Tamaっち

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セナが亡くなった日

2007年05月01日 | つれづれ
今から十三年前、1994年5月1日。
伊イモラサーキットで開催されたF1サンマリノGP決勝での事故によって
アイルトン・セナ・ダ・シルバが天に召されてしまった日。

コースアウトした脇の壁に激突し、マシンは大破。
コックピットのセナは頭部骨折や全身打撲を負い、
すでに心臓停止状態だったそうです。

気道確保の応急措置で、一度蘇生し、ヘリでボローニャ市内の病院に運ばれ、
緊急手術も行われましたが、
事故から約4時間後の午後6時40分(日本時間、二日の午前1時40分)
二度と帰らぬ人になってしまったのでした。


バブル景気に浮かれていた当時、
バブリーで華やかなF1の世界は、とても魅力的で、
モータースポーツとしても大変人気のあるものでした。

ご多分に漏れずTama家でも、深夜のF1中継を欠かす事なく熱く見ていた一家で、
当時3歳だった愛息の将来の夢はもちろん「F1レーサー」でした。
・・・・・そして、憧れの人だった【アイルトン・セナ】。

深夜0時15分からのF1中継が、通常とは違う形のオープニングで始まり、
今宮さん、川井ちゃんの、呆然自失状態の映像が流れて・・・・。
ただならぬ雰囲気の異様さの中、
言葉に詰まりながら、事実を伝える三宅アナの悲しい声。

TVの前で、こちらも言葉すら出ず、
信じられない気持ちと、信じたくない気持ちと、
悲しさと、悔しさとが、ごちゃごちゃになって、
そのまま画面を見続けるしかなかった、あの日の夜。

今でもあんな悲しいF1中継は、忘れる事ことができません。


スポーツ新聞が事故を記事にしたのは、編集の関係で5月3日付になりました。

セナが活躍していた記録として、今でも取ってありますので、
ここに載せておきます。

悲しい記事ばかりですのであまり思い出したくない方は、どうぞ閉じて下さい。


あまりに早く、速く、走り去った『音速の貴公子』永遠に・・・・。                     
                          (スポーツニッポンより)

 (スポーツニッポン) 

 (サンケイスポーツ)

 (日刊スポーツ)

 (スポーツ報知)

 (日刊スポーツ)

 (サンケイスポーツ)

 (スポーツ報知)

 (スポーツ報知)

 (日刊スポーツ)

 (スポーツ報知)
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2 コメント

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この日を忘れない・・・ (きっち☆彡)
2007-05-01 14:16:47
はじめまして、お邪魔します。
セナが亡くなったことを伝える新聞記事、来日の時の記事を感慨深く拝見しました。
涙で今宮さんがおっしゃった言葉どおり、今もF1は続いていますが
セナが居なくなったサーキットは淋しくてそれ以来レースを見ていません。

生ダラのお茶目なセナを思い出して胸が熱くなりました。
きっち☆彡さま (Tama)
2007-05-01 14:42:48
御訪問ありがとうございます。

セナ無き後、
あの頃一番生意気だったシューが「皇帝」と呼ばれるまでに君臨し、
そして引退し、また新しいヒーローが出現し・・・・。

そんな中でも、
セナのような熱い人間性を見せてくれたドライバーは
多分今後も出ないのではないでしょうか。

生ダラのセナも、ホントに少年のような魅力がありましたね。(涙)

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