多摩川新聞ブログ

川崎の地域情報を提供する「多摩川新聞」の連動ブログです。

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サポートセンター設立の思い ~学校に行きたくても行けない子の悩みを~

2017-12-28 10:47:48 | 教育相談のコーナー
 サポートセンターには、不登校やいじめ、家庭の事情や本人の発達上の障害など、様々な支援を必要としている子どもたちが通っています。友だちとうまくコミュニケーションがとれなくて学校での生活になじめない子や、担任の先生や学校生活と合わずに悩んでいる子、誰からも認めてもらえず自分に自信を持てずにいる子、お父さんやお母さんの期待に添えずに困っている子などです。
 このような子どもたちの悩みに、少しでも手を差し伸べられないだろうかという思いを持った元学校の教員が、平成十六年にサポートセンターをつくりました。
 つくるまでには大変なことがいっぱいありました。子どもたちが勉強する場所はどうしたらいいか、机やいす、悩み相談の受付方や電話機の設置、部屋代や電気代などの支払い、非営利活動法人(法律に基づいた組織)としての手続きなどでした。同じ志を持つ人たちが手分けして、知人やPTA会長、川崎

市教育委員会や企業の方々などに相談しました。
 みなさんが快く相談にのってくださいました。「学校に行きたくても行けない子、特別な支援を必要とする子たちのための力になれるのなら喜んでお手伝いします。」という力強い声を支えに、このサポートセンターが誕生しました。
 法律や経理の専門家が設立準備を手伝ってくれたり、企業の方が事務机や学習机などを提供してくれたりしました。何よりも助かったのは、マンションを経営している大家さんから、学習や相談活動のための部屋を提供していただいたことです。
 このように多くの方々からの支援をいただいて、サポートセンターをスタートすることができました。そして十三年が経ちました。学校や川崎市総合教育センターの紹介で訪れる保護者、民生委員やソーシャルワーカーさんからの問合せなど、輪がどんどんと広がっています。
 現在、サポートセンターには30数人の学習担当者がいます。中学校の数学や理科、国語などの専門教科の元教員、小学校で子どもの悩みや相談などの経験を積んだ元教員、英語など専門に勉強した地域の方、などです。悩みや学習の相談担当者も7人います。学習担当者と相談担当者の両者が連携し、学習の内容や方法、心のケア、他機関や学校との連絡など、よりよい方向を絶えず考えるように努めています。
子どもが学習する楽しさを感じ取り、自分の能力を再発見し、意欲と自信を取り戻す力が培えるよう願っています。この願いを私たちサポートセンターでは、所員の理念として「子たちに力を」として掲げています。
サポートセンターの子ども支援に関係する活動は、当センターの他に次の箇所でも相談を行っていますのでお問い合わせください。

【こどもサポート南野川】
(宮前区役所委託)
・電話:044-755-7602

【こどもサポート旭町】
(川崎区役所委託)
・電話:080-2349-4556

「自立に向けて歩みはじめたA子」 ~お母さんって、すごいね~

2017-10-24 23:23:54 | 教育相談のコーナー
 A子が母親とともにサポートセンターに訪れたのは2月の末だった。不登校になって「ゆうゆう広場(適応指導教室)」に通っていたが、高校進学が心配であることをメンタル担当カウンセラーに相談すると、サポートセンターを紹介された。
 中学1年の時、男子生徒から斜視であることで深く傷つけられたことが不登校の原因という。川崎市内に転校し、やっと慣れてきた時期であったため、ショックが大きかった。2年生になって「ゆうゆう広場」に通いはじめた。学級担任は週一回家庭訪問をして、学校からの情報を話している。その中で、吹奏楽部の顧問や部員から誘いがあり、学校に足を向けたが、音楽室まで行くことができなかった。男子生徒への不安と不信感が残っていたようである。

