多摩川新聞ブログ

川崎の地域情報を提供する「多摩川新聞」の連動ブログです。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ハイ・ボール

2017-12-28 10:50:23 | 街の灯
 ある日のたそがれ時、寂しさを紛らすため居酒屋の暖簾をくぐった。
 ドリンクメニューを見ると、昔懐かしいハイ・ボールがみえた。遠い昔の思い出にふけりながら、ハイ・ボールをオーダーした。ところが、出されたハイ・ボールに目を疑った。なんと、驚くなかれビア・ジョッキに製氷機でつくった氷にサントリー角瓶のウイスキーを炭酸水で割ったハイ・ボールが出されてきた。
 その昔、苦学生のころ、トリスバーでバーテンダーのアルバイトをしたことがある。マスターが非常に厳しい人で、それでいて色んなカクテルを教わった。なかでも良くオーダーがあったのはハイ・ボールで、美味しく呑めるハイ・ボールの作り方を教わった。
 先ず、タンブラーにトリスウイスキーを注ぐ。シングルならメジャーカップに1オンスのウイスキーを注ぐ。ダブルだと、メジャーカップの2オンスにいっぱいウイスキーを流す。氷は自然氷をアイスピックで砕きながら、その上にソーダを静かに注ぎ、マドラーで右に13回、左に13回静かに回しながら作る。
 庶民派は、いちばん安いトリスウイスキー。ちょっと贅沢するならウイスキーの白ラベル。俗に丸瓶と呼んだ。現在のような角瓶などはあまり使わなかった。ましてやサントリーオールドなどは、安月給の人なら年に1,2回ぐらいしか呑めなかった。当時は最高級品で、“ダルマ”と呼んでいた。
 ハイ・ボールとは、諸説あるが、最も一般的なのは、イギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいたプレイヤーが、急に打順が回ってきたことを知らされ、あわてて傍にあったウイスキーを呑んだ。そこに、たまたまハイ・ボール、すなわち高く打ち上ったゴルフボールが飛んできた。それを見て「ハイ・ボール」と呼ぶようになったとか。             (裕)

パパラッチ

2017-12-28 10:41:46 | 街の灯
 今からおよそ半世紀近い前に観たフェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画『甘い生活』をNHKBSプレミアムで懐かしく観た。
 内容は、大した物語ではなく、1950年代の後半のローマの豪奢で退廃的な上流階級の生態や、その場限りの乱痴気騒ぎ、アバンチュール、社会を生きる上での指針やモラルを失った現代人の不毛な生き方を、イタリアの有名俳優マルチェロ・マストロヤンニの退廃的な生活を描いたもの。特に、マルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エクバーグがトレヴィの泉で戯れるシーンは有名。
 当時、有名なイタリア女優アニタ・エクバーグがアメリカから来た女優役を演じ、これにパパラッチが群がる。
 パパラッチとは、イタリア語で「うるさい虫」のこと。ハエやブヨのようにうるさく付きまとう虫のこと。有名人を追いかけ回すフリーのカメラマンたちを指す。1997年にイギリスのダイアナ元皇太子妃が交通事故死した際、パパラッチたちの追いかけられていたことで世に知られている。
 彼らにはモラルやプライバシイーなんてものはない。平気で有名人の裸体を撮っては雑誌社に売り込む。これらゴシップを
好んで見る読者がいるのも事実だ。
 一方、日本に置き換えてみよう。週刊誌が有名人の不倫疑惑や薬物違反、暴力事件があると、うるさく付きまとう虫たちが大勢いる。昼夜を問わず、張り番をし望遠レンズでシャッターを切る。週刊誌はこれら虫けらが売り込むぎしっぷ写真をいい値で買い付ける。週刊誌のネタを、今度はテレビのワイドショーで取り上げる。
 暴行事件で横綱を引退した日馬富士もパパラッチの被害者の一人といえよう。(裕)

