前回はナンパ塾受講までの大まかな流れについて書きました。
今回はさらにそれより踏み込んだ、
自分の中の闇(トラウマ)の部分について書きます。
かなり赤裸々に書いてはいます。
自分には姉がいます。
性格は社交的で明るく、
人が集まってくるような存在。
控え目で落ち着いた自分とは正反対の性格です。
中学生まではそんな姉が妬ましくてしょうがなかった。
僕は中学生の頃は、理由は今でははっきり覚えていないのですが、
クラスの中でも空気のような存在で、
女の子には気持ち悪がられ、シカトやいじめに近い行動をされていました。
こんな世界から今すぐ消え去ってしまいたい。
いや、こんな世界など滅んでしまえばいい。
当時の自分は常にこんなことを考えて、
ゲームや漫画など2次元の世界に逃げ込んでいました。
自分が周囲から認めてもらえないというコンプレックスから、
僕は一生懸命勉強するようになり、
高校くらいからは頭がいい方に入ってきました。
高校にもなると多少はイジメを直接的に行うようなことは減ってくるので、
少ないながらもオタク的な友人達とそれなりに仲良くしていました。
ただ女の子に対しては昔気持ち悪がられていた経験から、
「怖い」という思いが強くて、
なかなかこちらから話しかけて、仲良くなることは出来ませんでした。
それが全て変わったのが高校2年の頃。
姉が神経症になってしまった。
特に大きなきっかけがあったわけではないのだが、
その社交的な性格から常に皆の輪の中心にいることに、
プレッシャーを感じてしまっていたことが原因のようだ。
不登校になり、家から一歩も出なくなってしまい、
家族に向かって怒鳴りちらすようになってしまった。
姉の世界は家族の中だけになってしまった。
姉の生活は、昼夜は逆転し、
感情のコントロールがどんどん崩れてしまい、
病的な強迫症状から理解不能の行動を取るようになってしまった。
僕に対しても暴力的な言動や行動に出ることが多く、
何度も暴言を吐かれビンタや拳で叩かれていた。
ただそれでも姉は僕や家族にすがってくる。
周囲にまで響き渡る大声で泣きさけんでいた。
昔の姉の明るい面影はどこにもなくて、
ただあまりにも惨めで哀れだった。
自分が守らなくてはいけないと感じるようになった。
それからは学校以外の時間は、
ほとんど姉のために費やすようになり、
姉が喜ぶように一緒にゲームをして遊んだり、
自分を卑下した馬鹿な話をしたり、
姉が感情的になったら、自分が悪くなくてもひたすらなだめて謝って、
落ち着くまで手を握って何時間もベットのそばに座っていたこともありました。
自分の人生を楽しむという願いは遠い夢のようでした。
こんな毎日は1年、また1年と続き、
僕は大学生になっていました。
その頃はもはや家族は崩壊寸前でした。
父親は姉の病気を認めようとせず、
頑張ればなんとかなるという言動しか行わず、
姉との接触が無くなってしまいました。
温厚なはずの母親も姉に感染したのか、
どんどん怒りっぽくなってわめき散らしています。
僕が上手く行動しなければ家族が崩壊する。
そんな責任感を感じるようになっていました。
この頃から、感情をコントロールすることがひどく上手になり、
どんなに怒りを感じても笑顔で謝ることが出来るようになりました。
常に自分を犠牲にして客観的に行動することに長けていきました。
そしていつの日か、自分の感情を素直に表現出来なくなってしまいました。
絶望なんて身近にあることを理解し、
現実逃避のために美少女ゲームなどの2次元の世界にとどまり続けていた。
現実の面倒な彼女などいらない、空想的な関係でいいと思っていました。
この辺りの僕は、彼女はおろか、人と深い接触を取りたくありませんでした。
もうこれ以上感情を揺さぶられたり、
振り回されたくはなかった。
疲れたくなかった・・・
そんな苦しみが何年も続き、
自分は大学を卒業し、専門学校に入りなおした頃。
20代も半ばを過ぎていました。
当然恋愛経験もない状態です。
姉に対する思いは憐れみと憎しみ。
自分の人生を左右されている思いが、
いつしか殺意に近い感情にまで高ぶってきていました。
そんな病んでいる日々のなか、
姉も神経症が徐々に落ち着いてきたのか、
自分からとあるメンタルセラピーの施設にいきたいと言いました。