ーーー

 A子はサポートセンター相談担当者に次のように語っていた。

 転校してきて、新しいクラスの雰囲気の違いに戸惑っていた。やっと慣れたところで、学級に入れなくなったってしまった。担任の先生や吹奏楽部の友だちとは話はできるが、クラスの人とは話せない。元の学校に転校したい気持ちもあるが、いつか今の学校に行けるようになりたいと思っている。

ーーー
母親も次のように話している。

 学校に行きたい気持ちがあるが、男子生徒に不安を抱えている。生活のリズムづくりに適応指導教室に行き、サポートセンターでは学力をつけてもらいたい。進路の第一希望は単位制高校、第二希望は不登校に理解のある男女共学の私立校を探したい。

ーーー

 サポートセンターでは、A子に対して四段階の枠組みで支援にあたった。
第一段階「心のケア」
第二段階「1、2年生の学習」
第三段階「3年生の学習」
第四段階「コミュニケーション能力を高める試み」
 A子は同年代の異性が苦手であることから、サポートセンターのふれあい体験学習(異学年・異性の子どもによる調理、ゲーム等の宿泊体験)や学校との連絡を密にすることで、友だち関係の調整や生活上の適性を見いだし、心のケアを図ることにした。
 「1、2年生の学習」では、学習に対する意欲が高いため、問題集を中心に理解度を見ることにした。声を出すことに慣れさせるため、国語、英語の教科書を使って音読を取り入れることにした。
 「3年生の学習」は進度に合わせた教科書に重点を置いた。興味のある英語を中心に、数学、国語、社会科も週一回は取り上げるようにした。
 第四段階の「コミュニケーション能力」は英会話の学習を通して進めることにした。海外に行きたいというA子の夢を結びつけて取り組むこととした。
 サポートセンターに通うようになって1年近く経過しようとしている。高校受験の準備もおおむね合格ラインに到達してきた。心のケアとして取り組んだ活動では、同年代の男子に対して壁をつくってしまうことが多く見られた。大学生など年上の異性とは進んでおしゃべりできるので今後に期待したい。
 先日、サポートセンター主催の「不登校についてのパネルディスカッション」が行われた。保護者・市民の立場で母親にパネリストとして参加して戴いた。A子の経験談を話す母親の言葉にA子はうなずきながら聞き入っていた。会が終了したとき、同席していた学習担当者にポツリとA子が話した。「お母さんってすごいね。自分もがんばらなくちゃね」と。
 学習担当者は、A子が自立に向けて歩み始めたことを確信した。

