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「灰色の北壁」 真保裕一

2008年02月14日 | 本(ミステリ)

「灰色の北壁」 真保裕一 講談社文庫

山岳ミステリーですね。
この間、「エーゲ海の頂に立つ」を読んだのですが、
その中で著者は、実際にはまったく登山の経験が無いにもかかわらず、
「ホワイトアウト」などで、いかにも登山家のように思われてしまうのが心苦しかった、というようなことを言っています。
それで、クレタ島の最高峰への登山を試みるのですが、
この「灰色の北壁」はその後に著したものであるとのこと。

山男、登山家というといかにも「人に優しく、自分に厳しい、強く頼もしく、純粋。」そんなイメージですよね。
まあ、ところが山岳ミステリとなるとほとんどが、この穢れない山に対峙して、人間のどろどろした部分が余計にあぶりだされる、
と、そういう結果になることが多いように思います。

この本は3話からなっていますが、たとえば1話目。「黒部の羆(ひぐま)」では、
二人の学生パートナーの登山の様子が描かれています。
一人は人望も厚く、前途洋洋、近くヒマラヤ遠征のメンバーにも決まっている。
もう一人は、少し前の登山でちょっとした判断ミスがあり、
登山家としての明るい未来は断ち切られた。
しかし力量は自分の方が絶対上と思っている。
相手がねたましくて仕方が無い。
そのような無言の圧力で、挑発するかのような動きをする。
そんな時、先を行っていた憎いほど好調と見えた相手が滑り落ちてくる。
実は先行の彼は彼で、先の登山の時には実はフェアでないやり方で勝利していた。その後ろめたさと、無言の敵愾心にせかされ、無理をしていた・・・という具合。
厚い友情で結ばれるはずの二人が、このようにどろどろの感情にまみれている。

これが下界なら単にけんか別れすればいい。
でも、互いの命を支えあわなければならない状況で、
この感情のもつれは生命に影響するわけです。
だからスリリング。

たとえば2人のクライミング中に一人が滑落。
一人は支えるのが精一杯で引き上げることもできない。
黙っていれば凍死か、2人もろとも谷底・・・。

または、吹雪の雪山で、一人は負傷で動くことができない。
食料も燃料もつきかけている。
まだ動ける一人が救助を求めに出るべきか。
それは残した一人を見殺しと同じなのではないか・・・。

これらのように究極の選択に迫られる状況で、
もろに人間性が出てしまうわけです。
そしてそこがドラマになるわけですね。
これまでも多くの名作が生み出されました。

表題作、「灰色の北壁」では、
ある登山家がある山の北壁ルートで単独初登頂を果たすのですが、
実は偽装なのではないかと疑惑をかけられます。
しかし、真相は、また別の登山家をかばうため、
やむなく疑いを向けられる行動をとることになってしまったという、
これはなかなか感動のストーリーです。
うん、やっぱりこういう話のほうが気持ちがいい。
山男はこうでなくては!

満足度 ★★★★

「エーゲ海の頂に立つ」もどうぞ



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