制は論外である。そして、社会主義に貨幣なしの制度があるから、同じく資本主義においても、貨幣なしの制度がありえる。ここが大切。

 現在、貨幣制度に陰りが見えている。よって、このまま推移すると、資本主義から貨幣制度が取り除かれてゆくのではないだろうか。それは社会主義ではなく、あいかわらず資本主義である。その社会は一極集中でもなく、統制されることもなく、個人や企業が自由に活動するからだ。これが、資本主義の未来である。

 経済学者諸君。貨幣経済なしの資本主義社会を描いたらどうだろうか? その未来がバラ色であることを証明しよう。

 
発達心理 解説7 この理論では今後何が起きるか?

段階 期間  組織形態             流行       社会現象
↑6, 2010-30 個人制 コラボ、プロジェクト型  個人・資本家  Facebook、格差解消、個の確立
↑5, 90-2010 集団制 分社体制        グループ     地域主義 EU、経済圏
↑4, 70-90 官僚制(専門)            専門家      官僚ブーム
↑3, 50-70 分権 事業部制           自治       民族主義
↑2, 30-50 集権                  権力志向    独裁国家
↑1, 1910-30 創業期  

現在は6段階目の個人制組織の段階だ。個人を保護する社会保障が整う。そして、個人の自由活動は、現在は地域主義ほどの範囲に及ぶ。地域文化圏を個人が意識する。

 今後、何が起きるだろう。

 個人の流動性の拡大、その受け皿も大規模化
 IS(イスラム過激グループ)を見る。世界中から戦闘的な個人が、中規模国家ほどの支配地域をもつISへ集まる。現在は、コラボレーション(こじんが集まって仕事をする。)の規模が、中規模国並に広がっている時期だ。ISはその時流の典型といえる。
 今後、この自由な個人の流動性はますます高まる。より人の移動が加速される。個人の自由意志、(ボランティア)で集まる組織も、より規模が大きくなる。
 個人は自分に向いた職業を求めて、世界中の国々、企業へと流れる。それが加速される。その受け皿も、より大きな規模となるだろう。
 この個人の流動性が高まるにつれて、自由のない国はその統制力が弱まるだろう。共産中国、北朝鮮、ベトナム、キューバはその自由な流動圧力に耐えられなくなり、崩壊する。

 社会的自己の範囲も拡大
 この期間は、個人が社会的な自己を確立することが求められる。2014年までは国家規模の社会におけるアィデンテティを確立するため、民族主義的だった。今後は国家を超えて、中華、キリスト教、イスラムなど文化圏のアイデンテティを自覚する。そんな行動が予想できる。
 文化的な共同意識は高まる。それは多国間の協調につながる。アジアでは、2014年は韓国、日本、中共はいがみあい、露骨に民族主義的だった。が、これから2015年にかけては、国際協調主義が強まる。
 問題は、国際主義の過激思想が台頭することだ。一つは共産主義。ギリシアは左翼政権が暴れている。中国も東アジアには融和的でも、その他では外交を悪化させるだろう。国際的なイスラム過激主義も強まるだろう。この間は、国際主義に規律が生じる期間でもあるため、それを期待するしかない。

 個人保障制度の拡充
 人権の保護は、大方整った。言論,信教、結社などの自由はさらに侵害されなくなる。しかし、経済的な保障は十分ではない。格差という問題は大事となっている。だが、給料は国が改善できない。結局は、ベーシックインカムを整えるしかない。それが2030年までに一部先進国で採用されるだろう。非摘出子?、父親が認知しない子も、今後は国が存在を認めてゆくことになるだろう。

 この段階の特徴からいえることは以上だ。個人制の段階は、社会期の最終にあるため、次のテーマ『空間』に向かって、社会期の決算みたいなことも起きる。

 社会期の末期の現象
 社会イデオロギーの時代でなくなると、過激な社会イデオロギーによって成立しているものは、つぶれてゆく。
 社会制度は、この期間に、標準化される。すると非標準的なものは、姿を消す。共産国は、過激な社会思想だ。その力によって支えられている国は、社会思想そのものに影響力がなくなると、統制力がなくなり、壊滅する。共産国だけではなく、共産党もなくなる。自由国家は、正しいものだから、なくなりはしない。

 今日は時間がなくなったから以上である。

 段階6で今後起きることを記した。

本日の被害
 朝から、唇に二箇所以上の傷がある。寝起きで鼻水が大量に出た。これもやられた症状。鼻から2-3cmのプラスチックの糸が出てきた。布団の周りにはそんなものは落ちてない。ブラシの毛だと思う。
室内は、白い粉塵がかなり舞っていた。これは見える。窓を開けた。音声送信は、『そうやな』とこれを書きている最中に聞こえる。お風呂で、頭が滅入る。北側から強い電波が当たったよう。最近、隣近所のアカ基地からは強い電波は出てない。二週間くらいそうなる。かわりに、道路をはさんで北側から強い電波が飛んでくるようになった。
コメント

発達心理 社会組織成長論で現在をみる

2015-03-13 11:33:36 | 発達心理
こんにちは 晴れた
 マルクス弁証法批判で最高アクセスを記録。このサイトは以前から共産関係者が注目していたようだ。私の告発が気にかかるのかな。
 ここに書いたものを今、まとめている。校正して、サイトにアップする予定だ。1/3ほどできた。お楽しみに。
 防護メガネをすると、外出時の目の痛みがなくなった。これはいい。

発達心理 解説6-7 社会組織成長論で現在をみる


段階 期間  組織形態             流行       社会現象
6, 2010-30 個人制 コラボ、プロジェクト型  個人・資本家  Facebook、格差解消、個の確立
5, 90-2010 集団制 分社体制        グループ     地域主義 EU、経済圏
4, 70-90 官僚制(専門)            専門家      官僚ブーム
3, 50-70 分権 事業部制           自治       民族主義
2, 30-50 集権                  権力志向    独裁国家
1, 1910-30 創業期  
      
6 各段階の世界構造の変革
 どの段階でも、組織改革は、ミクロからマクロへと向かう。

 個人→仲間→企業→地方→小国家→国家郡→地域圏(EU)→文明圏→世界

 自治ブームなら、まずは小さな会社で分権が行われる。そして、大学などに自治がおりる。しだいに変革対象の規模は大きくなる。国家が自治を拡大する。そして、地域経済圏で自治的なまとまりができる。このようにして、最終的には、世界全体が『自治』をとりいれる。すると、その段階は完結する。このように、世界構造は、その段階で、その理念(変革モデル)によって組織改革する。

 組織改革の理念(モデル)は、この前の段階にはできている。たとえば、第五段階は、地域集団が集まる組織形態となる。それは、企業では『分社』、国家では『民主化』か、『資本主義』という制度に変化することだ。それら、組織改革の手法は、その段階になって初めて開発されるわけではない。それ以前に、知られている。

 企業の『組織形態』とは、世界では『世界構造』,『世界の体制』と呼ばれる。ここから、『構造主義』という哲学が派生した。その思想の原理は、組織改革だ。組織変革時における形而上学をそれは取り扱った。

7, 社会組織成長論で現在をみてみよう
 現在は、いったいどの段階のどのレベルに位置するのだろうか?
 現在は、2015年3月だ。それは、個人制の段階だ。個人を社会的に確立する段階だ。個人が社会ネットワークを形成する。社会はそれを後押しする。Facebookが勢いを増した。個人が活躍する場を提供する制度が生じる。コラボレーション。一段階は20年だ。その1/4ほど進んだところだ。個人の活躍が目立つようになる。

改革はミクロからマクロへと向かう。

 個人→仲間→企業→地方→小国家→国家郡→地域圏(EU)→文明圏→世界

 現在はどこか。1-2月までは右派ナショナリズムが強まっていた。そこから、組織変革は国家レベルに達していた、といえる。しかし、2014年11月に、中国は日本を受け入れた。ナショナリズムは衰退ぎみだった。2015年1月のギリシア選挙では、左翼政権が勝つ。ここから、ナショナリズムの期間は終わったとみなせる。左翼とは国家主義の面もあるが、国際主義的(あの悪名高いインターナショナル)だからだ。よって国家郡の変革の期間に入った、と思われる。

 国家郡の変革の期間とは?
 地域主義のはじまりだ。それまで国家における個の社会的な確立(アイデンテティ)が課題でナショナリズムが高まった。今後は、地域文化圏におけるその個の確立がテーマとなる。国家の枠組みにとらわれない個人がさらに増大する。これによって、恐怖支配をとっていた国はさらに、個人の自由活動の高まりで、崩壊の危険さらされる。中国は、個人の行動をさらに統制できなくなる。が、この期間は、国際主義の左翼が躍進する危険性がある。

近隣諸国の共通の価値観が浮上する。日本の場合は、中華圏だから、韓国、台湾、中国と和する流れが生じる。中華文化圏としての自己を認識する。それは中国文化が流入した日本では、その価値の見直しとなる。実際、日本と中国の関係は、中国からの買い物客の多さからみて良好である。

ヨーロッパにおいては、共通の価値観はキリスト教である。非キリスト教徒や移民に排他的になる可能性はある。ここはどちらに転ぶかは予測しにくい。健全な国際協調主義は、EUを強化するだろう。なぜなら、EUはその価値によって成立した共同体だからだ。アメリカも大国だから、その建国の価値観は強められるだろう。個人を認めない非人権国家の中国や、それを制限する共産国がさらに、混乱する。内部の個人が国際連携を強めるためだ。

おそらくEU発生当時と似たような地域経済圏の構想が今後1年間、強まるのではないだろうか。

 以上

地球人類は、すこぶる順調に発展している。なんら停滞はみられない。なぜなら、世界の多くが民主化して、自由な国だからだ。非民主的な国だけが、内部の人々の国際的な行動により、崩壊の危機がさらに高まる。

 本日の被害
 擬似花粉症対策のために、防護メガネを買う。それをつけたら、目の痛みが激減した。鼻水も止まる。外でも、家の内でつけている。私は家の中が一番ひどくなるため。
 眼球の内側に、1-2cmの腫れがある。虫さされのあとのようにふくらんでいる。ここからも、花粉症ではないとわかる。なぜか? 花粉症ならば全体に腫れるはず。が、一箇所だけ蚊や蜂に刺されたあとのようにふくらむとは考えられないからだ。両目がそうなっている。昨夜は、左は何もなかったが。右目も腫れがひいていた。それが、朝には倍になっていた。これは、睡眠中に刺された、と考えるしかない。
 また、白く、わずかに青みがかって光る粉塵がある。室内にまかれる。粉塵なので、よくみえる。空気がうっすらと変色している。それに触れると、私はとたんに目が痛くなる。私の家の周辺にそれはまかれている。室内にも、睡眠中に、朝にはまかれている。
 なお、私が通るいつもの道には、あらかじめこの粉塵がまかれているため、そこを通っても目は痛くなる。普段通らない道に入ると、それはまったくなくなる。

 淡路島の洲本で五人の親族をナイフで殺害した男は、電磁波被害を受けていて、政府のしわざと主張していた。それはそもそも間違いで、犯罪組織は、しょうもない共産イデオロギー集団だ。
 親族はアカでなければ、敵ではない。何も知らないのが大半だ。勘違いしてはいけない。怒りがそちらに向かうとは、この男もどうかしている。
 犯人は、家の外にいる。被害者はおとなしくしていたら、いずれ政府が救済してくれる。必ず。その時までは暴れたりしない。被害者はいつものように合法的に告発、抗議しておこう。ただ警察も、ちゃんと被害者は被害者として扱わなくてはいけなかった。精神科医も犯罪を知っていたら、倫理観にのっとって、被害者扱いをすべきである。それらで問題がこじれた。
 電波犯罪は傷害罪であり、それは親告罪ではない。だから、警察は被害者の親告をまたなくてよい。警察は電波犯罪の証拠をもっているところが多いから、動けたはずだ。このあたりの警察の怠慢も、事件が別の方向(親族殺人事件に発展した)にいった原因だろう。
 一番悪いのは、殺人を犯した犯人。次に、そう誘導をした電波犯罪者。そして、それらを知っていて放置した警察関係者である。
 治安関係者はこういう悲劇は起こさないようにしよう。
コメント

中野剛志氏の『資本主義の~』感想 発達心理5 社会組織成長論で20世紀を区分する段階

2015-03-12 11:57:50 | 発達心理
こんにちは 晴れた
 寒いけど、アクセス数は増えた。亜流の弁証法を論じただけで。あんなちゃちいものはすぐに間違いと気づかなければ、思想は語れない。

ネット囲碁が低調で、昨日六段で打って負けかけた。韓国のネット碁、東洋囲碁にいる。ネームは「tasuku??」

 昨日、中野剛志氏の『資本主義の預言者たち ニュー・ノーマルの時代へ』(角川マガジンズ)を立ち読みする。「資本主義の終焉」を論じていた。彼は社会主義(共産主義)をもっけから信じてない。ただ古くさい経済学者を出して、今後の行方を示そうとしている。全共闘が古典を経典にして、それを読まなければ何もわからない、という。それと似たような口調だった。彼は経済学の主流派とは違った見解だ。

 ただ私は「資本主義の終焉」という論理は狩る。どう書いてあったかは忘れた。立ち読みだから。社会主義幻想をいだかせないためだ。共産に利用され、また間違いでもあるため。

 水野氏は、ゼロ成長だから破綻、というたわいない論理だった。破綻するのは経済学の成長神話であって、資本主義ではないのだが。中野氏のほうがタフなようだ。今度、しっかりと調べて、きっちり反論してみよう。だが、彼は、資本主義が組織形態をさす言葉と、わかってないところが痛い。そのあたりから、資本主義が終焉しないことを説明しよう。