「いじめ・不登校への対応」 ~一人ひとりに応じた「合理的配慮」とは~

2017-06-04 08:38:46 | 教育相談のコーナー
 認定NPO法人教育活動総合サポートセンターでは、いじめや不登校で悩む子どもたちへ支援のあり方について研究し、毎年川崎市内の学校や教育委員会などの教育機関や療育センター等の福祉機関、また,保護者を対象に「報告会」をしています。今年は2月25日に行いました。
 会場には、川崎市総合教育センターの先生や区役所の方、川崎市内の小学校や中学校の先生方、県内のフリースクールの先生、これから学校の先生になろうとしている学生、また保護者の方々など大勢の参加がありました。
 報告会は、まずサポートセンターが研究に即し、どんな方法で子どもたちと接してきたか、何が大切かを報告しました。次にある子ども(Bさん)を事例とし、Bさんの学習を支援するために、何が必要で何が大切であるかを、具体的な取り組みについて報告しました。そこには、Bさんの社会的自立や学習に対する意欲が変わっていく様子が見えました。
 続いてパネルディスカッションを行いました。テーマは「一人ひとりに応じた「合理的配慮」についてです。不登校になったお子さんの保護者、小学校の代表、中学校の代表、高等学校定時制の教頭先生、そしてサポートセンターの代表者など5人の方の考えを聞きました。
保護者の方は、「不登校を解決するには学校に頼っているだけではいけない。医療とか行政・地域の連携が大切です」と、これまでの経験に基づいて話されました。「子どもは、先生や親が思っている以上に深く考えている」と話されたことが印象に残りました。
小学校の先生は、自分が実際に教室で教えた具体的な指導方法を話されまし;;:;:た。その子の必要に応じて、漢字練習でマス目の大きいプリントにしたり、算数の計算では位取りの分かる四角い枠の中に数字を入れるなど分かりやすくしたそうです。「学習支援はその子に合ったオーダーメイドです」といわた言葉が心に残ります。
中学校の先生は、勤めている学校全体で取り組んだ特別支援教育推進校の成果を話されました。ユニバーサルデザインの大切さ、人権教育の充実、個人に必要な合理的配慮の提供など、共に育つ仲間作りの大切さを強調され、まずは学級づくり、そして、個に応じた支援を学校全体で取り組んでいる様子等です。
高等学校の教頭先生は、定時制に通う20歳を過ぎた青年の様子や、中学生の頃不登校だった生徒の様子を話しました。高校生になると中学生時代になかった意欲が出てくるようです。「このままでいいのか」「今できることは何か」と自問自答するようになるというお話がありました。生徒たちが、授業の始めや授業が終わってからよく職員室に来て、教頭先生と将来の夢や希望を話すそうです。次回のこのコーナーで、この定時制高等学校の生徒が弁論大会で最優秀賞とった「今しかできないこと」を掲載します。
パネルディスカッションの最後は、サポートセンターの片山田鶴子副理事長でした。片山はサポートセンターで子どもや保護者からの相談を担当しています。その経験から、相談が始まってから解決していく課程やその子の勉強の方法など、サポートセンターの取り組みについて話しました。また、内容によって医療機関がよいのか、児童相談所がよいのかなど専門分野の紹介や福祉や教育・行政などの関係機関との連携の大切さも話しました。そして、合理的配慮とは、何か特別なことをするのではなく、その子一人ひとりとしっかり向き合い、話を聞き、その上でその子にとって一番必要なことは何かを考え行動することを考えることが大切であると力説しました。
研究報告やパネルディスカッションが終わり、参加した人たちからたくさんの感想や意見をいただきました。サポートセンターは、多くの人のご支援とご協力によって成り立っているということを改めて感じました。

「サポートセンターつてどんなところ」 ~相談担当 片山田鶴子さんに聞く~

2017-06-04 08:14:44 | 教育相談のコーナー
 僕は中学2年生のAです。中学生になってすぐ学校へ行くのがいやになってしまいました。「原因が何か」と聞かれてもよく分かりません。母はしつこく理由を聞きます。「友だちからのいじめ」「学校の勉強」「先生のこと」などいろいろ聞かれますが、自分でもよく分からないのです。そんな自分をみて、母が友だちに相談しました。母の友だちの子が「サポートセンター」に通っているようです。
 母と僕は、JR南武線津田山駅から歩いて8分のサポートセンターに行きました。
サポートセンターは大きなマンションの一階にありました。片山田鶴子先生が入り口まで迎えに来ていました。
教室ほどの大きさの部屋が、いくつものついたてで仕切られ、勉強している声が聞こえてきました。通路の奥の相談室に案内され、早速母が「サポートセンターはどのようなことをしているのですか」と、片山さんに尋ねました。
片―こんにちは。サポートセンターで相談担当をしている片山です。それでは、サポートセンターのことについてお話します。Aさんのお役にたてるといいですね。
 このサポートセンターは13年前、平成16年に学校の先生をしていた人たちが「不登校のこどもや勉強をしたくてもできないこどもたちの力になりたい」という気持ちでつくりました。今通っている子どもの数は、小学生が19人、中学生が65人、高校生等が3人です。その中で学校に行くことが出来ないお友達が50人以上いるんですよ。
A―どんな勉強をしているのですか。
片―人によって違いますが、小学生は国語や算数、社会科、図工などもしていますよ。ピザやクッキーをつくっているときはとても楽しそうですね。中学生は苦手としている教科を勉強している人が多いですね。国語や英語、数学、理科など中学校の元先生に習っていますよ。中学3年生は、希望する高等学校に進学できるようにがんばっていますよ。
A―毎日勉強しているのですか。
片―そうしたいのですけれど、場所も先生も限られているので原則一週間に二回としています。いつも同じ先生が1対1で指導していますよ。校長先生がサポートセンターで勉強していることを認めると、その学校の出席扱いにもなります。
母―どのような相談があるのですか。
片―相談担当者は6人で分担しています。特別支援教育の専門、教育相談の専門などこれまでの経験を生かしてそれぞれの相談に応じています。「学校でいじめにあった」「友だちとのトラブル」「学校の対応」「勉強が分からない」「特別な支援が必要」
など、悩みを聴き、よりよい解決の方法を保護者の方と話し合います。そのためには、学校の担任の先生や子ども支援室の先生、病院の先生とも相談することもあります。
母―今日伺ったのは、Aが不登校になった原因が分からず悩んでいるのです。このようなことも相談できるのですか。
片―もちろんです。これからいっしょに考えていきましょう。まずはお母さん、あまりAさんに「どうして学校に行かないの」とか、「しっかりしなさい」などと厳しく言わないでください。お母さんのそばにいると安心できる雰囲気をつくることが大切ですよ。次回もAさんといっしょにきていただけますか。学校のことや勉強のことをもう少し聞きたいので。お母さんからは、ご家族のことや小学校の頃のお話も聞いてみたいと思います。
母―今日はありがとうございました。次回どうぞよろしくお願いします。

