続・KOOさんのENJOY LIFE

日々身のまわりに起こった出来事などへの思いを綴っています・・・・・ちょっときれいな写真と共に・・・

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難波近くの神社へスケッチに行って来ました。

2016年04月30日 17時06分55秒 | 日記

 境内にとてつもなく大きな獅子頭がある難波八阪神社へスケッチに行って来ました。難波八阪神社には巨大な獅子頭の獅子殿(獅子舞台)があります。高さ12m、幅7m、奥行き7mで昭和49年5月に本殿竣工と共に完成されました。難波八阪神社では昔から子供達の獅子舞が盛んで、それまでは仮設の舞台を建設していました。常設の舞台を造る際に「日本一の獅子頭を」と言うことで巨大な獅子頭が造られたのです。いかにも大阪らしい話で、舞台では雅楽や獅子舞など各種芸能が奉納されます。ちなみに目はライト、鼻はスピーカーの役割をしているそうです。今回はこの獅子頭のスケッチを行ないました。

以下、難波八阪神社のHomepageの文章を参考にした文章です。
 難波八阪神社の創建年月日など詳しい資料は残っていませんが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神でした。後三条天皇の延久(1069年から1073年)の頃から祇園牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りする古社として世間に知られていました。
 もとは神仏混淆でしたが、維新後、神仏分離により寺は廃絶し、明治5年(1872年)に郷社となりました。現在のご本殿は、昭和49年(1974年)5月に完成したものです。
 毎年1月の第3日曜日に行われている綱引神事は当社の御祭神、素盞嗚尊(すさのをのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、民衆の困苦を除かれた故事に基づき始められたと言われています。「摂津名所図絵」や「摂津名所図会大成」にも紹介されています。平成13年(2001年)には、大阪市で初めての無形民俗文化財に指定されました。


↑今日のスケッチの場所、難波八阪神社です。 鳥居の外に向かって獅子頭がものすごい形相で睨んでいます。
 
↑実際にこのポイントからスケッチしました。         ↑横から見ていると人を呑みこみそうです。

↑難波八阪神社の綱引き神事を描いた摂津名所図会「難波村 牛頭天王綱引」です。

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東大阪市水道局 上小阪配水場の「つつじ」を見てきました

2016年04月29日 17時04分46秒 | 日記

 東大阪市上下水道局では、「つつじ」の鑑賞と、上下水道事業についての理解を深めてもらうため、「つつじ」の開花時期にあわせて毎年 上小阪配水場「つつじ」の一般開放が行われます。場内には、今年で樹齢53年を迎える高さ約3mの赤やピンク、白など色鮮やかな「平戸つつじ」が、配水池の周囲約330mに、約1,500株植えられています。
 今日はこの「つつじ」の様子を見に上小阪配水場まで歩いてきました。行ってみると「つつじ」は既に最盛期は過ぎていました。上小阪浄水場は地上1階、地下深く、広大な水槽のある鉄筋コンクリート建ての設備です。これから半分ずつ耐震対策工事に入るため 来年は「つつじ」の一般公開は無いとのことでした。
 今日 歩いたコースは 拙宅⇒若江小学校前⇒巨摩交差点⇒布施工科高⇒上小阪配水場⇒近畿大・記念会館前⇒八戸ノ里公園⇒東大阪アリーナ⇒ユトリート東大阪⇒拙宅 でした。