資本主義のあとに、社会主義は始まらない
 組織形態でみると、資本主義と社会主義の違いは、明確だ。
 社会主義は企業がなく、国家組織一つがすべてを運営する。つまり、単一組織だ。
 資本主義は国家が一つですべて行うわけでない。多数の企業が活動する。それは大きな組織の中に、多数の組織がいる形態だ。
 その違いの根本は、数だ。国家に一つの組織しかない制度を社会主義という。二つ以上(寡占を禁じるから少ないより多いほうがよい)の組織があると、資本主義となる。そう区別できる。これが正しい定義なのだ。その他の経済主体うんたらは、附属的なものでしかない。

 この優劣を考える。
 巨大な一つの国家組織がすべてやってしまうと、どうなるか?
 トップが一つ間違えたら、この社会は全体が危機に陥る。食料分野を一つ間違えると、もう数割は飢える。北朝鮮のように。
 それを複数の組織がやると、どうなるか?
 一つの組織が間違えても、他がうまくやれば、なんとか、最悪の事態は免れる。
 無数の組織がそれをすると、どうなるか?
 誰かが多少間違えても、食料の問題はうまく行われる。食料は不足しない。
 つまり、一つの組織に任せてしまうよりは、多くの組織にやらせたほうが、その国家は生き残る、繁栄する可能性が高い。

 これはリスク管理の観点だ。一社に生産を委託するよりは、10社に依頼する。すると、リスクが分散される。これが、資本主義が絶対的に社会主義より優位なところだ。このリスク分散の体制は、人類は放棄しない。よって、社会主義の制度は致命的な欠陥があるから、人類は採用しない。よって、資本主義の体制は未来永劫つづく。

 生物学では、このリスクの分散をよく研究している。種の多様性という話だ。
 たとえはこんな話。箕面の滝の側に食い物がたくさんあり、猿の群れがそこだけに集まる。ある日、そこの食べ物がなくなったら、その猿の群れは全滅する。
 そこ以外の場所で、食物をとる猿の群れが別にいるとしよう。万が一、箕面の滝の食い物がなくなって、箕面の滝の猿は全滅しても、他の猿は生き残る。このように、組織が多様性をもっていると、生存する率が高くなる。

 社会主義は、国に一つしか組織がなく、独裁的だ。一つの方向性に全体が進む。そのため、環境がある日変わったら、それで全滅するリスクが高い。
 資本主義は、多数の組織が別々のことをしている。そのため、リスク分散している。いろんな可能性がある。それで、環境の変化にも強い。資本主義では、社会が生き残れる。

 社会主義はあまりに一色になりすぎて、環境変化に弱い。柔軟性がある資本主義のほうがよい。

 創造性の観点からは、この二つの組織にはどういう差があるか?
 資本主義と社会主義の差が最も大きいのは、この創造性だ。一つの巨大組織が、政府中央ですべて決定する体制が、社会主義だ。国だけでなく、市場や企業・個人が自由に決定できる体制が資本主義だ。この二つの体制では、その社会が採り入れる創造性の量に大きな差が出る。

 まずは社会主義。官僚やトップは、日々国中のことを調べ、それを計画する。彼らと政府お抱え学者がアイデアを出す。だが、一般個人や企業は、計画を実行するのみ。創造性は使わない。わずか、政治家や官僚など数千人の知恵で、一国が動く。

 そこでは民間の創造性は、まったく無視される。それを社会で活用することは禁止される。それが社会主義の原則で、企業や個人で商売などしてはいけないためだ。この社会ではトップや政府が進歩の原動力となる。
 しかし、創造性の量は少ないため、わずかしか進歩しない。政府は豪華になっても、末端(庶民に近いところ)はいつまでも停滞する。そのため、町は進歩がなく、何十年も変わらない。だんだんとさびれて、町は時代錯誤のような過去の空間になる。北朝鮮がまさにそうだ。あの国は社会主義体制の必然だ。

 資本主義は、政府や官僚は国をよくするために考える。彼らは計画主義の国家のように隅々まで采配しない。しかし、膨大な企業や個人が創造性を発揮する。カイゼン、工夫。労働人口分の創造性が、国家全体で活用される。町でも、地域でも、企業も、どこでも毎日のようにそれで進歩、発展する。使用される創造性は、計画主義の何十倍、いや何千、何万倍に達するだろう。それで国家のあらゆる領域で、産業は発展して、豊かに文化を開花させる余裕するある。

 社会主義は、政府しか頭を使わないために、何もかも遅々と進む。現在の人類の成長スピードについてこれない。だが、資本主義では、人類の発展に必要な創造性の量は確保できる。両体制が必要とする創造性の差は、とてつもなく大きい。この差が、資本主義と社会主義の絶対的な差となる。人類はもはや、社会主義体制に後退すると、破滅してしまう。社会は発展しなくてはならず、そんなことにはならない。よって、資本主義の体制は、何が起きても、維持される。

 これでも、まだ社会主義に後退して、成長を放棄することが、今後、資本主義がゆきづまったようにみえた時に起きる、と言うのか? 

 おそらく、左翼批判は、つまらないかもしれない。若い人はそうだ。

発達心理 解説5 社会組織成長論で20-21世紀をみると?
 
私はグレイナーの「ライフサイクル社会論」を改良して、社会組織成長論を作った。組織形態の変化はこうなる。

 創業期 → 集権 → 分権 → 官僚(専門) → 集団制 → 個人制
        独裁  事業部制 官僚制     分社体制 コラボ、プロジェクト型

 この段階を20-21世紀にあてはめる。類似の現象を調べる
 1,極度に集権的な体制となった1930-45年を集権の段階とする。
 2,民族主義がおきて自治ブーム。各国が独立した時期を分権の段階とする。
 3,官僚制度がもちあげられた1970-90年は官僚の段階とする。
 4,地域主義が勃興した1990年代を集団制の段階とする。
 5,G7,G8が世界を管理した1980年代は官僚の段階とする。
 6,Facebookなど個人の活躍の場を提供した2010年からは個人制の段階とする。
 7,1970年が市民運動のはじまりだ。それは区切りとする。
 8,1974年ベトナム戦争は敗北した。民族主義はその頃には終わっていた。
 9,ISは個人を集めて傭兵とする。これは新たな組織形態だ。個人制の段階とする。
10,官僚組織は無敵という神話があった1970-80年を官僚の段階とする。

 以上からみえてくること
1,世界の歴史は、集権→分権→官僚→集団制→個人制と進むようにみえる
2,各段階の時期、経営学では、その段階の組織形態がもてはやされる。
3,世相は、その段階の組織改革の理念と一致する。専門家ブーム、コラボブーム、独裁者こそが国家の窮地を救う、自治が日本を活性化させる。

各段階の期間について 分権のはじまりは、民族主義が始まるサンフランシスコ講和条約の1950年頃とする。1970年から市民運動が始まり、転機だった。1990年にソ連は崩壊。民主化した。1992年にEUが地域主義から成立した。
 これらから、20年ごとに大きく変わる。各段階の期間を20年とする。
 また1970年を官僚の段階のはじまり、1990年を地域主義のはじまり、1950年を民族主義のはじまりと区切る。

各段階20年なので、人類の社会構造の発達段階は、このように期間を区切れる。

 創業期 → 集権 → 分権 → 官僚(専門) → 集団制 → 個人制 
1910-30 30-50  50-70   70-90     90-2010 2010-30(年)

 以上。これが社会思想の各6段階である。人類は各段階ごとに、特有の理念をもち、その理念が導くように世界中の社会組織を構造変化させた。そして、その変革リーダーに魅力を感じ、時に賞賛した。そのようにして、社会を発展させた。         

本日の被害
 目の内側がかゆくなり、かゆくなる。これは眼球の内側が傷つけられている。かなり腫れていることを確認した。また6時半に起こされ、「ごめん」といわれた。これは悪質なことをされた時に言われること。何をされたのか、まだはっきりと自覚してない。
 口の中は、二箇所、さし傷がある。睡眠中にできたものだ。
 昨夜は、白い涙跡がたまっていた。これは網膜が切られた時の症状。ひどい傷があるようだ。
コメント

311の慰霊 マルクスの弁証法は科学の精神に反する

2015-03-11 11:44:08 | 発達心理
こんにちは 朝は晴れた
 311の慰霊の日
 もう大震災から4年。まだ復興はまったく進んでない地域もある。復興が終わったところもある。たいへんだ。黙祷する。

 本日は、昨日の体調不良のため、あまり下調べしていない。日本で、よく言われることで、明らかに間違った考え方をとりあげる。

 発達段階の類型論がある。精神は発達心理の課題を解決すると、精神はより上の段階に上がれる。しかし、解決しないと、そこで本人の哲学はそこで止まる。『感覚』→『知性』→『理性』→『社会』→『空間』とあがる。9割9分の人は、『理性』の精神に達しない。知性の段階で止まる。

 『知性』の段階の人は、ストア哲学からデカルト以前の哲学・思想と同じ発想をする。彼らの半分は、まだ『神学』を抜けきれてなく、ほぼ全員は理性(世界が法則で動いていること)を心から信じていない。正直、彼らは現代科学の考え方を心から受け入れていない。

 彼らは、そのため『大勢が信じることが正しいことだ。』、『主観と客観があり、人間は客観を手に入れることはできない。』と、古臭く現代では通じないことを平然と言う。これの何が間違っているかわからない? それは重症だ。明らかに科学の精神に反しているではないか。『弁証法で、知識は進歩する。よって人間は新しい知恵を手に入れるには、間違いを知らなくてはいけない。』こんな愚鈍なことを言う人も、時代遅れの同類だ。それを説明しよう。

『大勢(社会)が信じることが正しいことだ。』
 馬鹿も休み休み言えといいたい。衆愚の典型ではないか。正しいことは、科学法則のみだ。科学的な検証で事実としたものが正しい。間違ったことを何人、何万人、国全体で信じても、間違いは間違いだ。それが、科学的な態度だ。一人が信じていても、それが法則や事実なら、それが正しい。
 よって、科学的な精神を身につけた人は、それが法則かどうかだけで純粋に判断して、それが正しいかどうかを決める。こういうのが、理性的な段階にあがった人の考え方だ。そして、現代の精神、科学的な態度である。上の言葉は、世間では通らない。

『主観と客観があり、人間は客観を手に入れることはできない。』
 これは『知性』の段階特有の発想だ。彼らは、常に真実や事実や法則とは関係なところで、思考している。彼らは、大勢が正しいと認めることが正しい。それが客観だと考える。個人の考えは、主観だ。それは基本的に間違いだ、とする。これは科学的な精神ではない。

 科学では、主観と客観は問題視されない。客観的なものが、法則とする。たった一人が法則(客観)も知る時がある。大勢が知るものが法則とは限らない(主観のこと)時もある。科学的では、その考えを知っている人数に関係なく、法則やその他が決まるからだ。
 また個人が法則に気づいた時は、それは個人が客観を手に入れたことになる。科学ではそういうことがよくある。
 『主観と客観』を問題にした時点で、もう科学的な態度から逸脱している。現代では通らない古い考えである。さも、ものがわかったような顔して、廃れた哲学をふりかざすのは格好悪い。
 理性的な人は、常に、法則を身につける。科学的な人はそういうものだ。だから、個人の考えでも、どこでも自然の中、世界で通用する。そうあらねばならない。

『弁証法で、知識は進歩する。よって人間は新しい知恵を手に入れるには、間違いを知らなくてはいけない。』
 これは安っぽい哲学。全共闘のいう弁証法とは、マルクスの共産主義の『弁証法』をさすらしい。あれは、確か、まずは『知る』 → 『それを否定する』 → 『新しい知識を手に入れる』、とこんなもののようだった。私は、この論理は間違いと確認した後、記憶しなかった。
 科学では、新しい法則は『帰納』によって得られる。科学の発展は、常に、自然現象の帰納、帰納、帰納だ。たとえば、ある法則を発見したとしよう。それは自然現象だ。たとえば、地中から電気をとりだす技術を開発した、とする。
 ある日、地面を触ると、びりっと電気が流れる感触があった。静電気ではなかった。それは地球を流れる電気だった。それを偶然、強く感じた。それ以来研究して、地中から大量の電気を取り出せるようになった、としよう。
 彼は、新しい発見をした。が、それまで彼は地面から電気を取り出せないとは思ってなかった。というわけで、新しい知識を得ても、何もそれまでの考えを否定するものはなかった。彼は弁証法に反するわけだ。そして、新しい知恵を手に入れた。何も間違えずに。
 科学法則というものは、自然現象に、共通するパターンをみつければよい。ただそれだけで、いくらでも見つけることができる。よって、科学の発展はある意味、帰納のみによって支えられる。そして、その新しい法則が、それまでの科学の体系の中でどこに位置するかを探る。そして、分岐をつけたす。これを『分化』という。
 科学の発展は、帰納で、法則を知る。そして、体系の枝先で、『分化』して完了する。たまに体系どうしをあわせる『統合』がある。そのようにして発展する。これが、ヘーゲル示した学問の発展だ。それが正しい。科学の発展は『分化』によって達成される。自然を見て、共通のパターンをとらえる。それが科学の発展となる。そう考えるのが、理性的な人の態度だ。

 あの『弁証法』ではどうなるか? 新しい事実が発見されたら、それまでの考えが一部否定される。それは、弁証法における否定、つまり、『間違いを知る』ことなのだろう。だが、厳密には、新しい事実が登場した時点で、その者は新しい知恵を手に入れている。その後に、従来の考えを否定する。つまり、弁証法ではこうなる。
 最初の考え方 → 新しい知恵(例外事象) → 最初の考えの否定 → 新しい知恵を受け入れる。
 自分の考えを否定する前に、新しい知恵を得ている。科学の発展では、より多くがこのパターンである。なぜなら、例外事象が発生した時点で、それは新しい領域がそのまま出現したことになるからだ。科学では、その時点で、新理論の登場(単独の事例であっても、すぐに法則になると考える)なのだ。

