続・KOOさんのENJOY LIFE

日々身のまわりに起こった出来事などへの思いを綴っています・・・・・ちょっときれいな写真と共に・・・

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大河ドラマ「真田丸」ゆかりの安居神社へ行って来ました

2016年01月31日 17時24分06秒 | 日記

 小生はNHK大河ドラマを見ていませんが、真田幸村ゆかりの安居神社へ行ってきました。数年前に来たことがありますが、今日は大河ドラマの影響でしょうか、賑わっていました。社務所で真田十勇士のグッズを売っていたようです。大河ドラマの影響はすごいものです。
 安居神社の向かいにある一心寺に立ち寄ってきました。法然上人を祖とする浄土宗のお寺ですが、先の大戦の大阪空襲で焼失したため、近代的な寺院の様相を呈しています。ほとんどすべての宗派の人の納骨を認めて、10年に一体の骨仏を作って親類縁者が拝めるようにしている寺として有名です。 納骨に訪れた人たち、阿弥陀如来様、骨仏を拝みに来た善男善女で 境内はあふれかえっていました。
 両寺社の境内を歩いてきましたが、訪れる人たちの多さを見て 世相を表しているなぁと思った次第です。
 
↑NHK大河ドラマ「真田丸」のパンフレットです。       ↑真田幸村像のある安居神社です。
 
↑参拝者などで賑わう安居神社境内です。           ↑安居神社境内にある真田幸村像と戦死場所を示す石標です。

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異常気象による影響で荒れ放題の山間部

2016年01月30日 17時59分17秒 | 日記

 長野県松本市の山間部の道路に立木が倒れて通行止めになり 村が孤立したニュースが報じられていました。趣味と健康維持のために山道を歩きますが、最近 立木の根元が大雨などで大きく浸食されて木の根が露出している場面を良く見ます。生駒山系、六甲山系、京都市街地を包む山々は どこもかしこも「木の根道」です。 坂道を急いで下ろうものなら たちまち足を引っかけてスッテンコロリンです。
 そう言えば、最近(
1月15日)京都の愛宕山の愛宕神社参道に立木が一本倒れているのを見かけました。その隣の木の根も完全に露出して 今にも倒れそうでした。 http://blog.goo.ne.jp/tarzannomori2015/e/bef153d0b7281f831074952af0097ef5



↑京都・愛宕山・愛宕神社参道で見かけた倒木です。2016年1月15日
 
↑京都・大文字山です。2015年11月20日           ↑大阪・箕面山です。 2015年8月28日
 
↑参考写真1                            ↑参考写真2

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お坊さんは偉い!という話

2016年01月29日 17時02分12秒 | 日記

 お寺のお坊さんは みんなから格が違うと思われているようです。京都府のお坊さんの話・・「買い物の列の後ろに並んでいた時、列に割り込む人が・・・、その時 みんなが自分(お坊さん)の顔を見るのです。」 まわりの人たちは「何とか言ってよ!」という表情で。つまりお坊さんというものは 世の中を正す存在、みんなを諭す存在と思われている・・・・そんな法話を聞いたことがありました。29日 家にお坊さんが来られた時に、お坊さんは電車で座らないのですか?と尋ねると 墨染の衣に式章を付けている時は座らないですとの答えでした。やっぱりお坊さんと言うのは偉い! のです。
  この「お坊さんは偉い」と言うのはステレオタイプの一つかも知れません。例えば 血液A型の人は几帳面、大阪のおばちゃんは・・・、沖縄人は・・・・、理系の人間は・・・、などが挙げられます。全く根拠のないもの、少々そんな傾向のあるものなどが混じっているようですが  こういう風にメディアが伝えるイメージが固定化し、人は思考を省略してそのようなイメージに基づいて認識、判断を行うようになる。そのような固定化されたイメージをステレオタイプと呼ぶのです。
 でも・・・お坊さんもいろいろと言う話を少し。観光地などで立って小声でお経を唱えているお坊さんの写真を写したら、モデル料をくれ!と言われた話、高取城址へ登るハイキングの途中にあるお寺で、トイレのための立ち寄り禁止で高額の
入山料を必要とする話、場所柄 立派過ぎる奥之院に改装したのに、真横にあるハイカーたちが使うトイレはボロボロで悪臭がする何十年も前のままだったという話、・・・・などがあります。どの話も我々の「身勝手な思い」かも知れません。ほとんどのお坊さんは偉い!と思いますが、一方では お坊さんもいろいろです。
 今日は 朝から一日中の雨天でしたので、例によって雨写真に挑戦しましたが 美しい写真を撮れませんでした。
  ・・・・・本文章中で、お坊さんの記述で 失礼な表現があるような気がします。お許しください。・・・・・ 