↑上小阪配水池の屋上の西端から東を見た景色です。全体が緑に覆われ、一周330mに渡って、「つつじ」が植えられています。
 
↑災害時の給水設備等が展示されていました。         ↑「つつじ」の様子です。最盛期を過ぎていました。 
 
↑各種のマンホールの蓋が展示されていました。          ↑備蓄に使える「大阪の水」をもらいました。
 
↑東大阪市立総合体育館・東大阪アリーナです。         ↑空手大会が行われていました。
 
↑東大阪市立勤労市民センター・ユトリート東大阪です。 ↑中央環状線の中央分離帯に植えられた樹木です。

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今日も朝から 一日中雨でした

2016年04月28日 16時52分28秒 | 日記

 今日も朝から一日中雨でした。 「あいガード(登校児童・生徒の見守り)」の時刻も雨が降ったりやんだりしていました。ほんの少し雨のやんでいる合間に、家を出てきたWaさん(中3)が傘を持たずに歩いて来ましたが、小生の所を通過する時に 再び降り出していました。前にもそんなことがありました。その前にも。 その都度、「この傘を持って行き!」と自分がさしている傘をさし出していましたが、いつもは断っていたのに 今日は持って行ってくれました。 「いつ返したらいい?」 「明日は学校が休みだから、月曜日でいいよ。」
 このWaさんは学校のクラブ活動で水泳部だそうで、濡れるのは平気なんでしょうか。雨になった下校時に バスタオルを頭からかぶって帰ったことがあるそうです。小生は雨に濡れるのがイヤでほとんどの外出時に、小さな傘をバッグの隅に入れて持ち歩いています。 下に雨のやんだ合間に写した写真を4枚載せてみます。
 
↑雨に合間に「ギンヒョウモン」が飛んでいました。     ↑「ノイチゴ」の実がなり始めました。
 
↑この季節は色々な花が咲き、目を楽しませてくれます。  ↑「カタバミ」の花です。

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天気予報どおり午後から本降りの雨になりました。

2016年04月27日 18時10分43秒 | 日記

 親和会(地域老人会)で日帰りバス旅行を計画中ですが、旅行社から 3案届きました。団体旅行で重く負担がかかるのがバスの費用です。 メンバーの都合ですが トイレ付のバスを利用します。 朝(8時過ぎ)出発して 夕刻(18時前)のバス利用ですが 距離によってバス代がえらい違います。当たり前の話ですね。
 4月27日天気予報どおり午後から本降りの雨になりました。もう4月も月末や!と思いながら図書館から借りてきたポピュラー音楽のCDを聴いていました。 図書館のCD棚から適当にジャケットを見て借りてくるので、聴きずらいCDの時もあります。当たりはずれです。何度か聴いている内に親近感が湧いてきますが、今回のはどうなるか判りません。
  続きは後刻記載します。 






↑午後からの雨で植物はびしょ濡れです。真上から写したもので、苔?のような感じの植物で 何か判りません。

↑このたび 図書館で借りてきた4枚のCDです。全部ポピュラーのCD棚にあったものです。
左上:MAATOUB LOUNES 「Au nom tous les mins」 アルジェリア語のようです。
左下:IL DIVO  「LOVE SONGS」         有名なIL DIVOのCDです。
右上:THE VENTURES 「POPS IN JAPAN」    一世を風靡したVENTURESのCDです。
右下:JONI JAMES  「JE T'AIME」       聴いてみるとシャンソン曲集でした。

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「大阪歩きを楽しむ・・・」 JR鶴橋駅から 真田丸ゆかりの場所を中心に歩きました。

2016年04月26日 20時07分44秒 | 日記

  今日の「大阪歩きを楽しむ・・・」はJR鶴橋駅からスタートです。駅付近は焼肉屋、居酒屋などが狭い場所にひしめき合っています。環状線沿いに真田丸の旗幟などの飾りつけを楽しみながら日之出通商店街を歩きました。商店街を抜けて「三光神社」へ。境内には真田幸村の銅像とともに 大阪城内と行き来ができる「真田の抜け穴」と呼ばれる遺構があります。真偽のほどは判りません。その後心眼寺坂を経て真田丸があったとされる「信眼寺」へ。門扉には真田家の家紋・六文銭が刻まれています。
 今日のコースは  JR鶴橋駅⇒日之出通商店街⇒三光神社⇒旧真田山陸軍墓地⇒傳長寺⇒大應寺⇒幸徳寺⇒信眼寺⇒善福寺⇒鎌八幡⇒ハイハイタウン でした。
 今日のコースは、真田幸村ゆかりの寺社巡りのようでしたが、ほかの寺にも見どころがありました。大河ドラマ ブームで 同じ様なコースを巡る人たちもたくさんいました。陽ざしの強い暑い中での歴史散歩を楽しみました。