では、もう一度、あの安っぽい弁証法をみてみよう。

 最初のやり方 → ゆきづまる → 新しい知恵を求める。
 これは、科学とは少し違う。これは、べたな方法論だ。今までのやり方が通じなくなった。それで代替を求める。その程度のことだ。失敗は成功の母のほうがよい。これは多くの場合は、従来のやり方がゆきづまる前に、新しいより効率的な方法を採用する。現代は特にそうだ。
 コンピューターはそうだ。その問題が明らかになる前に、よりよいものが登場する。世の中、それが失敗する前に、新しい事実や発見がある。それが大量に押し寄せてくる。たとえば、日本人がアメリカに住んだら、その新しい生活文化に直面する。日々、みたことがないものの連続。それで、本人は自分の間違いを一つずつ確認することなく、それらを受け入れ、学ぶ。いちいち、間違いに気づくことは、さほど重大ではない。

 自然の中に生きていると、たいていそうだ。子供を育てる時も、発見ばかりだ。自分の考えを修正するのは後回しだ。こちらが、学問の習得だ。現在の人類の進歩のあり方だ。
よって、人は自分の間違いを知らなくても、新しい知恵を手に入れる。古い弁証法が適用できるのは、一部に限られている。こういう安く半分はインチキな弁証法のようなことを得意になって言うのは、学問の発展、人の成長、意識の発展の本当のところが見えていないのである。この弁証法を使う人は局部しかみてなく、科学の精神がわかっていない。

本日の被害
 また不可解な症状が出る
 深夜、早朝に、鼻が詰まった。しかも、早朝にその後、起きた。起こされたのだろう。これは珍しい。鼻はいくら詰まっていて、睡眠中に通るようになる。
 思うに、寝ている時に、鼻に何か薬剤を入れたのだろう。それで、鼻が詰まった。それを確認するために、電波で起こしたと思える。アカが起こすのは、通常は、かなりひどい針刺しをして、そのチェックのためだ。そちらかもしれない。
 朝、口の中、唇の近く、右側が切られていた。何か、睡眠中に噴霧するようで、私の顔から肩にかけて、毎日ぬるぬるして、気持ち悪い。おなかあたりは、まったく汚れてないのに。それで、朝シャワーすることになる。
 昨日、右目の眼球が内側奥が、大きく腫れてふくらんでいた。目の内側がかゆいのではなく、痛いのである。これも、花粉症に似せるため、アカが針で傷つけた類だ。
 私は、侵入を防止した日に、この手の被害がまったくなくなったことがある。その日から治る。よほどひどくやられている。
 
コメント

日共は安倍政権に一部賛成している 発達心理 解説2 20世紀は社会思想の時代 社会組織成長論の完成

2015-03-10 10:32:08 | 発達心理
こんにちは 朝は晴れたが、今は雪が降っている。たまげた。

 室内にいると鼻がむずむずしてかなわない。正直、自分の部屋だけそうなる。外出して、自然の中にいて、花粉にさらされると、おさまる。不思議だろう? これはなんという症状だろうか? わかれば、私ほど裏に通じている人。

 実は日本共産党は安倍政権に一部賛成している
 つぶさに公約を調べると、違った事実が浮かびあがる。日共は、政府にすべて反対しているように世間を洗脳するが、それは大きな間違いだ。安倍政権と同じことを言う。いや、安倍政権の政策をかなりぱくっている。安倍政見に従属しているかのようだ。

 たとえば、安倍政見は給料をあげようと、労働団体に働きかける。それは産業界の賛同を得て、効果をあげている。日共も同じことを言う。しかし、こちらは効果はない。非現実的な政策が、自給千円など多いためだ。

 安倍政権は、米価を下げないように公約で農家に配慮している。日本共産党もなぜか、同じように公約で米価を下げないようにする、と言う。自民党は元来農家の支持に支えられてきた。農家を軽蔑して、工場労働者ばかり目を向けてきた日共が何を今更、と思うが、どうやら自民党の政策をまるごと写したようだ。

 他にもいろいろあったが、今度調べて書くことにしよう。安倍政権がこれらの政策を実現したら、それは自民党のお手柄だ。それは勘違いしないでほしい。

発達心理 解説2 20世紀は社会思想の時代 社会組織成長論の完成 
 
課題 年齢(才) 世紀 思想、特徴
↑点  35-39 36-40 原子論、ブロックのような宇宙論
↑直線 30-34 31-35  文、音楽
↑平面 25-29 26-30  絵、写真、
↑空間 21-24 21-25 建築物、都市空間、  
↑社会 18-20 19-21 社会論 経営学 社会組織論
↑理性 16-17 17-18  理性、デカルト、経験主義、カント、ヘーゲル
↑運動 12-14 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教,ルネサンス、足利文化的
↑感覚 9-11  8,9-12  貴族 平安時代
↑?? 6-8 6-8 王 奈良時代
↑?? 3-5   
↑?? 0-2才         気質の形成

3, 20世紀の変化は社会組織論で記述できる
 20世紀は社会思想が世界を動かした。これをどう理論づければよいか? 私は経営学を学んだ。そして、企業の組織成長論も理解した。それは企業だけでなく、国家や宗教組織など、社会組織全般にもあてはまる。すべて同じ成長過程をたどる。それをつらつらと見ていて気づいた。大学3-4年生の頃だったと思う。組織形態の変化と20世紀の世界構造の変化が一致する、と。

社会組織成長論   世界の構造変化

↑ 5,集団組織 地域主義    1990~
↑ 4,官僚組織 世界官僚体制 1970~
↑ 3,分権的な組織 民族主義と国家自治 1950~
↑ 2,集権的組織 集権国家の台頭 1930~
↑ 1,創業期 組合クラブの勃興 1910~

 組織形態が同じだ。いろんな時代のブームがある。権力者が問題を解決すると思われた1940年頃、民族の独立が世界を新たに作りなおせると希望がわいた1950-70年。専門的なグループ発生しはじめた1970年。国家は地域ごとにまとまることが突然始まった1990年代。これらは世界の流れ、経営のブーム(新しい組織形態を行う企業が出現した)であり、社会の構造的な問題を解決できると人々の希望となったものだ。これら20世紀の歴史は社会組織成長論が示す枠組み、そのものだった。

 このようにして、私は20世紀の社会変化の法則をつきとめた。そして、1992年に卒論で『社会組織の時代』とまとめた。この頃に、私はうまく理解者をみつけておけば、数年後には、この論文を内実あるものに仕上げ、発表していただろう。時代の寵児となっていたかも。

4, 社会組織成長論の完成
 私はラリー・グレイナーが1972年に発表した『組織ライフサイクル理論』が緻密だと思った。他にも様々あるが、これが合理的で、最も完成されていた。

 段階 成長要因    危機           組織形態

第1段階 創造性による成長 リーダーシップの危機  原初組織
第2段階 指揮による成長 自主性の危機       集権的な組織
第3段階 権限委譲による成長 コントロールの危機 分権的な組織(事業部制組織)
第4段階 調整による成長 形式主義の危機      官僚組織
第5段階 協働による成長 新たな危機        集団制組織(分社)
(グレイナーの理論より )

 細かい説明は省く。
 上の理論は企業を研究して得られたものだ。第5段階では、企業は、集団グループを作る。具体的には、『分社』する。企業グループをたくさん作る。しかし、そうなった組織形態が最終形とは思えない。グレイナーも集団どうしの軋轢があり、この組織は疲弊すると、考えていた。だから、より上の段階があるはず、と私は考えた。

 最近ではさらに、企業組織は進化している。『プロジェクト型組織』、『コラボレーションの組織』がある。先にコラボレーションが流行った。それは2000年代だと思う。芸術家が個人どうし集まり、共同企画をたちあげる。それは維持費などかからずに効率がよかった。終われば、解散する。企業も、似たような制度を作ったのが、プロジェクト型組織だ。企画ごとに参加メンバーを募り、活動する。それが終わると、また解散して、元の職場に戻る。

 私はこの組織形態が、第6番目の段階と考えた。これは、個人を単独で独立させている。それは小集団体制とは異なるからだ。個人ごとに独立して活動する。個人主義的な組織である。これを付け加えたのが、私の理論だ。

 段階 成長原理 リーダー    組織形態         危機 
1 創造性    創造性      原初        リーダーシップ
2 指揮系統  命令・一人    集権的な組織      自主性の
3 権限委譲 自主独立、自治  分権的(事業部制) コントロールの
4 調整     専門家      官僚組織     形式主義の
5 協働   多能化、ジェネラリスト 集団(分社) 適性の  
6 適性    独立した個人   個人単位(コラボ型、プロジェクト型)

 これで組織論は完成するはずだ。というのは、個人以上に組織を分割できないからだ。このようにして、私は、社会組織成長論を最終段階まで、描いた。しかし、まだ中身は詳しくできていない。

地球人教育 
 本日は体調が悪いため休憩。

 本日の被害
 鼻水が大量に出るし、鼻がむずむずする。家の中だけ。自分の部屋で特に。外出すると、治るから、これは花粉症ではない。馬鹿なやつだけ、これを花粉症という。
 鼻の中にどんな薬剤を入れられたか。アルカリの粉石鹸の一種らしい。液体ではない。"青いほこり(細かい繊維)"に付着している。液体でないのは、液体だとべとつくから乾燥させなくてはいけない。手間がかかる。それに、空気中を舞わない。
 ぞうきんを買ってこよう。

どうも、PC机に何か薬剤を散布されたようだ。それで、PC机に座ると、症状が悪化する。机をふいたら、だいぶよくなった。治った。すべて、電波犯罪の症状になるのは、種もしかけもある。ただ、電波だけで症状を引き起こしているのではない。電波は筋肉痛いの症状しか起こせない。その応用くらいだ。そのほかは弱い症状だ。たいていは、物理的な処置がなされている。
 目が針か何かで傷つけられたり、鼻が傷つけられて、何か飲まされて、それでやっと症状がひどくなる。

アカはやりたい放題である。しかし、そのつけは毎日彼らが払っているように思える。アカは自業自得なのだが、なぜか私より損害を受けてもアカはやめない。犯罪の常習性は怖い。何が生活をよくするか。もう彼らは本来の正常な判断ができなくなっている。私のところにきて、悪さして、得する者はもう誰もいないのだから。

 私は海外のメディア、日本のメディアには犯罪組織を実名で告発している。メールではかまわないのだ。だが、ここには書きづらい。いわゆる裁判所の裁判官が認めるような証拠不十分だから。とはいえ、犯人は18年前からわかりきっている。共産主義を信じる連中である。
コメント

発達心理と精神 課題一覧、敗戦と戦争を混同するな 地球人教育-地球という惑星

2015-03-07 11:40:10 | 発達心理
こんにちは
 曇り。最近、天気悪い。まっさんをみていて、思いついた。

 敗戦(まけいくさ)と戦争を混同してはいけない
 最近の戦争ドラマや戦争観は、遺族の考えばかり押し付ける。「生きて帰って来い。」 あきあきだ。その後に戦争反対と続ける。それは違うのだ。戦争に負けたから、あんな惨めでかわいそうなことになった。戦争反対者の恐怖は、負けることの恐れであって、それは戦争そのものへの恐れではない。
 勝っていたら、将兵は喜びに満ちて帰ってきた。国も国民あげて祝杯だ。軍事力の重要性をいささかも疑いはしなかっただろう。
 負けたから、制空権を奪われ、国土にまで攻め込まれ、空襲に遭った。米国の小型飛行機が地上に銃撃するのを許してしまった。ただこの点を強調して、戦争を知ってるという輩は、何も本当の戦争を知らないこと、批判してあげよう。まだ子供だったくせに、と。すべては、敗戦のみじめさだ。しかも占領され、賠償金もとられた。そういう負ける戦争はしてはいけない。
 負け戦は避けねばならない。戦争は勝たなくてはいけない。これこそが真実だ。しかし、いつまでも敗戦国気分ではいけない。第二次大戦で勝った国が、えらそうなことを言い、日本からお金をむしりとろうとすることは、許してはいけない。

発達心理と精神 乳幼児期の発達心理
 昨日は発達心理の疑問に答えた。今日は、下記の理論を完成させるために、なすべきこと。課題を列挙する。
 
課題 年齢(才) 世紀 思想、特徴
↑点  35-39 36-40 原子論、ブロックのような宇宙論
↑直線 30-34 31-35  文、音楽
↑平面 25-29 26-30  絵、写真、
↑空間 21-24 21-25 建築物、都市空間、  
↑社会 18-20 19-21 社会論 経営学 社会組織論
↑理性 16-17 17-18  理性、デカルト、経験主義、カント、ヘーゲル
↑運動 12-14 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教,ルネサンス、足利文化的
↑感覚 9-11  8,9-12  貴族 平安時代
↑?? 6-8 6-8 王 奈良時代
↑?? 3-5   
↑?? 0-3才         気質の形成

発達心理論、完成への課題

発達心理
1,15才から「理性」探求というのは、私の体験のみ。データ不足。調査を実施しよう。
2,「社会」の前が理性。その証明が不十分だ。思想史はそれでよくても、発達心理でも直にに明らかにする。
3,18才から「社会」というのは、私の体験と、大学生が社会活動をしたがる、というもののみでは、データ不足。統計をとろう。
4,12才から「運動」というのは、12世紀の武家政治からの判断。他にも理由が必要。
5,9才から「感覚」というのは、精神タイプから決めた。根拠不足。思想史、発達心理で説明が必要。
6,発達心理で一段階が三年、25才以後が一段階五年というのは、21世紀あたりが根拠不足、そのほかも理由が不足。

思想史
1,1910-2030年の社会成長論は、段階ごとの特徴的な社会現象をもっと集める
2,発達課題を解決するのは世界共通の現象だといる根拠をもっと集める
3,社会期前半は、もっと明確に。細かい段階も示したい
4,理性期後半は、カント・ヘーゲルが外的な理性ということの説明を充実させる。
5,理性期前半は、思想をもっと詳細に区分する。
6,知性期は、「知性」と「運動」と、発達課題はどちらだろう。その根拠を集める。
7,知性期前半は、なぜ思想は神学か。その根拠をみつけよ。
感覚期は、もっと詳しく。
8,1-9世紀までは、段階と発達課題を明らかにせよ。
9,主導原理は各段階は、はっきりさせる。