 
↑朝から雨の1日です。水溜まりにできる同心円の波紋です。 ↑雨が水溜まりに落ちた瞬間を見ると こんな具合です。

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図書館へ調べものを・・・

2016年01月28日 17時01分27秒 | 日記

 今日は 3月の発表会用の資料を探しに大阪府立中央図書館へ行って来ました。先週、同じ班のKaさんが目指す本を図書館で探したら 貸し出されていたそうです。借り出したのは Kuさんと違う?」と言ってましたが、どうやら堀江にある大阪市立中央図書館へ行ったようです。今はみんなで手分けして資料探しなどの期間にしています。発表時間は1つの班で20分、班メンバー(9名)がみんな あれもこれも発表したい気持ちになったら たちまち大きく時間オーバーです。
 図書館を出て、向かいのAEONへB5のクリアファイルを探しに行きました。1種類、在庫2冊でした。ずいぶん前からB5のクリアファイルを探していますが、文具店に気の利いたファイルがありませんでした。最近はB5クリアファイルそのものがほとんどありません。どうしてでしょう? 激減した訳があるのでしょうか?いままで 持ち歩く手元資料類をB5にしていましたが、A4サイズにしないといけないなぁと考えています。

 
↑今日、借りてきた図書(Jean Sibelius)です。        ↑今日、借りてきたCD(Sibelius交響曲全集)です。
 
↑大阪府立中央図書館です。                 ↑図書館の向かいは東大阪市役所(高い建物)とAEON(低い建物)です。

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京都 出町柳から八瀬比叡山口まで歩いてきました

2016年01月27日 20時09分51秒 | 日記

 京都の京阪電車終点・出町柳から 比叡山の麓を叡山電車・八瀬駅まで歩いてきました。 元々雪景色でも見に行こうと思っていたのですが、残念ながら雪はほとんどありませんでした。歩いたルートには名所や古刹などもあって 道のりは8kmですが歩行時間は3時間半ほどかかりました。前日、法円坂から梅田近くまで歩いたメンバー達と歩く話をしていたのですが、京都のここを歩いてもいいなと思った次第です。 
 歩いたコースは
出町柳⇒浄土寺橋(京都一周トレイル東山52-1)⇒北白川天神宮⇒日本バプテスト教会⇒京都造形芸術大学前⇒本願寺北山別院⇒鷺森神社⇒修学院離宮⇒赤山禅院⇒八瀬比叡山口(8.2kmです。) 
 
