『タキ10450』のタンク車を追いかけて

専貨がほぼ全滅した今、2004年頃から撮り始めたタンク車の型式写真を紹介していきます。

タキ46012

2020年07月05日 | 硫酸車
今日は都知事選の投票日でして、先ほど投票所となっている近所の小学校へ行ってきました。
今回はコロナ影響で、開票作業が密にならないようにするため、開票に時間を要し、当確が判明するのが遅くなるとの予測もあるようです。

今回はタキ46012です。


(タキ46012 2004年12月4日 名臨東港駅にて)

神岡運用が終焉して、解体場所の半田埠頭へ向かう途中、東港駅が中継地となっていました。

アンダーな日に望遠で撮った画像なので見辛いですが、踏み板は保安強化されていますね。

タキ46012の向こう側には、レンガ色した矢橋工業のホキ9500が見えています。
西濃鉄道乙女坂から日本製鉄名古屋製鉄所へ石灰石を運んでいます。
コメント

タキ46011

2020年06月14日 | 硫酸車
コロナ渦で、夏の甲子園は中止になるわ、プロ野球の開幕は遅れるわで、今年のイベント類は異例の事態となっています。
例年だと、10月に鉄道模型ショーが開催されますが、今年はどうなることやら。

今回はタキ46011です。


(タキ46011 2006年7月17日 安中駅にて)

タキ46000は、当時余剰ぎみだったタキ45000の下廻りを流用し、タンク体を新製して誕生していますが、ブレーキ機構はタキ45000のを流用したため側ブレーキ車となっています。
見えている1位側のブレーキは、車体のほぼ中央に足掛けステップとブレーキ踏みがあるため、昇降はしごは右寄りにオフセットされて取り付けられています。

安中は、今でもいわき方面との専貨が設定されていることを考えると、時流とはいえ濃硫酸タキが発着しないのは残念でなりません。


日陸のタキ46000はもう3車続きます。
コメント

タキ46007

2020年06月05日 | 硫酸車
6月も半ばになると大分暑い日が続くようになりました。
コロナ渦で外出も大変ですが、外で常時マスクをするのが段々辛くなってきました。

今回はタキ46007をご覧頂きましょう。


(タキ46007 2007年2月10日 安中駅にて)

奥側には同じ濃硫酸車のタキ29300(タキ29324)がいて、タンク上部が比較して見れます。
ドームレスの形態は同じですが、手摺りの処理の差や踏み板が保安強化されているか否かが分かります。

タキ29324の踏み板は、支脚の無い踏み板を曲げてタンク体に取り付けられていますが、タキ46007はか細い支脚4本で支えられています。
ただ、タキ46000の手摺りは上部へ斜めにソリ立っていて、掴む高さ的にはタキ46000の方が良いように思えます。


何故だかタキ46007は遭遇率が高くて、安中駅以外でも2度お目に掛かってますので、こちらもご覧頂きましょう。


(タキ46007 2004年8月21日 速星駅にて)

こちらは、日産化学車の画像を撮りに速星へ行った際に神岡運用に就いている時に見掛けたもの。
古いデジカメで画素数が粗くて見辛い画像で恐縮です。



(タキ46007 2005年11月19日 羽前水沢駅にて)

こちらは、水澤化学工業の荷役線に留置されていたもの。足回りが全く見えていないダメダメ画像ですが、荷役線にいるのもタンク車ならではなのでご紹介としました。


しばらく日陸のタキ46000が続きます。
コメント

タキ46006

2020年05月31日 | 硫酸車
緊急事態宣言が解除となって、この土日は結構な人出となっています。
今朝は、久しぶりに散髪しようと思って近所の床屋へ行ってみましたが、開店直後なのに既に20名ほどが並んでいて、3密いやさに髪を切らずに帰ってきました。

タキ46000のご紹介を続けます、今回はタキ46006です。


(タキ46006 2005年2月12日 半田埠頭駅にて(許可を得て構内にて撮影))

前々回にご紹介のタキ46004と同様、神岡運用が終焉し解体のため半田埠頭へ廃回された時の画像です。
タキ46004と形態は同じですが、手前側の台車TR41Eはスポーク車輪です!
タネ車となったタキ45000が元々履いていたものでしょうか?タキ4000が履いていたならいざ知らず、タキ46000がスポーク車輪を履いていたことに驚きでした。
すでにスポーク車輪は超希少な存在でしたので、見掛けた時は興奮してしまったことを思い出しました。

次回も日本陸運産業車です。
コメント

タキ46005

2020年05月22日 | 硫酸車
タキ46000の濃硫酸車のご紹介を続けます。

今回はタキ46005です。


(タキ46005 2004年11月7日 東港駅にて)