思想史と発達心理
1, 一致と不一致を列挙する。

精神の成長度別分類
1,どの段階がどんな精神か。もっと類型を増やす。
2,特に、知性期は大勢いるから、詳しく行う。
3,成長停止のメカニズムは詳しく。
4,次元との関係を明確に。九次元ははっきりしていない。
5,脳部位から、次元の特定法も開発する。(意外と簡単にできる)

 以上のような課題がまだ残っている。私一人ではできないかもしれない。協力者を募って完成させたい。

地球人教育 惑星-地球
 宇宙の中で、地球はどこにあるか。およそ見えた。はしのほうだった。では、地球はどんな特徴がある惑星か? 今日はそれを学習しよう。

 大きさ、重さ、面積
 地球は、直径(赤道)が1万2千7百万kmだ。重さが、6×10の21乗トンで、6兆トンの10億倍だ。地球がこの大きさで、かなり重いおかげで、この人間に慣れ親しんだ重力だ。表面積は、5億平方キロメートルだ。そんなに広くはない。

 もし、もっと大きければ、地球は広いが、体は重くなっていた。地球が狭いと感じる人は、もっと大きな惑星だったら、よかったわけだ。

 気温
 世界の平均気温は14度だ。寒くもなく、暖かくもなく。生物がすむにはちょうどよい温度だ。
 地球の気温は、太陽からの距離と温室効果ガスで決まる。「大気中に水蒸気、二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスがないと、-19度になる。」という。
 太陽からの距離は、大事だ。太陽からの距離で、生命発生に適している水がある惑星となる範囲を「ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)」という。それは太陽系内では0.97-1.39AUの距離だ。地球のみとされる。火星は太陽からの光が弱い。地球より内側の金星は強い。
 このハビタブルゾーンは、他の太陽系では、10%くらいにそんな惑星をもつ、という。私の記憶では。一昔は、生命の発生率をとことん低くするおばかな計算式があった。それは今では間違いとされる。
 銀河系内は2000-4000億の恒星がある。そのうち、10%に生命の住むとすると、200億の惑星に生物がいる。そのうち、人類のような知性が出現する可能性は何パーセントだろうか? そんなに少なくないはずだ。人類が異星人に出会うのも、そう遠くないようだ。

 自転、公転、潮汐力
 太陽の公転面から、23度26度傾く。それで太陽を公転する。そのため、地球には四季がある。地球は自転している。大きな月がある。それで潮汐力が大きくなる。そのため、地球は稀な星となった。
 月による大きな潮汐力があるため、大陸プレートは活発に移動する。マントルも対流する。そして、火山があちこちで噴火する。地震が発生する。山が形成された。火山により、鉱床が形成された。
 もし潮汐力が小さいと、山がなく、平地のみだったろう。そして、火星のように巨大な火山がいくつかある惑星となっていただろう。そんな星では、鉱物資源もない。
 地球の自然は、山が多い。島もある。そのため、多くの固有種が誕生した。月のおかげで、多様な自然と豊富な生命を宿すことができた。
 もし月がなければ、どこも平地の退屈で、つまらない惑星となっていただろう。

 我々が住む地球が美しく豊かな自然があるのは、大きな月のためだ。銀河系内でも誇れる美しい惑星である。

 
本日の被害
 鼻の中に傷が朝についていた。赤い傷。それから、目の内側にも赤い傷があった。睡眠中に刺される。これでわずかな刺激でも、痛むようにされている。それで擬似花粉症。これで、一日中、不調。この被害は、一日三万円ほど。慰謝料が10-30万円。

コメント

発達心理と精神 疑問にこたえる 地球人教育-宇宙・銀河・太陽系

2015-03-06 12:00:32 | 発達心理
こんにちは
 晴れ。ハイポ(酸性)の粉を鼻の中に入れ、中和すると、鼻水がとたんに止まった。アルカリ剤による刺激、というのがぴたり的中。

発達心理と精神 疑問にこたえる
 昨日、乳幼児期の発達心理は、各段階の課題を明らかにすべき、と提案。乳幼児期はかなり研究されている。が、大きな枠組みがない。また詳しい段階も明らかになってない。そこも究明したい。
 さて、今日は、私の発達心理論について、説明すべき点をまとめる。
 
課題 年齢(才) 世紀 思想、特徴
↑点  35-39 36-40 原子論、ブロックのような宇宙論
↑直線 30-34 31-35  文、音楽
↑平面 25-29 26-30  絵、写真、
↑空間 21-24 21-25 建築物、都市空間、  
↑社会 18-20 19-21 社会論 経営学 社会組織論
↑理性 16-17 17-18  理性、デカルト、経験主義、カント、ヘーゲル
↑運動 12-14 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教,ルネサンス、足利文化的
↑感覚 9-11  8,9-12  貴族 平安時代
↑?? 6-8 6-8 王 奈良時代
↑?? 3-5   
↑?? 0-3才         気質の形成

 新しい発達心理論の疑問に答える。

段階説を使う理由は何?
 知性、理性、社会と年齢ごとに関心が異なったからだ。
青年期の段階を三年とする理由は何?
 運動(知性)の期間が12-14才。理性の期間が15-17才と三年だったからだ。これで20才以下をあてはめると、うまくいったため。
 理性の段階はなぜ15-17才か?
 私の体験で15才で視野が変わったからだ。私は自分の感覚、志向には敏感だった。他にも、高校に入ると中学とは明らかに生徒の志向がかわる感じがしたため。これは統計をとると、いずれ明らかになる。
 18-20才は本当に社会を探求するか?
 大学生は、社会運動にのめりこむ。哲学にはとらわれない。自由を求める。社会運動をしたがる。高校生の時は弱い。が、大学卒業すると、社会運動よりも、何か物づくりなどしたくなるようだ。
 12-14才のテーマは力か?
 中学になると、すぐに腕力を使いたがる。特に男子は。知性とも考える人がいる。が、力を見極める時期と考えたほうが、よい。
 9-11才のテーマは感覚か?
 これは思想史からわりだしたものだ。感覚的というのは当たっているだろう。この年齢は知識をひけらかせる時期ではない。感受性がよい子供はいる。
 21-24才のテーマは空間か?
 「建設の時代」だ。しかし、物づくりもそうだ。建築、都市づくり。空間における生物の役割など、この年齢では知りたがる。

一つの段階を前半と後半に分けた理由は?
 前半は、内化。後半は外化とするとうまくその違いを説明できた。後半は、実践的だ。その段階の新しい視点で外世界を作り直す。ルネッサンスや20世紀の社会運動がその典型だった。前半は、内面をその観点で充実させることが課題。そのため、あまり積極的に行動しない。

人類の成長も個人の発達心理が一致する理由は?
 どちらも、武力→理性→社会、というテーマを追いかけた時期があったからだ。そこから仮説にした。人類は、紀元前など古い歴史がある。が、人は受精以前はない。正確に対応させにくい。

20世紀の成長を社会組織成長論で説明した理由は?
 まず世界の構造(組織形態)や流行(社会運動)に着目した。はっきりしていることは、40年頃に集権・独裁的な組織が台頭。その後、分権化して植民地の民族が独立している。その後は、西側はG7で世界を管理した。ソ連は巨大な官僚機構で東欧世界を支配した。それが官僚的だった。そして、それが終わると集団的に活動するような地域主義が発生する。これら構造変化をまとめると、集権→分権→官僚的→集団的となった。
 この成長が、組織成長論の組織形態の変化と一致したからだ。

理性の段階を デカルトからヘーゲルとした理由。
 日本では西洋の歴史はあまり伝わってこない。哲学史といっても、思想家を説明するだけのが多い。しかし、キリスト教史を見ると、「理性」を追い求める時代、「自由」を論じる時代と当時の思想の影響が詳しくある。そういうものからも、判断した。

理性の段階で、カントを後半とした理由
 実践理性を彼は記した。純粋な理性だけでは、不足していたからだろう。実践とは、行動にうつすことで、外世界を変えるための論だ。それは後半の課題(外化)だ。

知性の時代は、なぜ発達課題が「力」か?
 正確には運動だろう。知性前は、感覚を統合する段階だった。よって、この段階では、人間の運動を追求する段階だ。感覚は、そのまま見たものを説明しなくてはいけない。が、行動する時は、右にゆく、左にゆく、など、運動を記すものだけでよい。行動=プログラムを言葉にすると、「猫は歩く」と二語ですむ。これを感覚で説明すると、猫が歩く映像を流さなくてはいけない。この時代に、人は、PCプログラムのような思考を獲得するのである。それが知性(言葉)である。この段階の人は、よって、正確には知的であるというよりも、プログラム的思考を好むというべきだろう。

知性の時代はなぜ哲学が不作か?
 この時代はストア哲学だった。哲学は貧弱だった。この段階は行動論を好む。それはPCプログラムで、ソフトウェアだ。それは、実用極まりない。哲学みたいな純粋な概念を求めない。ただどう行動すべきか。そういうことを延々と探求していたようだ。

暗黒の中世とルネサンスを同一の段階とする理由は?
 日本ではその年代は、中世末期は鎌倉時代。ルネサンスは室町幕府の時代。どちらも武家の時代で、同じだ。ただ内向きか、外向きか、という違いだ。ヨーロッパはよく、当時の風潮がを知らないが、武力はやはり強く支配していたのではないか。哲学として、ルネサンス頃に、理性的であることを人々は求めていなかった。よって、それ以前なのだ。

 以上だ。十分な説明ではまだない、としても、このアプローチで歴史を体系化すると、人類の成長プロセスを正しく理解することができるだろう。

 地球人教育 宇宙・銀河系・太陽系・地球
 今日からは地球人教育を考える。私は頭の中で長い間構想していた。これから人類は世界を管理する。だが、日本人は、日本のことしか考えられない。世界の問題を教えるところは少ない。地球市民として教えるものは偏向しており、中国や北の危険性を隠そうとする。それでは世界では通用しない人間となる。

 地球を管理するための視点を集める。よって世界管理論と呼ぶべきものだ。正直、世界中のエリートはこういうものは大学生の時か、社会人となってシンクタンクか大学で学ぶ。この手の本はたくさん出ている。ただ、地域の利害を強調する。バランスのよいものが、あまりない。
 日本人はそういうものにあまりに疎い。それで、ここで作ってみようと思った。

 1,地球の位置づけ 2,地球の歴史 3,世界の問題など順に。
 1,地球の位置づけ
 地球は宇宙の中で、どういう惑星か。それを知らないと、地球こそが宇宙の何か一番優れた星と思い上がったり、地球は孤立した星と思ったり、地球について自由に楽しく考えられない。その視点を提供する。
 2, 地球の歴史
 人類は、地球にとってどういう存在か? 生物の中ではどういう位置づけか? そういうことを記す。人類は、初期だとも説明する。
 3, 世界の問題
 よく知られている問題を記す。

 細かいことは追い追い決めてゆくつもりだ。

 では、まずは (WIKIのデータを使う)

 第一章の一 宇宙の中の地球
 地球は、宇宙のどこにあるのか? 宇宙の中でどんな星なのか考察しよう。

 宇宙の広さ
 宇宙は広い。どこまで広いのか? 現在わかっているのは、その大きさは450億光年だ。天文学者が赤方偏移から計算したそうだ。1光年とは光が1年に進む距離だ。光は1秒に30万km進む。太陽まで8秒くらいだったかな。その??倍だ。大きいなあ。

 銀河系10万光年の直径、隣のアンドロメダ銀河まで250万光年。そう考えると、そのわずか2万倍なので、そんなに大きな気はしない。アンドロメダまで遠いって? 隣のような気がするよ。

 地球は宇宙の中でどのあたりにあるのか? 中心部ではないだろう。中心部ならもっと、銀河系が密集しているはずだ。銀河系の周辺は、かすかすだから、宇宙の周辺部だろう。つまり、我々、地球人は銀河系とともに、宇宙の辺境にいる。宇宙の中心部の生命でなくて、残念だな。

 宇宙の年齢
 我々が住む宇宙は何歳だろう? 宇宙マイクロ波背景放射によると、137億年か138億年である。ずいぶん年寄りだ。地球は45億歳だ。その三倍の年齢だそうだ。結構、老けていない。宇宙はビッグバンで誕生したというのが、現代の説だ。最初は点だったそうだ。

 この宇宙は、わずか一つではなく、たくさん宇宙があるという。だから、その中の一つだそうだ。この宇宙の外に出たら、もっと古い宇宙に出会える。

一章二 銀河系
 地球は銀河系の中の一つの惑星だ。銀河系について知ろう。この銀河系は、渦巻き銀河とされていたが、最近は棒渦巻き銀河と思われているそうだ。中心には、巨大ブラックホールがある。
 銀河系の中心は、いて座Aの方向だ。その年齢は129億年だ。もっとも古い星は130-140億歳という。銀河系の中には2000-4000億の恒星がある。直径は10万光年だ。
 銀河系は渦をまいている。4本の渦状腕がある。それぞれ、名前がある。ペルセウス腕、じょうぎ・白鳥腕、南十字腕、竜骨腕だ。地球が入っているのは、オリオン腕だ。
 太陽は、オリオン腕で、銀河系中心から8光年離れた局所恒星間雲にある。

 銀河系は、アンドロメダと三角座銀河を含む局部銀河群(35個の銀河がある)の一つだ。それはおとめ座超銀河団の一部だ。
 銀河系より、アンドロメダのほうが大きい。マゼラン星雲は直径2万光年で小さい。その他、マゼラン雲、りゅうこつ座、竜座、いて座などの矮小銀河はもっと小さい。

 地球は運良く、大きな銀河系の一員だ。仲間の星が2000億もある。しかし、中心から離れた辺境にある。中心のほうだと星間物質が多いから、隕石のあめあられ。地球周辺は比較的少ない。その点、宇宙の環境はたまにしか隕石は落下せず、平穏である。

 太陽系
 太陽と8つの惑星からなる。惑星は、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星。冥王星は準惑星。