↑今出川通にある百万遍知恩寺(念仏根本道場)です。 ↑今出川通にある「子安観世音」です。 
 
↑京都一周トレイルの標識(東山52-1)です。      ↑左写真の場所から見た景色です。
  
↑京都造形芸術大学 正面入口への階段         ↑本願寺 北山別院山門への階段 
 
↑本願寺北山別院から西方向の景色です。幾重にも見える山の一番向うの最高峰が愛宕山です。

↑手前は音羽川です。川沿いに右方向へ行くと 雲母坂へ。 向うに見える山は手前から比叡の山々です。 
 
↑修学院離宮 開いている表門から中を写しました。 ↑赤山禅院 山門です。七福神巡りの一つ、「福禄寿」の場所です。 
 
↑大きめの色紙を持ってご朱印を集めています。     ↑赤山禅院の中にたくさんのわらじが干してあいます。
 
↑叡電 八瀬駅付近の道路沿いに残った雪です。     ↑叡山電車「八瀬駅」の駅舎です。
 
↑八瀬駅構内の「叡山電車90年のあゆみ」写真展から。 ↑開業当時は超満員だったようですが、今は閑散としています

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音楽鑑賞を深める科 オペラ鑑賞授業と懇親会と

2016年01月26日 19時56分42秒 | 日記

 1月26日、午前中の授業はオペラ ヴィンチェンツォ・ベッリーニの「夢遊病の女」の内容を Mo先生のピアノとDVD映像を交互に鑑賞しました。内容は、(ネットの解説を引用)・・・19世紀初頭スイスのある村で、村一番の美人アミーナは富裕で若い地主エルヴィーノと結婚することになっていました。ただ、アミーナは夢遊病者でした。当時、眠っている人が歩くなんて信じられず、夢遊病という病気の存在は、多くの人々には知られていませんでした。アミーナが夜さまよい歩いたことから、誤解を招きいったん破談となりますが、領主である伯爵がその病気の存在を知っていたので、エルヴィーノはその存在を理解し元の鞘に収まるという話です。ベルリーニらしい美しい旋律の多いオペラです。
 午後はお初天神近くの「ニューサントリー5」で先日の高大祭の打上げ兼新年懇親会でした。 担当講師のMo先生をはじめ、高大祭に向けてコーラスを指導してくださったNo先生、ピアノ演奏のMi先生、同じくピアノのKo先生と共に楽しい時間を過ごしました。
 ところで、この日は高大のある教育会館(法円坂)から 懇親会場(お初天神近く)まで小生と同じ班の4名(Isさん、Siさん、Sa氏と小生)で1時間近くを歩きました。
 
↑授業で鑑賞した「夢遊病の女」のDVDジャケットです。 ↑「夢遊病の女」の一場面

↑懇親会で 野間先生が歌声を披露してくださいました。ピアノは光勢先生です。
 
↑懇親会で本岡先生のピアノでシャンソンの名曲を聴きました。 ↑懇親会最後は 高大祭で歌った曲をみんなで合唱しました。

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「強い寒気、各地で記録的な低温」の見出しが躍った日

2016年01月24日 17時32分42秒 | 日記

 テレビのニュースを見ていると 「強い寒気、各地で記録的な低温」の影響で鹿児島あたりでも一面の銀世界になっています。ここ大阪では雪が降りませんでした。生駒山頂も全く雪がありません。そんな訳で厳しい寒さで冷たい日でしたが、寒さを表現する写真が撮れませんでした。「桜桃」の白い木枝、いつまでも紅葉した葉が残っている「ブルーベリー」の赤い葉を写してみました。寒さを表現するのも難しいものです。

↑寒い朝の陽ざしを受ける「桜桃」の木枝です。

↑昨秋の紅葉を残して風に揺れる「ブルーベリー」の葉です。 朝の陽ざしを受けています。

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お寺の総代・世話方会の日でした

2016年01月23日 23時27分56秒 | 日記

 1月23日、お寺の総代・世話方会の日でした。平成27年の行事、会計決算報告が行われ、平成28年の行事予定、会計予算案の説明がありました。そのほか 鐘楼の撞木とその釣り下げ部の改装の件が審議されました。続いて懇親会が開かれ、楽しい時間を過ごしました。
 
↑鐘楼の撞木と鎖などの説明をする業者です。         ↑お寺の諸行事のことを審議中です。
 
↑総代世話方会の懇親会、後ろが阿弥陀如来さまです。  ↑懇親会 後ろ姿は 住職さん、後住さん、総代帳元(総代長)です。      

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雪景色を見ようと、春日山原始林へ行きましたが、・・・・

2016年01月21日 18時18分28秒 | 日記

 今日は奈良・春日原始林へ行って来ました。雪で白くなっている所があればいいなと思って行きましたが、雪は全くありませんでした。近鉄・奈良駅をスタート、鎌研交番所を経て若草山の頂上へ出ましたが、暗く厚い雲に覆われて ほんの少し雨粒が落ちて来たので、急いで降りて 春日原始林から引き揚げました。
 今日は空気は冷たく、ハイカーが少なかったです。「アオバト」、「サルノコシカケ」などを見かけ、写真に撮ることが出来ました。