いじめを克服し 学習意欲が高まったA子さん

2017-01-27 00:46:15 | 教育相談のコーナー
 中学3年生のA子と母親がサポートセンターを訪れたのが5月こと。現在は相談指導学級に通っているが、学力不足なので基礎学力を身につけ、高校は休まずに通いたいという。
 母親は、小さい頃のA子の生活の様子をきめ細かく語った。A子は3人姉妹の長女として元気に育った。しかし幼稚園に通い始めたとき、集団への不適応が見え始めた。いき渋りがあり母親に付き添われて通園していた。
 小学校に入っても集団になじめなかった。学級担任と気が合わないといい、ここでも母親と登校した。川崎市の総合教育センターでの相談の成果もあり、小学校3年生から6年生までは順調に登校することができた。
 中学生になっても順調に登校できていたが、1月のスキー教室で女子のグループにいじめられ、不登校となってしまった。
 再度総合教育センターの相談室に通い、2月から家庭訪問相談員による週一回の訪問指導が始まった。3月になるとゆうゆう

はゆうゆう広場と相談指導学級(市内中学校2校に設置された、不登校生徒に対して必要な支援を行う)を見学した。そして相談指導学級に通級することとなった。
 中学2年生になり、自宅に家庭訪問相談員とメンタルフレンド(女性の大学院生)が訪問することとなった。学習や会話などによるカウンセリング支援で、A子の表情が明るくなってきた。しかし、学習意欲の高まりにはかける面があった。
 A子が中学3年生になった年に家庭訪問相談員がサポートセンターの職員になった。相談員からサポートセンターの学習支援の様子を詳しく知った母親は、A子の学習意欲の高まりを求めて来所したのであった。
 早速、三点の基本計画が立てられた。
ア 心のケアを重視する
・A子と関わりのあった元家庭訪問相談員が学習担当者になってフォローする。
・母親との連携を密にし、家庭での生活の安定を図る。
・A子が将来に夢と希望をもてるよう、カウンセリングを進める。
イ 学習への支援
・個別学習の中で習熟度を把握し、興味・関心・意欲の喚起に努める。
・中学1・2年生の学習内容の基礎学力をつける。
・徐々に3年生の教科書の内容を進め、川崎市診断テストに備える。
ウ 保護者・学校との連携
・保護者にも来所していただき、A子の学習姿勢を見てもらい、学習方針を理解してもらう。
・相談指導学級の担当者と連絡を取り、進路指導等円滑に進める。
 このことを基本に学習支援が展開した。七月から十月には3年生の数学の教科書にそって学習し、因数分解や平方根に興味を持ち始めた。
その結果、川崎診断テストで良い評価を得て自信となり、学習への意欲・関心や心の安定につながった。「計算問題はがんばった。応用問題も少しできたよ」と語ったA子の顔から笑みがこぼれた。
 高校の志望校も決まり、数学、英語、国語の学習に真剣さがさらに生まれてきた。「どうしても高校に行きたいから一生懸命がんばるよ」というA子の言葉と態度にサポートセンターの職員も支援に力がはいった。数学、英語、国語の担当者とも連絡を取り合い、A子の学習意欲の持続や心のケアに時間を割いた。
 相談指導学級での学習態度や学校生活の様子が評価され、中学校からの推薦で受験することとなり、みごと合格した。
 もと家庭訪問相談員だった職員が語っていた。「スキー教室でのいじめ直後のAちゃんの姿から想像もできない。高校に行きたいという信念があったからこそ叶ったこと。いじめを克服したがんばりをほめてあげたい」と。