 時間がなくて、短くなった。
 
 地球
 地球の特色は、運良く、生命がすむ星、ということだ。大きな衛星がある。これは重要で、そのため潮汐力が生じる。それで、マントルの対流が活発。大陸プレートが移動する。地震や火山が多くなる。そのため、地下資源が豊富だ。ダイヤモンドもとれる。造山運動が盛んで、山がたくさんある。地球の自然が、特に美しいのは、月のおかげである。
 地球の資源が豊富なのも、動植物が多様なのも、あのおおきなお月さまのおかげである。

 後半は時間がなくて、さっと書いて、大事なデータを示せなかった。


 今朝の被害
 最近は、夜に目の周辺が突然痛む。電波でそんな作用を起こすらしい。
 昨日は、干していた毛布は、一度はたいて粉を出ないようにした。が、帰宅して、再び、毛布を触ると、朝に干したときの倍くらいの粉が出た。私がいない時に、まかれたようだ。その粉塵は、均一した粉塵で、何かの粉と細かい針状のものが混ぜられたものだ。何かがわからない。黄砂は、黄色いがそれではない。灰色から紫がかっている。
 粉塵を数種類、混ぜられたものだ。空気中にはとんでないものだ。花粉でもない。
 これを吸い込むと、粉洗剤を吸い込んだように、鼻の中で溶けて、それが原因で鼻が刺激されて、鼻水が出る。鼻を洗い、薬剤の粒がとれるとすぐにおさまる。それがとれないと、長く苦しめられる。それはアルカリ剤である。酸性のものを吸い込むと、症状はとたんにおさまる。洗剤でアルカリ剤は? 何だろう。
 ハイポを、粉にして、鼻にいれると、とたんになおる。別に果汁でもよい。
 鼻の中を傷つけて、アルカリ剤と洗剤で刺激する。毎年の手口である。
 これが花粉症ではない。その証拠に、私は杉の下にいっても、多田にゆくときに何度も通るが、花粉症の黄色い粉がよく飛ぶが、そこで症状が悪化しない。これは確認ずみである。だが、室内に入ると、症状がひどくなる。花粉ではなく、室内の粉塵が原因なのだ。これは、室内の化学物質過敏症でもない。なぜなら、私が住む家は建築後25年くらいは経過しているからだ。灰色か紫色の粉塵。それはどこからくるのだろうか?
 PM2.5ではない。なぜなら、私は窓をずっとしめきっているからだ。これでアカの仕業とわかる。擬似花粉症である。
 正直、この時期、被害者の中で、花粉症に似た症状を起こす人は、それがアカの行った傷害(鼻と目を針で傷つけて、刺激性の粉塵を室内に入れて、吸い込んだ症状、さらに電波で刺激して悪化させられる類)と気づかなくてはいけない。
コメント

発達心理と精神 発達心理表で人類の未来を予測する

2015-03-04 11:45:55 | 発達心理
こんにちは 大阪は曇り。なかなか晴れない。

今日は、被害のせいで体調悪し。あまり書けないから短めにする。

 左派ニュースは、左翼より薄いが・・・ 
下品な左派テレビニュースに嫌がらせされた気分もある。あの金平の時と何もかわってない。電波犯罪を知ってて、報道しなかった罪は永遠に記録され、それはまもなく問われる。皆知っていることだ。
 報道にいる者は、たいてい素人だ。新しい問題に直面しては、理解できなくて、悩んでいる。素人の証。専門家というのは、それを長年研究したきた人たちだ。報道人が詳しいのは政治報道くらいだ。報道のプロは学者ではない。いつも解説に専門家を使う。それに彼らの意見・アイデアはすべて専門家からきている。それをいくつか聞いて、素人判断しているにすぎない。あまりキャスターに語らせないほうがよい。マルチな解説者は教育者だが、プロではない。人が専門家に追いつくには、10年かかる。


発達心理と精神 発達心理表で人類の未来を予測する
 昨日は、21才以後の課題を記した。40才頃まで、およその課題はみつけられる。今日は、それを使って、人類の未来を明らかにする方法について記したい。
 
課題 年齢(才) 世紀 思想、特徴
↑点  35-40 36-40 原子論、ブロックのような宇宙論
↑直線 30-34 31-35  文、音楽
↑平面 25-29 26-30  絵、写真、
↑空間 21-24 21-25 建築物、都市空間、  
↑社会 19-20 19-21 社会論 経営学 社会組織論
↑理性 16-17 17-18  理性、デカルト、経験主義、カント、ヘーゲル
↑運動 12-14 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教,ルネサンス、足利文化的
↑感覚 5-11   5-11   王、貴族 

 発達心理は人類の地図
 発達心理は、個人の年齢ごとの課題を明らかにする。人類も同じように発達心理をもつ。それは今までの説明で明らかにした。そして両者の発達心理は、ほぼ同一である。課題は同じ。しかも順序まで同じ。似た関心をもち、それを解決するべく行動する。

しかし、違いはある。個人の1年が、人類にとってはおよそ百年である。人類のほうは、必ずその段階の課題を解決しなくてはいけない。が、個人は、必ずしもそれを解決しなくてもよい。人類は、その課題を解決すべく、大勢の人が挑む。が、個人は、特に、内面の欲求に気づかない人もいる。若干の違いはあるにしても、そう大きなものではない。

 人類と個人の成長過程はほぼ同一なのだ。よって、個人のそれを明らかにすると、人類のそれも明らかにできる。つまり、それは、人類の未来を描けるということだ。

 人類は何世紀くらいまで描けるだろう?
 人の寿命はおよそ80-90才だ。90才までの発達心理は、そう長くないうちに解明できる。すると、人の1年は人類の100年だから、約9000年まで明らかにできる。現在は、西暦2000年。現在は20才頃の課題と同じ。よって、7000年後までだろう。

 人の発達心理を詳細に解明すると、人類の7000年後までは、課題や主導理念などを明らかにできる。なぜなら、人類は発達心理に則って、成長するから。それで、発達心理は、人類の地図なのである。

 目前には、21世紀の課題が待ち受けている。「社会」制度を2030年までに確立して、「空間」の探求へと転換する。しかし、具体的にはどういうことか。それはまだ研究が始まったばかりなので、そう多くのことはいえない。しかし、それは研究さえすれば、明らかになる。

 未来がわからない時代は、これからはなくなる。人類は成長の謎を解明した。発達心理の法則を手に入れたのだから。

 感覚期の前半の説明は、今度。調査する時間がとれとなかった。
コメント

発達心理と精神 大学2-3年(19-20才)の心理 道徳教育法 同じ

2015-03-02 12:01:46 | 発達心理
こんにちは 大阪は晴れ

 軽い頭痛。今週はアカにひどくやられている。
 共産ストーカーに私の理論の価値などわからない。が、私が共産理論を否定していることは、彼らも理解したようだ。あんな幼稚で間違いだらけなのを見下せなくて、信じるのはよほど知性が劣る。ここは、そんな弱い頭の人物は読まない保守のブログだ。どんどん書いてゆく。言論の侵害に対して、私は屈しない。そのため、私はあまり頭が働かない。軽くしあげる。

発達心理と精神 大学2-3年(19-20才)の心理
 大学生の心理を解き明かす。彼らは「社会」に関心をもつ。18才頃は、社会の仕組みを学ぶ。19-20才は積極的に社会活動を行うようになる。グループに属したがる。今日は後期を明らかにしよう。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
 空間者 21-24  空間 21-24   空間
↑空間者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑社会性後期 19-20 社会活動 20  社会 経営学 社会組織論
↑社会性前期 18-19 社会学習 19  社会 社会論
↑理性後期 16-17 外的理性 18  理性、カント、ヘーゲル
↑理性前期 15-16 内的理性 17-18  理性、デカルト、経験主義
↑運動者後期 13-14 外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑運動者前期 12-13 内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 表が大きくなった。人は感覚→運動→理性→社会→空間とテーマをあげる。各段階は前半と後半がある。前半は、自己の(内的な)確立。後半は外世界を対象とする。

 18才から人は社会に関心をもつ。それは19才と少しまで続く。それまでは社会活動には億劫だ。が、19才からは社会活動の実践に入る。彼らはどんどんクラブや社会活動を始め、熱中する。

 はじまりと終わり
 発達心理の年齢は、前半は18才から19才の誕生前日か、19才三ヶ月まで。後半は、19才の誕生日か19才4ヶ月からはじまる。終わりは21才頃としよう。
 人類の思想は、はじまりは、1910年か1930年とする。終わりは2030年だ。これは社会組織論でつきとめた。

 各段階は?
 社会期の段階は、社会組織成長論に従う。

段階 課題 年度  組織形態 、世界の事象
↑六、個人 2010-2029 個人主義、コラボ   コラボ型組織
↑五、集団 1990-2009 集団・グループ、マルチ、分社 EU、地域経済圏
↑四、専門 1970-1989 官僚組織、単能工市民運動 G7,OPEC
↑三、分権 1950-1969 事業部制組織、民族主義
↑二、集権 1930-1949 集権組織、独裁国家, ドイツ、日本、ソ連
↑一、初期 1910-1929 組織やグループが誕生。

 よって、六段階があるはずだ。

 この年齢の発達心理
 私のケースから。19才は大学二年だ。下宿を始めた。大学では、経済学部だったが、大学一年で見切りをつけて、単位をとる分には学んだ。多くは経営学を学んでいた。組織論をして、最後には生産管理にゆきついた。それがもっとも経営学の難しい分野だった。この時期の探求は、組織論からはじめて、組織の目標や目標の管理などを学び、裁量・権限を知る。そして、組織構造が変化することも、知る。それから、実用的な生産管理は最後頃に学ぶ。経営学は、金をもうけることが書かれ、純粋な学問になりえてない。が、そういうものを捨象して、社会の法則を理解する。産業論や国家論も大切だ。これをしないと、小さな組織(企業)しか理解しなくなる。

 発達心理では、まずは組織に入りたがる。それから誰かの命令に従って活動することを好む。そして、仕事を任せてもらいたくなる。そして、専門家のような顔をする。それからはマルチの才能を発揮する。もしくは分社して、事業をまるごと任されることを望む。しかし、その後は組織に属することに疲れ、個人行動に走る。自分が興味をもったことには集まる。この年齢の青年はこの順に心が揺れる。
 六段階とすると、2-4ヶ月ごとに彼らの志向は変わる。

 実際に20世紀の思想は?
 この段階は、20世紀の思想に対応する。どんなものがあったか?
 この時代の哲学は、社会学や経営学という専門分野で中心に発達した。「思想」や「哲学」は、明確な理論はない。これは、数学を文字で表すと読みにくいし、奇妙なものになるように、「社会」そのものを思想・哲学用語では分析できなかったからだ。それが構造主義やポスト構造主義である。

 自由主義 (リバタリアニズム)
フリードリヒ・ハイエク 1899-1992年 経済学者 反共主義
 社会主義

 実存主義
マルティン・ハイデッガー 1889-1976年 「存在と時間」 志向 道具
カール・ヤスパース 1882-1969年 精神科医 超越

 構造主義
ジークムント・フロイト 1856-1939年 精神科医 心理学の父
ミシェル・フーコー 1926-1984年 知と権力の関係

 ポスト構造主義
ジャック・デリダ 1930-2004年 哲学者

 この時代は、社会イデオロギーの時代であり、哲学よりも社会思想(社会学のこと)が人々の心をとらえ、世界を動かした。それを表現した哲学者はいない。心理学はフロイトによって、目をみはるべき発展があった。それまでは心理について合理的に考えられる者はいなかった。哲学は不作である。この時代のイデオロギーを代表してはいない。

 まとめ
 この時期は、実践が中心だ。家に閉じ込めないで、社会活動をさせる。それが身につきやすい。彼らはそれで、内的な欲求を満たし、充実する。上の思想は必要がない。社会論がよい。

 道徳教育法 大学2-3回生の心理
 大学1年では、社会活動には積極的にはならなかった。が、この年齢からは積極的に取り組みだす。クラブ活動には参加させて、組織のかかわりを体験させる。また、頭のよい人物、思想がすきな者には、経営学を教える。

 社会の目標とは何か? どうすれば各人が共有するか? どんな目標なら共有するか。そういうことは経営学にしかない。また組織の命令の意味、自由の意味、権限・自由裁量などは、会社を考える上でとても大切だ。それは知らなくてはいけない。「所有」という古い観点だけでは、社会は分析できない、と知る。これが共産主義に対するウィルスとなる。

 簡単に。共同で所有する、つまり共有とは何か。権限を全員に持たせること。しかし、組織は一人のトップが権限をもつ。それを分散させることはできない、と知る。共有財産は、ひとたびそれが国家など組織になると、国家の独占になる、と。共産革命後、国有化して、個人や企業の所有をとりあげたら、独裁国家になったのは、必然である、と。共産理論は簡単に否定される。

 また資本主義と社会主義の違いも、権限で考えると簡単に。企業や個人に活動の自由(権限)を与えるのが資本主義。それを一切しないで、国家一人にのみ権限を集めるのが社会主義、とわかる。社会主義では自由(権限)が国民ないのは、当然である、と。社会主義は、よって、その体制では、永遠に個人を縛るため、永遠に悪である。

 資本主義の後に、社会主義がくる、という論が間違いなのは、権限で考えるとすぐにわかる。つまり、それは、資本主義がゆきづまると、個人やグループ活動を禁止して、ある日、国家が独占してそれを行うことを意味するからだ。そういう後退は、今後起きないからだ。それは独裁国家への転落であり、理想とも思えないからだ。

 もし、理想的な社会があるとしたら、それは現在の企業や個人の活動の自由を保障した上で、よりよい国になるのだろう。それは誰でもわかる。それは未来の資本主義の体制なのだ。

 反共のためには、社会の仕組みをよく知るためには、特に「権限」や「自由裁量」を教えなくてはいけない。大学では、左翼の誘惑がある。それらに入って、過激派の一員にならないようにするためには、ぜひとも必要だ。

