川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

松阪神社と御厨神社で夏越し行われる

2018-07-25 20:48:42 | 日記
 
         (松阪神社の夏越し)                  (御厨神社の夏越し)

 松阪市殿町の松阪神社(波多瀬秀之 宮司)と松阪市魚町の御厨神社(大和哲司 宮司)で平成30年7月25日に「夏越し(なごし)」が行われました。夏越しは「茅の輪(ちのわ)くぐり」や「輪越し」、「夏越の祓(なごしのはらえ)」などと呼ばれ、茅(かや)で編んだ大きな輪を8の字を描くようにくぐり、無病息災を祈る神事です。

 茅の輪くぐりは蘇民将来伝説に由来して行われます。昔、牛頭天王(ごずてんのう)が旅の途中、ある村にさしかかり、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)のところに一夜の宿を求めたところ拒否された。困り果てた牛頭天王は、次に貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)のところに行って宿を求めたところ「私の家は貧しく十分なおもてなしはできませんが、こんなところでよければ、お泊まりください」といって、精一杯の持てなしをした。次の日牛頭天王は自分の身分をあかし、もし疫病が流行ったら茅で輪を作り腰に着ければ病気にかからないと教えた。その後、その村で疫病が流行ったとき、蘇民将来の家は茅の輪で助かり繁栄していったが、巨旦将来の家は滅亡していったということです。

 当初の小さな茅の輪を腰にかけるという伝説から、輪がしだいに大きくなっていき江戸時代には大きな茅の輪をくぐり、罪や災いを取り除くという神事に発展していきました。もともと『水無月の祓い』として6月に行われ、正月から6月までの半年間の罪、穢れを払う『夏越しの祓い』として行われています。

 松阪神社では祭礼のあと、波多瀬宮司を先頭に茅の輪をくぐり、その後に神社総代の皆さんや一般参拝者が続きました。
 また御厨神社では祭礼のあと大和宮司を先頭に垣本禰宜、そして神社総代の皆さんが続いて茅の輪をくぐりました。このあと大和宮司から夏越しの由来の説明がありました。
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3 コメント

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セルフコラボレーション (ラム)
2018-07-26 14:19:18
川口様、こんにちは。
松阪山城会のラムです。
3月に行いましたのろし実験の際には会場にお越しいただき、ありがとうございました。
松阪山城会ではのろし実験のほかに講演会を催しています。今回、山城では著名な伊賀の福井健二様にお話をお願いしました。川口様におかれましては大変お忙しいので恐縮ですが、お時間がありましたらお越しいただきたくご案内申し上げます。
月日 8月2日
時間 10時半から
場所 産業振興センター2F 情報資料室
講師 福井健二(前伊賀中世城館会長)
出来ましたら出欠の連絡を頂けましたらと思います。
https://blog.goo.ne.jp/idealblog2/e/8eb41b29e1c1b31e3814c678eec047ab
講演会参加します (川口 保)
2018-07-27 08:01:03
松阪山城会 ラム 様

日頃より松阪市内のお城の調査、研究をされていることに敬意を表します。
「城」という歴史的にも、文化的的にも貴重な遺産に光りを当て、特に今は山と化している山城を、私たちにも見える形にしていただくことを、ありがたく思います。

講演会の案内ありがとうございます。
この日は何も予定がありませんので、
講演会に参加させていただきます。
セルフコラボレーション (ラム)
2018-07-27 23:48:09
川口様
講演会に参加いただけるとのこと、
ありがとうございます。
山城は時間と共に自然に戻っていってます。
形あるものは何れ無くなるといいますが、
まさにその様子です。
なんとか資料だけでも残したいと思います。
出来たら管理もしたいですが所詮は
他人の持ち物、その辺が難しいです。

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