 
↑今日のスタート地点・JR鶴橋駅です。                     ↑鶴橋界隈に多く見られる庶民的な店。            
 
↑玉造に向かう「日の出商店街」は真田丸一色です。      ↑三光神社の拝殿です。鳥居の手前の丸い柱は空襲で折れた旧鳥居です。
 
↑真田幸村像と大坂城への抜け穴と言われている横穴です。 ↑傳長寺にあるなで肩の「なで地蔵尊」です。
 
↑こいのぼりが泳ぐ興徳寺です。                   ↑大阪夏の陣の際に真田丸があった心眼寺です。
 
↑興味津々の人が多かった心眼寺境内です。            ↑善福寺の山門横にある歌舞伎「どんどろ大師の場・お弓おつる」の像です。
 
↑悪縁切りで有名な「鎌八幡」前です。                    ↑ハイハイタウンに真田幸村と猿飛佐助の大人形が飾られています。

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4月24、25日の2日間 お寺で永代経法要が営まれました。

2016年04月25日 21時47分05秒 | 日記

 4月2425日の2日間の永代経法要が終わりました。 1日目、2日目の法話はそれぞれ深みのある内容で心に浸みるものでした。ところで お寺の門の横あたりに「名言」が張り出されています。小生は道を歩いている時によその寺の前を通る時の楽しみのひとつで、じっと見たり パチリと写真を撮ったりしています。
 今、お世話になっている蓮浄寺の門の横には ムーミン谷のスナフキンの名言のひとつ『「そのうち」 なんて当てにならないな。いまがその時さ』が貼られています。「いつか…そのうち…そう言っている間は何も変わらない。」ということでしょう。 今年の3月高齢者大学校「音楽鑑賞を深める科」の我々の班でフィンランドの作曲家「シベリウス」を取り上げ調べた内容と合唱曲を発表しましたが、フィンランド国のことについてもみんなで深く調べました。 その時フィンランドと言えば「ムーミンや!」と言ってムーミンの物語を調べたメンバーがいました。そんなことを思い出しながら、お寺の前で『「そのうち」 なんて当てにならないな。いまがその時さ』を何度も読み返しました。
 
↑若江・蓮浄寺の山門横に張り出されています。        ↑お寺の本堂の前で咲いていた「ムラサキゴテン」です。
  
↑お寺の本堂で永代経法要の準備です。                                  ↑2日間3回の法要があります。夜の法要前に鐘を撞くGo氏です。
 
↑法話の中に出てきた「二河白道(にがびゃくどう)」図です。

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八尾市にある心合寺山(しおんじやま)古墳の桐の花を見てきました。

2016年04月23日 17時17分21秒 | 日記

 八尾市大竹に古墳時代中期に作られた中河内地区で最大の全長160mの心合寺山古墳があります。当時この地域一帯を治めた首長の墓と考えられています。古墳の後円部の脇に大きな桐の木が2本あり、この季節に花を咲かせます。 今日 自転車(片道30分程度)で この花を見に行って来ました。 今年は花の咲くのが早かったのでしょうか、満開を過ぎて花が落下し始めていました。いつもは静かな古墳ですが、今日はカメラを持った人、弁当などを持った家族連れ、クーラーや大量の食糧?を持ったグループなどが来ていて賑わっていました。
 この古墳は「国指定史跡」で 古墳園内にある八尾市立しおんじやま古墳学習館が管理しています。7、8年前には写真コンテストが催されていました。小生も出品したことがありました。コンテスト写真の提出期間が4、5月なのに 発表された優秀作品の中に雪が積もった写真や、真夏の写真などがあり「えっ!」と思ったことがありました。

