「原発と映画」プロジェクト準備ブログ

原発に関する映画の紹介や、首都圏で放射能から子どもを守る取り組みの紹介や、子育てしていて疑問に感じることのつぶやきなど

原発に関する映画その76「太陽の蓋」

2016-10-05 13:32:33 | 原発と映画

2016年7月16日に劇場公開がはじまった「太陽の蓋」をようやくみました。

http://taiyounofuta.com/

2011年3月11日からの五日間ほどを記者を主人公にして

官邸の部分は、本名で限りなく事実を描き

官邸以外の部分は、フィクションで作られた劇映画です。

この映画について、全面的に語るのはとても難しい映画と思うので、それはあとから機会があれば書くことにして、とりあえず最初の感想だけ書いておきます。

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<ノンフィクション部分について>

「あの時官邸で何があったのか」ということが、テーマといえそうです。

当時の菅民主党政権が、東日本壊滅という事態を防ぐために、限られた情報しかない中で、精一杯やったということが伝わってくる映画です。

最近フェイスブック上でも、当時内閣総理大臣補佐官として官邸にいた寺田学氏の書いたものが流れていたので、私も読みましたが、共通する内容でした。

「福山ノート」という民主党福山哲郎氏の書いたものを手始めに、各事故調を読みこなして作り上げたシナリオということなので、官邸の描写について、「事実とは違う」という異議を唱える余地はほとんどないと思います。

7月10日の参議院選の時に、民主党政権への不信が、特に「ただちに影響はない」といい続けた枝野氏の政府発表への不信が、投票行動に影響を与えたのは事実だと思います。

この映画が7月10日より前に公開されていたら、選挙の結果も少し違っていたのだろうかとも思ったりしました。

1.電源車の手配をしたけれども、うまくいかなかったこと

1.ベントしかないというベントをめぐる状況 

1.菅総理大臣の現地訪問

1.一号機の爆発 三号機の爆発 

1.東電本部からの撤退したいという要請

1.それをとめるために総理大臣などがはじめて東電本社にいき、そこで東電本社では現地とテレビがつながっていると初めて知った時の衝撃

1.二号機付近での爆発音

1.四号機の燃料プールの危機 と給水が必要になったこと

 

この一連の事実を多くの国民が共有することは大切だったのだと、改めて思いました。

この事実を知って何を思うかは人それぞれな面はありますが

☆「これが自民党政権下で起きていたらどう違っていたのか」とは、みおわって、考えざるをえません。「菅民主党政権は危機管理能力がなかった」という人もいますし、この映画をみていても、国民の命がかかわっている出来事がこんなに頼りない感じで進められていたのかとも思いますが、「自民党政権ならよかった」とは私には到底思えません。少なくとも菅政権は原発事故の怖さを理解し、東日本壊滅の危機を理解して、それを止めることを大事に考えた人たちだということは伝わってきたからです。  

もちろんこれをみて、「自民党の方がよい」という人もいることでしょうが、そこからまた議論が始まればと願います。

やはり、日本では、日米合同委員会というものが、国会よりも内閣よりも上にあるという話は本当なのだろうと、この映画をみていても、想像してしまいます。日米合同委員会については、矢部宏冶氏の「日本はなぜ基地と原発をやめられないか」の中にわかりやすく書かれていて、私は知ることができたのですが、民主党政権下で日米合同委員会はどのような動き方をしていたのだろうかということも、考えさせられます。

☆「なぜあの時東電本社は撤退といったのか」という疑問が新たな疑問として、大きくなった気がします。映画としてみせられるとあらためて不自然すぎる気がするからです。すくなくとも福島第一原発の現地では、撤退を考えていなかったことはこの映画にもでてきますし、吉田元所長の書いたものからもわかります。東電本店の人達が現場の作業員の命を守るために、撤退を進言したとはとうてい思えないのです。米軍関係者が早くから東電本社に来ていたという話もインターネット上では読んだ記憶もあります。「東電本社によるあの撤退要請はなんだったのか、撤退してどうしようとしたのか」明らかにされるよう願います。