まさか姉が自分から行動するとは思わなかったので、僕はとても驚きました。
ところがもっと驚いたのは帰ってきてから。
姉の人格が大きく変わっていたことです。
感情的だった性格が影を潜めて、
素直に僕に対して今までのことを謝ってきたのです。
人が変わったような感じでした。
まだ普通の人と比べれば、おかしくなる時もありますが、
過去と比べればすごい改善していました。
自分は姉のために人生を捨てるだろうと薄々思っていたので、
それから急に解放されたので、とても驚きました。
ようやく明るい未来が開けたような気がしました。
20代半ばを過ぎてから、ようやく自分の人生を生きれることになったのです。
ただ残酷なことに、
これまでの日々は、あまりに特殊で異常な環境にいたため、
姉だけではなく僕も健全な成長をしてきてはいなかったのです。
通常に生きていれば学習できる対人コミュニケーション能力を、
僕はほとんど身につけないまま大人になってしまいました。
姉から解放されて自由に生きれるようになったのに、
逆に自分が何もできないことに気付いてしまいました。
結局、それからも彼女はおろか、女友達すら作ることが出来なかったのです。
そんなとき、専門学校を留年して時間だけはあったので、
自分とはあまりにも違う「ナンパ」という世界をみて、
毎日女の子をとっかえひっかえして、
女性にまるで不自由していない人達を羨ましいと心の底から思いました。
このまま生きても、今のコミュニケーション能力では、
一生女の子と付き合うことが出来ないだろう。
そんな思いから、河木さんのナンパ塾を無料体験して、
この人に教わっていこうと決めました。
どんなにつらくても、
姉との地獄のような長い年月で、
絶望には慣れていたから耐えられると思いました。
20代後半から、自分の幸せが欲しい。
そんな思いから『今から始める!』とタイトルをつけました。
今回はさらにそれより踏み込んだ、
自分の中の闇(トラウマ)の部分について書きます。
かなり赤裸々に書いてはいます。
自分には姉がいます。
性格は社交的で明るく、
人が集まってくるような存在。
控え目で落ち着いた自分とは正反対の性格です。
中学生まではそんな姉が妬ましくてしょうがなかった。
僕は中学生の頃は、理由は今でははっきり覚えていないのですが、
クラスの中でも空気のような存在で、
女の子には気持ち悪がられ、シカトやいじめに近い行動をされていました。
こんな世界から今すぐ消え去ってしまいたい。
いや、こんな世界など滅んでしまえばいい。
当時の自分は常にこんなことを考えて、
ゲームや漫画など2次元の世界に逃げ込んでいました。
自分が周囲から認めてもらえないというコンプレックスから、
僕は一生懸命勉強するようになり、
高校くらいからは頭がいい方に入ってきました。
高校にもなると多少はイジメを直接的に行うようなことは減ってくるので、
少ないながらもオタク的な友人達とそれなりに仲良くしていました。
ただ女の子に対しては昔気持ち悪がられていた経験から、
「怖い」という思いが強くて、
なかなかこちらから話しかけて、仲良くなることは出来ませんでした。
それが全て変わったのが高校2年の頃。
姉が神経症になってしまった。
特に大きなきっかけがあったわけではないのだが、
その社交的な性格から常に皆の輪の中心にいることに、
プレッシャーを感じてしまっていたことが原因のようだ。
不登校になり、家から一歩も出なくなってしまい、
家族に向かって怒鳴りちらすようになってしまった。
姉の世界は家族の中だけになってしまった。
姉の生活は、昼夜は逆転し、
感情のコントロールがどんどん崩れてしまい、
病的な強迫症状から理解不能の行動を取るようになってしまった。
僕に対しても暴力的な言動や行動に出ることが多く、
何度も暴言を吐かれビンタや拳で叩かれていた。
ただそれでも姉は僕や家族にすがってくる。
周囲にまで響き渡る大声で泣きさけんでいた。
昔の姉の明るい面影はどこにもなくて、
ただあまりにも惨めで哀れだった。
自分が守らなくてはいけないと感じるようになった。
それからは学校以外の時間は、
ほとんど姉のために費やすようになり、
姉が喜ぶように一緒にゲームをして遊んだり、
自分を卑下した馬鹿な話をしたり、
姉が感情的になったら、自分が悪くなくてもひたすらなだめて謝って、