↑前方後円墳の後円部脇にある大きな桐の木の花は満開を過ぎていました。
 
↑古墳の後円部に2本ある桐の木です。             ↑前方部から後円部を見た所です。後円部が盛り上がっています。
 
↑古墳の階段を元気に降りる親子です。               ↑大量の荷物を持って、これから小宴のようです。

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六甲縦走路 板宿駅から東山、高取山に登り鵯越駅まで歩いて来ました。

2016年04月22日 19時21分05秒 | 日記

 今日は これまで歩いてきた六甲縦走コースで、空白部分があるので その部分を歩いて来ました。地下鉄・板宿駅から東山の頂上で縦走コースに入り、神戸電鉄鵯越駅まで歩きました。 これであと2回六甲歩きを計画すれば、縦走コースを完歩できる目途がついたような気がします。(下の写真の下に縦走コース略図を示しています。今回は5回目で緑色部分を歩きました。) 次回以降の計画を山師匠が立ててくれますが、暑くなると本当に距離が進まないので、それまでに 完歩したいなと思います。
 今日のコースは 神戸地下鉄・板宿駅(8:50)⇒須磨学園正門前(9:07)⇒東山登山口(9:09)⇒東山頂上(253m、9:58)⇒妙法寺地区(10:36)⇒児童公園(昼食休憩・11:01)⇒高取山登山口(11:30)⇒高取山頂上(312.8m、荒熊神社、三角点など・12:02)⇒長者堰堤(12:59)⇒鷹取橋東詰(13:09)⇒神戸電鉄・鵯越駅(13:40)でした。 今日の運動量は  歩数24,003歩、いきいき歩数13,934歩、活動量13.4エクササイズでした。

 
↑東山への登山路にあった標識です。                 ↑東山頂上への登山路の途中で見た下界の景色です。
 
↑東山頂上(253m)にあった歌の説明板です。         ↑東山頂上から眺めた「須磨アルプス」です。

↑高取山頂上(312.8m)からの景色です。手前の山の向う、左右ほぼ全域に薄く見えているのは淡路島です。
 
↑高取山頂上にある荒熊神社の鳥居です。          ↑荒熊神社の拝殿です。
 
↑荒熊神社境内にある高取山・三等三角点(312.8m)です。↑高取山最高地点で記念撮影。三角点よりほんの少し登った所です。

↑高取山頂上(312.8m)からの景色です。 左の向こうに見えるのが大阪市街地です。肉眼では生駒連峰が見えていました。

↑今日は 今まで空いていた緑色部分を歩いて来ました。あと 記念碑台から宝塚まで(2回ほど)で全山縦走コース踏破です。 

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きのうと打って変わって一日中雨でした

2016年04月21日 17時14分01秒 | 日記

 親和会(地域老人会)の平成28年度初めの総会の設定が遅れていました。会の三役(会長、副会長、会計)が揃う機会が無かったからです。今日も副会長が所用で三役が揃いませんでしたが、副会長の了解を取っておいて会長と会計で総会・食事懇親会(5月18日)、日帰りバスツアー(6月7日)、班長慰労会(5月11日)の三点の段取りを決めました。
 今日は昨日と打って変わって一日中雨です。庭の花も雨のしずくの重みで傾いていました。今日はそんな写真を何枚か撮りました。
 