「なんでいじめられるの」~子どもの特性を配慮して~

2016-07-23 01:33:57 | 教育相談のコーナー
 中学3年生を間近に控えた春休みに、母親がサポートセンターの扉をたたいた。そしてA男がサポートセンターに通うこととなった。 
友だちや学校への不信感が重なり「学校にはもう来ません。お世話になりました」と宣言して、不登校の決断をしたようである。 
人への不信感を抱くようになったのは次のような経過の積み重ねがあった。
 中学に進学し、胸膨らむ生活を送り始めたが、全校合唱コンクールの練習が始まった時から変化が生まれた。A男の「音に敏感」という特性から、合唱練習の音がきつくて耐えられない日々が続いた。音楽室で合唱の練習が始まると、後ろの窓際の席に移動していた。たまたま窓際にあった踏み台に足を乗せた時、先生から強い言葉で叱責された。窓から飛び降りるのではないかと勘違いされたようである。
 このことがきっかけでクラスの子や他クラスの子からきつい言葉を浴びせられるようになった。時には殴られたり、石を投げられたりするようになった。
 2年生になっても「いじめ」が続き、教室から離れるようになった。昼食の時は図書室へ行くようになり、いじめがひどいときにはA男からも手を出し、それを制止した子の手をかんだこともあった。注意する先生にも抵抗するようになった。
このような状況をもとに、サポートセンター相談担当者会議を開きA男の支援体制を検討した。母親の思い、父親の思い、A男の生育歴、中学校生活の学習状況等から、A男の特性(発達課題)を十分配慮した指導方針、関係機関(発達相談支援センター、通級指導教室)や在籍校との情報交換を重視することを確認した。
 サポートセンターでは、A男の特性を配慮した環境づくりに努めた。音に対する過敏性、興味のある教科等についてである。このことから、個室を優先して使用する、通級する児童生徒の少ない時間帯で学習する、好きな教科(理科)を実験や観察を中心に進めることとした。
 通所当時は、母の車で送り迎えをしていたが、今は一人で通えるようになった。理科をきっかけに数学の学習にも取り組むようになった。「今日は○○したい」と自分の意思を学習担当者に伝えるようにもなってきた。何よりも目を見張るのは、学習担当者以外の所員の人々にあいさつするようになったことである。第1段階がクリヤーできた。
 第2段階は高校受験に向けて取り組む意欲の喚起である。これまで、父母の気持ちをくみ取るようたびたび面談を行ってきた。両親とも高学歴である。進路相談にはA男の実態を踏まえ、父母が納得できるまで耳を傾け、その方向を担当者と共有できるように努めた。その結果A男が進学を希望する学校が定まり、見学する意志まで見えるようになった。
  ◇  ◇  ◇
【担当者の思い】
 学校が「A男の性格や特性を十分に理解されていれば」と悔やまれる。本人は大変我慢強い性格で、友だちからいじめられても誰にも言わず、じっと我慢していた。
それが長期にわたり、不登校にいたった。本人が高校進学に躊躇していたのも、「高校にいっても同じようにいじめられるのでは」という思いがあったからだ。他人への不信感が強いためである。時間を要したが、何とか私には話をしてくれるようになった。安心感が生まれたからだろう。中学に進学した時に「音に対する過敏性」「集団活動の苦痛」等が配慮されていれば、A男の苦痛は半減されていたかもしれない。
 「せめて、高校に行ってよい友だちと出会ってほしい」という父母の言葉が、担当する私の支えでもある。