 
↑古い石標をよく見かけます。1町(丁)は109mです。 ↑春日山原始林内の鎌研交番所の建物が新しくなっていました。

↑若草山頂上から西南西方向に金剛山、葛城山、二上山が見えます。

↑若草山頂上から西方向(生駒連峰)を見るハイカーグループです。
 
↑黄緑色の「アオバト」です。                    ↑これは「サルノコシカケ」だと思います。

↑春日山原始林を降りると、春日大社神域です。 小さな摂社横を登っていく人力車です。

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大阪難波 高島屋前の女神像について

2016年01月20日 20時42分42秒 | 日記

 市内での打ち合わせが早く終わったので、難波廻りで帰ることにしました。高島屋前にある女神像をスケッチしてきたら?という話を思い出し 写真を撮ってきました。 今日のような寒い日にとてもスケッチできません。
 ネットで調べると、この女神像は1953年(昭和28年)に平和記念に建てられた「朗風」という題の彫刻作品とのことです。更に驚いたことに この場所に女神像が2体あると書いてました。 次に難波に行った機会にもう1体の女神を見てきます。
 さて、話変わって 小生より早くからブログをスタートし ずっと続けて来られたMOOさんが突然ブログを辞めるという最後の記事を載せられました。趣味は絵画、彫刻、魚釣り、散歩・・・・、地域社会の役員、高齢者Groupのお世話などを淡々とされ、時には自分の気持ちを辛口の文章にして載せておられたのです。予告なしで突然の中止ですから、何かあったのかな?と勘繰ってしまいます。気を取り直していただき、再開されることを切に望み、願うばかりです。 そう言えば、小生のこのブログに氏のコメントが入ってました。2015年12月27日の「窓ガラスに映る白い太陽」の記事に、窓ガラスをきれいに掃除をする方法を寄せてくださいました。

↑ 大阪なんばのシンボル的な建物「高島屋・南海電車難波駅」です。
 
↑「朗風」北側から南方向に向かって見た像です。     ↑「朗風」南側から北方向に向かって見た像です。

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音楽鑑賞を深める科 人形浄瑠璃「義経千本桜」をDVDで鑑賞しました。

2016年01月19日 18時31分14秒 | 日記

 1月19日の授業は「劇音楽日本の場合」という主題で人形浄瑠璃「義経千本桜」をDVDで鑑賞しました。DVD鑑賞の前にMo先生のピアノ演奏を聴きました。 主題に対して 三味線の音楽?をピアノで弾くわけにもいかないのでシャンソン曲にしますと 次の3曲を弾いてみますとのことでした。
  1. 「
ロマンス」 ジョセフ・コズマ作曲
  2. 「愛に包まれて」 アンドレ・ギャニオン作曲
  3. 「聞かせてよ愛の言葉を」 ジャン・ルノワール作曲
 快いピアノ演奏を聴いてうっとりした後、人形浄瑠璃「義経千本桜」初音の段をDVD映像で鑑賞しました。先生の詳しい解説、配布された「参考までに」の資料、DVD画像の文字(セリフ)によって内容が良く判りました。この世界のことはほとんど知らなかったのですが、かみしめるように見て行くと面白く興味深く鑑賞できました。
 午後のクラスミーティングでは 高大の同窓会へ入会して欲しいと、勧誘を込めた会の説明がありました。5、6年前に3年間ほど入っていましたが、役務を担ったために 結構忙しい思いをしました。この日の内容説明で 役員へのなり手が無いので困っている雰囲気が伝わってきました。地域での役務を担っていると とても務まらないと思います。時間を持てあましている人で、人のために頑張ってみたいという気持ちを持っている人は会に入って頑張ってみるのも良しだと思います。 会の幹部の人たちは みんな社会で それなりの経験をして来た人たちですので、すぐに目に留まり 色々な役務に就くように誘いが掛かること間違い無しだと思います。
 