↑雨のしずくの重みで傾いた「イキシャ」の花です。       ↑雨が似合う「アヤメ」の花です。

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きらりウオークで 生駒・宝山寺~生駒山麓公園へ

2016年04月20日 16時55分16秒 | 日記

 市保健センター共催の「きらりウオーク」の例会に参加してきました。今日の参加者は42名で 「多いな!」と思っていたら、少ない方だとのことでした。 朝、9時出発で生駒駅から歩き始め、近くの公園で準備体操をしてから 本格的に 列をなして歩きました。宝山寺、生駒山麓公園へ・・・と 少々遅めですが、 みんな一定のペースで進んで行きました。午後3時に生駒駅に戻って来るまで 一人の落伍者もありませんでした。多人数で数珠つなぎ状態で歩いたので 全体のペースが遅かったからでしょうか、楽しかった一日でしたが距離の割には少々疲れが残るウオーキングでした。人それぞれ、快適に歩ける足の速さがあるようです。そう言えば 以前六甲山などの山歩きを一緒にしている山師匠が 「足が合う」メンバーでの山歩きが理想と言ってました。 
 今日のコースは 近鉄・生駒駅⇒参道公園⇒宝山寺(生駒聖天さん)⇒般若の滝⇒生駒山麓公園(昼食休憩)⇒公園内展望台⇒児童公園⇒生駒芸術会館「美楽来」⇒近鉄・生駒駅でした。 今日の運動量は  歩数22,151歩、いきいき歩数14,976歩、活動量11.5エクササイズでした。
 きらりウオークは歩く難易度の目安として ウオーク予定表に星の数で示しています。 ☆ 基礎コース、☆☆初心者コース、☆☆☆初級者コース、☆☆☆☆中級者コース、☆☆☆☆☆上級者コースとなっています。今日のコースは☆3個、9kmでした。


↑集合地 近鉄生駒駅です。きらりウオークのフラッグ、黄色い帽子が役員さんです。
 
↑まずは階段を上って「生駒聖天さん」へお参りです。  ↑生駒聖天さん参りのあと「般若の滝」を見ました。

↑生駒山麓公園に向かって一生懸命歩いています。参加42名ですから長い長い行列でした。

↑生駒山麓公園内の動々池のほとりを歩く「きらりウオークメンバー」です。池の水面に映った風景が美しいです。

↑山麓公園内にある展望台からの風景です。 東方向、生駒市の市街地の向うは奈良市です。

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「大阪歩きを楽しむ・・・」 JR京橋駅から新喜多大橋近くの若宮八幡大神宮まで歩いてきました。

2016年04月19日 19時40分58秒 | 日記

 「大阪歩きを楽しむ・・・」でJR京橋駅から京街道を少し見た後、鯰江川跡の古堤街道を巡って新喜多大橋近くの若宮八幡大神宮まで歩いてきました。途中、大阪七墓のひとつ蒲生墓、蒲生橋跡、蒲生行者講・・・など、蒲生の名がついた史跡が多かったです。
 興味深かったのは 大きな「S家」の屋敷を見たこと、蒲生行者講の施設?を見たことでした。
「S家」・・・・蒲生のS家と言えば 小生も何十年も前に その名を聞いたことがある昔からの有名な大地主です。
「蒲生行者講」・・・蒲生行者講の創立年号は定かではないが、洞川の宿場の宿帳に元禄年代の蒲生行者講 講参りの記録が残されていたことから、約300余年の伝統と歴史を有する講で、東成郡天王村字蒲生の村民の安全と繁栄を念じ 四体の仏像(不動明王、光長大明神、役行者神変大菩薩、弘法大師)を村の守護神としてあがめ、代々先達の意思を継承してきた由緒正しい講です。・・・・と説明板に記載されています。
 若宮八幡大神宮の鳥居や拝殿を見ていると、「あんたら、あの樹のくぼみに頭を入れたか?」と通りがかりの近所の婦人から声が掛かりました。「よう効くねんで!」ということでした。「何に効くの?」と尋ねると「さあ?」と頼りない返事でした。きのうが春祭だったようで、神職と巫女さんで幟などの片付けをしていました。
  最後にこの春 新装なった城東区民センターを見てきました。 区役所、保健センターなどの機能に加え、立派なホールを備えた大区民センターです。大阪都構想がGOになった時に 大阪市内東部の今の数区をまとめた地域を管轄する新しい区庁舎の役目を備えたものが建設されていると聞いたことがありますが、立派なものです。
 