街の灯 命を削るカンナ

2017-10-24 23:28:53 | 街の灯
 当社で整理記者を募集したことがある。応募してきたのは主婦が多く、かつて学校でPTA新聞を作っていた経験者ばかりだった。
 応募してきた主婦に、「整理記者」について質問したところ、新聞のバックナンバーを整理し、必要な記事をスクラップするのが整理記者だと、答えが返ってきた。
 ここでいう新聞用語の整理記者とは、どの記事をトップにし、次に準トップをレイアウトし、どう見出しをつけるか、リード文、すなわち前分をどう書くか、それによって読者をひきつけ本文へ読み続かせるか。
 見出しひとつで、記事をいかに惹きつかせるか。整理記者の腕の見せ所である。
 また、本文に誤りはないか、ウラはとっているか、プライバシーに抵触しないか、などと前線記者に問い合わせ、さらにキャップに念を押す。朝刊に間に合わせるためには、深夜に及ぶ。そして、刷り終わる前のゲラをチェックしてようやく整理記者の朝寝がはじまる。こうした神経を使うところから、整理記者のことを“命を削るカンナ”と呼ぶ。
 駆け出しのころ、朝刊ではないので時間に制限はないが、一本の見出しを考えるため徹夜をしたことが何度もある。それだけ見出しをつけるのには、手間暇を惜しまずかける仕事である。
 電車の車内の週刊誌の中づり広告が、その典型である。いかに惹き付け、週刊誌を買わせるか。派手な見出しで、中身を見てがっかりした人は少なくないはずだ。
 最近では、見出しを先に考え、真実を正しく記事にしては本文につなげるようにしている。ただ、厄介のはエンピツで記事を書かず、パソコンに頼っているので、変換ミスに陥りやすいことだ。それにつけても、日本語とは、いかに同音異義が多いことか。
 毎日、パソコンとにらめっこしているきょうこのごろである。

街の灯 エロ・グロ・スキャンダル

2017-10-24 23:21:58 | 街の灯
 今どきの週刊誌を「エロ・グロ・スキャンダル」の華ざかりと評する人がいる。本来の週刊誌の在り方から遠く離れて行ってしまった感がある。
 もともと週刊誌は、新聞記事を読みそこなった、読んだがもう一度読み返したい、あの記事はどうだったかなあ、などと一週間の新聞記事をまとめたのが週刊誌である。そこで誕生したのが「サンデー毎日」や「週刊朝日」、「週刊読売」である。
 新聞記事ばかりでは面白くないので、生活や健康などに関する記事を掲載し、そのほか連載小説などを載せては読者に愛されたものだ。
 週刊誌から生まれた作家や有名小説もある。時代小説が多く、柴田錬三郎(市バレン)の眠狂四郎。円月殺法なる必殺技を編み出した。五味康介の「柳生武芸帖」。なかでも吉川英治の「新・平家物語」などは長期連載で映画化されたほどだ。現代小説も連載された。井上靖の「氷壁」「その人の名はいえない」など。
 それが、新聞社以外の出版社が眼をつけ、週刊誌に手を染めた。講談社が「週刊現代」、新潮社が「週刊新潮」、文芸春秋社が「週刊文芸」小学館が「週刊ポスト」といった具合だ。中身は、エロチックでグロテスク、スキャンダル記事ばかりで世間を騒がせている。
 エロチックといえば、ヘアヌードを袋とじで売り物にしたり、アダルトビデオのCDを付録にしたりあの手この手で売りまくっている。肝心の本屋ではなく、主にコンビニで売られている。
 有名人の不倫や薬物乱用を取りあげ、それを面白おかしくテレビがワイドショウで採用し、ますますエスカレートして世間の話題を独占している。
 一時は、写真週刊誌なるものが流行ったが、今はない。エロ・グロ・スキャンダルの週刊誌も、そう長くは続かないことを祈る。
(裕)

街の灯 中身は〜なーに?

2017-06-04 08:48:04 | 街の灯
 いつのころからだったろう、大人も子どもも、男性も女性もリュックサックを背負うようになったのは? 旅行に出掛けるでもないのにカートを曳いて闊歩する。カートの場合、前方ばかり見て行くので、後輪が歩行者にあたりぶつかりそうになって危険を伴うことがある。
 後期高齢者になると、昔、兵隊さんが日用品に毛布をコの字に巻いて背負った“背嚢(はいのう)”しか思い浮かばない。
 戦後は、お母さんやお姉さんたちが、野菜をいっぱい詰め込んで田舎めぐりをしては、お百姓さんたちとお米と物々交換するのだ。
なぜなら、お米が配給制なので、家族が多い家庭は、配給米だけではろくに食べられず、いわゆる、ヤミ米を買い入れるのだ。列車で、警官に隠れて運ぶのだが、見つかると没収されるので、お母さんやお姉さんたちは死に物狂いで逃げるのだった。
小学校に入って、リュックを背負うのは、いちばん楽しい遠足だ。両親が普段はあまり食べないバナナやリンゴ、パイナップルなどおいしいものをリュックにいっぱい詰め込んでみんなで丘や野原を歩いたものだ。前の晩など眠れずに困ったものだ。
 現代は、ほとんどの人がリュックを背負っている。なかには背広にネクタイのサラリーマンまでがリュックを背負っている。一体なかには何が入っているのだろう。余計ことだが、そう思えてならない。
 たしかに荷物をリュックに入れて背負えば、両手が使えて便利ではある。しかし、電車やバスに乗ったとき、大きなリュックを下ろして両腿に抱えて乗ることになる。
 筆者も、背中に大きなリュックサックを背負っている。なかには大きな夢がいっぱいである。           (裕)