前回ご紹介のタキ46004と同様、日本陸運産業車です。

神岡の運用が終了して、半田埠頭で解体のために一時的に東港駅へやってきています。
名古屋臨海鉄道の事務所側に留置されていたのですが、手前にカセイソーダ液車に被られて撮れなかったので、検車庫側から望遠で撮ってます。
ご紹介に当たり拡大+トリミングしたので、ぼやけた画像になってますがお許しを。

左隣にタキ65781と見えてますが、この車も神岡運用終了で失職して山を下りてきた車です。
何両かずつ山を下りてきて、東港駅で一時留置のうえ、順次半田埠頭へ行ってしまいました。


次回もタキ46000のご紹介です。
コメント

タキ46004

2020年05月13日 | 硫酸車
コロナ影響により、今日明日と在宅勤務ですが、やれることが限られてて少し時間があるのでブログ更新します。

過去のご紹介をチェックしていたら、硫酸車は2011年以降ご紹介していなかったので、今回から濃硫酸車のタキ46000のご紹介をしたいと思います。

まずはタキ46004からどうぞ。


(タキ46004 2005年2月12日 半田埠頭駅にて(許可を得て構内にて撮影))

2004年に神岡からの運用が無くなり、失職して半田に廃回された車です。

タキ46000は、余剰ぎみだった石油専用のタキ45000の足回りを流用して、タンク体を新製して誕生した車です。
同じ濃硫酸車のタキ29300と極似していますが、積荷重量が僅か1t違うので別型式になっているとのこと。

濃硫酸は比重が重たいので、タンク体は細身に仕上がっており、ソリ立ったような手摺りが目立つ姿です。

NRSの日本陸運産業の社紋板は、ありふれたものでしたが、専貨の大半が終焉してしまった今では懐かしく感じます。


次回もNRSのタキ46000です。
コメント

タム6263

2020年05月10日 | 塩酸車
番外編で、貨物鉄道博物館に保存されている塩酸タムをご覧頂きます。

2003年のGW旅行で、酒田港へ立ち寄った際に東北東ソーの敷地外からこの車を見たハズですが、十分な引きが取れずに撮影を断念した記憶があります。
東北東ソーからの寄贈で2004年に貨物鉄道博物館にやってきています。

まずは②位側の画像から。


(タム6263 2009年1月11日 貨物鉄道博物館にて)

社名の書かれた下のタンク体は、塗装の補修がされています。

その2年前の画像はこちら。


(タム6263 2007年3月4日 貨物鉄道博物館にて)

塗装の補修は無く、当館に保存された当初のままの姿だと思われます。

更に半年前の画像もありました。


(タム6263 2006年9月3日 貨物鉄道博物館にて)


最後に、真側面から撮った画像もどうぞ。


(タム6263 2007年3月4日 貨物鉄道博物館にて)

2011年に名古屋の単身赴任から東京に戻ってからは当館を訪れていませんが、当館のHP等によるとタム6263は錆び落としや腐食部の補修等が行われ、再塗装されてキレイな姿になっているようです。


塩酸車のご紹介は以上です。

次回から何をご紹介するかは乞うご期待。
コメント

タキ55083

2020年05月06日 | 塩酸車
今日でGWも終わりです。
コロナ影響による緊急事態宣言があり、予定していた東北旅行も中止とし、外出もロクにせずに自宅に居る日が多かったです。
皆さんはいかがでしたか?

今回はタキ5050のもう1車のご紹介です。
東北東ソー車のタキ55083です。


(タキ55083 2005年11月19日 坂町駅にて)

名古屋に単身赴任している頃に、長躯酒田港まで車を走らせ、帰路に中条駅でタンク車を撮影するつもりが間に合わず、ダイヤを調べて停車する坂町駅にて待ち構えて撮影した次第です。
前回ご紹介のタキ55081は既に休車状態でしたが、ご紹介するタキ55083は現役で最後の活躍をしていました。

駅の跨線橋の階段の途中から撮った画像もありますので、こちらもご覧頂きましょう。


(タキ55083 撮影日撮影場所同じ)

跨線橋の窓に雨粒が残ってて、ダメダメ画像ですがお許しを。
ドーム上部は、フランジ構造にはなっていないのが分かります。ドーム周りの踏み板は、全周に亘って設置されています。
ドーム上部には塩酸タンク車特有の構造となっていますが、液出管や空気管もなく比較的オーソドックスな姿です。

ついでに、側面からの寄り画像もあるのでこちらもどうぞ。


(タキ55083 撮影日撮影場所同じ)


(タキ55083 撮影日撮影場所同じ)

積荷専用種別標記の下には、(内部ゴムライニング)の標記があります。
これは、塩酸が鉄を侵食してしまうために、タンク体の内側一面にゴムを塗布してあることを明記してあります。

この車も、前回ご紹介のタキ55081と同様、日新電化が元の所有社で、その当時にドームを囲むようにプロテクタ板が取り付けられていました。
その後、日新電化から移籍した際にプロテクタを除去したのですが、プロテクタの溶接跡がドーム上部に見えています。
ドーム上部に縦筋が2本見えていますが分かりますか?