↑今日の出発点 JR京橋駅です。                 ↑ローマの下町にある「真実の口」を模したものです。
 
↑京街道の碑を熱心に見るメンバーです。               ↑大阪七墓のひとつ「蒲生墓」です。フェンスに鍵が掛かっていました。
 
↑鯰江川に掛かっていた蒲生橋の親柱です。           ↑「蒲生行者講」の四仏像の横にある倉作りの建物。
 
↑若宮八幡大神宮です。昨日、春祭りでした。          ↑「あの樹の凹みに頭を入れた?」と近所の婦人から声が掛かりました。
 
↑若宮八幡大神宮境内にある高さ16mの「ムクノキ」です。↑新装なった城東区民センターです。

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老人会に対する市助成金の申請に行って来ました

2016年04月18日 22時23分02秒 | 日記


 老人会に対する市の助成金をもらうために市福祉事務所へ申請書を提出してきました。毎年、書類審査があります。計画書で総会食事会、昼食懇親会、日帰りバスツアーなど数項目ですから12カ月全部埋まっていませんでした。 書類審査でもっと毎月埋まる様な計画表にしてはどうか?と言われました。助成金を有意義に使って欲しいとのことです。 小生の地区では毎日のように児童生徒を見守っている「あいガード」をしているのは全員 親和会(地域老人会)メンバーです。それを書いて!ということでした。
 福祉事務所の隣が保健センターなので 成人病と食事のことを開設した資料が無いか 立ち寄ってみました。「おいしく食べてエネルギーダウン」という冊子をもらってきました。絵画のスケッチなどを一緒に楽しんでいるメンバーが 健康診断で少々問題のある結果だったと聞いてから、絵画スケッチメンバーたちは健康問題を気にするようになりました。腹8分目、7分目と言いますが 実際に摂取している食事のカロリー数をどういう風に算出するのかなど みんなの疑問は尽きません。
 
↑老人会に対する市の助成金申請書提出風景です。     ↑保健センターでもらってきた「おいしく食べてエネルギーダウン」

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今日の最高気温はかなり上がったようです。

2016年04月17日 17時18分10秒 | 日記

 


  大阪では夏日を記録する暑い日でした。午前中は老人クラブへの市助成金申請書の書面を整えていました。これが結構厄介な書式(A4 11枚)です。 歴代の会長さんは手書きで作成していたようですが 今は多くの老人クラブがパソコンを利用するようになりました。 実際の申請は明日(18日)、市の福祉事務所の職員と面談形式で行ないます。
 午後になって 身体を動かさなくては・・・と散歩(買い物・プリンターのインク)に出ました。道路の街路樹が新緑や深紅の新しい葉を付けて輝いていました。六甲山の地図を見に書店へ寄って、結局 別の本を買って帰りました。 六甲全山の地図が付録になっている京阪神の山歩きガイドブックです。
・・・・それから、クマモンのイラスト入りのパンを買いました。ネットのニュースを見ていると地震の被災地・熊本地方への応援でみんなでクマモンを描こうという気運が高まっているようで、その一環の気持ちです。
 それにしても 暑い中での散歩でした。家の外で測った気温が30℃を指していました。もちろん日陰での温度です。
 
