一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『森崎書店の日々』 ……本が好きな人にぜひ見てもらいたい作品……

2011年04月19日 | 映画
高校を卒業してから上京し、大学時代を含めて、東京に9年間いた。
神保町には足繁く通い、少なからぬ思い出が残っている。
その神保町を舞台にした映画『森崎書店の日々』をやっと見ることができた。
昨年(2010年)10月に公開された作品であるが、
九州ではなかなか見ることができなかった。
今年になって、
福岡のソラリアシネマで2月5日から、
長崎の長崎セントラル劇場で3月26日から、
佐賀のシアター・シエマで4月9日から
大分のシネマ5で4月16日から、
と、次々と上映が決まり、やっと見ることができたのだった。
(熊本・Denkikan、沖縄・桜坂劇場では近日公開予定)

佐世保にいた高校時代から古書店には馴染みがあり、大好きな空間だった。
東京にいた頃は、神保町はもちろん、東京中の古書店を歩き回った。

大学の近くにも小さな古書店があったので、その店には毎日のように立ち寄った。
その古書店の店主はまだ若く、私が通う大学の卒業生でもあったので、すぐに親しくなった。
店主のSさんは、大学卒業後、インドやネパールを放浪し、
帰国後は絵を描いたり版画を彫ったりして過ごしていたが、
古書店を営んでいた知人から、
「ある事情で店を閉めることになった。もしよかったら店を引き継がないか?」
と相談され、
〈古本屋さんて、なんだか楽そうだな~〉
と引き受けたのだそうだ。
そのSさんは、いつもニコニコして楽しそうであった。
大阪出身なので、大阪弁で話す言葉には独特のユーモアがあり、私はこのSさんとの会話を楽しみにその古書店に通っていたようなものだった。
親しくなるにつれ、
「ちょっとビニ本を仕入れに行ってくるさかい、店番しててくれへん?」
と頼まれるようになり、時間がある時は店番をしたりしていた。
ビニ本とは、透明なビニールで密封したエロ本のことで、当時よく売れていた。
(50歳以上の男性ならば御存知のことと思う)
「うちの店の稼ぎ頭やねん」
とは、Sさんの弁。
ある日、ビニ本を仕入れに行ったSさんが、汗をふきふき帰ってきた。
理由を聞いて、思わず笑ってしまった。
Sさんは、仕入れたビニ本を紙袋にギッシリ入れ、両手に持ち、地下鉄の階段を登っていたそうだ。
その時、ビニ本の重みで紙袋が破れ、ビニ本が階段から滑り落ち、ホームに散乱したのだそうだ。
エロい写真が表紙を飾るビニ本が散乱したのだから、ホームにいた女性からは悲鳴も聞こえたそうだ。
「違いまんねん、違いまんねん」
とSさんはビニ本を拾い集め、
「これ店の商品やねん」
と誰に言うともなく弁明していたのだそうだ。
Sさんにはこの手の面白いエピソードがたくさんあり、こうして書きながら今も私は思い出し笑いをしている。

話が脱線してしまったが、
このように私と古書店は、とても親しい間柄にあるのだ。(それが言いたかった)
だから映画『森崎書店の日々』はどうしても見たかったのだ。


【ストーリー】
貴子(菊池亜希子)が同じ会社に勤める恋人の竹内英明(松尾敏伸)とイタリアンレストランで食事をしている時、英明が経理課の村野という女性と結婚すると打ち明ける。
気が動転して何も言えない貴子。
その後、貴子は会社を辞めてしまう……。
こんこんと眠る傷心の貴子のもとに、神保町で古書店を経営している叔父・サトル(内藤剛志)から電話がかかってくる。
彼の声はひたすら明るく、貴子に店の二階に住むことを勧めるのだった。
こうして、貴子の森崎書店の日々が始まった。


初めて足を踏み入れた、世界に有数の古書店街神保町。
しかし、店番をすれば百円の文庫本が売れただけ。


お客のサブ(岩松了)は、日本の文豪たちの小説のことをとうとうと話し出すが、貴子はそれまで小説をろくろく読んだことも興味を持ったこともなかったので面食らうばかり。
そして、ふとした時に英明のことを思い出してしまう。
そんな貴子を、サトルは美味しい珈琲を飲ませてくれる喫茶店に誘い出す。
そこで貴子は、サトルが若い頃、自分だけの人生を探し求めて世界中を旅していたことを知る。
ふと手にした本を読み始めると、次第に本の世界に引き込まれていく貴子。