タキ5050のご紹介は以上です。

次回は番外編で、貨物鉄道博物館に保存されている塩酸タム車をご紹介しましょう。
コメント

タキ55081

2020年04月30日 | 塩酸車
コロナ影響による外出自粛が無ければ、今頃は東北に旅行へ出掛けているところでした。
今回は、SL銀河を見る計画もあったのですが… 来年に持ち越しです。

今回から塩酸車のタキ5050をご覧頂きます。
元々、塩酸車をお目にかかる機会はほとんど無かったので、ご紹介はたったの2車です。
まずはタキ55081です。


(タキ55081 ②位側 2007年5月3日 酒田港にて)

我が家恒例のGW東北旅行の際に酒田港に立ち寄ったものです。
酒田港の東北東ソー車の運用は2008年春のダイヤ改正で終焉したのですが、その1年前で既に運用から外された模様で、車番をはじめ標記類は消されています。

タキ5050には、側梁省略の車が多数いたのですが、本車は側梁のあるタイプです。
タンク径は2050mm、キセは無いので、タンク止めの帯金があれば石油タキのタキ3000やタキ1500を彷彿とさせる姿です。
本車は、元々は日新電化所有の車だったようで、日新電化時代にはドーム周辺にプロテクタ板が取り付けられていたようです。
ドーム上部に縦筋の溶接跡が残っているのですが… この画像からはチョット見辛いので①位側から撮った画像もどうぞ。



(タキ55081 ①位側 撮影日・撮影場所は同じ)

①位側からでも、溶接跡は見辛いか。
鏡板には、内部点検用にハッチが取り付けられています。


タンク車を追っ掛けていたのは、つい数年前のことのように感じられますが、本車撮影は13年も前のことなのですね。
時の流れるのは早いです。

次回も東北東ソーのタキ5050です。
コメント

タキ91998

2020年04月12日 | セメント車
コロナウイルス感染拡大が止まりません。
3月末に不要不急の外出は控えるよう自治体から要請が出ていましたが、その頃に3密をしてしまった人が感染して今発症しているのだと思います。
とにかく今は事態の成り行きを静観するしかないようです。

今回でタキ919**のご紹介は終わりです。タキ91998です。


(タキ91998 2006年1月6日 大垣駅にて)

樽見鉄道セメント輸送終焉と聞き、雪の降った翌日に大垣駅を訪れたものです。
上から撮った画像しかなくて、足回りもチャンと映って無いダメダメ画像で恐縮です。

タキ91998は、大阪セメント時代の社紋板そのままでした。
ハッチが5個あり、タンク周りには補強環が付いたタイプです。
踏み板には手摺りが無く、すっきりと言うか華奢な印象です。

ダメダメ画像ですが、車票と運行票の画像がありますので、こちらでご勘弁を。
まずは車票から。



発駅は向日町(6012)、着駅は本巣(5427)となっています。カッコ内は取扱駅コードです。
本巣は5427となっていますが、これは樽見鉄道用に附番されています。
車票に大きく赤丸があるので、返空です。

次に運行票です。



手元に2005年の貨物時刻表があるので、継走をみてみましょう。

向日町(6012) 16:38発 → 5482レ → 梅小路(6011) 16:46着
梅小路(6011) 18:49発 → 5484レ → 稲 沢(5421) 22:19着 
稲 沢(5421) 10:53発 → 5973レ → 大 垣(5425) 11:39着
大垣から樽見鉄道(5427)の551レで本巣へ戻るダイヤは不明です。

こうして継走を辿ると、梅小路からは一旦大垣を通過して稲沢まで行き、稲沢から折り返してくるダイヤになっています。
一見、行き過ぎることにムダがあるように思われますが、梅小路発の5484レは四日市への石油系タンク車の返空と本巣への返空の二層立てになっており、稲沢へ編成替えするダイヤになっていたのですね。
貨物ダイヤは中々奥深いです。

次回からは、塩酸車のご紹介です。
コメント