☆「映画は五日間で終わっていますが、このあとどうなったのか」ということも知りたくなります。

この映画にもでてくる寺田氏が書いた手記によると、このあと東電と政府の合同会議が設置されて、そこに政府の代表として残ったのは、海江田氏と細野氏だったとのことです。その会議が中心となって対策を考えることになったので、官邸が直接指揮をする時期は終わったとありますが、そのあとのことを知りたく思います。それを語れる人は限られているわけですが、その人達の発言に注目したいと思います。

☆原子力安全委員会委員長のひどさも、リアルに伝わってくる映画で、「この人が罪に問われなくていいのか」ともあらためて思います。

☆この映画に描かれている官邸の様子に大きな間違いはないとしても、この映画からはもれている部分はありえるということには注意が必要と思います。そういえば海外からの支援申し入れを、菅政権は断っていたはずですが、その辺のいきさつも大切な点だと思うので、知りたいと思います。

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<フィクション部分のエンターテイメントについて>

プロデューサーは「無知の知」を作った大塚馨氏で、企画からクランクインまで数年を要したそうです。官邸部分を事実に忠実なシナリオにすることにエネルギーを注ぐとともに、原発事故についてあまり関心をもたなかったような人の心にも響くエンターテイメントにしあげるために、苦労したとパンフレットにはありました。

その苦労は実ったと思います。

原発事故について、よく知っている人間としては、「今エンターテイメントにされてしまうのか」という抵抗感があるのは事実で、素直に白紙の気持ちで感情移入はできないのですが、「見事なものだ」と関心する場面がちりばめられていたのは認めざるをえません。

こういう作品でのエンターテイメント性というのは、緊迫感とともに、人間と人間関係の描き方の深さで、情に訴えて感動できたり気づきがあったりということだと思うのですが、主人公の記者さんの奥さんとのやりとりとか、原発のことを追求したくて会社をやめた人のこととか、記者同士のやりとりとか、息子さんが原発で働いていた家族のこととか、原発作業員同士のやりとりとか。。。さりげない場面・さりげないセリフがていねいに作られ、心配りが行き届いている映画でした。

「献身」が、やや強調されすぎている気もしました。原発作業員の人にも、いろいろな人がいたはずで、その部分は描かれていないからです。でも「献身してくれた人がいるからこそ、今日まで最悪の状況をなんとか避けて、作業が続けられてきている」のも事実で、そのことも忘れてはならないとも思いました。

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<その他>

◇東京の八王子からも避難するアメリカ人のことも描かれていて、「知らないのは日本人だけかもしれない」というセリフもありました。

「知らないのは日本人だけかもしれない」。。。2016年の今にもあてはまりそうな言葉です。

◇最後の方の場面で、「まだ終わっていないのに、五年前のことをみんな忘れ、終わったかのような状況になっていることへの懸念」が表明されます。

「まだ終わっていないことのあかし」として、「福島県からの避難者は何万人」と出てくるのは、ここでまた抵抗感を覚えます。「まだ終わっていないことのあかし」としては、放射能の放出が続いている原発の状況や、明らかになりつつある健康異変のことにもふれてほしかったと思いますが、ここはこの映画の本筋の部分ではないので、そこまでいうのは無理とは思い返します。

◇どうしても原発事故のことを考え続け、原発の映画をみつづけてきた私の感想は辛口に傾きがちですが、インターネット上にのっている感想をみると、多彩な人の多彩な感想がのっています。原発事故にほとんど関心をもっていなかった人がみる可能性があり、多彩な感想が寄せられているということにこの映画の価値があるのだと思います。それこそが製作された方たちの願いでもあったわけで、製作された方たちに心から敬意を表したいです。

◇この映画は、講演あるいはトークとセットで自主上映で広がっていけばと願います。誰の講演がこの映画にふさわしいのか、気にしておきたいと思います。

◇各地で国と東電を相手に「真相究明」や「責任追及」のための裁判にかかわっている方々にも共通認識として、みてほしい映画と思います。

 <おまけ>

※この映画に実名で登場した寺田学氏がこの映画についての感想を書いておられます。この人は早いうちから、ありのままを広く伝えるべきという考えをされた人で、率直に書かれています。参考までにリンクします。

http://www.manabu.jp/blog-entry/2016/05/24/442/

※2007年7月の中越沖地震のあと、二か月で当時の第一次安倍内閣の安倍総理大臣が辞職したことも記憶しておきたいと思います。 

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