↑義経千本桜DVD映像から・・「恋と忠義はいづれが重い」 ↑義経千本桜DVD映像から・・「わが妻が天井抜けて据ゑる膳」
 
↑人形浄瑠璃「義経千本桜」のDVDです。          ↑放課後はクラスメイトとコーヒータイム

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特筆することが何も無い日、小さなものに目をやれば・・・

2016年01月17日 19時55分50秒 | 日記

 1月17日、朝から曇り空ではっきりしない天気でした。この前に登った京都・愛宕山の様子に刺激されて 愛宕信仰のこと、京都市民にとっての愛宕神社のこと、同時に最近興味を持った作曲家シベリウスのことなどを調べてダラ~ッとした時間を過ごしました。愛宕山は先日 一緒に登ったメンバーが 2月の上旬に再度行ってくれそうです。(雪山が楽しみとのことです。) 
 このブログ、写真が無いと載せにくいので カメラを手に家の外へ出てみました。目に付くものでめぼしい被写体はありません。小さな被写体を見つけようと地面近くを探すと、日頃 目に留めていない小さな命(植物です
)があるものです。その中の2点の写真を載せてみます。箒で掃いてしまうと無くなってしまいそうです。

↑庭に苔(こけ)が育っているゾーンがあります。じっと目をやると・・・「クローバーでは無い」(高さ3cmほど)が出て来ています。

↑上の写真と同じゾーンです。じっと目をやると、こんなものが・・・ 「サボテン?」(高さ2cmほど)でしょうか。

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近い内に 愛宕山へもう一度登ろうと思っています

2016年01月16日 15時37分56秒 | 日記

 きのう登った京都・愛宕山の愛宕神社の参道に 詳しい説明板が所々に設置されていて昔の様子に思いを馳せるようになっています。その中の数枚を写真に収めてきましたので、載せてみます。 と言うより 説明板を読んでいる内にもっと詳しく調べてみようかなと思い始めました。
 きっかけは黒門の説明に愛宕神社参道を歩いてる積りが「白雲寺の黒門」と書いてあったことです。神護寺があったことを知りました。参道にあった茶店(19軒)が一軒も跡形も無く消えていること、昭和19年に取り外された平坦鉄道とケーブルカーで愛宕神社への参詣客を運んだのに戦後、鉄道等を再敷設しなかったのはなぜ? 全国愛宕信仰と言われていますが、愛宕信仰って何?・・・・・ 疑問が湧いてきました。
 疑問を解消するために更に調べたくなりました。全部明らかにするのは難しそうですが、近い内に 再度愛宕山へ登ろうと思います。 

↑黒門の説明板です。 愛宕神社の神域になぜ白雲寺

↑ハナと言っても水尾の女性が樒を売っていました。火災避けです。今でも多くの人が買い求めるとありますが・・・・。

↑50町の愛宕参詣道沿いに多くの茶店があったとか。 明治初めに19軒、今は0軒です。

↑昭和4年平坦線(嵐山~清滝)とケーブル(清滝川~山頂)が敷設されました。今は跡形もありません。

↑安永九年(1780)刊行された「都名所図会」の「愛宕山」の図です。江戸時代愛宕山が有名だったことが判ります。
 国際日本文化研究センター Homepageから借用しました。

↑「愛宕山鉄道沿線案内図」です。 昭和初期のものです。

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京都・愛宕山へ登ってきました

2016年01月15日 23時05分21秒 | 日記

: 久しぶりに以前の高大仲間たちと山歩きを楽しんできました。今までの暖冬と言われていた日に較べると少々寒く冷たい日でしたが、天候に恵まれた一日でした。行き先は京都・愛宕山です。1年半近く前に京都一周トレイルで愛宕山への登山口を見た時に、機会があったら登ろうと言ってた場所です。
 阪急嵐山駅(9:00)から歩き始めました。清滝(10:15)、月綸寺のぼり口から本格的な山道に入り、月綸寺(12:18)、昼食休憩(13:00)、愛宕神社(13:55)を巡って下へ降りてきました。愛宕神社参道の山道をどんどん下山しましたが、民家などがある愛宕神社一の鳥居(16:15)へ降りて来た時は太陽が山の中に沈みはじめて、この季節ですから少し薄暗くなっていました。
 山歩きのベテランはこの山は雪が積もっていた方が歩きやすい、雪が降ったら もう一度行きたいので、みんなを誘うよとの事でした。この日は 念のため一度も使ったことが無い軽アイゼンを持って行きました。アイゼンを付けた方が歩きやすいのかどうか、良く判りませんが、誘いが入ったら みんなに迷惑を掛けるかも知れませんが、一緒に連れて行ってもらおうかなと思っています。