 それまで社会の仕組みを勉強していた。大学二年からは、その社会活動に参画させる。それが、彼らの欲求である。
コメント

発達心理と精神 18才の心理 政府の新聞とテレビ局がほしい

2015-02-28 11:25:20 | 発達心理
こんにちは 大阪は晴れ
 いい気持ちだ。スマトラではなく、2/27はインドネシアのフローレス海でM7。惜しかったな。

政府の新聞とテレビ局がほしい
 政府を非難する新聞・テレビがたくさんあるのに、政府はそれをしっかりと説明していないように思える。首相の発言、官房長官のコメント、記者会見はある。が、わかりやすく解説してくれない。また法律の改正による変更など。

 官庁がそれぞれ官報を出してはいる。ばらばらだ。それらを全部集めるのはたいへんだ。統一的によく解説されたものがない。

 政府の発行の本はいくつかある。それは詳しすぎる。もっと要約してわかりやすくしなくては。政府の日々の動向を伝えるものもいる。

 政府が作ったに等しい公共NHKはある。しかし、なぜか、NHKは政府のテレビ局であるはずなのに、「政府の意向を報道することはいけない。」、という。これはおかしい。国営放送は、国の立場を説明するメディアだからだ。NHKはほぼ国営だが、国営でないなら、民間なのか? それなら国が保護する必要はないではないか。

 イギリスには国営放送はある。国営放送は、国営放送らしく、国の政策をしっかりと国民に説明すべきである。国営でないならば、NHKは国から見離され、独自に資金を集めるべきだ。民間があるから、国営もあってよい。国の政策をしっかりと説明する公共テレビがほしい。

 新聞は、政府が何を行っているか。毎日、もっと大きな紙面でまとめて、伝えるものが必要だ。政府の新聞は、日本政府が説明責任を果たすためには是非ともいる。国営新聞は、中国にもロシアにもある。北朝鮮にもある。私が知らないだけで、他の自由で民主主義的な国にもあるだろう。国営の新聞を禁じる法律などないからだ。

 中国の人民日報は悪いのか? 北朝鮮の新聞は悪いのか? ロシアのプラウダ?は悪いのか? イギリスのBBCは悪いのか? どれも政府の立場を十分に説明しているだろう。

 政府を批判する民間の新聞社はある。彼らのいくつかは国の方針でないものを社是として、イデオロギーに走り、国とは異なる視点でそれを国民に伝える。そんなものが氾濫したら、国の意図は正しく国民に伝わらない。政府の立場を説明するれっきとした国の新聞も必要である。

 私の提案は、必ず国営の新聞とテレビ局は日本に作らなければいけない、というものだ。戦後何十年もそんな当たり前のこともできなかった日本は、おかしい。20年以内に実現せよ。まずはしょぼい官報は統合して、会見をまとめたような内容にしてはじめよう。


 発達心理と精神 大学1年(18才)の心理
 青年期のという発達心理上の謎を埋めている。青年期はモラトリアムという中途半端なものしかなかった。が、発達心理だ。それは遺伝子に組み込まれたものだ。もっと合理的な体系でなくては。エリクソンの発達心理モデルを改良したものが、私の理論である。

 前回は理性期後半を説明した。高校生は合理主義だと理解した。なんでも法則を求める。不合理なものだと途端に拒絶する彼らの心情を説明した。今日は、大学生1-2年(18才頃)の心理である。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑社会性後期 19  社会 20  社会 経営学 社会組織論
↑社会性前期 18   社会 19  社会 社会論
↑単純理性後期 16-17 外的理性 18  理性、カント、ヘーゲル
↑単純理性前期 15-16 内的理性 17-18  理性、デカルト、経験主義
↑知性者後期 13-14  外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑知性者前期 12-13  内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 社会性の段階
 高校生は理性を探求していた。18才の大学生になると青年は突然、社会に関心をもつ。最初は、見ているだけだが、一年もたつと社会活動に目覚める。大学生は社会活動に熱中しやすい。そして、すぐに冷める。18-19,20才の年代は、社会を探求する時期のようだ。

 思想のはじまりと終わり
 私は当初、社会性の開始時期を20世紀初頭としていた。しかし、理性を完成させたヘーゲルがなくなったのが1833年だ。つまり、理性はその頃、19世紀に完成した。19世紀にテーマは「理性」から「社会」に移った、と考えるのが妥当だ。19世紀は、社会論が多く台頭したからだ。よって、社会期のはじまりは1830年頃としよう。終わりは、社会組織が終わる2030年頃だ。200年だ。

 社会期は、1830-2030年頃 200年間だ。

 社会期の前半は?
 社会期の後半、社会組織の時代で、1910年頃から2030年だ。前半はそれ以前とする。それは1830-1910年だ。この時代は、人々は社会活動に積極的ではなかった。一部にそういう者はいたが、国家全体では多くの人々はあまり社会活動をしなかった。先端の人々は、社会論を語ることにあけくれていた。どんな思想があるか?

 社会期の前半の哲学
 哲学はこの時代は不作だった。社会論はたくさん生じた。功利主義は、道具が役立つを強調する。理性の時代では哲学的な人、大学の先生が最高の人物とされた。が、この頃は、社会的な活動家こそが立派、政治家が偉大と思われるようになった。この段階の人は、あまり行動的ではない。実践には関心が薄いためだ。

功利主義
ジェレミ・ベンサム(1748 - 1832年) 功利主義 快楽や幸福をもたらす行為が善、最大多数個人の最大幸福。
ジェームズ・ミル(1773-1836年) 功利主義  経済学
ジョン・スチュアート・ミル(1806-1873年) 功利主義 自由論 権力の強制

実用主義 プラグマティズム

実存主義
ランケ 1795-1886年 歴史学。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 1844-1900年 逆説。超越者。みるべきものはない。
キルケゴール 1813-1855年 不安の概念

社会学者
エミール・デュルケーム 1858- 1917年
マックス・ヴェーバー(1864年-1920年) 社会学者、経済学者
アルトゥル・ショーペンハウアー(1788-1860年) 仏教の西洋への導入。
マルクス(1818-1883) 狂気の社会論 労働者 社会主義

 社会期前半の課程
 理性期の完成する頃、宇宙には理性が満ちていることを気づく。それ以降、すべての物質に、理性(生命)が備わっている、と感じる。前半は内的な完成が課題で、実践的ではない。

 彼ら万物に宿る意思は単独で生きている。アミニズム的な世界観だ。が、彼らは動かないし、経験しないと高度にならない。万物は、何か生き物である。それが世界に無数に存在する。自分は、そんな物質=生き物に囲まれている。彼らがよりよい生活をすること、が課題となる。

 各段階は、感覚→運動→理性→社会→空間と進む
 まずは、自分が人間関係で五感的に快適であることを目指す。もっとも自分が幸福であるにはどうあればよいか?
 次に、自分が他人との力関係・運動面で自由であることを知る。自分はどういう社会関係を作ればよいか。社会的な圧力や、自由の制限(物理的な制約)を考える。行動で制限されない、という自由の概念が高まる。
 次に、自分と他者との法則・法律など理性的な関係を知る。理性とはこの段階では法律や法則である。言論の制限、法律の制限などが考慮される。自分はどんな法律の制約を受けているか。それを解き放つには。
 次に 自分と他者との社会的な関係を知る。地位関係、上下関係、社会階層など。大人と子供、親と子など。国家と個人、集団と個人。身分制度、契約関係(雇用)が不合理で人々の自由な活動を妨げていると気づく。
 次に、自分と他者との空間的な関係を知る。このとき、社会空間はしだいに大きくなり、無限に広がる。すべては、社会的な能力をもつ、と気づく。

 そして、世界のすべての物質(人)は社会的な一員である、と気づく。自分はその一人と気づく。だが、まったく社会関係がゼロである、とも気づく。その社会的な関係を満ちさせることが、次の課題(後半)となる。これで実践に入る。

このようにして、この段階の人は、社会活動を観察しはじめて、社会はどういう仕組みで動くのか、その原理を知ってゆく。

道徳教育法 大学生(18才)の心理

上でみたように、18才になると、社会とは何かを探求しはじめる。契約、法律、制度に興味をもつ。自由を求めはじめる。だが、最初の頃は、人の話を聞いている。自分からは進んで行動しない。彼らはまだ自己内部に、社会的な自己を形成する期間だからだ。

高校生と大学生の自由の意味とはまったく異なる。高校生は、不合理なことを強要しないで、合理的な行動をさせてくださいという要求だ。大学生は社会的な制限をするな、という要求なのだ。高校生にとっていやな大人とは、不合理を強要する人物で、不合理の醜い塊にみえる。大学生にとって悪い大人とは、社会的な制限を課す人物で、悪しき圧力の原因にみえる。

正確にこの期間は、18才から19才3ヶ月か、18才のみかは大事だ。大学二年でもおとなしくて、大学二年の夏にならないと、活発にならないのか。その差だから。

 この期間は、社会論、社会のメカニズムを教え込む。小中高でも公民教育はある。が、それはざっと知識として身につけさせても、内容を実感して理解しない。が、この段階では、社会論を貪欲に吸収する。それをしないで、遊ばせるのはおかしい。

 ゆがんだ社会論(共産主義)は教えても、現代ではもう理解しない。インチキだと知っているため。私の場合は、ミクロ経済学はすぐに理解できた。が、マクロ経済学はだいぶかかった。簡単な社会論からしだいに難しいものにしてゆくことが大切だ。

 最初はミクロ経済学。それから法学などだ。その後は、経営学を簡単なものから教えてゆく。社会論は、経営学にしか理論的なものはない。理論を教えないと、記憶や知識のつめこみとなる。それでは理解したとはいえない。

 この段階では、自治や個人の自由はさほど大切ではない。それは標語程度には理解する。実践は関心が弱いためだ。この段階は、社会論を学習させる。
コメント

発達心理と精神 高校2-3年(16-17才)の心理 道徳教育法- 同じ

2015-02-27 11:48:18 | 発達心理
こんにちは 大阪は晴れ
 やっと晴れた。

 発達心理と精神 高校2-3年(16-17才)の心理
 高校生の発達心理を書いている。意外と、彼らは理屈にあうことを好むことがみえた。彼らは感情や熱意で指導すればよい、というのは間違い。発達心理では、理性的に合理的に導くことが正解だ。やってみればよい。効果てきめんのはず。

 なぜなら、彼らには理性的なもの以外は眼中にないから。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間、
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑複雑理性者 18-20  社会 20-21  社会、経営学、社会論
↑単純理性後期 16-17 外的理性 18-19  理性、カント、ヘーゲル
↑単純理性前期 15-16 内的理性 17-19  理性、デカルト、経験主義
↑知性者後期 13-14  外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑知性者前期 12-13  内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 青年期の精神課題を明らかにしている。それが私のテーマなのだ。前回は高1-2年前半の心理をみた。内向的で、合理的なものを好んだ。今日は、理性期後半の課題をみる。

 前半は、内面の充実。後半は、外界の認識を獲得する時期とする。

私は、自分の欲求には敏感だった。この時期は、突然、思想を読み出した。古代の思想にはじまり、ソクラテス、ソポクレス劇、ギリシア哲学、プラトン、アリストテレスをよみふけった。実際、人類の思想史をたどることは高校二年の課題だろう。自然と読みたくなった。知りたくなった。そして、読んでいるうちは、心が満たされていた。それは発達課題を解決することができていたからだと思われる。この哲学好きは、ストア哲学はあまり入らずに、デカルト、カント、ヘーゲルと続いて、後は社会思想や現代思想は適当にして、宗教へとゆき、18才になると消えた。

 これが発達課題の正しい解決法だろう。外部の理性を認識することとしては、妥当な認識の発展か? また近代哲学と一致するか。それを検証する。

 後半の哲学はドイツ観念論のカントからヘーゲルまでとする。1750-1900年のおよそ150-180年間だ。

イマヌエル・カント(1724-1804年) 純粋・実践理性批判、判断力批判
 難解で読みづらいのだが、理性を確立したといえる。また悟性、感性などで外界と理性の関係も明らかにした。彼は理性という内面だけを論じてなく、道徳や倫理、自然などの現象を考察した。
「その出発点にはカント哲学によって開かれた超越論的自我とその働きによる世界の把握がある」WIKI ドイツ観念論より

ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(1762-1814年)
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・シェリング(1775-1854年)
「フィヒテの絶対的自我の立場の盲点ともいえる「自然」という問題をも体系に取り入れ、自然を自我(精神)の超越論的前史としたフリードリヒ・シェリング」WIKI ドイツ観念論より

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832年) 作家

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831年)
 精神現象学は、精神の発展を記す。論理学は理性そのものをあらわす学問ではある。彼は学問や体系を作ろうとした。理性は、発展すると何か学問のような体系になる、ことを明らかにした。

 ヘーゲルが1830年頃になくなったとすると、理性期は1600-1830年かもしれない。1830-1910年は社会期の前期とみなせなくもない。ここは再考に値する。

 理性の認識
 理性が外世界を感じるときは、どのように課題もつ?