↑街路樹のアカメガシの芽が赤くきれいです。          ↑街路樹のサクラも完全に新緑になりました。
 
↑六甲山系の地図入りの京阪神の山のガイドブックです。   ↑今日の気温は、出掛ける時・31℃、帰宅時・29℃でした。

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校区老人連合会・会長会議

2016年04月16日 19時04分29秒 | 日記

 今日は地区老人連合会の会長会議がありました。報告事項や予定事項、打合せなどが終わったあと話題になったのは、いつものことですが役員の後継者がいないことでした。役員のなり手がいないのでは無く、現役員のやり方に つまらないクレームはするけれど、やってやろうと言う人が少ない!ということで話が一致して・・・・しまいには戦後教育の問題にまで話が発展しました。無責任な意見?は言うけれど 自分でやろうとしないのは、無責任な人格を作った教育の・・・・という訳です。
 話変わって、きのうは六甲縦走路の一部を歩いてきましたが、今までに歩いた軌跡を図に示してみました。すると、一回目と2回目の間にまだ踏破していない部分があります。 以前、山師匠から歩いていない部分をどうしましょう?と声を掛けてもらっていましたが、平地がほんの少しだと思っていました。今日 図示して歩いていない山がひとつ残っていることを知りました。 早い内にこの部分の山歩きを済ませたいと思っています。 下の図で1回目:茶色、2回目:赤色、3回目:橙色、4回目:黄色で示しています。それにしても昨日は 本当に久しぶりの六甲縦走路歩きでした。

↑庭で見つけたタンポポの綿毛です。霧吹きで細かい水滴を付けようと試みたのですが、・・・・。

↑きのう4回目を歩いた六甲縦走路、調べてみると1回目と2回目の間が結構 空いていました。

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六甲山系 杣谷峠⇒三国池⇒六甲山ホテル前⇒ケーブル山上駅⇒阪急六甲を歩いてきました。

2016年04月15日 21時09分26秒 | 日記

 山歩きメンバーで 六甲縦走路を何度かに分けて踏破しようとスタートしたのが 2014年10月24日でした。その後3回縦走路を東向きに歩きましたが、2015年1月20日に杣谷峠まで歩いた時から ずいぶん遠ざかっていました。 今回 前の続きを歩く4回目として六甲山系に行って来ました。
 山師匠によると 今回歩いた結果、あと2回で全山踏破(宝塚まで)できるそうです。全山縦走大会では健脚ぞろいが1日で踏破できるところを 我々は6回で踏破することになります。 
 今日歩いたコースは・・・・長峰霊園前(8:50)⇒杣谷・カスケードバレー⇒杣谷峠(10:53)⇒穂高湖標柱⇒三国池(11:40)⇒丁字ケ辻⇒六甲山ホテル前(12:30)⇒記念碑台・自然保護センター(12:39~13:19)⇒六甲ケーブル山上駅(13:40)⇒油コブシ・三角点(14:13)⇒高羽道⇒六甲ケーブル下駅(15:17)⇒鶴甲団地⇒阪急・六甲駅(16:08)・・・・・でした。

 今日の運動量は  歩数30005歩、いきいき歩数13661歩、活動量12.2エクササイズでした。山の登りはゆっくりでも 身体は「いきいき」しているのに 一歩一歩踏みしめるような動きなので「いきいき歩数」があまり伸びていませんでした。

参考・これまでの記録
2015年1月20日 六甲山系 摩耶山、長峰山へ登ってきました

http://blog.goo.ne.jp/kusunokinosato2010/e/e75c8ca695fa578d7b2da8f6a0aea2a6
2014年11月6日 六甲縦走コースの一部 鵯越から市が原まで歩いてきました
http://blog.goo.ne.jp/kusunokinosato2010/e/3c9353233244d04298f2598a1581972e
2014年10月24日 10月24日 六甲連山の西端 須磨浦公園から須磨アルプスへ
http://blog.goo.ne.jp/kusunokinosato2010/e/f3dfcc5fc66a179f26546d28aae6be3d
 
↑杣谷で沢越えが何度かありました。                ↑鉄の階段が設置された場所もありました。
 
↑杣谷の道は「徳川道」と呼ばれています。             ↑車の行き交う場所も歩きました。(人物はよその人です。)
 
↑日差しが強い日でした。                       ↑三国池の位置を標識で確認しています。
 
↑三国池です。このほとりで昼食休憩でした。            ↑六甲山ホテルの旧館です。
 
↑「六甲山自然保護センター」の職員です。              ↑「六甲山自然保護センター」の内部です。   
 
↑六甲山「記念碑台」で記念撮影です。                 ↑「六甲ケーブル山上」駅内部です。
 
↑油コブシ三等三角点(625.53m)です。        ↑「六甲ケーブル下」駅です。

↑「六甲山ケーブル山上」駅付近から見た景色です。

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