街の灯 川崎ダルク

2017-06-04 08:39:22 | 街の灯
 元プロ野球選手の清原和博や歌手のASKAらで、有名になった薬物依存症。その依存症者が回復できるよう支援を行う「薬物依存症リハビリテーションセンター」。略してDARC(ダルク)。わが国で初めて誕生した薬物依存症者のために作られた施設。 
 依存症(アルコールや薬物、ギャンブルなど)はWHOから精神疾患のひとつとして認められている病気である。
 2004年に「川崎ダルク(藤原忠興理事長)」が誕生した。現在は、依存症者本人への支援や予防啓蒙活動、相談活動などを事業として行っている。市中原区新城に本部がある。主な事業として、本人のためには、共同生活の中で、依存症からの回復へと向かうグループホーム。日中の活動場所として様々なワークを取り入れたディアセンター。家族や知人、本人のための相談援助活動。未来の子どものための予防普及活動などを実践している。
同ダルクへの入所は、住み込んで共同生活を行う方法と自宅から通う通所の二つの方法をスタッフとの面接の時に決める。
 依存症からの回復に必要なことは、依存症からの回復者との出会い。依存症者の帰属する場所、すなわち経験を共感できる人間関係という。
やめていく中で最初の段階は辛く苦しい道のり。再び手を出してしまうことの方が簡単に思えてしまい、やめたいと思っても手を出してしまうのは意志が弱いだけでなく依存症の症状だという。
 同施設の運営のため市からわずかな補助金が出るが、入所者が市内に限られているため、市内からの入所が少ないのが現状。なぜなら、誰しも近くの人に知られたくないため、市外や県外、都内からの入所が多いのが現状だ。入所者の住所に関わらず、人数分だけ補助金の対象にならないものか。とかくお役人の考えは、硬くて融通が利かない。
(裕)

街の灯 川崎の百条委員会

2017-06-04 08:33:37 | 街の灯
 今、東京都では、豊洲市場の移転問題で百条委員会が設置された。しかし、およそ30年前に、川崎市議会で一〇〇条委員会が設置されたのをご存知の市民は何人居るだろうか。
 昭和63年(1988)6月、川崎駅周辺開発事業に係る当時のK前助役のリクルートコスモスの株取得についての疑惑が新聞で報道され、全国を震撼とさせた。市議会では、前助役の疑惑を解明するため、同年9月29日に、地方自治法第一〇〇条に基づき「川崎駅周辺再開発事業等調査特別委員会」を設置し、以来、実に256日間の長期にわたる調査を行った。
 この間、同特別委員会は35回の委員会を開催し、前助役をはじめ、リクルート社などの関係者延べ12人の証人と2人の参考人から証言や意見を聴取するとともに、その他多くの関係者からも記録の提出を求めるなど、真相究明に全精力を傾注した。
 市議会にとって一〇〇条委員会の設置は初めてのことであり、委員も、事務局職員も、当初は全く手探りの状態で、参考文献を片手に、先輩都市や自治省などの助言、指導を仰ぎながら調査を進めたのだった。
 また、この事件が一連のリクルート事件の発端となったことから、全国的にも注視を浴びたことや、解明のカギとなる証人の居所不明という事態などもあって、これらが議会の調査の進行を一層複雑で困難にしたのも事実である。
 いずれにせよ、平成元年(一九八九)6月議会で調査も終了した。
 前助役が、未公開のリクルートコスモス株を取得し、公開後、数億円を得たという事実は解明しないまま、委員会は解散した。
(裕)

