匠三刻#(たくみつどきしゃーぷ)

平田匠と「TAKUMI DuO」応援ブログ。及び管理人の『僕の1日は、昨晩の反省を鼻で笑うことから始まる』

おぬしも悪よのぉ

2007年11月11日 | 雑記
は越後屋。
あー龍馬が定宿にしてた…
それは寺田屋。
維新が3年遅れた…
それは池田屋。
ジョニーにあったら伝えてよ…
それは南蛮家。

というわけで東京下町清澄白河いってきました伏見屋。


はい。深川江戸資料館方面いわゆる深川ストリート入り口はこんな感じです。大江戸あんど半蔵門線・清澄白河駅の(確かA2出口)を出て左に進んで徒歩1分ほどいくと、左手にあります。



通りを歩いていくとすぐにこんな風景が。ちょ、おま、何やってんだよ!
やっぱり愛と勇気だけが友達かよ!


さらに歩くとこんなものも。まはらぱー。もーどーでもいいや。




芸が細かいよね。


実はこのまはらぱーさんを左手に確認したころには伏見屋さん通り過ぎてまして。ちょっくら戻ったところにあります。
黙ってアイスコーヒー頼んで帰りました。美味しかったです。
店内はとっても和風で、テーブルが頑丈そうな存在感のある木製で、何だかとっても居心地のよいところです。
で、有名な南瓜プリンですが…。ここでは見せねぇぜ。行って確認してくれだぜ。一言、凄かったぜ。

つーわけで半端なレポートでしたが、とってもいいところです。帰りに着物きた外国人さんとすれ違いました。
あと公衆トイレが笑えます。
みんなきてね。

(書きたいことは山ほどあるのですが、ライブ後にでも…。ざるそば自重モードです)
ジャンル:
ウェブログ
コメント (4)   この記事についてブログを書く
« お知らせ | トップ | 伏見屋ライブレビュー »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ええなあ (Unknown)
2007-11-13 11:33:39
ちょっと、こことはちがう空気を感じますなあ。
ええとこでライブしはる。
by関西在住者
寝つけない夜に。 (一人の参加者(候補)として)
2007-11-23 01:31:43
どういっていいのでしょうか。

しばらく前から、こちらのブログは拝見させていただいてたのですが、まさかこの自分が書き込みをするなんて、思ってもいませんでした。それが、どうしてもいてもたってもいられなく。
匠さんは、80年代後半。キャンパスのなかでは、ダンモやハイソはあたりまえ、ナレオでも噂のピアニスト。3号館の地下に行けば会える?って、たしかシャン研?にちょっといらっしゃってたんですよね。私は、新宿の・・・お店の名前は忘れてしまいましたが、富安くん(sax)と桐村くん(drums)と、それはそれは衝撃的な演奏をされた日のこと、今でも鮮明に覚えています。桐村くんは、壊れてましたねぇ。やっぱり。うん。
ちなみに、大隈講堂のピアノ。あの弦を切った人を「ナマ」で見たのは、1985年の匠さん以来ありません!!

新宿の「シャドウ」には、2年に1回くらいは顔をのぞかせているんですが、ずいぶん雰囲気、かわりました。でも、行くたびに、匠さんから初めて教えていただいた「新宿」を思い出し、その時々に一緒に行く人間に怪訝そうに思われているみたいです(笑)。

東京から遠く離れた今、それなりに画策したものの上京の悲願はなりませんでした。が、それだけに、東京でのライブのご成功を強くお祈り申し上げます。

匠さんを起点にさせていただくと、富安くんの友だちの知人の友だちの親友ってことになりますかね、僕は。 
インタージャズ (平田匠)
2007-11-24 04:15:46
もう昨夕になりますかね。『伏見屋』さんで相棒の春木昇三くんと、ライブの最終チェックをしていたときのこと。あなたからの「書き込み」を伝え知りました。アノ時代を共有された方のコメントは、それこそこそばゆく、しかしそれと同時に、懐しく嬉しいもんでした。当時は、こわいもの知らずで突っ走っていたことを、鮮やかに且つ、大いに照れつつ思い返すことになりました。アノ頃のパッションは、いまでも持続しています(?)。が、加齢という歳月の経過の大きさは言うまでもないのですが、それ以上に次のような理由でこそ、僕の演奏スタイルは相当に変わった気がしています。

1)アメリカンやヨーロピアン…、またアフリカンでもなく。ましてやジャパニーズにこだわることも、当然なく。
要は、固有の文化背景に縛られない演奏に、ようやく少しだけ入ってきたかな、って思えるようになりました。おこがましいかぎりですが。

2)相棒の春木昇三くんは、僕と年齢がひと回り以上ちがいます。で、この事実は大きく、ナカナカ生意気な男(笑)でして、しかし結果として十中八九は彼の言に僕は頷き、納得づくで自分が変われることを、僕自身、相当に楽しく受け止めています。

3)これは、1)とも関わるのですが、友人である竹国友康氏から「キミ(ら)の音楽を『インタージャズ』と呼びたいなぁ」のひとことが、大きな支えになっています。僕は2年前に、ピアノ組曲『海峡』を作りました。いや、もう少し精確にいうと、『海峡』という作品ができあがっちゃいました。ここ暫くのあいだ、ボーダをいかに超えるか……、考えてました。いつか、ぜひ聴いていただきたい曲の「代表格!」かな?
今回のライブは、いくらひさしぶりの東京ライブといえども、80年代のそれとは相当に異なったスタイルになるでしょう。でも、アノ頃からのパッションが身体の奥底で持続し続けている自恃を、理屈を超えて、出せるよう演りたいと思ってます。さすがに「弦」を切るなんてことはないと思うんですが(笑)。

最後に。
わざわざ「書き込み」をしていただいたことに、深く深く感謝いたします。あなたが「どなた」かは、かなり気になります。が、詮索する意味もないのでしょうね。アノ頃、きっと殴りあい寸前までいくことしばしばだったお一人の意見として、また当時の仲間(ですね、やっぱり)を象徴したエールとして、僕はしっかりと噛み締めたいと思います。

元気でゆきましょう。お互いに。
伏見屋ライブ (Unknown)
2007-11-25 20:55:16
そこらではなかなか聞けないような演奏に、大満足です。MCは、いえMCも「天才」! 
音量を押さえられていたなかで、それども迫力があり叙情があり、とりあえず関門海峡に足を運びたくなりましたよ。
おつかれさまでした。またの機会を心待ちにしています。

コメントを投稿

雑記」カテゴリの最新記事