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書道 直庵(筆耕所)

紀貫之-寸松庵色紙-

  つらゆ支(き)             
 夜(よ)しの可(か)者(は)支(き)しのや
 まふき布(ふ)く可(か)せ
 尓(に)所(そ)この可(か)遣(け)佐(さ)へう
 つろひ尓(に)介(け)利(り)

 吉野川岸のやまぶき吹く風に底の影さへ移ろひにけり 紀貫之

平安王朝美の精華と讃へられる色紙に三種あり
其 寸松庵色紙 継色紙 升色紙 なり

ここに掲げたるは寸松庵色紙なり
紀貫之の筆と伝承されきたる
古今集の四季の歌の四十三首あり
この色紙 一辺およそ四寸なれば
掌に乗る大きさなり
料紙は唐紙(中国渡来の紙)にて唐草の型文様を摺り入れたる

この作品 わが國の重要文化財にして
ゆるりと見入れば
線の流れの川のゆるく流れ行くが如く 
また やはき風に花の舞ひ落つが如く
いとやわらかくして美しきことこの上なし

 貫之の筆と伝はるこの文字のやは春風にやまぶきの散る 丹人 


            

コメント一覧

あかひと
審美眼=直観
幽黙氏
氏の
>さらさらと水が
>時にすらりと流れ
>時に淀み
>時に石に跳ね返され
>時に木葉と戯れるごとき
>その様が見えるようで
>それは美しいものだ…

まさにさなり
いと素晴らしき氏が感性に
あかひと脱帽したる

美の鑑賞
是 人様々なりて
直観にて「よき」とおもへるものが
よきものなり
「よき」とおもへぬものは
よきものに非ず

専門家のよきといふも
己がよきと感じぬものは
その時点にてはよきものに非ず

年ふりて後に
以前にわろしと感じたるものの
よきものと感ずることあり
それもまたよろし
いとをかし

以下は愚痴にありて読むに値なき世迷言なり

書におきては
よきもよからぬも感じぬ輩の
数多 書を習ひたる
いとをかしき(狂いたるの意)

書は是 第一の芸にあらず
人間性が先なり
何為したかが先なり
其 せずして 
腕のみ鍛えて何の意味ある哉?

見よ!
展覧会で賞を取りたる者の書を欲する者ある哉?
さなる書よりも
人間性に秀で 多大なる難題を処理したる
大人物の書を欲する者多し
これなることも
果たしてよきか否かはわからぬも・・・

予のいひたきことは次なり

己の眼にてよきとおもへるものがよきものなり





あかひと
予 下野國のファンなり
お幸姫
予 下野國の大ファンなり
月に数度は訪ねたる
笠間の佛の山峠を越へれば茂木なり
先ず以て茂木のいとすばらしき
ゆずの里
棚田
牧野(まぎの)の蕎麦
・・・
少し北へ向かえば
黒羽に五峰の湯(PH9.9のアルカリ性単純温泉)
・・・
五十号にて小山に行けば
小山温泉「思ひ川」(風情ありてゆるりとできる温泉)
・・・
嗚呼
いと素晴らしき下野國・・・
Akahito~友部丹人
吉野川
西の吉野 東の桜川
此 桜の名所の東西横綱なり
嗚呼
吉野は氏の近隣
桜川は予の近隣
・・・
感慨一入なり
幽黙
流水
小生ごときには
この字が
う~ん
いわゆる相対的に
良いものなのか
美しいものなのか
定かではないのですが
さらさらと水が
時にすらりと流れ
時に淀み
時に石に跳ね返され
時に木葉と戯れるごとき
その様が見えるようで
それは美しいものだ…
と思うのです
お幸
ああ流麗。
漢字は中国から借りましたが日本の祖先は良い発明をしてくれたと思います。<かな>は日本独自の誇れる芸術ですよね。美しゅうござりまする。

わらわは常陸國に程近い下野國人ゆえ。
真壁のひなまつりとか日動美術館とか面白いですねえ、常陸國のファンです。
酒徒善人
吉野川
http://syutozennin.blog.ocn.ne.jp/
“吉野川”とは我が家の裏山を越した処にある
あの“吉野川”のことでしょうか?
今の季節、観桜の車で大渋滞です・・・
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