街の灯 お風呂で溺れ死

2017-06-04 08:20:07 | 街の灯
 つい先ごろ、長年本社のクライアントとしてご支援いただいている会社社長が若くして急逝した。漏れ聞いた話だと、バスタブの中で眠ってしまい溺れ死んだとか。
 そういえば、かつて川崎西ロータリアンで、モーツアルトが大好きで毎年、オーストリア・ザルツブルクへファンと一緒に生家を訪ねていた、同じく本社のクライアントだった。通夜の会場でBGMにクラシック音楽を流したのは、彼が最初で最後だろう。モーツアルト・ファンらしい葬式だった。
 本社のスタッフのおじいさんもお風呂で溺れ死んだとか。
 国や地方自治体では、恐らくお風呂での死亡を調査せず、したがって統計もないと思うが、孤独死に次いで大勢の人が、それも高齢者が多いはずだ。是非、この際調査してもらいたいものだ。
 アルコールを飲んだ後を除いて、湯船に入って一日の疲れをほぐし、物思いにふけっていると、実に癒されるものだ。そこで、ついついウトウトとなり、眠ってしまう。経験者しか分からないだろうが。
 眠り込んでしまわないように、湯船では両手を常にバスタブの縁に置いていると、眠り込むことはない。たとえ眠り込んでも、体が沈んでしまうことはない。
そのほか、バスルームに小型のテレビやカセットテープを備え、好きな映画や音楽を観たり耳にすることも沈んで死ぬことは先ずないと思う。
それよりも、まだまだ寒さが続きそうだから、着替え室は、ストーブなどで温めておくと心臓にも良いだろう。
死にかたにも色々あるが、お風呂で溺れ死ぬことだけはしたくない。あまりにも哀れではないか。          (裕)

街の灯 梅毒にご注意

2017-02-07 09:07:14 | 街の灯
 国立感染症研究所は先ごろ、昨年1年間の国内の梅毒感染者数が4518人に上ったと発表した。4千人を超えたのは1974年以来、実に42年ぶり。同研究所では、「不特定多数との性行為などリスクの高い行動をとった人は、検査を受けてほしい」と呼びかけている。
 梅毒とは、ひと昔前は恐ろしいSTD(性病)として知られていた。その後、治療薬ペニシリンが発見されるまでは、不治の病として恐れられていた。
 梅毒に感染していると、HIV(エイズウイルス)に感染しやすいという。梅毒に感染した場合、HIV検査を合わせて受けることと研究所はいう。
 最近は、性に対する価値観や乱れ(性交渉の低年齢化や複数異性との性交渉、避妊具の不使用など)から、梅毒感染者が増加傾向にあるように思われる。
 梅毒に感染しているにもかかわらず放置していると、感染者を増やしたり、治療期間が長引くので早期発見、早期治療が重要。また、病院で治療するのは抵抗がある人は、アモキシなどの梅毒治療薬を個人輸入する人もいるようだが、国内未承認薬の使用は、薬の品質や副作用などがあることを忘れずに。
 梅毒に感染してから2~3週間過ぎると、初期症状として感染した部位の皮膚や粘膜に「初期硬結」と呼ばれるコリコリとした小さな赤い隆起が出来る。男性は、主に包茎や亀頭、女性は、大陰唇や小陰唇にできることが多い。
 梅毒が第2期に突入すると、症状の一例として、発熱、疲労感、関節痛、食欲不振、体重の減少、脱毛症状、遺瘍性口内、リンパ節の腫れ(全身)、喉の痛みなど。
 なお、性行為は、純潔で正しい認識のもとで行ってほしい。        (裕)

街の灯 「君の名は」

2016-12-13 10:03:13 | 街の灯
 新海誠監督の長編アニメーション映画『君の名は』が、今年8月公開するやたちまち大人気となり、若者の間で一大ブームを呼んでいる。
 興行収入は100億円を超えるという。
 東京に暮らす少年・瀧と飛騨の山奥で暮らす少女・三葉の身に起きた「入れ替わり」という謎の減少と1200年ぶりに地球に接近する彗星をめぐる出来事を描いたもの。
 私たち中高年にとっての『君の名は』は、昭和初期に放送されたラジオドラマ。その後、映画化、テレビドラマ化、舞台化された。まだ家庭に内風呂がなかったころで、ほとんどが大衆風呂を使っていたころ。ラジオドラマの時間になると、女風呂が空っぽになるという珍現象が起きたものだ。
 菊田一夫の代表作で、主人公の氏家真知子と後宮春樹が「すれ違いばかりする」別名“すれ違いドラマ”とも呼ばれた。
 「忘却とは、忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」。ドラマの初めにナレーションが流れると、全国の女性ファンがラジオに聞き入っていたものだ。そして、必ず涙を流した。
 すれ違いとはいえ、北は北海道のアイヌ村から南は九州・雲仙岳まで。全国をまたにかけてすれ違いを繰り返した。裏話によると、作者の菊田は、次はどこにしようかと迷ったとき、日本地図を広げ、その上からエンピツを落として決めたそうだ。これがお国自慢となり、今に引き継がれているものにNHKの「のど自慢大会」やご当地ソング,「お国自慢料理大会」など、全国津々浦々を巡っては、日本人のふるさと心をくすぐる元祖になった。
 また、映画化されたとき後宮春樹を佐田啓二、氏家真知子を岸恵子と、当時の売れっ子俳優を使って、全国女性の涙を誘った。
(裕)