この日のコースは・・・
阪急・嵐山駅⇒渡月橋⇒天龍寺前⇒祇王寺前⇒化野念仏寺前⇒鳥居本⇒清滝トンネル⇒清滝⇒京都一周トレイル標識・北山93⇒月輪寺のぼり口⇒月輪寺⇒愛宕神社⇒水尾分かれ⇒愛宕表参道⇒愛宕神社一の鳥居⇒旧愛宕ケーブル「清滝川駅」跡⇒京都バス清滝停留所 でした。
 
↑清滝を過ぎて700m、月輪寺への標識です。      ↑月輪寺は本尊が阿弥陀如来様、本堂横に親鸞聖人像が立っていました。

↑月輪寺近く、木々の隙間からはるか向こうに見えるのは比叡山です。山道を直してるボランティアの男性に教えてもらいました。

↑月輪寺と愛宕神社の間に京都市街地が見える景色の良い場所がありました。みんなで「あれが渡月橋、・・松尾橋・・・」。
 
↑白雲寺 黒門です。ここにも黒門?です。          ↑愛宕神社参道を降りて「水尾分かれ」の気温は-2℃でした。
 
↑愛宕神社参道両脇の杉の木が倒れていました。    ↑いつもの山歩き仲間5名(1人はこの写真を写しているFuさんです。)

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四天王寺「どやどや」の写真を写してきました

2016年01月14日 19時32分23秒 | 日記

 写真仲間で四天王寺の「どやどや」の様子を写してきました。四天王寺で寒い時に「どやどや」が行われているのは知っていましたが、見たのは今回が初めてでした。
 午前中に集合して、早目のランチを済ませた頃、天王寺駅の中央コンコースには、「どやどや」の主役たちが大勢集まっていました。制服を着ている姿を撮らせて!とまずは彼らの姿をカメラに収めて四天王寺へ向かいました。
 撮影ポイントを決め 寒い中で1時間半ほど立って待ちました。やっと始まったのが2時20分、保育園児・幼稚園児たちのかわいい「どやどや」でした。そのあと 中高生たちの「どやどや」が始まるのが2時35分、勇壮な隊列がこちらへやって来ます。その時から背伸びをして両手に持ったカメラを上にあげて、パチリパチリ・・・・。六時堂で行われている雄姿をパチリパチリ・・・・。連写機能を使ってパチパチパチ・・・・と撮り続けました。
 高校生たちを引率する数名の先生も高校生と同じ姿で、頑張っておられました。マイクで高校生たちに激を飛ばしたり、高校生の掛け声が小さいから もっと水を撒け!と指示したり、学校を上げて 寒い、冷たいイベントを楽しんでいるようでした。
 たくさんのカメラマンたちと一緒に寒い中で頑張ってパチパチと撮り続けました。帰宅してびっくり、この日撮影枚数は1065枚でした。その中から7枚下に載せています。 よく世間で「踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃ・・・」と言いますが、この「どやどや」には 寒い中、参加できません。見るだけで十分です。


↑振りかけられる水を跳ね返す勢いで、上から落ちてくる「お札(ふだ)」を取り合う中高生たちです。
 
↑天王寺駅で「どやどや」に参加の高校生に出会いました。 ↑取材中のテレビ局のスタッフたちです。
 
↑まずは幼稚園児・保育園児がやって来ました。       ↑幼稚園児・保育園児は六時堂舞台で「ヤーッ」と叫びます。
 
↑いよいよ中高校生たちの入場です。

↑中高校生たちには 容赦なく水が掛けられていました。

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