 外世界の感覚的なものを理性化する (五感、自然を理性的にとらえる)→ 外世界の運動を理性的にとらえる。(運動法則、等速運動、加速運動、放物線を意識しやすい、バイクに乗りたがる理由) → 外世界の理性を理性化する (法則的なものに興味をもつ。つまり学問や人の言葉に関心がゆく。)、論理学の誕生 → 社会的なものを理性化する → 空間的なものを理性化する

 解説
 理性化するとは、そこに法則・公理をみつけだすこと。人は、感覚、力・運動、理性、社会と順番に関心をもつ。各段階は、簡単なものから複雑なものへと関心が移る。感覚期では、皮膚感覚、視覚、聴覚など五感だ。その感覚神経において合理化される。運動期では、体を運かす神経が鍛えられる。理性期は、論理的な思考が強化されるし、法則的なものを学ぶ。社会期では、通信や人間交流の技能が鍛えられる。

 この理性認識の発展と、当時の哲学や世相は一致するはずである。

 理性期後半の精神について
 この人物は100万人に一人の割合だ。私は理性期の人物は、数人知っているが、区別できない。理性的できっと、すべての面で明るい発想だろう。物事をわからない難しい、とすぐに言う無能ではない。

 理性期は16-17才の精神
 これは、道徳教育法で論じる。高校生が何を感じ、何を欲しているか。まずは哲学を学ばせる。それで満足する。なにしろ心からほしがるものを与えてるのだから。また世界のさまざまな法則的な物事を感動的に体験させ、理解させることも、大切である。彼らが喜ぶのはそれ以外にはないのだから。

 道徳教育法 高校後半の心理
 高校生(15-17才)は理性的なものを好む。その後半(16才の高2夏秋から17才)は、自然界、世界がいかに法則に満ちているかに関心をもつ。それを提供すると、彼らは熱中する。彼らは科学に一番興味をもってくれる時期である。なお不合理なものは、とことん嫌われるから、それを避けることが必要だ。高校生は後半になると、特に不合理なルールに従わない。

 ここは、私の体験がよい、と思う。フランスでは哲学は15-17才に教えはじめる。日本ではそうしない。16才の半ばから、思想を一年かけて教えよう。古代の思想から。彼らは、本来興味をもつ。いや、思想史にしか興味をもたない、といったほうがよいかもしれない。この頃に、発達心理上の課題(思想史で代替できる)を0才から追体験するのが、本人の課題だ。なぜなら、古代人の考えや、ギリシア人の考えを、合理的(法則的)に解釈しなおすこと。それが彼らの課題なのだから。

 科学を合理的に教えることも大切だ。できるだけ、よい優れた哲学のみを教える。悪い哲学とは、合理的とはいえないものだ。そういうものに興味をもたないため。また古い劇や小説も教えること。思想について、具体的に考える知恵が養われる。哲学をただ読むだけで、作者は当時起きたどんな社会現象・自然現象を問題にしているか、わかるほど優れた生徒はあまりいない。
 このようにして、思想史を一年かけて教えることで、本人の心の中にあるさまざまな考え方が、理性によって合理化され、書き換えられる。それこそが、彼らの課題である。
 なお、ヘーゲル以後は軽く教える。どうせ理解しない。マルクスなど似非理論は教えない。将来、テロリストにしない、国家破壊活動に従事させないためである。

 運動を理解させるために、バイクにあえて乗せる必要はない。ジェットコースーターや遊園地の遊具のアトラクションでよい。加速体験や減速体験は車でもよい。放物線は物を投げさせたらよい。本人を飛ばしてもよい。

 高校生後半は、あらゆる物事を理性的にとらえる。自身の成長とは、学問体系の発展(ヘーゲルはそういう説を出した。人類の精神の発展=学問の発展。よって個人の精神の成長も同じような形式となる)のようだ、と教えたい。本人の精神成長について、モデルを与えておくと、大人になってから迷わなくなるためだ。
 この時期、思想(初歩的な問題から、だんだんと難しい問題にいたる。)をとことん考えさせて、世界を合理的に考える心を養うのがよい。

 本日の被害
 PCに刺激性のほこりがあった。それが舞って、鼻から吸い込むと、鼻が極度にかゆくなった。これはアルカリ剤である。睡眠中に、眼と鼻はさされたようだ。口の中もだ。
コメント

発達心理と精神 理性期(15-17才) 道徳教育法 高校生前半

2015-02-26 12:05:15 | 発達心理
こんにちは 大阪は曇り
 今日は、2/25 M5.7 小笠原諸島だった。地震予知は一筋縄でいかない。一筋縄とは、筋を通すとお縄にかかる、という意味。どこをさすかは内緒。

 発達心理と精神 理性期(高校生)
 中学生の発達心理はおしまい。今日からは、高校生の発達心理を考察する。思想史と発達心理は一致する。その仮説から、明らかになる世界をすべて究明する。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間、
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑複雑理性者 18-20  社会 20-21  社会、経営学、社会論
↑単純理性後期 16-17 外的理性 18-19  理性、カント、ヘーゲル
↑単純理性前期 15-16 内的理性 17-19  理性、デカルト、経験主義
↑知性者後期 13-14  外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑知性者前期 12-13  内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 理性期のはじまり
 私は、15才でやっと理性的になり、自分らしくなった。霧が晴れた。年齢はよく覚えている。15才だ。孔子は、15にして立つ。自立する。精神が物質依存から独立する。フランスでは15才から思想を教える。
 哲学で理性を確信するのは近世だ。デカルトの「我思うゆえに我あり。」とひらめいた1617年頃。人類の1世紀が人間の1年としたが、若干ずれがあるようだ。もともと14世紀を14才の課題とする根拠はない。
 日本は1600年から江戸幕府の時代となり、足利からは決別した。人類において17世紀初頭は区切りである。理性のはじまりは1600年としてよい。

 この終わりは、ヘーゲルが批判され、みなが社会思想に興味をもつようになった1900年頃だ。つまり、300年。中間は1850年。前期は、その頃までとする。

 この段階の精神をもつ人は?
 精神は課題をこなさないと、そこで止まる。その後は、発達課題は意識するが、根源的に次の段階への精神は向上しない。知的タイプは、感覚的な人を見下す。が、本人は理性的ではない。なぜなら、主観や客観にこだわる。彼らは本人の感じ取れる世界。そのリアリティを脱してない。知性期で精神は止まった。

 理性期の精神では、すべてが理性=法則なので、本人の理性と外部の理性は区別されない。よって主観と客観はない。科学法則は、すべての物質に適用できる。そういう哲学をもつ人のみが、この段階の精神である。15才でこの精神に達するのは、10万-100万に1人で、ごくわずか。達観者といえる。貴重で社会の宝としたい。

 よってあまりに少数なので、この精神をもつ者達への言葉は減らす。それよりも、この段階の精神状態をよく示すことのほうが大事だ。なぜなら、発達課題として、誰もが体験するからである。

 理性期の思想とは?
 今回も前半と後半に分ける。後半の発達課題は、私は高校生の半ば以降に思想に関心を強くもったため、よく覚えている。前半は、精神は自由だったが、あまり記憶になく、よく覚えていない。哲学史から明らかにしよう。

 近世の哲学
 デカルトの合理主義とイギリスの経験論がある。

 大陸合理主義
ルネ・デカルト 1596-1650年 「我思うゆえに我あり」
 彼は、感覚(内部・外部)や知識など表象(観念)が不確かなものとした。しかし、自分は考えるので、残る、と考えた。そうやって純粋な自己を導きだした。
 次が大事。感覚によって本質はとらえられない。それで残るのは、数学・幾何学的な知である、という。それだけが世界にある。

wikiのデカルトによると
「物体に関わる感覚的条件(熱い、甘い、臭いetc.)は物体が感覚器官を触発することによって与えられる。なにものかが与えられるためには、与えるものがまずもって存在しなければならないから、物体は存在することが確認される。しかし、存在するからといって、方法的懐疑によって一旦退けられた感覚によってその本質を理解することはできない。純粋な数学・幾何学的な知のみが外在としての物体と対応する。このことから、後述する機械論的世界観が生まれる。」

 このようにして、およそ自己は純粋な数学・幾何学=法則で理性となった。高校生の倫理にはもっと易しく書かれているから、それを参考にしてもよい。

バールーフ・デ・スピノザ wikiより 1632-1677年 『エチカ』
 スピノザの汎神論は、神の人格を徹底的に棄却し、理性の検証に耐えうる合理的な自然論

ゴットフリート・ライプニッツ 1646- 1716年 単子論
スピノザは自然が神だとして、科学法則=神のような現代の世界観を作った。
ニコラ・ド・マルブランシュ 1638-1715年 すべての物質に神をみる

イギリス経験論
フランシス・ベーコン 1561-1626年 経験論 帰納法
 ベーコンによって、いかに人は理性を獲得するか。法則を知るために帰納。経験して、帰納して得られる、ことが明らかになった。

ジョン・ロック 1632-1704年)
WIKI 経験論より
「ロックは、人間は観念を生まれつき持っているという生得説を批判して観念は経験を通して得られると主張し、いわば人間は生まれた時は「タブラ・ラサ」(白紙)であり、経験によって知識が書き込まれる、と主張した」

 近代哲学のまとめ
 デカルトが、人間は理性(数理法則)とした。ジョン・ロックがその理性を発展させる方法を明らかにした。ニュートンが微分積分を開発したのも重要だ。経験は微分(個別の要素を取り除いて、平均値にする)によって法則になるからだ。

 理性の発展は以下とする
 自分が理性であると自覚 → 感覚の理性化 内的な感覚、皮膚、暑い、寒い、視野、におい、→ 知性・運動の理性化、手足の運動の合理主義的な理解、体の動きの理性 → 知性の理性の後期で、外部の運動の理性化、つまり、これが機械論的な世界観だ。 → 社会の理性化 → 空間から無限に。 →ブレイクスルー→ 外部理性の認識

 説明
 理性期は前期と後期がある。前期は、自己内の理性の確立。後期は外界のそれだ。今回は、前期を解説する。
 まずはデカルトのように自分が理性存在と自覚する。脳の電気信号による認識が"自己"なので、科学的に正しい。それをデカルトはぼんやり悟った。その後は、感覚を合理的に解釈する期間がある。その次は、運動や知識を理論や法則として理解する。その前半では内的なもの。後半では外的なもの。この段階で、機械論的な世界観を知る。社会を理論的にとらえる。

 フランス人権宣言(1789年)は、理性的に社会を考えた思想の一つと位置づけられる。このように、しだいに何もかも世界のあらゆるものが合理的に理解されるようになった。

 まとめ
 理性前期の人の精神は以下である。自分はすべては理性である。合理的な説明しか納得しない。なおあまり行動的ではない。ただ暗くはなく、明るい。この段階の精神にいたった人は、知性のまやかしをすべて見抜かなくてはいけないから、とても賢い。しかも、なんでも合理的にとらえている。話す言葉に一般性がある。

 道徳教育法 高校生前半
 発達心理から、高校生の前半(15-16才前半)の精神が明らかになった。彼らは、理性的なものを志向する。中学まで世界の運動を知ることが課題だった。これからは、世界の法則・理性を知ることが課題だ。彼らが嫌がるのは、中途半端で、地方しか通じないような特殊な考え方だ。数学やコンピューターは好む。

 高校生に入ったばかりの生徒には、理性に目覚めたばかりだ。こういうべきだろう。ただし4月生まれの15才になった人だけが、すぐにそれを納得してくれる。早生まれは15才になった頃に、その言葉の意味を知る。

 「君たちの脳は、コンピューターと同じ電気信号だ。そのパターンだ。君の考えも、感覚も、運動も、神経という電子回路で動いている。」

 「世界中の法則がある。君たちは、それを学び、身に着けていかなくてはいけない。」

 彼らは、特に理論的な物事を好むから、それを明るく示すのがよい。ただ、内的な感覚や内的な運動神経を合理化することが、課題なので、活発ではないだろう。

ここは三段階ある。単純に5ヶ月ほどに分けよう
 感覚の合理化 15-15才4ヵ月 自己の理性、理性による感覚の統御
 力の合理化 15才5-9ヵ月  運動を理性的にコントロールする
 社会の合理化 15才10ヵ月-16才3ヵ月 社会・宇宙を理性的にみつめる

 そんな課題をもつ。理性的な人が好かれることは、確認したい。なお、この期間は私はあまり覚えてないから、詳しくはかけない。合理的な行動を好むことは確かである。

 本日の被害
 鼻の内部をさされた。電波で刺激されると、鼻がかゆくなり、鼻水が出る。また室内に、鼻を刺激するものが噴霧されていた。眼もさされて、やや痛む。また突然、体が重たくなり、圧迫感が強くなる時がある。強い電波がきたらしい。
コメント

発達心理と精神 知性期後期 道徳教育法-中学生の発達心理

2015-02-25 12:04:00 | 発達心理
こんにちは 大阪は曇り
 今日は、2/17と同じ地磁気パターンなら、東北で強い地震。私はスマトラ派だけど。どっちかだろう。

 哲学の歴史を考えていると、毎日の政治ニュースに一喜一憂するのは、テレビにはりつきすぎにみえる。

 発達心理と精神 知性期後期
 昨日は知性前期を見分けた。そんな暗めの精神をもつ人はいる。今日は、もっと高等な人たち、知性後期の哲学、中2,中3の精神、そこで精神が固まった知的で明るい人の特徴を調べる。

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間、
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑複雑理性者 18-20  社会 20-21  社会、経営学、社会論
↑単純理性後期 16-17 外的理性 18-19  理性、カント、ヘーゲル
↑単純理性前期 15-16 内的理性 17-19  理性、デカルト、経験主義
↑知性者後期 13-14  外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑知性者前期 12-13  内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 知性後期とは、室町幕府が始まった1336年以降をさす。また終わりはデカルトの自我の目覚めが起きた1600年頃。江戸時代の1600年頃前とする。

 知性期後期  1330 - 1600年  300年間だ。

 どういう人々がこの段階の精神か?
 知的な人だ。が、正義がどうのこうのと自己中心的な世界を作りたがるタイプではない。外部の理性や知性について、物分かりがよく明るいものを好む。人文(人間)主義的である。いわゆる健全な知性をもち、哲学にそう歪みがない人は、この段階の精神をもつ。目は白く輝く傾向がある。

 中2の夏-中3の精神とは
 この段階は、13-14才(中2-3)の精神に対応する。15才で高1になると、理性を探求する。その前の精神だ。また知性前期(中1,12-13才)の精神でもない。彼ら若者は、何に関心をもち、どんな課題を探求しているのだろうか?