他者の気持ちを 受け入れることから 他者の気持ちを 受け入れることから

2016-05-26 07:40:22 | 教育相談のコーナー
 6年生のAさんと母親がサポートセンターを訪れたのは4月の末でした。来所のきっかけは、当所から派遣した教育サポーターから「サポートセンターには勉強がしたくてもなかなか学習について行けない子や不登校になった子がたくさんいるよ」ということを聞いたことでした。
 Aさんは、両親と3人家族です。遊ぶのが大好きで、特に車に興味を持っています。でも、勉強が苦手で大勢の友だちの中では自分の意思を上手に伝えられません。そのため周囲の友だちとぶつかることもしばしばあったそうです。勉強が苦手、大勢の中での生活が苦手ということから、イライラすることが多くなり、友だちや先生と衝突してしまいます。その結果、授業中に席を離れたり教室を飛び出したりしてしまうようになりました。そして、このようなAさんの学校生活を正そうとする担任の先生と相性が合わず、学校を休んで家でゲームなどをして過ごすようになりました。
 このような状況を改善するため保護者と学校関係者で、個別の学習支援や落ち着ける居場所について話し合いをもちました。そんな中、学校に派遣されていた特別支援教育サポーターから「こどもサポート」の紹介があったわけです。
サポートセンターではAさんの生活の基本的な方針を次の2点としました。
・勉強を無理強いせず、興味ある実験やものづくりを通して人との関わり方を学ぶ。
 ・学校との連絡を密にして登校刺激を探る。
通所し始めの頃のAさんは「大人は、口を開けばすぐに勉強、勉強と言うんだから」「勉強なんか大嫌い」と口癖のように言っていました。しかし、Aさんは学習塾に通っており、帰る間際に「塾の宿題の答えだけ教えて」としばしば口にします。意のままにならないスタッフに対して感情を顕わにしたり、物への八つ当たりをしたりする一方、「塾は休まない」というおうちの人との約束がAさんの気持ちを追い詰めたようです。
スタッフはAさんに「自分の本当の気持ちに出会わせる」ことにしました。そして、「困ったときの解決方法を一緒に考える人がいること」、「自分の考えを見守ってくれる人がいること」、更に「自分の行いが人の役に立っていること」を、活動を通して気づかせるように試みました。ソーラーカーづくりでは、より速く走らせるための工夫をスタッフと一緒に考える。梅ジュースづくりでは、収穫した梅や入れる砂糖の量を調べる計量と計算、野菜の販売の時は値段決めや表示づくり、季節の変わり目の学習室の模様替え、作物の種まきや収穫の栽培活動の体験・・・。
これらの体験を具体的に示し、それぞれの活動時には感謝や賞賛の言葉を添えながら、人に認められる経験を重ねました。とはいっても、なかなか思惑通りには進まないのが現実でしたが、それでもAさんの言動に少しずつ変化が現れてきました。
来所する子供をよく観察するようになりました。
「絵がすごく上手なんだね」「みんな来てすぐ勉強ばっかり、ちょっとかわいそう」など、他の来所者の言動に関心が広がっていきました。また、スタッフに対しても「今日はたくさん来ていて忙しそうだね「実験は何時から出来るの」というように、相手の様子を見ていなければ分からない気遣いの言葉が聞かれるようになったのです。自分の行いが人に認められる心地よさを実感したと思われます。
うれしいことに、Aさんは、十二月中旬から友だちに誘われて登校するようになりました。学校からコーディネーターの先生が来所して、登校刺激の話し合いをした成果です。区のこども支援室の支援も欠かせません。時折、学校生活に疲れると「こどもサポート」に顔を出してエネルギーを充電していきます。「卒業式に向けて頑張る」というAさんです。スタッフ一同の心の架け橋を渡るAさんにエールを贈ります。

