MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

全米デビューできないという「未成熟」

2017-05-27 01:15:23 | 邦楽

 矢野利裕の『ジャニーズと日本』(講談社現代新書 2016.12.20)を読んだ。ジャニーズの歴史を知るぶんにはとても分かりやすいものだと思うが、個人的に知りたかったことに関しては分からないままだった。

 例えば、ジャニーズ事務所から1972年にデビューした郷ひろみが1975年にバーニングプロダクションに移籍になった経緯である。

「郷は一九七五年にバーニングプロダクションに移籍する。郷がなぜ移籍をしたのかは定かではない。(p.76)」

「実は、郷ひろみが移籍したのちの一九七〇年代後半は、『ジャニーズ冬の時代』とも言うべき不遇の時代が訪れた。(p.99)」と書かれているように、郷の事務所移籍は昨今のSMAPの独立騒動以上にジャニーズ事務所にとっては深刻な事態だったはずなのである。今ならば他に売れているグループはいくらでもいるのだからSMAPが独立したとしても事務所の運営に支障が生じることはないが、郷の移籍は当時かなりのダメージを事務所に与えたにも関わらず、郷はペナルティを受けることもなく芸能活動ができたことが不思議でならない。

 アメリカ出身のジャニー喜多川ならば日本で成功したように母国アメリカでも成功を収めたかったはずである。ジャニーには2回のチャンスがあった。一回目は、あおい輝彦、真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良の4人で1962年にデビューした初代ジャニーズに、ジャニーの旧知だったドン・アドリシとディック・アドリシ兄弟(Don Addrisi&Dick Addrisi)が「かなわぬ恋(Never My Love)」という楽曲を提供した時である。

「初代ジャニーズは、レコーディング・スタジオまで決まっていながら、この曲を吹き込むことができなかった。レコーディングが頓挫した原因は、メンバーの一人だった真家ひろみが独立を画策したからなどの憶測があるが、真相はわからない。(p.51)」

 「Never My Love」はアメリカのバンド、アソシエイション(The Association)によって歌われ1967年10月にキャッシュボックスチャートにおいて全米ナンバー1になる。

 2度目は、錦織一清、植草克秀、東山紀之の3人で結成された少年隊のデビュー時に訪れる。

「一九八三~八四年、少年隊はレコードデビューまえのテレビ出演の時点で、マイケル・ジャクソン『スリラー』(一九八三)の振り付けも担当したというマイケル・ピーターズ(Michael Douglas Peters)の目に留まり、アメリカに呼び寄せられている。ジャニー喜多川も少年隊に対する期待は大きく、一九八六年七月二四日の『夕刊フジ』の記事では、『日本で、やっとやりやすくなった。今こそチャンス』と発言している。錦織も同記事で、『アイドルということばを塗りかえて大きなエンターテイナーに』と意気込みを語っており、最初からアメリカの水準に合わせられていることがうかがえる。(p.88-89)」と書かれているが、何故かその後、アメリカデビューが頓挫した経緯が書かれていない。(「一九八六年」は書かれているママ)

 少年隊が全米デビューできなかった原因は何となく分かる。例えば、動画サイトで1984年9月12日に放送されたマーヴ・グリフィン(Merv Griffin)がホストを務める「マーヴ・グリフィン・ショー」に少年隊が出演した際の様子を見てみればいい。パフォーマンス終了後、最初に年齢を訊かれて答えるところまではよかったのだが、名前を訊かれて日本人の名前を聞きとれなかったマーヴにもう一度名前を訊かれた東山が自分が言った自分の名前が通じなかったことに完全にパニックになって訳が分からなくなっているのである。無惨としか言いようがない。錦織は正式契約後の1985年2月にロサンゼルスで全曲英語詞の世界発売用のデビューアルバムを録音すると語っているのだが、いつの間にか世界デビューの話はなくなり、1985年12月12日に少年隊は「仮面舞踏会」で日本でレコードデビューすることになるのである。この時、ジャニー喜多川は54歳。諦めたと思う。ジャニーはブライアン・エプスタインにはなれなかったのである。

 本書にはアイドルの「未成熟」問題も取り上げられている。

「『50代』のパフォーマーにエンタテイメントの真髄を見るジャニーには、若さを特別視したり、反対に老いを悲観的に捉えたりするような態度はない。また、未熟なパフォーマンスを見守るような態度もない。追求するのはあくまで、プロフェッショナルなエンタテインメントである。ジャニーの理念は、パフォーマンスを磨いてステージに出れば年齢や立場に関係なく輝くことができる、というものだ。(p.227)」

 理念は立派なものではあるが、それでは何故ジャニーズ事務所所属のタレントは結婚しにくかったり、付き合っている女性の存在さえ隠そうとするのか分からない。パフォーマンスが一流であるならば「立場」に関係なく輝くことができるはずではないのか。つまり「アイドル」として売り出す以上、そこには必然的に「甘さ」が生じるためジャニーズ事務所所属のタレントは日本の女性アイドルたちと大差はないのである。


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