落ち着くまで手を握って何時間もベットのそばに座っていたこともありました。
自分の人生を楽しむという願いは遠い夢のようでした。
こんな毎日は1年、また1年と続き、
僕は大学生になっていました。
その頃はもはや家族は崩壊寸前でした。
父親は姉の病気を認めようとせず、
頑張ればなんとかなるという言動しか行わず、
姉との接触が無くなってしまいました。
温厚なはずの母親も姉に感染したのか、
どんどん怒りっぽくなってわめき散らしています。
僕が上手く行動しなければ家族が崩壊する。
そんな責任感を感じるようになっていました。
この頃から、感情をコントロールすることがひどく上手になり、
どんなに怒りを感じても笑顔で謝ることが出来るようになりました。
常に自分を犠牲にして客観的に行動することに長けていきました。
そしていつの日か、自分の感情を素直に表現出来なくなってしまいました。
絶望なんて身近にあることを理解し、
現実逃避のために美少女ゲームなどの2次元の世界にとどまり続けていた。
現実の面倒な彼女などいらない、空想的な関係でいいと思っていました。
この辺りの僕は、彼女はおろか、人と深い接触を取りたくありませんでした。
もうこれ以上感情を揺さぶられたり、
振り回されたくはなかった。
疲れたくなかった・・・
そんな苦しみが何年も続き、
自分は大学を卒業し、専門学校に入りなおした頃。
20代も半ばを過ぎていました。
当然恋愛経験もない状態です。
姉に対する思いは憐れみと憎しみ。
自分の人生を左右されている思いが、
いつしか殺意に近い感情にまで高ぶってきていました。
そんな病んでいる日々のなか、
姉も神経症が徐々に落ち着いてきたのか、
自分からとあるメンタルセラピーの施設にいきたいと言いました。
まさか姉が自分から行動するとは思わなかったので、僕はとても驚きました。
ところがもっと驚いたのは帰ってきてから。
姉の人格が大きく変わっていたことです。
感情的だった性格が影を潜めて、
素直に僕に対して今までのことを謝ってきたのです。
人が変わったような感じでした。
まだ普通の人と比べれば、おかしくなる時もありますが、
過去と比べればすごい改善していました。
自分は姉のために人生を捨てるだろうと薄々思っていたので、
それから急に解放されたので、とても驚きました。
ようやく明るい未来が開けたような気がしました。
20代半ばを過ぎてから、ようやく自分の人生を生きれることになったのです。
ただ残酷なことに、
これまでの日々は、あまりに特殊で異常な環境にいたため、
姉だけではなく僕も健全な成長をしてきてはいなかったのです。
通常に生きていれば学習できる対人コミュニケーション能力を、
僕はほとんど身につけないまま大人になってしまいました。
姉から解放されて自由に生きれるようになったのに、
逆に自分が何もできないことに気付いてしまいました。
結局、それからも彼女はおろか、女友達すら作ることが出来なかったのです。
そんなとき、専門学校を留年して時間だけはあったので、
自分とはあまりにも違う「ナンパ」という世界をみて、
毎日女の子をとっかえひっかえして、
女性にまるで不自由していない人達を羨ましいと心の底から思いました。
このまま生きても、今のコミュニケーション能力では、
一生女の子と付き合うことが出来ないだろう。
そんな思いから、河木さんのナンパ塾を無料体験して、
この人に教わっていこうと決めました。
どんなにつらくても、
姉との地獄のような長い年月で、
絶望には慣れていたから耐えられると思いました。
20代後半から、自分の幸せが欲しい。
そんな思いから『今から始める!』とタイトルをつけました。
私の場合は母との仲が悪く、それが今まで素人童貞だった一因と思います。
まともに恋愛感情も絡めて女性と接する事が出来たのもナンパを始めてからです。
ナンパが出来れば男とのコミュニケーションなんて余裕ですよね。だって知らない女性に声を掛ける程、勇気が必要な事って他にありませんから。
ナンパやってホント良かったと思います(*^-')b
言われてみれば、異性の家族の影響は恋愛にも影響しているような気がします。
僕だけではないかもしれませね。
ナンパをして対人コミュニケーションを学んでいるかもしれませんね(^_^)