学びから 「生きる力」へ

2016-02-21 22:46:45 | 教育相談のコーナー
 小学5年生のAさんは両親と弟の4人家族です。1年生の時からなかなかクラスのみんなと一緒に勉強を進めることができませんでした。心配したお母さんは学習ドリルを買い、熱心に教えました。その甲斐もなく、3年生になった時はクラスのみんなと更に差が広がっていました。高学年になっても3年生の学習ドリルが進まず、弟にも抜かれてしまいました。
 母が以前から気にしていた癖(不安な時に手で顎を叩く)が頻繁になってきました。そこで医療機関で心理検査を受けたところ、特性があるために自力では乗り越えられない課題があることを担当医から聞かされました。
 母はハンディキャップを理解し、学習のサポートをしてくれる施設を探していたところ、友達からNPO法人サポートセンターの存在を知ることができました。早速サポートセンターに電話をし、まずどのような場所か、どんな勉強の仕方をしているのか見学することとなりました。
平日の午前中に、Aさんとお母さんはNPO法人サポートセンターのドアをノックしました。「おはようございまあーす」と明るい声が耳元に届くのと同時に、ドアが開きました。Aさんは「前から自分のことを知っているかのように迎えてくれた」と、後で言っていたそうです。勉強する場所には衝立がいっぱいあり、ひとつひとつの机を囲んでいました。そして先生と生徒ひとりずついろいろな勉強していました。工作をしている小学生、英語の勉強をしている中学生、ホワイトボードに算数の計算をしている人、奥の台所で調理をしている2、3人の小学生もいました。
後日、母親から「こどもがサポートセンターで勉強したい」という電話がきました。早速、受け入れ体制を検討し、母の要望があった3年生の算数を中心に支援ことになりました。また、生育歴、発達上の課題、困り感の状況から「コミュニケーション・人間関係形成プログラム」を基本とした学習支援を展開することとしました。
また、心理検査の特性から、枠の中に文字を書くこと、線上に数字を記入することが難しいと判断し、視覚的困難さのフォローに努めました。
プリント類はすべて拡大して使用する。縦線、横線は色分けして使用する。視聴覚機器、パソコンを活用する。実際にお金を使った買い物をする。このような学習を進める中で、縦横の交差する折れ線グラフへの興味やパソコンを使ってのゲーム感覚で、次から次と解答する意欲がでるなど徐々に変化が見られるようになりました。
サポートセンターを利用し始めた頃のお店屋さんでの買い物は、なかなか買うもの(お菓子)が決められない、定価にあったお金が出せない。どこに並んで支払うのかわからない、声をかけられても返事ができないという状況でした。しかし、幾度も同じ店に出かけ、店員さんとも顔なじみになり、安心して「これください」と言えるようになりました。また、電卓を手に、定価から消費税額を出すことに興味を持ちました。
自分で買い物ができるようになり、その喜びが表現され、買った食べ物を分け合うAさんの優しさに母親は『生きる力』を学び培っているように感じました。