喫茶店でアルバイトをするトモコ(田中麗奈)や高野(奥村知史)といった友達もでき、


古本には前の持ち主の痕跡が残っていることにも気が付いた。
押し花が挟んであるとか、気に入ったところにラインが曳いてあるとか、それはまるで口にはしないが人それぞれの過去を持っているようであった。
賑やかな古本まつりが終った夜。
サトルは貴子に、神保町という街は本と同じだと話す。
開けてみるまではすごく静か。
でも開いてみるとそこには途方もない世界が広がっている。
そして読み終えて閉じると、またシンと静かになる。
そして貴子もまた、この街が好きになっていた。
だがある日、古本の買い取りに行った帰り、貴子は偶然英明の姿を見てしまい、貴子の心がまた騒ぎ始める……。(ストーリーはgoo映画より引用し構成)

ほのぼのとした映画であった。
本好きにはたまらない作品であった。

菊池亜希子(きくち・あきこ)。
岐阜県揖斐郡大野町出身。
1982年8月26日生まれの28歳。
身長173cm。
数多くの雑誌でモデルとして活躍。
レギュラーモデルを務める雑誌『PS』で、2005年よりイラスト&エッセイ『道草』を連載。
著書に『みちくさ』がある。


映画は、
『東京の嘘』(2007年)
『ぐるりのこと。』(2008年6月公開)
に次いで3作目の本作にて初主演。
とても自然体で、なんだかドキュメンタリーでも見ているような感じだった。
オーバーアクションの熱演タイプが多い若手俳優の中で、きわめて貴重な存在。
これからが楽しみな女優だ。


内藤剛志(ないとう・たかし)。
1955年5月27日生まれ。
大阪府出身。
文学座研究所を経て、
1980年、『ヒポクラテスたち』でデビュー。
80年代はTVの刑事ドラマなどで悪役、犯人役を演じる事が多かったが、
90年代始めから人気が出始め、
1995年1月~2001年9月にかけて、27クール(6年半)連続で連続ドラマに出演という日本新記録を樹立。
「連ドラの鉄人」の異名を取る。
その後、司会を担当するなどタレント活動も開始。
TVドラマでは、2011年までの12年間で10シリーズ、スペシャル3本が制作された『科捜研の女』が有名。(私の配偶者が大ファン)
主人公・沢口靖子と共に犯罪に立ち向かう熱血刑事を好演している。
2007年の6月からは『水戸黄門』で2代目風車の弥七も演じている。
映画では、
高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞した『幻の光』(1995年)が特に印象に残っているが、
それほど出演作は多くない。
本作では、古書店店主を巧く演じていた。
菊池亜希子とも共通するが、とても自然な演技で、ほんわかさせられた。
とても神保町に馴染んでいたと思う。


その他、この映画に出演していた、
喫茶店のマスター役のきたろうや、


喫茶店でアルバイトしている大学生役の田中麗奈や、


森崎書店の客役の岩松了の演技が素晴らしかった。


誰もが神保町の住人になりきっており、不自然さがまったくなかった。
これほどリラックスして見られた映画も久しぶりだった。

この映画、本好きには本当に楽しめる作品で、
いろんな箇所で、いろんな発見がある。
ひとつだけ紹介すると、ラスト近くで、主人公の貴子(菊池亜希子)が本を読んでいる場面がある。
その時、開いた頁のエッセイのタイトル「山王書房店主」の文字が一瞬だけ見えるのだが、そのタイトルには見覚えがあった。


これは、野呂邦暢の『小さな町にて』で、私も所有している本である。
(上の写真、下の写真ともに私の蔵書を撮影)


野呂邦暢は長崎県出身の作家で、とても質の高い作品を残しているのだが、
1980年に42歳で急逝した為か、今では知る人ぞ知るといった存在の作家になってしまっている。
だが、本好きには野呂邦暢ファンが多い。
主人公に野呂邦暢をさりげなく読ませるなんて、その演出が、ニクイ。
本好きは、「おお~」と思うのだ。
この映画『森崎書店の日々』は、こういった細部にもこだわりがあり、
いろんな楽しみ方ができる奥の深い作品である。

佐賀では、シアター・シエマで、4月22日(金)まで。
本好きの方は、ぜひぜひ。

【予告編】 【舞台挨拶】

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