 誤解しないでほしいこと
 社会の探求を発達課題とした20世紀は、社会改革ばかりをしたわけではない。科学や工業技術も発展させ、芸術も表現した。人間は総合的な文化を開花させる。その段階は、特定の課題をもつとしても、感覚、知性、理性、社会だけでなく、あらゆる面で認識を拡大させる。ここでは発達課題を中心に論じるが、その他の面でも発達する。

 知性期の発達課題の整理

 前期は、「力の探求」を探求した。
 一つの力 → 持続力(長距離走) → 複雑な力(踊り、コンビネーションジャブ) → 完全、精密、完璧をめざす(力の比較、効率、正義) → 自己が力で満ちる (最終段階)→ 自分より強く大きな力 → 外部の力 (突破)

 後期も同じように、「外部の力」を探求する。
 外に自分と同等の力の発見(人、象、猫、ねずみ)→ 複数の力、自分より大きな・小さな力 → 多数の力、絡み合う力 → グループの力、大きな力の中に小さな力 → 全体的な力 自然の力 → 地球の力、宇宙の力、無限 → 力の統一(ブレイクスルー)

 力の認識は、以上のように発展するだろう。

 具体的に何を人は考察するか?
 それは哲学を調べ明らかにする。年代は、1330-1600年頃だ。この期間の哲学から、認識の発展をつきとめる。ルネッサンスで、人文主義の時代だ。この期間の哲学者は以下だ(wikiより)。

14世紀前半
パドヴァのマルシリウス(1275- 1342年) ストア哲学 政治思想 人民の法()
ジャン・ビュリダン(1295年頃 - 1358年) 中世の哲学 科学の走り 慣性
オッカムのウィリアム(1285年 - 1347年 ) 中世の哲学 神の光がなくても、人間には科学的な思考が可能。

14世紀後半
ニコル・オレーム(1323-1382年) 中世の哲学 科学の走り、自然主義
フランチェスコ・ペトラルカ(1304-1374年) 人文主義、古文の再興
ジョヴァンニ・ボッカッチョ(1313-1375年) 人間主義

15世紀
マルシリオ・フィチーノ(1433-1499年) 理性と知性 魔術
ジョヴァンニ・ピーコ・デッラ・ミランドラ(1463-1494年) カバラ 自由意志、人間は小さな宇宙で、何から何まである。

16世紀
ニッコロ・マキャヴェッリ(1469-1527年) 軍事・政治
フランチェスコ・グイチャルディーニ (1483-1540年) 歴史家
トマス・モア(Thomas More、1478-1535年) ユートピア
ヒエロニムス 1466- 1536年
ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ 1533- 1592年 哲学者。エセー。正義への懐疑。
ジョルダーノ・ブルーノ(1548- 1600年 宇宙は有限でなく無限。地動説。
マルティン・ルター(1483- 1546年) 神でなく人のイエスに従う?

 どうやら後期は、300年もあり、簡単ではないらしい。

14世紀
 前半はストア哲学や信仰を排除する。オッカムは神がなくても思考できることを説いた。ジャン・ビュリダンは科学的な態度を強めた。前半に中世からの脱皮した。後半には、人文主義がしだいに強まった。

15世紀
 不思議なことに、カバラなど魔術が入り込む。科学が起きつつあった時代に。この段階は、ダビンチ(1452- 1519年)が現れ、個人の技術は高まった。ラファエロ・サンティ(1483- 1520年)

16世紀
 この段階では、マキャベリが軍事論を述べ、ユートピアなど社会改革の案も出て、技術は、個人のものではなく、社会のものとなった感がある。社会論が多く出始める。ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564年)。

 大きく世紀ごとに3段階あるようだ。14世紀は、人文主義の素朴なものが目立つから、外部の力を感じ取る時期とする。15世紀は、個人の力を行使する事(技術)や思想が高まった時期とする。16世紀は社会的集団の技術や思想が高まった時期とする。

 まとめ
 この段階は外部の力を認識する。それは、三段階あるようだ。1,見て、触って、聞いて、外界の「力」を感覚で測定する時期。2,個人の力を行使する時期(技術を使いたがる) 3,集団の力を行使する時期(社会的な力を知る)。これらは13,14才の課題とする。
 人間には、知性者後期の人格は3タイプ(外の力を感じる派、個人で使いたがるタイプ、社会的な力を論じるのが好きなタイプ)いる、と今回は把握した。

 道徳教育法 13-14才の発達課題
 中学生は、自分でやりたがり、指導するとすぐに反抗する。扱いにくい。が、彼らの発達課題さえ知ると、適切に彼らの関心をみたせる。昨日は、12才から13才3ヶ月の課題を説明した。運動させたり、マニュアル通りに動作をさせたりする。力や運動を考えさせると。彼らの興味をひいた。

 今日は、13才4ヶ月から14才の発達課題を明らかにしたい。これは人類史と発達心理は一致する、という仮説から導けるものだ。理論的なものだ。検証は今後の課題だ。

 この段階の特徴。ルネッサンスと同じ精神をもつ。明るい物事を好み、人間主義(人文主義)だ。また力学を好む。破壊、軍事なども好む。腕力は使いたがる。スポーツも大好きである。

この段階は大きく3つにわかれる。約21ヶ月ある。それぞれ約7ヶ月としよう。よって

 知性期後期1 外部の力を感覚で知る 13才4-10ヶ月
 知性期後期2 個人の力を知る 13才11ヶ月-14才5ヶ月
知性期後期3 社会的な力を知る 14才6-11ヶ月

となる。

 知性期後期1 外部の力を感覚で知る
 この段階では、気楽な人文主義の小説を話してもよい。精神はその思想と一致するからだ。が、「力」に興味をもつから、それを刺激する。運動や力学を教えるのがよい。やぼったい制服は、この段階では脱ぎ捨てよう。この時期は、ファッションに走らせてもよい。学生服などやぼったいものを着せると、本人の精神発達に阻害する。

 知性期後期2 個人の力を知る
 この頃には、素朴な運動論では満足しなくなる。技能を教え込む。たとえば、剣道や囲碁(盤上の力学)など特にスポーツを教えると吸収が一番よい。絵画でもよいが、なんでも技能を教え込むとよく身につける。ただ人の話を聞いて、学ぶだけでは満足しない。だから、何か技能を教える。ルネサンスの時期なので、あらゆる技能は教えてよい。

  知性期後期3 社会的な力を知る
 この段階は、集団で何か物を作らせる。もしくは、個人のものを社会的に発表させる。社会の力関係などを教える。マキャベリのように武器や軍事や政治など、直接、国家が力を使うものにも興味をもつ。頭の中は、ルネサンスなので芸術にも強い興味をもつはずだ。ただ社会的な運動など本格的なものはしない。

 以上が、発達心理から明らかになる中学生の課題だ。それを満たすように、彼らの内面の成長を促そう。

 本日の被害
 左目が痛む。刺されたようだ。また急所も傷むときがある。そこもやられた。鼻の中も少しきられたようで、弱っている。

コメント

発達心理と精神 知性期前期2 日共はテロ政党?

2015-02-24 12:00:54 | 発達心理
こんにちは 大阪は曇り

 昨夜から今朝も暖かい。

 発達心理表を完成させるべく、中世の哲学を調べている。あまりめぼしい哲学がない。しかも神学がまざっているから、まぎらわしいことこの上ない。「純粋知性」は、どうやって確立されたのだろう。

 日本共産党はテロ政党なのか?
 2/19 京都府議会で維新の党の豊田貴志が「維新は京都の政治の新たな流れをつくるためにテロ政党とも評される共産党をストップさせるべく戦いを挑ませてもらう」と述べた。ヤフーニュースより。戦中、戦後しばらくは、共産党は暴力革命を遂行しており、テロ政党だった。が、現在は、そういう明確な事実はない。「元テロ政党」と「元」をつければ、なんら問題はなかった。発言を撤回しない豊田府議は、確固としたその証拠を握っているのだろうか。政治の裏を知る者たちの発言は、話題性が抜群だ。

 発達心理と精神 知性期前期
 昨日、知性を探求する者達の精神を明らかにしよう、と中世ストア哲学をみた。彼らは見て、聞いた世界の知識を捨てた。そして、知識や簡単な規則を求めだした。それ以後どうなるかのだろうか?

タイプ    年齢(才) 課題 世紀 思想、特徴
空間主義者 21-24  空間 21-24   空間、
↑全体理性者 20-21 電子 21    電子、インターネット的
↑複雑理性者 18-20  社会 20-21  社会、経営学、社会論
↑単純理性後期 16-17 外的理性 18-19  理性、カント、ヘーゲル
↑単純理性前期 15-16 内的理性 17-19  理性、デカルト、経験主義
↑知性者後期 13-14  外的力 13-16  ルネサンス以後、足利文化的
↑知性者前期 12-13  内的な力 13-16  ストア哲学、鎌倉仏教
↑感覚主義者 9-11   感性 9-11   貴族 
 感覚主義者 5-8   内感 5-8   王()

 知性の前期は何年までとすべきか?
 私はルネサンスで分けようと思っていた。が、ルネサンスがはじまった年がはっきりしない。哲学で区分しようと、試みた。
 ストア哲学は、13世紀は、規則や要約を好んでいた。日蓮のようにどれが一番よい宗規かを比べた。が、14世紀に入ると、実践が重んじられた。これはおそらく百年ほど続くのだろう。これだと、思索が求められた13世紀。実践の14世紀。1300年頃で区切るのがよい。しかし、ルネサンスはまだ始まったとははっきりいえない。

 鎌倉幕府と足利幕府は、はっきりと違う趣がある。質実剛健で地味な鎌倉時代はまるで西洋の中世のよう。京都で開花した足利時代の文化は、華やかでそれは、ルネサンスのよう。

鎌倉幕府 1192-1333年
室町幕府 1336-1573年

どうやら、1330年頃が区切りのようだ。ただし、政治体制が変わる年が、必ずしも時代の区切りではない。

14世紀の思想家は(WIKIより)

ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス 1266?-1308年 トマス・アクィナス後のスコラ学の正統な継承者。神学を人間を神への愛に導く実践的な学問
パドヴァのマルシリウス 1275-1343年
信仰と理性の分離を唱えた人々をアヴェロエス主義者
ニコル・オレーム 1323-1382年
ジャン・ビュリダン 1295 - 1358年
マイスタ・エックハルト 1260-1328年頃 無をとく
オッカムのウィリアム 1285-1347年

各人の思想が読めないから、詳細な段階までつきとめられない。
各思想家が亡くなる年が大事だ。中世は長生きしない。その頃に思想を書いたとみなす。この中で、無をといたマイスタ・エックハルトが重要である。「無」が必要とされるのは、その社会の流れの一つ(思想)が消滅する時期だからだ。彼がなくなる1328年手前に、一つの思想が消えたと解釈する。よって、前期の思想が消えたのは、1330年頃としてよいだろう。1330年は、何かの思想の変わり目ではある。大きな区分としてよいものかは今後の課題だ。

暫定的に前期は、日本の武家政治の変わり目から、西洋哲学も区切りがその頃にあったと思えるから、1330年に終わったとする。30年は中途半端だが、社会期が終わるのも、2030年だ。頃あいがよい。

 知性の前期の精神 1200-1330年 まとめ
 まずは、感覚的な知識を捨てる。そして、行動規則など簡単なものを好む。その後、しだいにその知識は、複雑になる。そして、どれがよいか、正しいかと、選びはじめる。一番よいものにこだわる時期がくる。
 この間は、探求にいそしむ。行動的ではない。暗いものを好む。感覚的で華美なものは、目に入らない。規則やマニュアル好きである。外の世界にはあまり関心をもたない。知識人で自分中心型の性格となる。
 またそれぞれの知識は、科学的な法則ではない。方法論としての規則なのだ。純粋な知性とは何かを探求する。実践的な面はある。が、弱い。また知識人なのに、腕力・武力を使いたがる。
 なお神を信仰するのが正しい。全共闘でこのタイプは神を捨てているが、本来は神を求める性格である。

 12-13才3ヶ月の発達課題
 感覚的なもの(芸術鑑賞、観光、映画)への関心は12才になると低くなる。この時期は、外部への関心は薄れる。「力」(運動認識)を探求する。その前期で、自分内部の運動認識を確立する。そのため、暗いものを好む。

 基本的に、運動に関心を示す。行動規則(校則・方法論・マニュアル)に関心が高い。単純な規則としては、校則に興味をもつ。だが、様々な規則を教えるべきだ。そして、複雑な規則をまたたくまに知る。よい規則と悪いものを区別する。よい行動規則だけに従う。この時、反抗心が強まる。子供は行動規則を納得しないと、受け入れない。
 マニュアルなどは覚えやすい。よって、規則に縛るよりも、マニュアル、一定の方法をさせることを好む。マニュアルに沿って行動するアルバイトはひかれる。行動順序が定まっているスポーツも同じで、喜んで行なう。
 物の製造は、マニュアルがあると、楽しんでする。プラモデル、ラジオの制作もよい。まずは簡単な物作りがよい。この時期は、スポーツは多くやらせる。運動が特に発達するからだ。
 13才までよく運動させる。スポーツさせる。マニュアルの動作を様々、実践させる。

 道徳教育法 上記にあるから短めに
 12才から13才3ヶ月までの発達課題を明らかにした。スポーツや行動規則(動作マニュアル)に強い関心を示す。
 世間では、中学生は反抗期とわかったつもりでいる。が、実際は、運動に関心が強く、自ら動いて体験したい欲求が強いだけ。他人に自分自身が動かされることは嫌う。自分で動くことが、この年齢の課題だからだ。
 この発達課題を理解すると、彼らの好む指導法も明らかとなる。彼らは命令されるのは、嫌う。が、自分で判断して、命令通りに動くことは、好むのである。アルバイトのマニュアルを彼らは嬉んでこなす。
 この年代の子供が、武器などを好むのは、「力」を探求しているからだ。このあたりも教師は理解しなくてはならない。「最も効果的に、~~(運動やその目的)するには、どう動くべきか? どういう補助器具が必要か?」 12-13才はいつも、こういうことに頭の中はいっぱいなのである。

 本日の被害
 右手の甲を刺された。また午前中に、強い電波を浴びると、体がだるくなる。体内に、薬物を入れられたらしい。 
 
コメント