他機関との連携による不登校児童への支援

2016-01-09 14:35:16 | 教育相談のコーナー
Aさんは小学校5年生。夏の暑い日の午後、お母さんと区のこども支援室のスクールソーシャルワーカー(SSW)と養護の先生と一緒に来所しました。
 事前にSSWから電話で相談の概要を聞いていましたが、サポートセンターの様子も見ていただくため来所していただき、詳しくお話をうかがうこととしました。
 お母さんからは、家庭の様子や学校に行けなくなった経緯についてお話がありました。Aさんが小学校1年生の時に交通事故でお父さんが亡くなり、母子2人の家庭となったこと。4年生の時、クラスの子に強い言葉で言われて悩み傷つき、その後学校を休みがちになったこと。3年生の時もこのような状況になったが、その時は友人に助けられ2か月ぐらいでクラスに戻れたとのこと。5年生になると友人が引っ越したため、いじめを乗り越えられず不登校になってしまったことを、涙ながらにお話しされました。
 長引くことを心配したお母さんは、学校を通じて区のこども支援室(区教育担当・SSW)に相談しました。Aさんが安心して生活が出来る居場所を考えたSSWは学校と相談してこの日を迎えたのです。
 サポートセンター相談担当者は、Aさんが安心できる居場所の確保ができること、仲間づくりの支援体制をつくることを当面の通所の目当てとしました。あとで分かったことですが、「ここでは何を言ってもいい」「無理に自分の気持ちを抑える必要はないんだ」「ちゃんと話は聞いてくれる」「言えば分かってもらえる」と、Aさんはお母さんにいっていたそうです。
 このような経過から週に2回通所することとなりましたが、お母さんはAさんの送り迎えのみならず一日中付き添っていました。スタッフが聞いてみると、Aさんは通所する前から「食欲不振で体重が減少気味」「昼夜が完全に逆転している」「母親もAに付き合うため睡眠不足になっている」とのことでした。お母さんとしては経済的にも困窮している現状があり、Aさんが「1人でサポートセンターに通えるようになると仕事に就くことができる」という思いがありました。生活保護の選択も考えたようですが、自力でこの困窮を乗り越えようとする思いが強かったようです。
 Aさんの状況やお母さんの思いを尊重し、児童相談所との連携が不可欠と考えました。児童相談所では月一回母と子のカウンセリングを、月2回心理学専攻の大学生とのふれあいタイムをもつこととなりました。
 一方サポートセンターでは学習支援の他、通所している子供とのふれあいを重視してきました。
 このような状況の変化をSSWに報告し、学校の協力を得ながら登校支援に向けた支援検討会議を立ち上げることにしました。メンバーは校長、教頭、学級担任、SSW,サポートセンター担当者、児童相談所職員で構成しました。
登校のきっかけは来所の度に見るAさんの読書の姿でした。むさぼるように本を読むAさんの姿を見ている担当者が温めていた言葉かけです。「学校の図書室に読みたい本があるの」との言葉かけに「いっぱいあるよ」というAさんの返事、このことを検討会議で話したところ、図書室が登校手段の手立てとして浮かび上がりました。早速お母さんに相談しましたが賛同は得られませんでした。理由は「いつ、だれがどのようにして」等、お母さんに様々な不安があるからでした。その心境が手に取るようにわかりました。
そこで学校の対応や配慮事項について校長より説明してもらうことにしました。週に1回(金曜日)図書室が使用されていない授業時間に、養護教諭が玄関で出迎えて図書室に案内する。学校へはサポートセンターから担当者と一緒に向かう、といった内容です。お母さんの不安は隠せないものの、Aさんの行動に期待をもつこととしました。
 ひと月ほど経過すると、図書室で借りた本を保健室で読むようになり、校長先生ともおしゃべりをする時間が増えたのです。
 Aさんは4月からは6年生です。完全に学校復帰し、卒業式を迎えさせたいという校長先生の思いが担当者の胸に伝わってきました。
 Aさんは担当者に語ってくれました。「自分を心配してくれる友達がいるよ」「担任の先生が電話をしてくれるよ」「お母さんも働いているよ」「教室は無理だけど保健室と図書室はいけるよ」と。