不肖Tamayan.com駄弁録

「英雄は自分のできる事をした人だ。凡人はできる事をせずに、できもしない事を望む。」byロマン・ロラン

"Hamburger Hill"

2006年12月05日 04時48分04秒 | 徒然駄弁-映画編
ハンバーガー・ヒル

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 「この高地は、俺達をミンチにしようとしている。」。
 1969年5月ベトナム、若い米兵達をしてかように言わしめた丘があった。アシャウ・ヴァレー「937高地」。米陸軍のある部隊が、北ヴェトナム軍により要塞化されたこの丘を制圧・占領すべく派遣される。しかし、闘いは、激烈且凄惨を極める。連日攻勢を繰り返すも、激しい銃火のみならず、深いジャングルと険しい地形にも阻まれ、次々と兵士達が倒れていく。そして、兵士達は、犠牲に比して一向に陥落しないその丘をこう呼んだ。「ハンバーガー・ヒル」、と。
 「ハンバー・ヒル」におけるかくも激しい攻防戦を描いたのが、"Hamburger Hill"(1987年米国。監督J・アーヴィン。邦題『ハンバーガー・ヒル』。以後、本作。)、である(*)。本作上映と時期を同じくして後述する有名作品が上映され、又は既に何度かTV放映もされている故、ご覧になられた方も多いだろう。
 本作は、史実に基づいている。登場人物やストーリーはフィクションであるものの、本作に登場する戦場は、史実に実在する。1969年5月、米陸軍第101空挺師団第三大隊の937高地における闘いを、下敷きにしている。その闘いは凄まじく、十日間の激戦の末、第三大隊所属六百名の内、七割が戦死したという。
 本作は、かような激戦を、粛々と描いている。戦争映画にしては珍しく、ストーリー展開は、実に淡々としている。ひたすら突撃を繰り返し、敵味方共にひたすら人が倒れ、退屈な膠着状態が続く。特段派手な演出も無く、感動的な話も無い。ただ過酷な突撃戦と幕間に戦闘を重ねる毎に変わっていく兵士の心情を、比較的平坦に描いている。
 ここで、印象的なシーンがある。本編の最後、やっとのことで丘を制圧したにも関らず、兵士達がただ茫然自失としながらエンドロールに入る。大抵の作品であれば、良くも悪くもここで味を付けて、昂揚感又は悲惨さを演出するところである。しかし、本作には、それがない。
 また、これまた珍しく、主役がいない。しかも、当時において有名な俳優は、一人も出演していない。出演俳優は、無名の新人ばかりである。本作の為に全国から無名の若者を募り、オーディションに残った者達を敢えて起用したという。特段主役が設定されているわけではなく、「華」もない。
 ちなみに、この中には、後に名を上げる俳優達がいる。ディラン・マクダーモット(比較的最近本ブログでも紹介した『ザ・シークレット・サービス』や『ザ・グリッド』など)や、『トラフィック』『ホテル・ルワンダ』などで御馴染みのドン・チードルなどである。彼等にとっては、本作が最初の作品、である。
 とにもかくにも、派手さも華も無い本作は、戦争映画にしては随分質素である。個人レベルであれ、組織レベルであれ、国家レベルであれ、ヒロイズムは一切無い。繰り返せば、感動的な一面も、全くといってよいほど見られない。ただ無名の若者達が闘う様を、描いている。
 その所以は、本作の無情感とリアリティに求められるだろう。激戦の末に勝利したにも関らず、心が躍るわけでもなければ、涙が流れるわけでもない。ただ無意味を噛締め、どうしようもないやるせなさだけが残る。かような無情感を醸し出すべく、淡々と描いたのだろうと思われる。
 また、華の無さと淡々とした描写は、非常にリアルである。戦争に対する如何なる立場による作品に共通の、「余計な」演出は、一切ない。平坦な展開は、一見退屈に思えるも、実際の戦場を的確に描写しているのだろう。これは、戦争関係のノンフィクションを読んだ際、常に認識させられる。
 しかも、敢えて無名の若者を起用した故に、観客としても「余計な」感情が入り難い。有名俳優が出演していると、大なり小なり、その俳優に対する個人的感情が作用するものである。つまり、いつの間にか「その俳優」の物語に転化している場合がある。さらに、実際に戦場で戦っているのは、無名の若者達である。それ故、映画とはいえど、何の縁もない若者達を通して戦場と向き合える。
 かような手法は、非常に高く評価出来る。「客寄せ」的な胡散臭さはほとんど感じられず、真摯に戦場と向き合い、高いリアリティを有している。また、同時に、観客にそのリアリティがよく伝わるように思える。著者個人の感想を述べれば、ひたすら平坦に続く膠着戦と結末におけるあまりの無情感に、どうしようもなく重い疲労感に苛まされた。
 つまり、劇中に登場する兵士達と、相当程度心情を共有出来る。それ程観客に的確に伝えるべく、工夫が凝らされている。戦争映画に限らず、良い作品は、えてしてそういうものであろう。それ故、本作は、非常に優れた作品と言える。数あるヴェトナム戦争映画において、最も高く評価している作品の一つ、である。
 なお、本作には他にも高い評価が与えられているにも関らず、映画業界では、それほどでもないようである。ヴェトナム戦争映画と言えば、"Apocalypse Now"(1979年米国。邦題『地獄の黙示録』。監督F・コッポラ、主演マーロン・ブランド/マーティン・シーン。)や又は"THE DEER HUNTER"(1978年米国。邦題『ディア・ハンター』。監督M・チミノ、主演ロバート・デ・ニーロ。)といったところが、有名どころとして想起されるだろう。
 また、本作が制作された時期には、他にも有名作品が製作・上映されている。"PLATOON"(1986年米国。邦題『プラトーン』。監督O・ストーン、主演チャーリー・シーン。)と"FULL METAL JACKET"(1987年米国。邦題『フルメタル・ジャケット』。監督S・キューブリック、主演マシュー・モデイン/アダム・ボールドウィン。)、である。
 上記の作品に比して、本作は、それほど高く評価されていない。上述の作品がアカデミー賞を始めとする有名映画賞を獲得した他方で、本作は、特段の受賞歴がない。華が無かったのが原因なのだろうか。とにもかくにも、その所以は、定かではない。今のところ、それを知る術もない。
 しかし、幾らかレビューサイトを瞥見する限り、本作には高評価も少なくない。実のところ、有名俳優目白押しの"PLATOON"を酷評する他方で本作を高く評価するレビュアーも、決して珍しくはない。同期二作に比して、最高の評価を与えるレビューすら見かける。無論否定的に評価するレビュアーもいるが、高評価の方が多い印象を受ける。
 その意味において受賞歴が無いのは残念であるが、総じて、本作は非常に優れた作品である。代表的なヴェトナム戦争映画であり、他作も観るなら、本作も観るべきであろう。

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