一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ロマンス』 …大島優子と大倉孝二の掛け合いが絶妙なタナダユキ監督の新作…

2015年11月06日 | 映画
タナダユキ監督の新作『ロマンス』を、
よくやく見ることができた。
タナダユキ監督作品は、これまで、ブログ「一日の王」では、
『ふがいない僕は空を見た』
『四十九日のレシピ』
のレビューを書いている。(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
いずれも私は高評価をしていて、
新作を心待ちにしていたのだ。
その新作『ロマンス』は、8月29日に公開されたのだが、
佐賀県ではシアター・シエマでの公開が10月17日からだったので、
先日、やっと見ることができたのだった。

北條鉢子(大島優子)、26歳。
職業は、新宿⇔箱根間を往復する特急ロマンスカーのアテンダント。


仕事の成績は常にトップクラスで、
ミスの多い後輩(野嵜好美)のフォローも欠かさないしっかり者。




だが、彼氏・直樹(窪田正孝)のお願いを断れずに、
お金を貸してしまう優柔不断な一面もある。


出勤前に郵便受けを覗くと、1通の手紙が……
それは、もう何年も会っていない母親・頼子(西牟田恵)からの手紙だった。
母の手紙を制服のポケットにしまって、つつがなく業務に臨む鉢子だったが、
乗客の中年男(大倉孝二)がワゴンからお菓子を万引きする姿を目撃。
箱根湯本駅の事務所に連れていくが、
途中、逃げだしたため、鉢子は懸命に追いかけて捕まえる。
それなのに、
「お金を払う意志はあった」
と男は言い張り、
穏便に済ませようとする駅員によって、
男は何事もなく解放される。
むしゃくしゃしていた鉢子は、
ロマンスカーに戻る途中、母からの手紙を破いてごみ箱に捨てる。
しかし、あの万引男が拾い上げて読んでしまう。


怒り心頭の鉢子に向かって、男は、
「“一人で箱根に行こうと思い立ちました”って書いてあったけど、この手紙の主、もしかしたら死のうとしてないかな?」
と、箱根の街を捜すことを提案。
映画プロデューサーの桜庭と名乗るその男に背中を押され、
母親を捜すことになった鉢子。
小田原城、箱根登山鉄道、大涌谷、たまご茶屋、芦ノ湖、仙石原、箱根関所……


かつて家族で訪れた箱根の景勝地をめぐる、
私とおっさんとの“小さな旅”が始まった。



映画を見た感想はというと、
大島優子と大倉孝二の掛け合いが絶妙で、
とても楽しい映画であった。


私は、学生時代を含め、東京には9年間いたが、
その多くを小田急線沿線で過ごした。
当然のことながら、
小田急線には毎日乗っていたが、
不思議とロマンスカーには乗った記憶がない。
よく目にしてはいたが、
乗車の記憶がまったくないのだ。
当時、私の記憶にあるロマンスカーは、こんな感じであった。


ところが、映画に出てきたロマンスカーは、
私の記憶にあるものとはまったく違っていた。
まあ、あれから数十年も経っているので、
違っていて当然なのだが……


映画『ロマンス』が、
このロマンスカーを舞台にした映画だと知ったとき、
ロマンスカーが出来て何十周年かを記念した映画で、
小田急とのタイアップ企画の映画なのではないかと思った。
これまでにも、この手の映画は多くあったし、
企業とタイアップした作品は多く作られているが、
あまり成功作はない。
〈この作品も宣伝臭プンプンの作品なのではないか……〉
と一抹の不安を持っていたのだが、
調べてみると、まったく違っていた。

まず、大島優子のAKB48卒業後初の主演映画ということで、
昨年(2014年)の2月に、タナダユキ監督に話が来たということ。
脚本家の向井康介が大島優子のファンだったので、相談すると、
「こういう話がいいんじゃないか……」
とプロットを書いてくれて、
それをもとにタナダユキ監督が脚本を書いたのだそうだ。


主役として大島優子を想定した「あて書き」に近いかたちで書かれた、
まったくのオリジナル脚本であったのだ。
「制服が似合いそう」
「足が速そう」
などのイメージをうまく取りこんで、
魅力的な主人公・鉢子を創り出していた。


北條鉢子役の大島優子。
タナダユキ監督が大島優子を想定して脚本を書いただけあって、
彼女の魅力あふれる役柄であった。
『紙の月』(2014年11月15日公開)でも制服姿であったが、
今回はロマンスカーのアテンダントとしての制服姿もよく似合っていたし、
タナダユキ監督が抱いたイメージ通りの主人公であったのではないだろうか。
逃げる万引犯の中年男(大倉孝二)を追いかけるシーンも、
必死に走る彼女の姿が素晴らしく、
スカートが破けるほどのその奮闘ぶりが強く印象に残った。
それに、大倉孝二との掛け合いの中で、
いろいろな表情が見られたのも楽しかったし、収穫であった。
大島優子がこれから女優として活躍していく上で、
ターニングポイントになるであろう役だったといえるだろう。


映画プロデューサーの桜庭を演じた大倉孝二。
ここ数年では、
佐賀県を舞台にした『ソフトボーイ』(2010年)での監督役が強く印象に残っているが、
今年(2015年)7月18日に公開された『HERO』での、
検事・雨宮舞子(松たか子)の担当事務官・一ノ瀬隆史役も秀逸であった。
クセのあるコミカルな演技が持ち味だが、
本作『ロマンス』でも、その彼の個性が遺憾なく発揮されていて、
大島優子をうまく引き立てつつ、己の役柄も存分に演じていた。
この映画の魅力は、
大島優子と大倉孝二との掛け合いにある……と断言してもいいと思う。


たった一日の出逢いと別れ。
もう二度と会うことはないかもしれない二人の“小さな旅”。
映画を見ている間、
私も“小さな旅”を体験することができた。


エンドロールのときに流れる主題歌「Romance」(三浦透子)が心地よい。


レビューを書くのを延ばし延ばしにしていたら、
シアター・シエマでの公開は終了してしまった。
でも、現在上映中の映画館も多いし、
これから公開を予定いている映画館もあるので、
機会がありましたら、ぜひぜひ。


この記事についてブログを書く
« 海抜0メートルから登る伯耆大... | トップ | 映画『起終点駅 ターミナル』... »